子供のころ、よく捨てられた子猫を拾っては、家に連れ帰りました。
だけど、実は、母親は動物嫌い、父親は自分以外のことには興味を持たない人。
連れて帰っては、怒られて・・・
あるとき、だめだとわかっているのに、「嫌だ嫌だ」と、強引に家の中に入れてしまったら、私が寝てる間に外に出されてしまったのです。
朝、雨戸を開けたら、縁側の上で、子猫が死んでいました。野良犬にかまれたようなあとがありました。
(・・・このときのことを思い出すと、今でも子猫に申し訳なくて、涙が出てきます。)
それから、子猫をみかけても、家に連れて帰るのをやめました。

大人になって、結婚して、まもなくのこと。
公園の木の下に、小さなダンボールが、ふたをした状態でおいてありました。
何気なく、片方のふたを開けたら、空っぽ。
なんだ・・・と思って、もう片方のふたを開けたら、小さな小さな、猫がいました。
あ、捨て猫だ、
と気がついたら、とっさに腹が立ってきました。
何でこんな小さな子猫を捨てるの?
まだ、乳離れもしてないのに、死んじゃうじゃない。
箱を持ち上げたら、子猫の下から、チョコボールが3〜4個、ころころって転がって出てきました。
子猫はチョコボールなんて食べないのに。ばかだなあ・・・・
ふと、自分の子供のころのことがよみがってきました。
おうちに連れて帰って、だめだって言われて、元の場所においてきなさいって言われて、何にもできないから、せめて自分のおやつのチョコボールをいれて、ねこちゃんごめんって、その場を立ち去った子・・・が、いたんだって、はっと気がつきました。
この子猫は、それから我が家に連れて帰って、そのまま13年間家族として暮らしました。
家で最後まで見届けて、それから、虹の橋を渡って、魂のふるさとに帰ってゆきました。
チョコボールを入れた子は、もう大人になっているでしょうね。
この文を読んでくれるはずもないでしょうけど、チョコボールの子に、いつかどこかでお伝えしたかったんですよ。
あの子猫は、元気でやんちゃで、私たちに幸せをいっぱいくれました。チョコボール、入れてくれてありがとうって。
★写真「(C)SozaiRoom.com」
だけど、実は、母親は動物嫌い、父親は自分以外のことには興味を持たない人。
連れて帰っては、怒られて・・・
あるとき、だめだとわかっているのに、「嫌だ嫌だ」と、強引に家の中に入れてしまったら、私が寝てる間に外に出されてしまったのです。
朝、雨戸を開けたら、縁側の上で、子猫が死んでいました。野良犬にかまれたようなあとがありました。
(・・・このときのことを思い出すと、今でも子猫に申し訳なくて、涙が出てきます。)
それから、子猫をみかけても、家に連れて帰るのをやめました。

大人になって、結婚して、まもなくのこと。
公園の木の下に、小さなダンボールが、ふたをした状態でおいてありました。
何気なく、片方のふたを開けたら、空っぽ。
なんだ・・・と思って、もう片方のふたを開けたら、小さな小さな、猫がいました。
あ、捨て猫だ、
と気がついたら、とっさに腹が立ってきました。
何でこんな小さな子猫を捨てるの?
まだ、乳離れもしてないのに、死んじゃうじゃない。
箱を持ち上げたら、子猫の下から、チョコボールが3〜4個、ころころって転がって出てきました。
子猫はチョコボールなんて食べないのに。ばかだなあ・・・・
ふと、自分の子供のころのことがよみがってきました。
おうちに連れて帰って、だめだって言われて、元の場所においてきなさいって言われて、何にもできないから、せめて自分のおやつのチョコボールをいれて、ねこちゃんごめんって、その場を立ち去った子・・・が、いたんだって、はっと気がつきました。
この子猫は、それから我が家に連れて帰って、そのまま13年間家族として暮らしました。
家で最後まで見届けて、それから、虹の橋を渡って、魂のふるさとに帰ってゆきました。
チョコボールを入れた子は、もう大人になっているでしょうね。
この文を読んでくれるはずもないでしょうけど、チョコボールの子に、いつかどこかでお伝えしたかったんですよ。
あの子猫は、元気でやんちゃで、私たちに幸せをいっぱいくれました。チョコボール、入れてくれてありがとうって。
★写真「(C)SozaiRoom.com」











よいお話をありがとうございました。
出会うべくして出会ったって・・・。
どんなに苦しい人間関係だって、どんなに耐え難い環境だって、今の自分に必要な試練なんだって、私は前向きに捉えたいと思っています。
試練をくれてありがとうって。
チョコボールが繋いだ愛情の連鎖ですね。
来るべくして金木犀さまの所に来たんですね、その子猫は。
とても幸せな日々を過ごせたに違いありません。
記事の中の幼い時の出来事が、今でも思い出すとつらくて、すぐ涙目になってしまいます。
ずっと涙目で書いたせいか、文章がちょっと変なのは、ご容赦ください。
>どんなに苦しい人間関係だって、どんなに耐え難い環境だって、今の自分に必要な試練なんだって、私は前向きに捉えたいと思っています。
そうですね。
私も、起こることは、全て必然だったんだと、ごく最近、身近な出来事でわかったことがありました。
今があるのは、自分の過去の積み重ねがあるからこそ。全てはつながっているのですよね。
私も、sable de sesokoさんのように、試練をくれてありがとうって、いえる自分になりたいです。
あの子猫は、でっかい大猫になって、亡くなってしばらくしてからも、私どものそばにいて、それから、むこうの世界に帰ってゆきました。
・・・・何せ家族に見える人がいるので、こういう時ありがたいです(笑)