そういえば、ここ数ヶ月みていないのが、猿といのししとハクビシンである。以前のハクビシン住居エリアは、たぬきが暮らしているので、住居エリアが変わったのかも。もしくは、撃たれたか。
猿は、何ヶ月かに1度山を渡って移動してゆくようだが、この秋冬は見ていない。あるいは、うちの犬を警戒してコースを変えたか。
いのししは、まあ、今は猟期なので、どこかに隠れているのかもしれない。
それと、今年は、鳥が少ないようで、家の周りに去年はよく見かけたキビタキ、とかジョウビタキといった種類の(実はよくわからない)鳥が今年は見ていない。最近ずいぶん冷え込んできてるので、そろそろ山から下りてくるのかもしれないが。

2009年12月の家のあたりの雪景色の写真、この冬は、雪らしい雪はまだ積もっていない。
月夜の夜、家に帰っていると、いつも、仁淀川に映った月がとてもきれいで、いつか月夜にカヌーそしてみたいものだと思っていた。昨日時間ができたので挑戦。
実際に岸辺まで行ってみると、さすがにちょっと怖い(笑)。今日は下るのは止めにして、トロ場で、漕ぐだけにした。夜の川で一人で沈したくはない。
中秋の名月は今年は9月12日。2日前の月。目が慣れてくると、それなりに川も明るく、水深1mくらいまでなら、月明かりが届くので岸辺で漕ぐのは楽しい。しかし、水底が見えなくなると、やっぱりちょっと怖い。
視線を上げると、水面に月の光が写り輝いている。所々に川霧がたち、山の稜線と、明るく輝く月。幻想的。
いつも見慣れた景色が、まったく違って見えて、なかなか面白い体験であった。
生まれて4ヶ月すっかりネコより大きくなった2匹の娘。体重約5kg
とにかく、良く食べます。おすわり、お手、待て、も無事覚えました。
少し前まで怖かったネコ手パンチにも平気で立ち向かえるようになり、ネコにのりかかって遊べるようになりました。
ネコはネコで、平気でのしかかられて遊んでいます。(笑)
私はこの2匹の「なんかくれ」熱視線に勝てません。
「わかった、なんかやる!」(笑)

いの町吾北地区程野(国道194号線から15分くらい)20年ほど前に全国植樹祭が行われた場所を使って毎年行われているイベント「ほのほの王国 もみじ祭り」
一昨年行って、雨に降られたが、気持ちよかったので今年も行こうとしていた。しかし、今年も朝から雨・・・あきらめて家にいたが、午後に雨があがったので出かけた。
駐車場整理している警備員さん、場内のスタッフ、みんな丁寧に対応してくれてとてもありがたく思う。
ただし、テントでいろいろ売っている売り子の人たちは、地元の建設業者の人たちが急遽、焼きそば焼いたりしているので愛想が悪かったりする(笑)。まあ、あたりまえで逆に不慣れな感じが面白かったりする。300円で、風船が当たるくじをやりながら、150円のペットボトルに同じ風船つけて売ってたりとか(笑)妙な脱力感が楽しい。
写真に写ってないが、この芝生広場の斜面には、花畑があり、今年もキレイに咲いていた。手入れも大変そうだが、ちゃんとやっていて偉いなあと思う。
また、来年も行きたいなあ。
高知のいの町、国道33号線、仁淀川にかかる仁淀川大橋。
写真向かって左手の方向(下流方向)にはかんぽの宿伊野がある。その下手には、JRの鉄橋もある。
いつもこの橋を歩いて渡っている知り合いが言った。「魚が黒いかげになるばあ、あつまっちょった。ニゴイもまじっちょったが、あれは鮎じゃ。」
さっそく翌日(11月8日)カメラを持って見に行ったが、もういなかった、当たり前か(笑)
春から夏にかけて上流に向かった鮎が、産卵のため下っているようだ。産卵場は、この橋の数Km下流。放流鮎の産卵場所と地元の鮎の産卵場所は、違うらしい。ちょっと不思議。
この記事をUPしたのは、20日だから、もう落ち鮎は始まったのか。
いつも車にのって見る仁淀川の風景と、歩いていると見られる風景、ちょっと違うようである。もう少し歩く時間もつくりたい。

たぶん、20年ぶりくらい!に歩いた母校の3階の廊下。さすがに床は張り替えられ、壁のペンキも塗り替えられていたが、基本的な構造は(あたりまえだが)変わらない。
少し寒々としたイメージの廊下。ここは、間違いなく母校の廊下である。この廊下に似たイメージの廊下、というのがなんだか思い浮かばない。
確か戦前からの建物で、空襲を受けたとき、当時の校長先生が、屋上に落ちた焼夷弾を拾っては下に投げ、被害を防いだ・・・という話を聞いた記憶がある。
昔はもっと暗い色だったようなイメージがある。
高校時代、この廊下に立って、よく北山の風景を眺めて過ごした。
この場所は好きだった。
今は、教室に冷房が入ってた。いいなあ・・・
自分でも意外な気がするが、そういうものかもしれない。
というわけで、なかなかブログが更新できませんが、元気でやっています。
さて、今日は子供の体育祭である。
日陰は、まあ、涼しくなったがまだまだ暑い。 さあ、でかけるとするか。
体は、本調子ではないですが、ふつうの生活が問題なくできています。
いろいろ心配おかけしまていますが、通院以外は、まあ普通に生活してます。
今日は、何かやってみるかと、高知市の家から、高知城のふもとにある高知県立文学館まで歩いてみることに。文学館で「ピーターラビット展」と、「土佐の国主 長宗我部氏と山内氏の三〇〇年展」という、およそかけ離れたテーマの展示を見てきた。
どちらも楽しめる自分に感心しつつ(笑)、「長宗我部〜」について印象に残ったこと
・ウサギの飾り兜。「ウサギは異変を感じる能力が強くそして後退しない」なるほど。ひ弱なイメージではないのだな。私的には、長太郎貝のような貝の変わり兜が面白かった。
・山内家は、岩崎弥太郎の作った三菱のモデルとなったとも言われる、三つ葉柏の家紋が有名だが、それ以外にも、いくつかの紋が使われていたという話。その中に、波が打ち寄せるデザインがあった。波も、「激しく攻め立て、静かに引いてゆく」戦いの戦法としてイメージされるのだそうだ。なるほど、高知で有名な老舗お菓子屋「浜幸」のマークの波のマークも、高知城の殿様の部屋の欄間にあったデザインだが、なるほどこの波にもそういう由来があったのか・・・と感心。
ついでに、母校追手前高校の文化祭を見学。
さて、日陰を選びつつ、家から高知城まで往復したのだが、情けないことに足が棒・・・
この秋は、足腰も鍛えないといけないようである。
4月は雨で中止になっていた、冒険遊び場づくり作戦会議に5月9日、子供たちをつれて参加。 山菜や野草を教わりながら、山に向かうつもりが、いつの間にか、先に先にと進んでしまい、山菜採集はできなかったが、まあ、長男が教わったようなので良しとしよう(笑)
私と長男は料理づくりに参加。次男、三男は、思ったとおり洪水遊びに参加(主導していたような気もする)して、あっという間に汚れている。 いつもどおり?そこいらの木切れを拾ってサムライ遊びをすることを恐れていたが、とりあえずそんなこともなく一安心。いつもと同じように、山の畑で遊んではいるのだが、ほかに遊び相手がいると遊びも変わるのだなあと感心。
料理は、イタドリやお茶の葉、どくだみもてんぷらにするとおいしいことを発見! サルトリイバラに包んだ柏餅は、昔日曜市とかで買ったお餅を思い出して懐かしかった。 柏餅、他所の地方では柏の葉に包むのだろうが、高知では柏の木自体が少ないからか、サルトリイバラ(別名カラタチ、秋に赤い実をつける。)の葉に包んだものを柏餅と呼んでいた。いつの間にか、ビニールの偽造葉に包まれるようになり、この葉で包まれたものを見ることはほとんど無くなった。
3年目に入り、少しマンネリ気味になっていた山の暮らしも、こんな風に楽しめば良いのだなというヒントをいくつかもらって、楽しく山を下りた。 帰りには、末っ子が、歩けないと言い始め、だっこして山をおりたので、翌日から父は腰痛である。(笑) デジカメを持っていかなかったので、写真は、ぜひ、冒険遊び場づくり作戦会議さんのブログを見てみてください。 みなさんお疲れ様、そしてありがとうございました。
漢字では「虎杖」と書く。ものものしい名前である。
子供のころは、見つけては取り、皮をむいて塩をかけて生のまま食べた。
折り取るときに、ポンッ、と音がするのがおいしいのである。
音がしない、へにゃっと折れるのは、ダメ。
音がしないのを私たちは「あぎた」と呼んでいた。「このイタドリはあぎちゅうき、いかん。」「萎えた」とでも訳せばいいのか、とにかく「あぎちゅう(あぎている)」のはいかんのである。岡山出身の妻はこの「あぎた」がわからないとのことなので、土佐弁なのかもしれない。あるいはイタドリを食べることは高知以外では少ないと聞くので、単に知らないだけかもしれない。
このイタドリ、近縁に「やまうど」「うど」「いたどり」があり、それぞれ違うらいいが、地方によって呼び名も違うようなので、よくわからない。
どうも、私がイタドリと呼ぶのは「うど」(「うどの大木」のうどである)らしい。
しかし、私(高知市東部出身)のなかでは、食べられるものが「イタドリ」である。食べられないものは「ヘビイタドリ」と呼んでいる。これでいいのだ(笑)
皮をむくときにまな板の上でもむと剥きやすくなるので、「板ずり」という話もあるし、
根が生薬となり「痛みとり」→「痛どり」となるという話もあるようである。
とりあえず、最近は、このいたどりを取ってきて、皮を剥いで塩着けにしている。
皮をはいだものを湯にくぐらせ、半日ほど水にさらすという方法もある。
たけのこ、いたどり、ふきと山の恵みを収穫するのに忙しい。もうすぐ、野いちごも採れ始めそうである。
うれしい日々が続く。
ものすごい山の中のようだが、さほど不便ではない。しかし、のどかなんである。こういう風景のなかにいると幸せだなあ・・・と思う。
山の面白いところは、少し歩くとどんどん景色が変わることである。うちの家から見た景色、隣の家から見た景色、そして家のすぐ上、この写真の景色、それぞれでまるで違う。面白い。

昔は、この集落に、今の何倍かの人が住んでいた、という話を以前聞いた。家の周りを歩くと、家や畑の跡がけっこうある。
暮らさなくなったその場所に、ある人は杉を植え、ある人は竹を植え(山の斜面なので、地崩れ防止のためなのだろうか)、ある人は、先祖の墓を作り、その場所を離れ、やがて来る機会も減り、少しずつ、荒れていっている。
そんなこの場所にやってきて、もうすぐ2年になる。
何かできることはないのか?そんなことを漠然と思いながら、この場所に暮らしている。











