羽生結弦選手  絶賛応援ブログ  花になろうよ!

類稀な才能に溢れ、全身全霊で取り組む羽生結弦選手を心から応援し、神格化・偶像化をせずに、素晴らしさに注目します!

羽生選手の「レッツゴー・クレイジー」衣装の薄紫・青紫色と、天国と祝福

2017-04-20 | 管理人のひとり言

 

私には、子供のころから、好きな色で、なおかつ、不思議に思う色が一つだけありました。

 

この色の持つ不思議な力にハッキリと気が付いたのは、小学生の時。

 

多彩な折り紙の色を見ている中で、この色を見るとなぜかホッとするし、

とても優しい気持ちになれることに気が付いたのです。

 

特に、悲しいことがあった時には、それを強く感じました。

 

そして、次にその色の凄さに気が付いたのは、この花を通して、でした。

この花とはこちら。(藤の花)←クリックどうぞ

 

いつも見ていた藤の花であっても、

やはり、何かとても悲しいことがあった時に、ふと藤の花が目に入ると、

その時にはまるで全く違った色にさえ感じられるほど美しい色合いに見え、

心が一瞬でパッと癒されて、とても明るくなることに気が付き、

とても感動しながら見ていたのを、明確に覚えています。

 

 

その時から、この藤色というか、薄紫色は、

悲しみに沈んだ時ほど、

力を強く感じる色であり、とても有り難い色だなと感じてきたのですが、

 

 

私にとって、この色が、本当に特別な意味を持つ色になったのは、ある出来事が起きてから。

 

 

その出来事をきっかけに、私の目には、世界に灰色(グレー)のフィルターがかかってしまったかのようになり、

深すぎる悲しみのあまり、世界が「色を失った」ようにしか見えなかったある日、

お花屋さんの前を通った時に、

この花が、店の一番通り側に置かれているのが、パッと目に入りました。

 

 この花とは、こちら。↓

ベルフラワー (乙女桔梗とも言うそうですが)

 

この花の美しい青紫・薄紫を見た瞬間から、心に深くしみ入り、なぜか悲しみがすっと一瞬で消えて、心がとても温かくなったのです。

 

だから、その花をすぐに買って、家に持って帰りました。

 

この花を、特にこの花の「色」を、毎日見ることで心が優しさに包まれ、なんとか心を保っていた日々が、確かにありました。

 

人は、命は、

どこから来て、どこに行くのか…

 

天国のことを、この時ほど真剣に、本気で、深く考えていたことはなかったと思います。

 

 

あの色を見て、あの花を見て、どれだけ毎日、天国のことを考えたか…。

 

 

私は普段は、他にも好きな色がいくつかあるのですが、

その時だけは、なぜかこの色しか目に入らず、世界に存在するのはこの色だけであるかのように、

本当に、この色ばかりが好きでした。

 

なぜか、この色が一番、天国に直接届く色であるような気がしていたのです。

 

なぜ、この色なのかは、理由はわかりませんでしたけど…。

 

 

以来、私は、友人たちが、身内や、とても大事な人を亡くした強い悲しみの淵にある時には、

贈る花の中に、必ずこの色を…

なければ、それに少しでも近い色の花を、意識的に入れるようにしてきました。

 

全ての人が同じように感じるとまでは思わないけど、

私が花をあげた経験から言うと、必ずといっていいほど、

特にその色の花を見て、私と同じような感想を持たれたり、喜ばれたり、心が慰められた、という感想をもらうことが出来ました。

 

 

富良野で有名な、香りの鎮静作用でもとても有名な 

この花(ラベンダー)も、同じような色の花の一つに入るかな、と思います。(←クリックで写真)

 

 

 

 

羽生選手の今シーズンのショート、「レッツゴー・クレイジー」の衣装は、

最初は白でしたが、途中で今の「薄紫色」に変更になりました。

 

羽生選手が最初、「白」にこだわった理由は、あのプログラムで歌われている内容(神様と天国のこと)

を正確に知っていれば、よくわかると思います。

 

プリンスさんは、「パープル・レイン(紫の雨)」というアルバムの中に、

「レッツゴー・クレイジー」という、この曲を入れました。

 

プリンスさんたちの残した説明を聞けば、あの「紫の雨」(パープル・レイン)というのは、

「神様(=聖書でいう「聖霊の神」のこと)の臨在」を指すための表現として使われていることが判りますし、

聖書の知識があれば、歌の歌詞を見ただけでも、それが明確に判ります。

根拠の説明はこちらのページをどうぞ。

 

そして、「レッツゴー・クレイジー」の歌で歌われている、「Purple banana」(紫のバナナ)という表現は、判る人にはすぐわかりますが、実は明確に「イエス=キリスト」を指していて、

この歌は、大変な状況にある人々を励まし、究極の希望としての、天国への想いを歌った歌だと判ります。(理由は同じくこちらのページを参照下さい

 

プリンスさんにとって「紫」とは、神様の色としての象徴だったようです。

 

私はなんとなく、この歌を最初に聞いて、歌詞を見た時にイメージした「紫」は、

もう少し濃い色をイメージしていたのですが、

 

羽生選手が選んできた衣装の紫色は、あの通りの色でした。

 

 

上半身は、キレイで優しい「薄紫」色ですが、

 

下半身の衣装の色は、光の加減によって色合いが変わる、不思議な青紫。

 

光の足りない、やや暗いところだと、グレー(灰色)にも見えてきたりする一方で、

光が強く当たれば、とてもキレイな青紫だったり、

時にはもっと明るい藤色っぽく見えたり、

撮られた写真の数々を見ても、光の加減によって、色合いが色々と変化して見える色。

 

 

羽生選手は、光の加減や角度によって、空色が見えるように、意識して選んだ色らしいですから、

きっと、プリンスさんの意向を汲んだのでしょう。

 

彼は、残された彼の証言の説明によれば、

「天」や「空」を表す「青」と、

罪の赦しを意味する「キリストの十字架の血」の「赤」とを合わせた色が、

「紫」になることから、

天の神様による、救いの象徴として、この「紫」を選んでいたことが判ります。

詳しい説明はこちらのページへ。

 

 

人によって、様々な感想を持つあの色の衣装で、

お菓子の袋の色だの何だのと、色々なことを言われたりもしていましたけれども (笑)、

 

私には、強烈な天国との思い出ともなっていた、忘れがたいあの花と同じ色である衣装を、

羽生選手が選んだのを見て驚き、

驚きすぎて、何も言えなくなってしまいました。

 

 

光が足りないところで見ると、グレーっぽく見えてきてしまう、というところがまた、

(決して狙ったわけではなかっただろうけど、)

私から見ると、あまりにも意味が深すぎました…  

 

 

たかが衣装。

 

されど衣装。

 

その色の衣装を観ながら、色々、考えさせられました。(笑)

 

 

私が、色を失ったように見えた世界の中から、再び色を取り戻すことが出来たのは、

「人の命の長い短いは、その人に与えられている使命と深く関係があって決まる」ということ、

「短い命が必ずしも不幸なわけでも何でもなく、天国の方がむしろ幸せな場所である」こと、

「天国がいかに素晴らしく、この世をはるかに上回る場所であるか」ということの

三つを、本当に理解した時でした。

 

 

そして、今、あなたが生きている、生かされている、ということは、

「あなたにはまだ何か、神様から与えられた使命が残されている」、ということ。

 

 

今、世界が色を失って見える状況にある人たち、

悲しみや落ち込み、希望がないあまりに、世の中がグレーに見えている方々には特に、

 

羽生選手の演技が、素敵な形で心に届くといいなと思っていますし、

 

あの衣装の色さえも、優しい意味を持って、あるいは明るい意味をもって、

その心の奥深くにまで届くといいなと、

 

自分の過去を振り返って、強く思います。

 

 

なぜかあの色合いの衣装を選んでしまった(笑)

素晴らしい感性をもつ 羽生選手に、感謝を込めて…

 

 

今、悲しみや落ち込みの淵にいる人たちだけでなく、

今の世界情勢に不安を覚えている人たちにも、

恐怖におののいている人たちにも、

天来の強い希望と、勇気が与えられますように…!

 

 

何かのご縁で、ここを読んで下さった方、全ての方に、

大きな祝福がありますように、お祈りしています!

 

他ならぬ、羽生選手自身にも、大きな大きな、

計り知れないほど大きな、神様からの祝福が注がれていきますように…!!

 

 

羽生選手、自信をもって、

信頼して、希望をもって、思いっきり楽しんできて下さい…!! (笑)



シーズン最後の大会、

笑顔が広がっていく、最高に幸せな大会になりますように…!


主イエス=キリストの御名によってお祈り致します! 



「神は正しいことを行われます。

あなた方を苦しめている者には、苦しみをもって報い、

また、苦しみを受けているあなたがたには、

わたしたちと共に休息をもって報いて下さるのです。

主イエスが力強い天使たちを率いて天から来られるとき、

神はこの報いを実現なさいます。」

(テサロニケの信徒への手紙第二 (第二テサロニケ) 1章6,7節   新約聖書 新共同訳より )



「神は豊かな憐みにより、わたしたちを新たに生まれさせ、

死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え、

また、あなたがたのために天に蓄えられている、

朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者としてくださいました。

あなたがたは、終わりの時に現されるように準備されている救いを受けるために、

神の力により、信仰によって守られています。

それゆえ、あなたがたは、心から喜んでいるのです。」

(ペトロの手紙第一 1章3~6節    新約聖書 新共同訳より)



「ユダヤ人とギリシャ人の区別はなく、

すべての人に同じ主(=天地創造の神様)がおられ、

ご自分を呼び求めるすべての人を豊かにお恵みになるからです。

『 主の名を呼び求める者は だれでも救われる 』のです。」

(ローマの信徒への手紙 10章12,13節  新約聖書 新共同訳より)

 

※ 主の名、とは、イエス=キリストの名のこと



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