浄心庵 長尾弘先生垂訓

八正道と作善止悪

「ブッダのことば」より。

2017-03-13 00:15:50 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

        ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

    
               第三 大なる章 

              12、二種の観察

「修行僧たちよ。
『また他の方法によっても二種のことがらを正しく観察することができるのか?』と、
もしもだれかに問われたならば、『できる』と答えなければならない。
どうしてであるか?『およそ苦しみが生ずるのは、
すべて感受に縁(よ)って起こるのである』というのが、一つの観察〔法〕である。
『しかしながら諸々の感受が残りなく離れ消滅するならば、苦しみの生ずることがない』
というのが第二の観察〔法〕である。
このように二種〔の観察法〕を正しく観察して、怠らず、つとめ励んで、専心している
修行僧にとっては、二つの果報のうちのいずれか一つの果報が期待され得る。
―――すなわち現世のおける〈さとり〉か、あるいは煩悩の残りがあるならば、
この迷いの生存に戻らないことである。」―――
師(ブッダ)はこのように告げられた。
そうして、幸せな師はさらにまた次のように説かれた。

738、楽であろうと、苦であろうと、非苦非楽であろうとも、
       内的にも外的にも、およそ感受されたものはすべて、

739、「これは苦しみである」と知って、
       滅び去るものである虚妄の事物に触れるたびごとに、
       衰滅することを認め、このようにしてそれらの本性を識知する。
       諸々の感受が消滅するが故に、修行僧は快を感ずることなく、
       安らぎに帰している。


           ~ 感謝・合掌 ~


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