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木村秋則さんの世界観から見えてきたこと

2017年05月15日 | パワーかフォースか
学研からでているオカルト雑誌「ムー」は、虚実混ざっているけれど(たいてい虚が多いので買わないが)、最新号(2017年6月号)は「体がイエスと答えた」と言って不思議人間が買ってきた。

家に帰って、立ち読みできないようにビニール袋に入っていた、その雑誌の中身を開いたら、終わりの方に、木村秋則さんのインタビュー記事がでていて、この部分がイエスだったようだ。

木村さんの本はコアに読んでいるので、既知のものと重複することは多かったが、真実だからこそ、繰り返し同じことが言えるのだと思う。

当ブログでは、人々の意識の変化は、今、大きく二極分化していると何度も書いている。
消えていくだろう延長線の未来と、残っていくはずの新たな道の未来、木村さんのような生き方の選択をすることが、次の時代(残る未来)のヒントなのだろうと思う。


とあるページの木村さん自身が描いた彼の世界観を示したメモのような図に、はっとした。





説明には、「欲が光を遮ると、貧困や争いが生まれる。しかし何かのきっかけで、光が欲を突き抜け、足元を照らすことがある。」と書かれている。


最近では、森友学園の籠池・元理事長が、意識レベル125の欲望から、パワーの領域に踏み込んだ事例がある。
「籠池氏にとんでもない事態が起こり、意識が変化して欲望の盾に穴が空き、宇宙の光が足元に当たってパワーの人になった」と、この図に示されているような気もした。
(もちろん、この図が、単に籠池氏の意識の変化を示したものでなく、もっと普遍的な人類全体の世界観・人類と宇宙の理の秘密なのだろうと思うが)


ある時期から、意識のアセンションが起こっているとは感じていましたが、その表れ方は、フォースはよりフォースに、パワーはよりパワーになる、と経験的に思っていたもの。しかし、籠池氏の事例で、はっきりと覆された。
引き続き、その状態であるにも関わらず、まれには、高いパワーだった人が、下がってしまうこともあるし、フォースの人がパワーに変化していくことがある
のは、籠池氏だけじゃなかったことも最近、身近なところでもあった。

「パワーかフォースか」が書かれた当時と状況が変わってきたというか、本当に変化に何がおこるのか、わからない。




この絵は、さらに象徴的だ。本文の説明には、「村氏の世界観を示した図のひとつ。欲望に向かって突き進んでも、挫折や失敗を契機に、あるべき道に立ち返るということだろうか」とある。

私が感じたのは、原点にいる人間(自分)の上に大きく書かれていた自分。
天井から、糸のようなものとつながっている。

野生の動植物は、迷いなく次の世代、子孫を残していく道(あるべき道)を自ずと知っている。
人間も全ての創造物と同じ自然界の一員としての存在であるなら、本来、宇宙からの力が働き、バランスの取れた、あるべき道へ導かれていく。

人間は、文明を作り、科学を作り、万物の霊長を名乗り、自然から離れた人工的なもので周囲を取り囲み、この100年、この50年、この20年と、その進化と変化に加速がかかっている。

それがあまりにも行き過ぎて、宇宙の理(ことわり)、自然の理(ことわり)を忘れ、調和することを忘れ、持続可能な理(ことわり)を無視し続けているのではないか、ということだ。
そこは、宇宙からの追い風は吹かず、やがてフォースが逆フォースを産むように争いが始まり、行き詰まり苦しくなる。

欲望(や不安や恐怖)というネガティブな心にとらわれたあまり、自分さえ良ければいい、他者を不幸にしようが儲かればいい、と間違った道を進む。
宇宙の理(ことわり)からの糸を自ら断ち切ってしまう、あるいは糸とのつながりが切れてしまうから、プラスアルファの自然の力が働かず限界があり、必ず挫折や失敗をする。

そこで気づくことで、もう一度原点に戻り、自己の欲望(や不安や恐怖)を手放し、宇宙の理とつながるような道をゆけばいい。
気づいたらパワーの領域に立ち戻ればいい。意識には距離も時間もないから、一瞬でパワーに変化する。
しかし、今までの思考が間違っていたと思わずに、さらにネガティブな意識の道を進むなら、手放せない人たちはフォースの闇に、どんどん下がり続けるのではないか。
気づいた人たちは、宇宙の理の追い風を受けて、さらに意識レベルが上がってくるのではないか。


意識のアセンションが今現在も起こっていると私どもが強く感じているのは、今は世界レベルで、変化の真っ最中で、こういう人々の「気づき」が起こっているのかもしれないな、と感じるのです。

それにしても、もし木村さんが宇宙人から言われたことが事実なら、このままゆけば人類に残された時間は少ないらしいのはわかった。(木村さんによれば、口止めされているのでその数字は絶対に言えないという)
今の世界的な試練が、多くの人たちに気づきをもたらし、悲しい未来を選択しないための「学び」であるならいいと心から思う。



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木村秋則さんは「物差し」かもしれない (私は少数派)
2017-05-16 14:41:51
木村秋則さんの本は何冊も持っています。先入観に囚われない自由な発想の持ち主で、彼の本を読むと心が洗われるような気がします。視野を広げることの意味も示してくれていると思います。そうすることで心が自由になりますね。
知りあいで木村さんのことを「山師だ」と言った人がいました。食の安全や社会的弱者のために活動していた人だったので、びっくりしました。
私は木村さんが「胡散臭い」人物には到底思えない(むしろ、高い意識レベルにある方だと感じていた)ので、このような見方に強い違和感を覚えたんです。
その数年後、
あるできごとがあって私はその木村さんを「山師」と言った人の言っていることや活動の仕方が信頼できないことに気づきました。
そんなことがあってから「木村さんのことを「山師」と表現した時点で気づくべきだった。」と思いました。

このできごとは
自分にある意味教訓のように残っています。

うまく言えませんが、人を見る目は大切かもしれません。
私は少数派さんへ (金木犀)
2017-05-16 21:59:05
この記事にコメントありがとうございます。

>先入観に囚われない自由な発想の持ち主で、彼の本を読むと心が洗われるような気がします。視野を広げることの意味も示してくれていると思います。そうすることで心が自由になりますね。

本当にそうですね。
私も、木村さんのファンで、ブログにも木村さんのことをたくさん書かせていただいています。
一番好きなところは、木村さんがすべての命に対して、また、道具や機械にまで、やさしい慈しみの気持ちを持たれているところです。
少数派さんも、木村さんのよき理解者であること、とても嬉しいです。

>木村秋則さんは「物差し」かもしれない

それ、すごくよくわかります。
「山師」といった方は、ご自分の中にあった、「山師」的な部分を木村さんに投影したのでしょうね。
高いパワーの人(批判されても、謙虚に受け止めて、怒らないので甘く見られる事が多い)を評価する時の言葉が、その人を表している、と思ったことは、一度二度ではありませんから。
人が、高い意識レベルを持っている方に対して、発する言葉は、自分の中にある部分=「自分だったらそうする」ということを鏡のように投影しているように思います。
全ての生きもの、道具、そして地球という星への深い愛 (私は少数派)
2017-05-19 00:00:52
金木犀さま
>「一番好きなところは、木村さんがすべての命に対して、また、道具や機械にまで、やさしい慈しみの気持ちを持たれているところです。」
に、全く同感です。
作物を荒らす生き物に対しても採れたもののお裾分けをされるようです。
そうすると余分に荒らされることもない、というふうに本に書かれていました。すごく心温まるエピソードだと思います。

人はどんなことでも誰のことであっても、その人のキャパに見合う分でしか理解できないようにできている、と最近思うようになりました。
だから解釈の仕方や捉え方も人それぞれなんだと・・・。

とはいえ、自分には解できない行動、共感できない考え、というものは多いです。
(だから少数派なんだと常々思い知らされる日々ではあります。)
私は少数派さんへ (金木犀)
2017-05-19 18:36:28
>自分には解できない行動、共感できない考え、というものは多いです。

本当に・・・
特に政治を見ていると、荒んだ気持ちになりますが、
木村さんのような方を見ていると、その正反対のベクトルでほっとします。
少数派であっても、心ある少数派、誇りある少数派ですよね。
金木犀さまへ (私は少数派)
2017-05-21 01:35:03
>「特に政治を見ていると、荒んだ気持ちになりますが、
木村さんのような方を見ていると、その正反対のベクトルでほっとします。」
に、おっしゃる通りだと思います。
自分も心ある少数派でありたいです。
少数派さんへ (金木犀)
2017-05-21 18:40:47
ありがとうございます。(#^.^#)

木村さんの本に「私の船に乗りなさい」という言葉がありました。
ノアの箱舟のノアの言葉だそうですが、私達も、心では、木村さんの船に乗っていたいですね。

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