ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

神奈川県湯河原町、史跡「明神の楠」です!!

2016-11-22 05:52:25 | 遺跡・史跡
明神の楠は、湯河原町役場の西南西約2kmのところ

県道75号線を進むと、右側に五所神社が有ります

神社の鳥居の前、道路南側に大きな楠があります

五所神社の駐車場を利用させていただきました

史蹟 明神の楠の大きな看板があります


クスノキです



北西側から

湯河原町指定文化財 史蹟 明神の楠の票柱です

説明版です
    史跡「明神の楠」
      五所神社は、古くは五所大明神社、又は五所大明神と称し、今を去る約千三百有余年
     天智天皇の御代、加賀の国の住人二見加賀之助重行らの手によってこの地方が開拓され
     たとき土肥郷の総鎮守として天照大神をはじめ五柱の神霊が鎮座されたと伝えられてい
     ます。
      治承4年(1180年)8月源頼朝伊豆より挙兵の時、この地の豪族土肥次郎実平は
     一族と共にこれを助けて頼朝の軍を土肥の舘に導き、石橋山合戦進発の前夜は、社前に
     おいて盛大な戦勝祈願の護摩をたいたといわれています。
      この時、実平によって佩刀一口が奉納され、今なお社宝として保存されております。
      以来、領主、庶民の崇敬特に厚く、長寿長命の神、湯の産土神として今日に至ってお
     ります。
      昔の神社の境内は広大幽遂で参拝者は前方の千歳川の清流で禊をおこない、この「明
     神の楠」の下を経て神社に参拝しておりました。
正保3年(1646)この樹下の参道をもって当時入谷村といわれたこの地方が宮下
     宮上の両村にわかれていました。
      その頃の参道には数多くの楠の巨木が生い茂っておりましたが、世の移り代わりと共
     に、今はこの一樹のみが歴史の跡を物語っております。
        昭和54年4月1日       湯河原町文化財
      クスノキ(くすのき科)
      根回り15.6m
      樹齢800年以上

      





南西側から



南側から

クスノキの洞にお地蔵様がいらっしゃいます

では、五所神社に行きましょう


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