はんどろやノート

ラクガキでもしますか。

久保と時間(2)

2007年10月03日 | しょうぎ
 今、7時半。王座戦第3局は、羽生の△3六桂に、久保八段が▲1八金と打って受けたところ。これは… よく僕らレベルで時間に追われて「他におもいつかないのでしゃあない!」なんて思いながら打つような手だがな、大丈夫か、久保さん!?  もっとも、久保八段はまだ1時間を残しています。

 「久保と時間」といえば、そう、将棋ファンはご存知の、あの事件をとりあげます。それは去年、12月に行われたA級順位戦久保利明八段と郷田真隆九段の対局で起こった「さっきの、時間切れだったんじゃないの」事件です。

 対局日は昨年12月5日。
 久保さんは、2年前の瀬川さんとの対局の頃からずっと、不調でした。そしてこのA級順位戦もここまで1勝4敗、このままの調子だとA級陥落です。
 一方の郷田さんも過去のA級では、あまり良い成績を残せていないのですが、この期は調子がよく、ここまで4勝1敗、羽生さんにも勝っています。
 対局がはじまりました。先手の久保は、三間飛車から石田流。後手番の郷田は穴熊です。両者の持ち味が出て、熱戦になりました。左辺の戦いから、玉頭戦へ…。
 120手目、郷田△3三桂。6時間の持ち時間を消費し、残り1分に。
 123手目、久保▲4三と。久保も1分将棋に。
 1分将棋というのは、1分以内に指せば消費時間0となるので、ずっと指し続けることができます。ですが、秒読みで、「55秒、6、7、8、9、10」となって、記録係がこの「10」を読んだ瞬間に「時間切れ負け」となります。
 ところが実際には、記録係はこの「10」を読まない場合がほとんどなのです。1、2秒の差し手の遅れは、「許容範囲」というような慣習なのです。それに、「記録係は審判ではない」のです。将棋という「勝負」は、どうも西洋の「スポーツ」とは違っていて、審判なるものがいない、そういう意味でふしぎな文化といえます。タイトル戦には「立会い人」がいますが、これも審判とは違うようです。こういうあいまいさが、ルールのあいまいさを作るのですが、そういうところもまた将棋のおもしろさと思います。
 さあ、それで、郷田-久保戦。 両者1分将棋で終盤の突入、どっちが優勢なのかわからない…。時刻はもう深夜0時ごろでした。
 126手目、郷田△5七桂成り。
 この手で、ネット速報は「少し慌てた手つきで指したため、桂馬がうまく成れなかった。」とコメントを入れています。
 問題はこの手でした。どうやらこの手を指す時に、郷田さんの指し手が遅れたのです。1、2秒ならば許せても、おそらく、もっと長かったのでしょう。でも、それがどれくらいだったのかは、この両対局者の郷田、久保、それから記録係の三人しか知りません。(あと、観戦記者がいた) そして記録係は「10」を読みませんでした。彼に罪はないでしょう、だいたい「そういうもの」でしたから。
 「いまのは長すぎる。反則だろう」と久保さんは感じたのですが、それならそこでアピールすべきでした。けれどアピールしようにも、そこには審判も責任者もいません。記録係にアピールしても、アルバイトの奨励会員では、どうにもなりません。「どうしようか」と考えているうちに、時間が過ぎます。「55秒、6、7、8、」 そうです。久保は対局中なのです。次の手を指さねば!
 もやもやしつつ、久保さんは指し続けます。そう、この将棋を勝てばいいのです。そう、勝てばいい。そうだ、がんばろう…。1分将棋は続き、180手を超えて…。
 でも、ああ…。 久保八段、負けちゃいました。
 …いや、まだです。
 反則のアピールの場合、「投了優先ルール」というのがあって、「投了」をしてしまったら、後でどんな反則が見つかろうと投了した時点での勝敗が優先されるのです。それで、久保は投了寸前にアピールしたのです。「さっきの、120手目、あれは時間切れでしょう」と。
 そうして深夜、責任者に電話しました。しかし責任者(中原永世王将)が「時間をさかのぼってのアピールは無効」と裁定を下しました。それならどうにもなりません。久保八段は「負けました」と頭を下げたというわけです。
 1分の中で、将棋の指し手と、いまのは反則では…とか、アピールしたらどうなるかとか、そういうことを考えなきゃいけなかったのですから、この時の久保さんには大変、同情してしまいますね。でも、たぶんこれ、多くの棋士が経験していることです。
 一ファンの立場としては、「おもしろいなあ」という感想です。こういうことは、記録係の秒読みではなく対局時計にすればいくらか解決するのかもしれませんが、個人的にはいろいろなことが起きたほうが話題になって、楽しいです。
 郷田さんはこの対局に勝って5勝1敗となり、その後も勝って名人挑戦者になったのはご存知の通り。そして負けた久保八段は1勝5敗。大ピンチです。ところが、どういうことか、久保さんはこの対局の後、絶好調モードに入ります。A級順位戦も3連勝でA級陥落のピンチをしのぎ、棋聖戦も挑戦者決定戦まで行き、そして今、羽生善治とタイトルをかけて戦っています。おもしろいですねえ。
 この郷田-久保戦を今、並べなおしてみましたが、すばらしく面白いです。120手目の「事件」のあと、二人は182手まで指し続けました。久保さんはそういう精神状態でこの将棋を指したのか…。こんな将棋を見たら、今日の対局でも「久保、勝て!」と応援したくなります。今回の王座戦も、まだ結果は出ていませんが、内容は見ていてすごく面白いスリルある将棋です。
 今、9時です。羽生さんが攻めていますが、久保優勢ということです。

 今、ブログの絵を描き終わりました。
 9時40分。 羽生、猛攻。えっ逆転?  ヒャアー、どっちが勝つのー!?


最新の画像もっと見る

コメントを投稿