昭和・私の記憶

途切れることのない吾想い
生涯の記憶を切取らん

 

東洋の魔女

2016年10月19日 | 8 大和撫子

東京オリンピック
昭和39年(1964年) 10月23日(金)

ソ連との決勝戦
私はリアルタイムで、是をテレビで視ていた



とにかく、拾いに 拾いまくった   ↑ ↑

回転レシーブ 
日本人の誰もが
知らされた技である
この完璧なる防御は、無敵だった
大和撫子は頑張った
血のにじむような練習にも、歯を食いしばって耐え
果して、その精華は
日本中が感動した 金メダル だったのである
「勝った」 ことは、日本人の誇り を蘇えらせた
「日本、万歳」・・

バレーボールは国民的スポーツとして認知され
空前のバレーボールブームに
小学校一年生の妹が、流行に後れまじと、バレーボールが欲しいとせがむ
バレーボールを持つことは、ファションだったのである
「勝つ」 とは、こういうことであらう

アタックNO1
昭和44年(1969年)12月7日からテレビ放映された
少女たちは、「自分たちのもの」 と、人気は絶大であった
同時期
中学三年生の、吾々 少年男子が夢中になっていたものは、「巨人の星」
吾々 少年男子は
ヒーロー・星飛雄馬 に、 男のロマン を観ていた



女性に、真のヒーローはあり得ない

昭和44年(1969年)、中学三年生の吾々 少年男子が
鮎原こずえ をとおして観たものは
真に
大和撫子
だったのである

「だけど涙がでちゃう 女の子だもん」

此は
永久に不滅である
・・・
そう想う

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