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「見えない力」稀勢の里の意識のジャンプアップ

2017年03月28日 | パワーかフォースか


信じる信じないはご自由なのですが、昨年来より、上る人は上がり、下がる人は下がり続ける意識のアセンションが起こっているみたいだ、なんて勝手なことを書いております。

先日の記事で、時の人となった森友学園理事長の籠池氏の意識が上がったと書きました。
 証人喚問・籠池氏の変化

意識レベルの数値の中では、200500がターニングポイント、切り立った崖のように、人類にとって乗り越えることが難しい数値です。
しかし、ここ数年、そういう壁をやすやすと超える人々が増えてきたことを感じています。
200は、人から生命力を奪うネガティブな意識が中心となるフォースと、人に生命力を与えるパワーの境目です。
500は、「理性」「理解」(部分を扱う)という論理的な思考と、「慈愛」「啓示」(全体を扱う)などの価値の境にあります。

私どもは、「体の治癒のために起る好転反応を乗り越えると、意識レベルが上がる」ということを経験的に知りました。
同じように、精神的にも試練を乗り越え、新しい境地に達した時、突然意識レベルは上がるのかと、昨今の人々の数値の変化を感じています。


●稀勢の里の意識のジャンプアップ

稀勢の里の今場所の優勝。このときもまた、稀勢の里の意識のジャンプがありました。
横綱白鵬と同じように、横綱稀勢の里は、意識レベル310代の「意欲」「希望」というようなパワーの領域の方。
前向きに辛抱強く、自分のなすべきことを続けてこられた方。

彼は、今場所、怪我をする前も怪我をしてからも「意欲」の方でした。



怪我をする前 




怪我をする前 




怪我をしたあとの千秋楽。取り組みの前、会場に入る直前の数値も、やはり310代でした。
とても魅力的なパワーの方です・・・しかし。




最終日の土俵に上がった時。
彼のパワーは500の壁のブレークスルーが起こり、 523 にあがっていました。
なぜだかここで、意識のジャンプが起こっていたのです。
経験的に310代のパワーの方がジャンプアップした場合、400を通り越し臨界点500を超えてしまう事がほとんどですが、彼もまた同じでした。




取り組み前だと言うのに、いつもよりも、さらに穏やかな仏像のような表情になっていました。



人の意識レベルが上がった瞬間を、垣間見られました。
この不思議な人々の意識の変化。
今、このときもあちら、こちらで、すごいことが起こっているのではないかと思わずにいられないのです。
(当然180度逆もありますが)
このように感じるのは、私どもだけなのかどうなのかわかりませんが、ご理解いただけるなら、とても嬉しいです。





優勝が決まった時。523。
わざわざ数値など測らなくても、見た感じ、何かが変わっている。なんだろう?

一体どこが変わったのか、じっと見ていて気づきました。
彼の肩の稜線です。怪我をしたことに関係なく、両側とも、なだらかな丘のようです。
これもまた仏像の肩のようです。




もう一度、怪我をする前の写真。肩の稜線は、いかっているというか肩に力が入っているのか、盛り上がっています。


●心と体の整え方

私どもは、高いパワーの方は、幸せの神経伝達物質である、平常心をもたらすセロトニンがこんこんと湧き出ているのではないか、と仮説をたてておりますが、セロトニンが働く時、身体の抗重力筋も働き、骨格も整います。
つまり、稀勢の里は、心が体に影響を与えたのか、体が心に影響を与えたのかわかりませんが、心と体の働きのバランスが整った。相乗効果のように良い結果をもたらしたものと思います。

稀勢の里の話だと、上半身がダメなら、充実している下半身で相撲を取ろうという思考を持ちました。
つまり、今まで、取り組みのシュミレーションや技や力(部分)で、結果を出そうとしていたものが、それができなくなったことで、体(全体)を意識することが、自然とできたこと。

そして、塩。
海のミネラルの入っている塩は、体のバランス、骨格を整えるのに役立ちます。

相撲は昔から、神事の意味合いがあって、取り組みの前に塩で土俵を清めます。
昔の塩は天然自然の海の塩で、身体にはイエスというものが多いですが、精製塩、塩化ナトリウムでは効果がないことは、キネシオロジーテストでもわかります。
塩をまくのは単なる伝統ではなく、意味がある。
つまり人間にとって、手に持ったものによって、本人には無自覚でも瞬時に筋肉に影響が出てきてしまいます。
 体と携帯電話
誰でもない相撲をとる人自身が塩をまくことで、土俵を清めると同時に、筋肉を整える・・・経験的にそんな意味もあったのではないでしょうか。


●見えない力



稀勢の里は、今場所を振り返って「見えない力」ということを何度か言っているようです。

意識レベルが500を超えると、そよ風くらいの追い風が吹いてきます。(神風ではありません)
ご本人が千秋楽に「見えない力」が働いたというのは、自分が本来持っている無自覚の潜在的な力が出せる意識になったのだと思います。
心と体が整えば、稽古によって身についた「技」が無意識のうちに発揮できる。
相撲には「心技体」という言葉があります。まさに、こういう経験が「心技体」という言葉の本質なのかもしれません。


「パワーかフォースか」239ページ(要旨)

最もレベルの高い武道において、ずば抜けた技を達成するには、「動機」と「原理」が究極的に重要であることが明確に示されています。

武道を習得した彼らは口を揃えて「力を無理やり使わないこと」と言います。

こういった武術の道場からは、達人が生まれます。

トレーニングを通して、高次元の自分によって低次元の自分に打ち勝つことです。


スピリチュアルとは何か、と問うとき、前世やオーラなどロマンチックな意味合いで使われることも多いですが、それは、スピリチュアルの全体ではないと私は思います。
人生の答えは誰かが教えてくれることではなく、誰かの教義に従うことでもなく、それを流布することでもなく、自分自身が試練を乗り越えた時に気づく「生まれてきた意味」じゃないか、って思います。

部分から全体へ 意識の稀有な変化が起こった場面を見せてくれました。
良いものを見せていただきました。感謝。



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