ハナママゴンの雑記帳

ひとり上手で面倒臭がりで出不精だけれど旅行は好きな兼業主婦が、書きたいことを気ままに書かせていただいております。

ベトナム戦争の“Napalm Girl” ④

2012-07-14 11:25:03 | 戦争

2012年6月8日。あの写真が撮られてから、ぴったり40年後の同じ日。
40周年を記念する晩餐が、キム・フックと彼女の『ヒーロー』たちのために催された。
現在はカナダのトロントに近いエイジャックス(Ajax)の町で家族と暮らすキム・フック。晩餐の会場は、トロントのロイヤル・ヨーク・ホテルだ。


     左から: マレイ・オズモンド、ニック・ウト、キム・フック、クリストファー・ウェイン、マーサ・アーセノルト、デイヴィッド・バーネット、ペリー・フレッツ。

入国審査官だったマレイ・オズモンドは、カナダに亡命を求めたキム・フックと夫を助けた。
クリストファー・ウェインは彼女の火傷に水を注ぎ、三日後に彼女を病院に訪ね、看護師に「あの子は明日には亡くなるでしょう」と言われ、彼女をより適切な病院に移すため奔走した。
現在カナダに住むマーサ・アーセノルト(91歳)は、ウトが病院に運んだキム・フックの手当をした看護師。
デイヴィッド・バーネットは現場にいて彼女を助けたジャーナリストの一人。
ドイツの『シュテルン』誌のジャーナリストだったペリー・フレッツは、キム・フックが西ドイツで整形外科手術を受けられるよう10年近く奮闘し、実現させた。
1982年、19歳の時に西ドイツの病院で手術を受けた彼女の苦痛は和らぎ、首の動きもそれまでより良くなった。

そしてニック・ウト。火傷を負った彼女を家族と共に病院に運び、彼女が速やかに手当を受けられるよう交渉し、その後も折に触れて彼女を訪ねた。



61歳になり髪はすっかり白くなったウトだが、肌はつやつやと若々しい。キム・フック(49歳)は彼を「アンクル・ウト」と呼び、二人は今でも毎週電話で話す。

 
            キム・フックの母と元看護師のマーサ。                感極まって目尻を拭うキム・フックに「そこ、涙が残ってるよ」とウト。


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(これらの写真は、『トロント・サン』紙のフォト・ジャーナリスト、スティーヴ・ラッセル氏のフォト・ブログに掲載されました。 本文も抜粋して紹介させていただきます。)


40年後の、キム・フックと彼女のヒーローたち

それはフォトジャーナリストなら誰もが、自分が撮影したものであったらと願うような写真だ。
しかし40年前に捕えられたあの瞬間について私を最も驚嘆させるのは、あの写真が撮られた後に起きたことだ。

2003年に私は、あの写真の少女キム・フックの、現在の写真を撮るよう指示された。
キム・フックはトロントにほど近いエイジャックスに住んでいて、近いうちに『トロント・スター』誌主催の“ユニークな人生と体験”シリーズで講演することになっていたのだ。

彼女を撮影することになり、私は胸を躍らせた。ニック・ウトの写真の中で、全裸で叫びながら道路を駆けてきた少女。
成長した彼女がその後、戦争の犠牲となった子供たちを援助する基金を設立したという事実には、胸を打たれる。

医者もあきらめるほどの重傷の火傷を負った子供だったキム・フック。それが今や著者であり、ユネスコの親善大使であり、母親だ。

                   
                2003年に私は、息子スティーヴン、トマスと一緒のキム・フックの写真を撮った。
                彼女は信仰と家族の存在が、自分のチャレンジをサポートしてくれたと語った。


妙に聞こえるかもしれないが、彼女と息子たちの写真を撮って以来、心が沈んだ時、私はニック・ウトが撮った彼女の写真を見、その後の彼女がいかに人生を再建したかを思う。
すると自分の問題はばかばかしいほど小さく、また自分に突きつけられていた挑戦は恐れるに足らないものに感じられるのである。

彼女を撮影してから10年近く経ったあの写真の40周年記念日に、私は再び彼女を撮影する機会に恵まれた。そして今回私は、前回彼女に会った時以上の感銘を受けた。

私はキム・フックが、彼女の精神と同じくらいに強い助けを得て今日の彼女に到達したことを学んだのである。
彼女が自分のヒーローたちに感謝するための機会だったロイヤル・ヨークでの晩餐は、私にとっては感動を覚える場となった。

あの写真を撮影したあと、ニック・ウトと付近にいた他のジャーナリストたちはカメラを放り出し、キム・フックの火傷に水を注いだ。
ウトは彼女と他の子供たちを病院に運び、その後もベトナムを離れるまで彼女を訪ね続けた。
現在もAP通信のカメラマンとしてロサンゼルスで働くウトは、今でも週一回彼女と電話で話す。

キム・フックと初対面した時、伝わってきた彼女の強さに、私は勇気をもらった。彼女は私の人生の『お手本』となった。
今回の二度目の対面は、彼女のその後の道のりで、多くの人が彼女に力を貸したことを私に教えてくれた。
彼女のヒーローたちは、私の『お手本』に加わった。 


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                         息子トマス(1994年生まれ)、スティーヴン(1997年生まれ)とキム・フック。

 

「奇跡だわ。
 今日ここで私は、私の人生を分かち合ってくれたヒーローたちと共に、あの日に起きたことを回想している。
 彼等は世界中から集まってくれた。 ――人生を祝福するために。」

 



《おわり》

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2 コメント

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Unknown (persimmon)
2012-07-15 19:03:08
このお話に感銘を受けたので初めてコメントします。
酷い戦争を起こすのも人間ですが、このような素晴しい行いをする人達も沢山いるんですよね。
世の中のニュースを読んでいると、ひどいニュースばかりのようですが、人間って捨てたものじゃない、かな。

ありがとうございました。

私もイギリス在住でティーンネイジャー・ハナのママです。
コメントありがとうございます。 (ハナママゴン)
2012-07-16 05:43:24
本当に暗いニュース、悲しいニュース、ひどいニュースが多くて、嫌な気分にさせられることが多いですよね。
そんな中、心がほっこり温かくなるようなニュースを見ると、救われた気分になります。

キム・フックさんを助けた彼女のヒーローたち。仰る通り、人間もまだ捨てたものじゃないですね。私も彼等をお手本として自分の心に刻みたいと思いました。

persimmon さんもイギリス在住でハナちゃんのママですか!? すごい偶然ですね~! お互い異国暮らしですが、頑張りましょうね!
(・・・って、私は自分にとってはイギリスの方が日本よりずっと暮らし易いと思っておりますが。

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