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世界的な有名曲「アメイジング・グレイス」の歌詞の背景と 羽生結弦選手の演技「レッツゴー・クレイジー!」(プリンス)の深い関係

2017-07-19 | フィギュアスケート全般について

 7月18日: このページの4か所に、補足詳細説明を加えました。

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ファンタジー・オン・アイス2017で、ジョニー・ウィアーさん(元3度の全米王者)が、

世界的に超・有名な曲「アメイジング・グレイス」(Amazing Grace)で、演技をして下さいました。

 

こちら↓ ファンタジー・オン・アイス2017神戸公演のジョニーさんの演技「アメイジング・グレイス」動画 

(生で歌っているのは、日本人の 木下航志さんです)

 

 

 

実は、誰もが聞いたことがあるこの世界的に有名な曲「アメイジング・グレイス」と、

羽生選手の2016-2017シーズンのショートだった、プリンスさんの「レッツゴー・クレイジー!」には、とても深い関係があります。

 

全く形も曲のスタイルも違いますが、どちらも歌っている内容は、結局は 同じことだからです。

羽生選手とジョニーさんは、「ファンタジー・オン・アイス2017」で、繰り返しこれらの演技を披露して下さいました。

 

羽生選手は、国別対抗戦の後に、テレビ朝日のサンデーステーションに出演して答えたインタビューで、

ショートの「レッツゴー・クレイジー!」について、「偉大な方の歌で、偉大なプログラムだったからこそ、滑れて幸せだったな…という感覚はあります。(笑)」と答えていましたね。

 

羽生選手は、この曲の何がどう、偉大だと思っていたのでしょうか。

 

 


 

ほとんどの日本人は、この「アメイジング・グレイス」を、聞いたことはあっても、何が歌われているのか、本当の意味や背景となった出来事を知りません。

 

日本語版では、本来の意味とは全然違っている、勝手に変えられてしまった歌詞などもあり、

それらは、名曲と呼ばれる元の英語歌詞とは、実はかなりの差・かなりの違いがあります。

(日本のキリスト教会で一般的に歌われているものさえ、日本語版は、元の英語歌詞の意味の半分程度しか表現出来ていません。理由は、「母音」が全ての発音に入ってくる日本語という言語の性質上、英語という言語ほど、メロディに上手く全ての意味ある言葉を乗せていくことができなかったせいだろうと思われます。)

 

元の曲は、とても深い真理について歌っており、だからこそ、英語圏では名曲中の名曲と言われ、長く歌い継がれてきました。知らない人はいないというほどの有名曲です。

英語の意味が全然わからない人でも、この歌を聴くと、なぜか涙が出てくるとか、感動するという人がとても多いのは、深い理由があります。

 

この曲は、ジョン・ニュートンという人が作った曲で、英語圏では非常に有名な作曲背景があるのです。

 

ジョン・ニュートンは、敬虔なクリスチャンの母親に育てられたものの、本人は神に本気で祈ったことも全くない状態で育ち、大人になってからは、奴隷商人(奴隷を運ぶ船の運び手)として、活躍していました。 

人間を奴隷として扱い、しかもそれを商品のように売り裁くこの仕事は、聖書の基準からすれば、神を深く悲しませ、神の怒りを買うであろう仕事です。

ある時、ジョン・ニュートンが乗ったその奴隷商船が航海中、大変な嵐に遭い、船が沈みかかりました。

もはや絶対に死ぬと思われたその時、生まれて初めて、ジョン・ニュートンは、必死になって本気で神様に祈ったと言います。

すると、海に流れさていた積荷が、ピッタリと船の底を塞ぎ、船が沈むことなく、そして嵐もやんで、ジョン・ニュートンは奇跡的に助かりました。 

このような状態から生かされたということは、彼には、まだこの世で果たすべき「神様から与えられている使命」が残されていたのでしょう。(実際、その通りになっていきますが。)

この奇跡的な体験が、ジョン・ニュートンを、それまでは無視していた「全てを支配されている神様の実在」を強く感じさせ、「神様への畏敬の念」へと導きます。

それでも、その後何年か奴隷商人を続けた彼ですが、ついに本当に改心して奴隷商人をやめ、そしてしまいには、なんと牧師にまでなりました。

牧師になった後、自分の罪深い過去を振り返り、元・奴隷商人だった自分のような、どうしようもなかった人間にさえ与えられた、神様からの「恩寵(恵み)」を深く思いつつ、創られ、歌われたのが、この歌なのです。

 

 

元の英語歌詞と、管理人(私)による翻訳を、以下に載せておきます。 

(※ 営利目的による許可なしの転載・引用を禁じます)

さらに、羽生選手のレッツゴー・クレイジー!と、この歌が、どのような関係があるのかも、後から見ていきます。

 

1:Amazing grace! how sweet the sound
That saved a wretch like me!
I once was lost but now I am found
Was blind, but now I see.

2:'Twas grace that taught my heart to fear.
And grace my fears relieved;
How precious did that grace appear,
The hour I first believed.

3:Through many dangers, toils and snares
I have already come;
'Tis grace has brought me safe thus far,
And grace will lead me home.

4:When we've been there ten thousand years,
Bright shining as the sun,
We've no less days to sing God's praise
Than when we've first begun.

 

(管理人による日本語訳: 直訳的に、そして意味を丁寧に説明しておきます)

 
1:驚くような神の恵み! なんと甘美な響きだろう
私のような どうしようもない者をも救って下さった
私はかつて迷い出ていたが しかし今は(神に)見出だされた
私は盲目だったが 今は見える  (※ 見えるようになったのは神の恵みのことです)
 
2:私の心に恐れることを教えたのは、神の恵みだった 
そしてその恵みは、私を恐れからも解放して下さった
そのような恵みが現れたことは なんと尊いことか
私が初めて信じた、その時に…
 
3:多くの困難、苦労や誘惑を 通らされ
私はついに ここまでたどり着いた
ここまで安全に導いて下さったのは 神の恵み
そしてその恵みは、私を本当の故郷(=天国のことです、人間が帰るべき天の故郷)まで導くだろう
 
4:私たちがそこで(=故郷の天国で)1万年もの年月を過ごすとき
私たちは太陽のように輝き
神への賛美を歌わない日は一日もないだろう
私たちが初めて歌い始めたその時以上に…

 
悲惨な出来事を通して、その中で神様を見いだし、神様と共に歩むことで、
困難や誘惑を乗り越えられるという、聖書の「この世の真理」について歌っています
 
そしてその希望と恵みの行きつく先は、Home=「天国」だという点も、羽生選手の「レッツゴー・クレイジー!」と同じです。(英語でHomeは、「人間が帰るべき天の故郷=天国」の意味で頻繁に使われます。これは聖書に基づくものです)
 
「レッツゴー・クレイジー!」で冒頭部分で歌われていて、羽生選手が演技では、4回転ループとその後のイーグルまでで表現していた、「天国世界」(=永遠に続く幸せ、と呼ばれていたもの)の描写は、この「アメイジング・グレイス」では4番の歌詞に出てきます。
 
 
「レッツゴー・クレイジー!」では「昼も夜も輝く太陽」と歌われていたのは、天国における永遠の神「イエス=キリスト」の姿のことで、聖書では有名な決まった表現なのですが、
このアメイジング・グレイスで歌われている「私たちも太陽のように輝く」という表現は、
聖書で、「天国に召された私たち人間(死後)も、そこを治めている神(=イエス)と共に、太陽のように光輝くようになる」、と預言されているので、それを歌っています。
 
しかし、それでも、神と人間とは「創造主」と「被造物」(=創られた者)として、立場が根本的に全然違いますから、
人間は、神様を賛美する美しい歌をいつも歌っていて、その美しい歌で満ちている世界が、天国世界だというのです。
 
 
この歌詞の深い意味を知ってから、こちらにご紹介する動画(イル・ディーボ IL DIVO が歌っている「アメイジング・グレイス」) を見ると、なぜそれぞれがこういう歌い方なのか、そしてなぜ4番だけをメンバー全員で喜び輝くようにして歌っているのかが、良くわかるだろうと思います。 ↓
 
IL DIVO (アメイジング・グレイス) 公式動画より
 
 
 
 
 
「アメイジング・グレイス」も、「レッツゴー・クレイジー!」も、歌詞の根拠は、全て聖書から来ています。
 
だから、プリンスさんの曲の中でも、特にこの曲がベストセラーとなり、アメリカでも世界でも 大ヒットしていたわけですね。
 
ここで、4番をIL DIVOの皆様は「When we've been there」ではなくて、「we've been here」と歌って、「there」を「here」=「ここ」に変えているようですけれども、これは、キリスト教会内や、クリスチャンの大勢集まっている集合体となるような場所や、キリスト教圏の国では、たまに(またはよく)やることであって、それは次の聖書の言葉に基づいています。
 
 
イエスは答えて言われた。
「神の国は、見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ。」(ルカによる福音書17章20~21節 新約聖書 新共同訳より)
 

「二人または三人が私の名によって集まるところには、私もその中にいるのである。」
※ 私とは、イエス=キリストのこと (イエス=キリストの言葉です)
(マタイによる福音書18章20節 新約聖書 新共同訳より)

いわゆる、死後に迎えられる「天国」(=神の国)とされる場所のほかに、その「神の国」の小さな形が、まだ地上にいる間でも、神を信じて従う人々の「間」に実現していくことと、それを先に味わうことができる、ということをイエス=キリストは語られていました。
従って、イエス=キリストに本気で従う人々(キリスト者、またはクリスチャン)が複数、あるいは大勢集っている場所には、地上であっても、小さな「神の国」が実現している状態になっていく、ということをイエス=キリスト本人が語られたため、それを意識して歌うと、あえて「here」という表現になります。

また、そういったことを意識して、元の歌詞では「me」(=私を)になる場所を、歌い手一人ではなく、あえてその場にいる人皆を指すことにするために、複数形「us」(=私たちを)に変えて歌うこともあります。
 
 
 

 

さらに、「アメイジング・グレイス」の、オリジナルな別バージョンで、3番以下で、以下のような歌詞も存在しますので、そちらも翻訳しておきます。

これを見ると、「レッツゴー・クレイジー!」の歌っている世界観、すなわち「聖書の世界観」が、さらに良くわかるだろうと思います。

 

3:The Lord has promised good to me,
His word my hope secures;
He will my shield and portion be,
As long as life endures.

4:Yes,when this flesh and heart shall fail,
And mortal life shall cease;
I shall possess, within the veil,
A life of joy and peace.

5:The earth shall soon dissolve like snow
The sun forbears to shine;
But,God who called me here below,
Will be forever mine.


日本語訳(管理人翻訳)  (※ 営利目的による無許可の転載・利用・引用を禁じます )

 
3: 主は(=私たちの神は) 私に良いものを約束して下さった
彼の(=神の)言葉は私の希望を保証して下さる
神は私を守る盾にも、そして私の一部にもなって下さる( ※ ここでいう「一部」とは、イエス=キリストを本当に救い主として信じ受け入れた人には、その人の内側に「聖霊」(の神)が与えられるため、それにより、常に神と共に歩めるようになることを指しています)
この命が続く限り

4:そう、この肉体と心が朽ちる時
そしていつか死すべき人間の命を終える時
私は  (花婿である神様の、花嫁としての)ベールをかぶり
喜びと平安に満ちた 次の人生(=天国での日々)を手に入れるだろう

5:この地球はまもなく雪のように解けてなくなり
太陽はもはや輝かなくなる;
しかし、私を御許へと呼び出して下さった神は (=召して下さった神は)
永遠に私のものとなる


 
この、上の載せた「別バージョンの5番」は、まさに「レッツゴー・クレイジー!」が歌っていた、「終末の世」「この世界の終わり」「その後」について歌っています。
いつか、神様が定めた時(=この世の終わり)の瞬間が来ると、地球は溶けてなくなり、太陽は消え失せる、と預言されています。
そして、「Never ending happiness」=終わりなき幸せの続く、神の国の世界(=いわゆる天国世界)と、悪魔が送り込まれることになっている地獄とが存続していく、というのが聖書の預言です。
 
 
参考聖書箇所:
「主の日(=キリストが戻って来られる日のこと、あるいは、神様が定めた日のこと)は盗人のようにやってきます。
その日、天は激しい音を立てながら消え失せ、自然界の諸要素は熱に熔け(とけ)尽くし、地とそこで造り出されたものは暴かれてしまいます。 このように、全てのものは滅び去るのですから、あなたがたは聖なる信心深い生活を送らなければなりません。 (中略) その日、天は焼け崩れ、自然界の諸要素は燃え尽き、熔け去ることでしょう。」
  (ペトロの手紙 第二 3章10~13節  新約聖書 新共同訳より)

「この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。」
 ( イエス=キリストの言葉   マタイによる福音書 24章35節  新約聖書 新改訳より )


 
「レッツゴー・クレイジー!」の歌詞の解説の時に、
聖書では「神と人間との理想的な関係は、花婿と花嫁に例えられ、「結婚」(新婚)のような親密な関係が最高だとされている」と説明しましたが、
この別バージョン4番の「ベールをかぶる」という表現は、神様との最高の関係として、死後、
天国へ迎えられた人間一人一人が「花嫁として」神様に迎えられ、扱われることを聖書は語っているため、それを意味しており、それはまた、「喜びと平安に満ちた天国での日々を送れること」を意味することから、歌われています。
 
また、別バージョン5番の最後の、「(神が)永遠に私のものとなる」という表現は、
まさにその神様と、天国に迎えられた人間一人一人とが、新婚夫婦のような理想的な関係が永続する「幸せ」を指しています。
 
 
また、聖書では、旧約聖書も新約聖書も含めて、いつかこの世界の終わりが来ることが、神の言葉として堂々と預言されていますが、それは決して恐怖をあおるためではなく、人々に心の準備をさせ、備えさせ、むしろ災いを逃れさせて本当の幸せを見いだし、得られるようにするためなのです。

 
世界中に散らされていたユダヤ人による、イスラエルという国の再建とユダヤ人のあの地への帰還は、何千年も前から、神の言葉によって「預言」(=神の言葉を預かる、の意味)されていた出来事であって、
19世紀には酷い荒れ地になっていた土地であったのに、
20世紀に実現したこの驚異の出来事と、使われなくなっていたヘブライ語の復活、そして現代に実現しているイスラエル国内の土地の驚異的な自然の恵みの回復は、世界史上でも大変重要な意味をもつものでした。
 
このことは、聖書の内容をバカにしていた、世界中の一部の人たちを、震撼させたのです。
なぜなら、何千年も前に預言されていた、「あり得ない」とされていたことが、そのまま実現したからです。
 
 
ニュースや新聞よりもはるかに正確だと言われる、聖書の「預言」内容を、本気で調べていった無神論者や疑い深い者たちが、「神など存在しないことを証明しようとして」、調べ上げた結果、
その書かれている内容の正確さに逆に驚き、信じざるを得なくなってしまい、ついに神を信じるようになったという例は、いつの時代も世界中にあり、枚挙にいとまがありません。
 
 
どうしようもない、反逆の人々や罪深い状態の人たちも、試練や困難を通して神様は姿を現して下さいますが、
本気で真理を追究しようとする「本気な」「真剣な」人たちにも、
神様は、その本気が本心であるならば、必ず真理を見せて下さるのです。



 

 
この動画の歌詞の翻訳はなかなか素晴らしいですが、4番の「かの地」という表現だけは、漠然として意味がなんだかわからないと思いますが、これは3番の歌詞を受けている「there」なので、明確に「天国である故郷」を指しています。
 
また、ここでは昔と訳されていますが、元の英語は4番は過去分詞になっていますが、聖書では、神の世界では「時間の概念が地上とは全然違う」ことが明記されており、過去・現在・未来を同時に司り、最初からその全てを把握しておられるほどの存在が、聖書で言う「神」すなわち、「天地創造主たる神」だとされています。
従って、この万年単位を歌っている4番の歌詞は、過去・現在だけでなく、イエス=キリストが再臨した後の未来とされる、「千年続く幸せな時代」とその後に続く「新天新地」とされる時代をも含めて歌っているため、未来をも含めた形で訳すのが適当と私は判断しますし、それがベストと断言できます。
 
イエス=キリストが救世主として 十字架上で死に、人間の罪の代わりを担ったとされる「救い」の出来事も、歴史上では約2000年前の過去の出来事ですが、これは現在に至るまで、それをただ信じ受け入れ、生き方を方向転換することで、いつの時代でも「現在生きている、あなたの身代わりとして、その罪を身代わりとなって肩代わりしたこと」として、直ちに神の御前で有効とされるのが、神のお定めになったルールだと聖書は語っていて、これについても、時間の概念は関係ないのです。
 
現実に、現代でも毎日のように、世界中でそれにより人生を大きく変えられていく人が大勢います。
それこそ、昨日まで悪魔崇拝者(サタニスト)だったような者が、だれが本物の神か判り、本気で悔い改めて(生き方を変える決意をして)イエス=キリストを受け入れ、クリスチャンに変わった、というように、その人生を180度変えられていくようなケースも、今日でも、とてもよくあるのです。
 
 
 
参考聖書箇所:
主の(=神の)もとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。
ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。
主の日は盗人のようにやって来ます。
その日、天は激しい音を立てながら消え失せ、自然界の諸要素は熱に熔け尽くし、地とそこで造り出されたものは暴かれてしまいます。
(ペトロの手紙第二 3章8~10節 新約聖書 新共同訳より)
 



「アメイジング・グレイス」も、「レッツゴー・クレイジー!」も、
どちらの歌も、罪深い人間に対してさえ与えられる、神様による驚くほどの「恵み」「恩寵」(=おんちょう)についての歌です。

悲惨な出来事、困難や試練で 悪魔に引き下げられるのではなく、そこでむしろ本当の神と出会うことができ、神と結ばれ、強い絆に導かれる恵みにより、その試練や困難を乗り越えていき、
神様と共に歩める(コラボレーションできる)人生を歩み、
自分に与えられたこの世の使命・その「生命」を全うした後に待つ、天国世界とその希望、
その過程で得られ、さらに永遠に続くとされる「幸せ」について歌っています。



羽生選手やジョニーさんが、アイスショーで、このような意味をもつ演技をあえて選び、
何度もやってくれたその想いが、一人でも多くの方に届きますように…!

この激動の世の中で、一人でも多くの方が様々な種類の困難を乗り越え、
希望と 真の幸せを見いだせますように…!

そして、深い想いを込めて演技して下さった羽生選手や、ジョニーさんはもちろんのこと、
ここを見て下さったすべての方の上に、神様の導きと祝福があり、
本当の平安と幸せが訪れますように…!!

主イエス=キリストの御名でお祈りしています。




最後に、Celtic Womanのアレンジ版「Amazing Grace」を…  






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