tarohanaきままな記録

わんこ3匹毎日頑張る!

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やっと時間がとれまして

2009-07-24 22:39:03 | じいの病状日記
 癌患者、特に延命治療を行っている方々についての情報がまとまっていないこと。
父が該当者になってから、図書館で本をさがしたり、ネットで検索したりといろいろ試しましたが、
強く実感するところです。

 ・今の抗ガン剤は少し効いているようだが、いつ効かなくなるのだろうか。
 ・新しい抗ガン剤のオプションはあるのだろうか。それは使用可能だろうか。
 ・がんの進行スピードはどの時点で加速を始めるのだろうか。
 ・その時点で起きる苦痛はどの程度だろうか。
 ・あと何ヶ月歩ける体調を維持できるのだろうか。
 ・どのような死因で死んでいくのだろうか。

これは前回の戸塚先生のブログの中にあった言葉。
まったく同感です。
私の記録が誰かの役にたてばという気持ちで始めます。



これは父の畑。先週撮影したものです。

H20年3月19日。
がんセンターで肺腺癌、リンパ節、骨転移、Ⅳ期であることを告げられました。
とてもたんたんと。医師は直接父に告げた後、父の顔をのぞき込み、”大丈夫ですか”と聞きました。
よく覚えてます。それから、”Ⅳ期、他に転移をしているということは手術をして直すことはできません。
これからは延命治療になります。まずは早めに入院して、抗がん剤治療を始めましょうか?”と。
父は”先生におまかせします”と答えておりました。
帰りの車の中で、”もう71だからいいや”といっておりましたが、私は買い物のため途中下車した、イオンであふれる涙をおさえることができなかった。

 上の写真の畑はH19年11月、借りて始めたものです。300坪ほどの肥えた土地で、退職後の楽しみを始めたばかりでした。
翌年はじめにはかぜをこじらせ、6月に肺炎との診断で約10日近くの病院に入院します。
我が父は頑固者で、なんとこの入院は幼少のとき破傷風で病院にかかった時依頼の約60年ぶりの
病院でした。
 考えればこのときの肺炎は癌によるものでした。退院の時には血液の検査も痰の検査もしており、
1週間後の通院時にはがんの疑いはないようですとの診断でした。
そのときの家族の喜びといったら。本人はなおさらでしょう・・・・
でもその半年後、同じような症状が発症し、耐えられずに病院へ行くと言い出すことになります。
そのときのレントゲンで癌の疑いありとのことでがんセンターを紹介されました。
ですから畑をかりてからは病気との闘いで、まともに全季節楽しんだことはないのです。

昨年の3月からの治療内容です。

H20.4.2 シスプラチン タキソテール ゾメタ 1回目 入院 3/27~4/10
H20.4.23 シスプラチン タキソテール ゾメタ 2回目 通院
H20.5.26 シスプラチン タキソテール ゾメタ 3回目 入院 5/21~6/4
H20.6.26 シスプラチン タキソテール ゾメタ 4回目 入院 6/25~7/5
H21.2.18 ~H21.3.3 放射線治療


今年3月の放射線治療(腰骨)後、レントゲンに多大きな差異はないと次の治療は始まっておりません。
腫瘍マーカーの表もエクセルで作成したのですが、このブログの貼り付けができませんでした。
どなたか方法をご存知の方、教えてください。

体調のよいときには自転車で40分ほどのところにある畑に行き、手入れしてます。
そして現在この状態です。ひまわりは私と母で種をまきました。

この書き込みをしている最中、となりの部屋でなまあくびばかりしていた父が急にふらふらと
”頭が痛い、気持ち悪い”とやってきて倒れこみました。
あせりました。慌てて水枕とアイスノンで冷やしました。
体が冷たいので熱を測ると34度代、すごい汗。驚きました。10分程で落ち着き、眠れるようです。
初めてです。
これは脳に転移したかもしれないということなのでしょうか・・・
検診は来月の13日ですが、来週の休みに連れて行ったほうがよいのでしょうか。

やはり不安だらけです。







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引き続き生きるということ

2009-07-15 03:51:47 | インポート
昨晩、戸塚洋二先生のドキュメンタリーを見ました。
few more monnths、またすごい方がいるものだと驚いております。
確かに癌患者の記録は少ないとは常々思っておりました。
いったいこれからどんな状態になるのか、ネットでもいろいろ探しておりますが、
なかなかこれだと思うものが見つかりません。
病院の先生も必要最低限の言葉しか発せず、こちらから質問しても
丁寧な説明は得られないのが現状です。
 我が父は幼少のころ破傷風にかかり、病院に行ったのが最後、それから肺癌による
肺炎で入院するまで約60年ほど病院にかかったことがありませんでした。
信じられない話ですが、本当の話。ですから、肺癌で病院に入り、先生と対面するにあたり
かなりの緊張感があったわけです。そして当然ながら先生は先生なのです。
でも、その先生は父が思うように説明してくれない。
最近はときどき、先生に対しての不満のようなものをクチにすることがあります。
”どうせ死ぬのだからと思っているのか、たいした説明をしない”と。
つらいですね。返す言葉を失います。先生にとってはたくさんいる末期の肺癌患者の1人、
延命の治療しかできない患者の1人なのでしょうね。
”いきなり肺癌末期だと言われてるんだから、何もわからない。こういう病気でこんな風になって、
こんな症状がでてくるのだと教えてくれなければわからないのに・・・”
通いでの抗がん剤の治療を始める前ですが、看護士による副作用の説明がありました。
その中で、強い耳鳴りがしたらすぐに先生に連絡を入れてくれと言う話があったのです。
治療をうけて何日か目にいきなり耳鳴りがしだし、かなりあわてたようで、看護士のいった通り
がんセンターに電話を入れ先生の指示をあおいだのです。ところが先生からは
”耳鳴りはどうしようもない。あまりひどいようであれば近くの耳鼻科に行ってみて”という回答。
これにはかなりがっかりしたようです。看護士にも先生にも不信感をもった父。
1年前のことですが、今でも病状の話とかしだすと、必ずこの話がでます。
”何もしてくれないなら、なぜ看護士がすぐに病院に連絡してなんて説明するんだ?!”
確かにその通りでしょう。
直らない病気を治療している人間の気持ちはどんなものなのか。
昨年3月の告知から1年4ヶ月、このところ食欲が落ち、体重が減ってきております。
病気知らずの頑丈な体がだんだん細くなっていく。
これからどんなことがおきるのでしょう。
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生きること

2009-07-09 19:48:41 | インポート
先日久しぶりに読んだ本、「できれば晴れた日に」。
帰宅の電車の中で読んでいた人がいて、目に付き、メモをし、早速ネットで購入して読んだのですが。
とてもこわい本でした。病気のおそろしさとそれに立ち向かう先生の強さがとてもこわくてこわくて。
実は実父が末期の肺癌でして、その手の本が目に付いたわけです。
生きるということ。死を迎えるということ。
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