『水と付箋紙』(第51回角川短歌賞次席)
湧くごとくプールサイドにあしあとは絶えねどやがて乾きゆくのみ
いちにちの読点としてめぐすりをさすとき我をうつ蝉時雨
ほほゑみを示す顔文字とどきゐつ鼻のあたりで改行されて
喫茶より夏を見やれば木の札は「準備中」とふ面をむけをり
未来より借り物をするさみしさに書物なかばの紐栞(ひもじをり)ぬく
昨夜(きぞ)のまま珈琲カップにのこる闇 排水溝の闇にかへせり
事故車よりはづれたナンバープレートがモザイクのした蠢いてゐる
雨除けのなきところなる途切れにて死者幾人(いくたり)か並ぶ葬列
ゼブラゾーンはさみて人は並べられ神がはじめる黄昏のチェス
はさまれし付箋にはつかふくらみて歌集は歌人の死をもて終はる
『空の壁紙』(第54回角川短歌賞受賞作)
砂時計おちゆく砂と等量にのぼるものあり青年期過ぐ
ロッカーキーを足首につけすべもなし独房に似るサウナに立てば
人を待つ吾はめぐりの街燈に暗き展開図を描かれて
歌声が重力レンズを生じさせ人の流れをたわめゆくなり
友の名で予約したれば友の名を告りてひとり座る長椅子
自転車の灯(あか)りをとほく見てをればあかり弱まる場所はさかみち
ドアに鍵強くさしこむこの深さ人ならば死に至るふかさか
あかねさすGoogle Earthに一切の夜なき世界を巡りて飽かず
あなたならきつとできるといふことを冬ながくしてできずにゐたり
齧りゆく紅き林檎もなかばより歯形を喰べてゐるここちする
ワイシャツがあらかじめもつ形状の記憶に袖をとほす花冷え