詩はここにある(櫻井洋司の観劇日記)

日々、観た舞台の感想。ときにはエッセイなども。

映画『ライフ』

2017-07-14 00:05:45 | 日記
木曜日のレイトショーに選んだ作品は『ライフ』。国際宇宙ステーションが舞台で主要な登場人物は6名の男女のみ。そのうちの一人が真田広之。火星から連れてこられた単細胞が命を吹き込まれ、やがて宇宙飛行士達を殺していくまでに成長。地球への上陸を阻止しようとすのだが・・・。というお話。観ていて思い出したのは『エイリアン』ではなく、日本映画の『マタンゴ』。無人島に漂流した人々が禁断のキノコを食べてしまいキノコ人間になってしまう。命からがら無人島から脱出した青年は精神病院に入れられ、島での出来事を話し、自分だけはキノコを食べなかったので助かった。と話す青年の身体がキノコだらけだったというオチ。子供心に怖かった。しばらくキノコを食べられなかった。こうした終わり方もあるのかと感心した。

最後はやっぱり、そうなるよね。という予想通りの展開。今回の地球外生物体は、どんどん変身していき、最後は凶暴な軟体動物になって人間を次々に襲い、地球に降り立つまでが描かれる。30年前だったら、まあ未来のお話かなという感想だっかもしれないが、現実に国際宇宙ステーションが存在して、多国籍の宇宙飛行士が日夜実験を繰り広げている今となっては、完全に現実感のあるお話となっていた。国際宇宙ステーションの無重力の中を人間が自由自在に飛んでいくと描写がとってもリアル。そこで繰り広げられる操作や船外作業も、現在進行形のようで興味深いものだった。

もっとも、そんなことを言っていられるのは最初だけで、肉眼で見ることも難しかった地球外生命体が船内で殺戮をしながら成長変化していく場面では、何度も声を上げそうになり、椅子にしがみついた。まあ悪趣味な描写の数々でうんざりしたが、元々それが目的の映画なので、まんまと映画製作者の術中にはまったという感じ。天地万物の創造者が創り出した細胞を、たかが人間がおこがましくも生命を与えようとしたのが、そもそもの間違いという宗教的な意味合いもあるのかもしれない。なんとなく怪物となってしまった地球外生物が永遠の命を得たように思えるのも無縁ではないのかもしれない。自由に国際宇宙ステーションの中を縦横無尽に駆け巡っていた人間が、映画が後半になるにつれ、ちょっと動くだけでも大変な思いをするようになるというのも宗教的な意味合いがあったように思った。人間が傲慢さゆえに、破滅の道をたどるというのがテーマなのだろう。

日本一の傲慢男とその仲間たちに『ライフ』のような結末が待っているように思えてならなかった。というよりも、そうなって欲しいという願望だったかもしれないが。日本語のセリフにも日本語字幕が出ていたのは聴覚障害の人々への配慮だったのだろう。好印象。






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