花便り

四季の花を紹介できたらイイナァ〜

庭の隅に

2006-06-05 15:21:57 | 花の写真

 晴れやかな花の季節が終わり近くになり、庭の隅に、又、木の下に隠れるように小さな花が咲きました

 

弟切草 

なんとも奇異な名前なのですが、伝説によると、この花の薬効を洩らした弟を切り殺した鷹匠の話によるそうです。この名前からは想像できない様な小さい黄色の花で、その後、丸い朔果(さくか)ができ、それが黒くなり、秋には葉も紅葉します。

 

黒臘梅

冬に咲く臘梅(臘月に咲き出すのでこの名前とか)と違い五月に咲くのですが何故か黒臘梅と・・・珍しい花のようで購入したのですが、日陰のせいかあまり大きくならないで、毎年僅かに花を 付けます。お茶人には喜ばれそうな花です。

 

五色葉どくだみ

赤や黄色の色が次第に消え、今では斑入りどくだみとゆう感じです。 

色硝子暮れてなまめく町の湯の窓の下なるどくだみの花   北原白秋

 

ユキノシタ

名の由来は、常緑で雪の下でも青々としている故、又白い花を雪に見立てたとか・・・漢名は虎耳草(葉の形は確かに似てると思います) 葉をてんぷらにして食べるととても美味しいです。

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から衣&ツバメ?

2006-05-24 10:38:18 | 花の写真

 

5月21日兼六園を訪ねました。前日の雨も上がり、新緑とかきつばたはとても美しい風情でした。又 小泉首相の来訪の直後ということで、人も大勢でした。

かきつばた(杜若、燕子花)

かきつばたは、古くこれで衣服を染めたことから「かきつけばな」(書付け花)→かきつばな→かきつばたと転訛したと言う説、又、燕が羽を広げて止まる姿に似ている事から燕子花とも書かれています。

朝鮮、シベリアの原産らしいのですが、私は改良された園芸種を見たことが無いので、きっと昔からの姿を留めているのではないかと眺めております。

  

かきつばたと言えば伊勢物語を思い出すのではないでしょうか?在原業平がかきつばたの名所、三河国八つ橋で、京の愛する人をしのんで詠んだ一首。

 ら衣つつ馴れにしましあればるばるきぬるびをしぞ思ふ

 

 

手のとどく水際うれしかきつばた   芭蕉

この日の、私の気持ちにピッタリの句を見つけました。

 

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地を這うような花(やっと一人で出来ました)

2006-05-17 22:24:18 | 花の写真

家の近くで見つけた可愛い花。名前はご近所の方に教えていただきました。

その他の事は何も解りません、ご存知の方はお教え下さい。

   たつなみ草(薄紫)

 

   たつなみ草(白色)

 

わが庭の可憐な花も紹介します。

    姫空木(卯の花)

幹の中が空っぽである事が語源とか?又、4月(卯月)に咲くから卯の花とか?卯月は旧暦であるので5月頃に咲きます。唱歌の「夏は来ぬ」のなかの「卯の花の匂う垣根に・・・」と歌われているほど匂いは無い様なのですが、垣根には良く似合う植木だと思います。

卯の花や子供の作る土だんご   (一茶)

 

    十二単(アジュガ)

しそ科の常緑宿根草、日なたでも半日陰でも育ち、わが庭を気の向くままに伸びて毎年割いてます。

「この世をばわが世とぞ思う・・・」の藤原道長のような花です。

     

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憧れのライラック

2006-05-08 12:38:46 | 花の写真

 

瀬戸内の暑い土地に育った私にとって、ライラックは憧れの花でした。ライラックは英名で仏名はリラとゆうそうです、いずれにしてもギリシャ語の「ニラック」が転じたもので「青っぽい」と言う意味だそうです。花より葉の美しさを好んだのでしょうか。

渡辺淳一の『リラ冷えの街』には「明治に築かれたサッポロは、紫色の冷え冷えとしたリラでなければ似合わない・・・・」今、手元にこの本が無いので、表現が正確では無いかもしれませんが。この文を読み少し西洋風の街に合うモダンで素敵な花だろうと想像をしておりました。そのリラの花の苗を見つけて庭に植えてもう6年になり丈は2メートル以上になりなした。年により花数も色々ですが、咲いた時はそれは良い匂いがします。来年も沢山咲くことを願いつつ・・・

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留守の間に

2006-05-07 13:21:34 | 花の写真

 

ゴールデンウイークの留守の間に、小判草がすっかり咲き終えて種になっておりました。この種の姿から小判草と言われる所以に納得します。

 

       満開の小判草

 

 

         小判草アップ

 

 

       種の莢が出来た小判草

 

この莢が段々薄い色となり、最後には半透明な和紙に包まれたようになり、裂けることなく年末までこの状態を保ちます。枝ぶりはあまり好くないのですが、小判と言う名から縁起がいいのと、和紙の細工の様なのでお正月の花として使われたりします。

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花色々

2006-04-29 11:23:20 | 花の写真

他所のお宅で見つけためずらしい花です。「白雪けし」と名札が付いてましたが、初めて見る花なのだ、塀越しに・・・秋明菊のような白い花ですが、けしと書かれているので珍しい芥子の様です。

けしと言えば、大阪花博で見たヒマラヤの青いけと、与謝野晶子の詠んだパリのけし思います。

ヒマラヤの青いけしあの淡いブルー、今もバラ・カーネンションなど青色の花を作ろうと、育苗家は研究をしているようですが、自然の青には勝てないと思います。

ああ皐月仏蘭西(フランス)の野は火の色す君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟(コクリコ)    与謝野晶子

鉄幹を追ってフランスへ行ったときの晶子の歌ですが、雛罌粟(ひなげし)を火の色と詠んでいて、とてもリズム良く開放感を感じます。フランスでの鉄幹と晶子の幸せを感じます。     

 

著莪(しゃが)  フランス人形の洋服のフリルような可憐な花ですが、私にはすこし寂しい思い出があります。義父の葬儀の準備をした朝、この花が満開でした。今でもこの花が咲くと義父の面影が甦ります。

とても可憐な花なのに、葉はとても艶が有り常緑で強い花です。、丘陵地の湿地帯などに大群をなして自生していて、他の草が枯れている冬でも、緑の葉が残っているので、春の花の咲く姿を時に想像して楽しんだりします。

 

ブルーの色の花の中では貴重な存在の「忘れな草」です。この花を見ると菅原洋一の「忘れな草をあなたに」を思い出す人も多いのでは ないでしょうか。

あなたにいつまでも いつまでも 覚えておいて 欲しいから ・・・・・・・・・・・忘れな草を あなたに あなたに

こんな可憐な花を別れの時に頂けば、決して忘れないでしょうね。

 

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楊貴妃の睡り 海棠

2006-04-24 11:58:46 | 花の写真

 

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身よにふる ながめせしまま (小野小町)

古典に弱い私もこの歌なら知っており、この歌のとおり季と世の流れの速さを感じます。桜がすむ頃庭の海棠が咲きます。下向きにぶら下がるように咲く花なので、ちょうど見上げて眺めるにはとても美しい花なのです。海棠は漢名だそうで、中国ではねむれる花(睡花)の異名があります。これは楊貴妃の次の故事に寄るようです。唐の玄宗皇帝が楊貴妃のほろ酔い姿を見て「妃はまだ酔っているのか」と聞いたところ「海棠の睡りいまだ覚めず」と答えたようです。それ以来海棠は美人を形容する言葉となっているようです。わが庭の海棠はちょうど西行の逝った日(陰暦2月15日)のころに毎年咲きます。今の太陽暦で言うと40〜50日遅いようなので西行は4月の中旬の頃に亡くなった事になり、西行の望んだ通りの死となったのでしょうか。今年も4月15日が満月のような月だったので、庭の海棠の下で西行の詠んだ歌を思いました。

願わくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ (西行)

楊貴妃より西行の死を思いつつ・・・             

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教えてください

2006-04-21 17:29:29 | 花の写真
何の花か教えてください。左手が痛いので右手だけで操作してます。接骨院に行く途中に見る草です。雑草(ざっそう)と言うには、もったいない様な美しい淡い色をしています。万葉の頃の呼び方の雑草(あらくさ)が良く似合いそうです。
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仁義なき戦い チューリップ

2006-04-13 17:25:19 | 花の写真

 

トルコから中央アジアが自生地のチューリップ。でも今ではオランダが一番有名です。トルコよりフランスやイギリスの特に上流階級に広がった様です。1630年代オランダで国を上げてのチューリップ栽培熱が起こり、「チューリップ狂時代」と言われております。新品種の球根1つで広大な土地と取引されたり、家畜、大麦、チーズ等とも取引されたと言う笑い話のような歴史があります。ヨーロッパの経済を大混乱に巻き込み、投機売買禁止令を出し騒動は沈静したようです。この花のイメージをどう感じますか?イギリスの詩人は「兵士のよう」とか「従順な姿」等と書いているようです。童謡の「咲いた 咲いた チューリップの花が 並んだ 並んだ 赤・白・黄色〜」も、何だか軍隊が整列しているようにも見えますが。私は幼稚園の庭で色とりどりの帽子を被り、健気に並んでいる可愛い姿が目に浮かびます。しかし、それらの花も個々になると自我を発揮して、私との間で仁義なき戦いを繰り広げます、生花に生けいても小さな花瓶の中で、右に向いてたのが左に、左のは右に、上向きは下に変わってしまい又生けなおし。写真の花も、諦めかけていた球根より花を付けてくれ喜んでいますが、中々素直に伸びてくれません。今風に言えば人為的アレンジメントを嫌っていると言う、ただそれだけなので・・・

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人類の花 ムスカリ

2006-04-13 11:52:57 | 花の写真

 

死者に手向けられた最古の花ムスカリ。この事を知ったのは八年ぐらい前の事で、生命科学の研究者の記事からでした。1960年イラクの北部の村の洞窟より6万年前の化石人骨が発見され、その人骨の廻りの土からムスカリの花粉が見つかったと言う内容でした。その場所は、花を植えられるような場所でなく、埋葬の時に献花されたのであろうと、又、天気の良い初夏の、午前中に埋葬が行われたと想像できるそうです。その理由は、氷河期で気温が低く、開花時期は現在より遅く初夏である事。又昆虫が花粉を運ぶために動きだす前の時間である事。又、花粉の附着が一番多い晴天の日であるだろうと。この花の色のようなスカイブルーの丘の上で、石器人の葬送の式を行なっていたと思うと、なんだか安らかな気持ちになります。この記事を読み、生命科学者の想像性の素晴らしさに驚くと同時に、花壇の縁取りに植える小さな花としか思ってなかったムスカリが、花壇の主役になった思いでした。球根なのに何処から飛んで増えたのだろうと思っていた一株は、もしかして花粉が飛び、2〜3年経ちやっと花を咲かせる球根に、育ったのかと思ったりしております。たった一つの庭の隅のムスカリが愛しくなり、太陽の光を当ててあげたくなりました。現在より厳しい自然の条件下で、生きていたネアンデルタール人が、花を手向ける優しい心を持っていたと言うのに、イラクの今はどうでしょうか? 人間の進歩を考えさせられつつ・・・

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