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八幡神社(宝塚市波豆)

2017-02-09 08:54:12 | 伊丹・宝塚
2017年2月6日お参りしました。本殿は国の重要文化財に指定され、境内の鳥居や石塔などは兵庫県の文化財に指定されています。
波豆八幡神社縁起について、説明書より『当社本殿は柿葺三間社流造りで応永10年(1403)に再建された簡素ながら端正なる容姿は国指定重要文化財中でも優秀な部類に属し、この時代の代表的な遺構です。特に昇勾欄の寶珠柱の向拝の蟇股に応永以前の古材が保持されています。神社縁起では攝津源氏の祖・源満仲公の弟鎮守府将軍治部輔源満政公の建立と伝えています。満政公は晩年、官職を退き、ここ波豆の里に隠棲、諏訪神社の神宮寺金福寺に入り律師満政を帰して仏道に精進しています。一日童子で寶珠を捧げ持って現われ、「此の寶珠は護国の珠なり、請う以て垂迹の印となせ、朕はこれ八幡麿なり」と宣べられ、寶珠を満政公に手渡すと忽然と消え去り、満政はその場にひざまづき宝珠を捧げ垂迹の地を拝みました。そしてこの地に宮社を築き、自ら一刀三拝の礼をもって神影を彫刻し社奥に御祀りしました。波豆里は古くから「波豆千軒8ケ寺」と呼ばれ、大変賑っていました。里人や氏神にして諏訪の神・誉田別尊(応神天皇)建御名万命建姫宮命を御祀りしています。この宮地に八幡神の垂迹の由縁を以て創建された八幡神社は後世の源一族が氏神として八幡神を尊び戦神として武人の信仰を高めましたが、正に八幡信仰の「源地」といえます。今では八幡神を厄除の神として世の尊信を集めています。境内には湖底に沈んだ金福寺の三尊種子板碑、宝篋印塔、五輪塔等が安置されています。湖水を影を映す石の鳥居は応永32年(1425)の銘を持つ県下2番目の古い鳥居です。』
兵庫県宝塚市波豆字谷田東掛2
map
鳥居(兵庫県指定重要有形文化財)
「この鳥居は室町時代の応永32年(1425)に、八幡神社参道入り口に立てられた。地元では、波豆川西岸の石切場から川底に青竹を敷き並べ引っ張り上げてきたと、言い伝えられている。千刈水源池築造に際して現位置に移された。三田市藍本の酒垂神社にある応永3年(1395)の石造鳥居は同じ波豆産出の流紋岩製で、構造・形式も同一であることから同人または同系の石工の製作と考えられる。中央高約3.7m。」

狛犬



拝殿



本殿(重要文化財)
覆屋で覆われています。柿葺三間社流造りで応永10年(1403)に再建された。

境内

末社







波豆石造美術群
「波豆周辺には奈良時代から室町時代にかけて優れた石造美術品が多く残っている。これらは波豆川下流の石切場(現千刈水源池内)から切り出された流紋岩を使用している。これらの石造美術品は、旧金福寺の境内にあったもので、千刈水源池がつくられた時に、現在地に移されたものである。」
板碑(兵庫県指定重要有形文化財)
「ここにある高さ約4mの板碑は嘉暦3年(1328)に立てられたもので、三尊の種子(梵字)が薬研彫りに深く刻まれている。」

宝篋印塔(兵庫県指定重要有形文化財)
「明徳2年(1391)に建てられたもの。」

五輪塔(兵庫県指定重要有形文化財)
「康永2年(1343)に建てられたもの。」

宝篋印塔(宝塚市指定文化財)
「左の宝篋印塔は、笠部の隅飾に種子が刻まれており、南北朝時代中期(14世紀後半)に建てられたものであろう。」

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