昭和・私の記憶

途切れることのない吾想い 吾昭和の記憶を物語る
 

17才のこの胸に 「 二人で唄った刑事君 」

2024年04月07日 17時01分19秒 | 4 力みちてり 1970年~


17才で逝った
友ガキ・舟木伸次君
の為 にぞ歌う
♪ こんな小さな命だけれど
賭けてさすらう
コンクリート・ジャングル
埃まみれの  巷の風が
いつか馴染んで懐かしい
俺も人の子  涙はあれど
泣いちゃならない  刑事くん ♪

♪ 義理も捨てたし人情さえも
捨ててさすらう  
コンクリート・ジャングル
嘘でかためた都会の夕陽  
他人同士になぜ赤い
遠い汽笛はふるさと列車 
呼んでいるのか  刑事くん ♪


「 コンクリート・ジャングル 」 
TV映画 「刑事くん」 主題歌
主演・唄  桜木健一
昭和46年 ( 1971年 ) から始まった斯の番組、
毎週、欠かさずに視ていた。
そしてこの歌 
毛馬の閘門/洗い堰への路行 肩を並べ
友ガキ・舟木 と 二人して
きまって唄ったものである。


洗い堰、共に渡った かんそく橋                             戯れに さい銭 上げし  なに いのる

♪タンタータタン タンタータタン ターンタータタン    タンタータタン タンタータタン ターンターンタタン♪
・・・刑事君の劇中に決まって流れるサウンド。
30分の番組中、之が流れる頃 物語は佳境にはいる。
そして、聴ている者は ブラウン管にカブリツクのである。
私が鼻唄で唄うと、友ガキ・舟木が応じた。
♪タンタータタン タンタータタン ターンタータタン    タンタータタン タンタータタン ターンターンタタン♪
「 なんや、お前も ( 刑事君 ) 視てんのか 」
「 おー 」
そして、二人して唄った。
♪タンタータタン タンタータタン ターンタータタン    タンタータタン タンタータタン ターンターンタタン♪

昭和45 年 ( 1970 年 ) 5月 大川 ・毛馬の 洗堰/中洲/毛馬の 閘門・・中洲で

金縛りの夢
4月2日 ( 日 ) 事である。
「 ハナダーッ !! 」
いつものとおり、彼の声がする。
いつものとおり、階段を上ってくる足音が聞こえる。
日曜日のこと、当然のことよと、朝寝坊を決めこんでの床ん中。
横向け半身の姿勢で以て眠っていた。
彼からすれば背を向けた状態にある。
「 ハナダー 」
・・と、そう云って、背後から近づいてくる。
ところが、
返事しようにも声が出ない、体を向けようとするも、動けない ・・・
「 ハナダー 」
・・・と、耳元で彼の声。
然し、
顔を向けようとするが、動けない・・・
「 ウーウツ 」  唸り声だけで声にならない。
「 ハナダー 」
・・・と、彼の顔が近づいて来る。
然し、
どうしようも、体が動かない ・・・
「 ウーウツ 」
「 ウワーツ 」
・・と
ここで初めて覚醒した。
嫌な夢を見た。

暫くして
「 はなだー 」・・・と
白日の下、今度は本当にやって来た。
「 今朝、お前の夢・・見たぞ 」
「 それも、金縛りにおうてなあ、 ウワッ 言うて 大声だして跳び起きたんやで

「 正夢かも知れんぞ 」
「 なんかあるんかも知れん、お前、気 (い) 付けよ 」
「 怖いこと言うなよ 」
その頃私は、正夢 たるもの・・を、けっこう見ていた。
とは雖も、正夢とてやはり夢は夢、
所詮後付け、話上でのこと・・と、たかをくくった。
まさか
此が 彼の元気な姿を見た最後になるとは、夢にも想わなかったのである。

元気一杯の17才の吾々
明日の悲運を誰が予測しえようか ・・・

此の日
「 来週の日曜、ボーリングへ行こう 」
・・・そう、約束した。

約束の日曜日 ( 4月9日 )
「 アレッ ?  来んな 」
いつもなら、「 ちょっと早いで 」 ・・・と謂う時刻に、
「 ハナダー !! 」 と、只それだけで挨拶もろくにせず、
いきなり玄関戸を開けては、
勝手に二階の私の部屋に上がって来る彼が来ない。
そして、その日 滔々彼は現れなかった。
同級の前川か天野らの処でも行ったのであらう ・・・
あいつ、約束やぶりゃがって 」 ・・・・そう、想っていた。

私との約束
破ったわけではなかった。

10日 ( 月 ) か、
突然、近所に住いする矢野の小母さんが訪ねて来た。
近所ゆえ その顔くらいは知っていた。
とは雖も、これまで挨拶一つしたこともない他人であった。
その矢野さんが我家を訪れたのだ。
舟木とは親戚だと云う。
彼のお母さんから伝言を頼まれてたと云う。
伝言はこうだ。
一週間程前 に入院し、手術した 。
そして、私に会いたがっている 。
もう 危ない。
・・・と。
青天の霹靂、私は愕然とした。
「 えッ 」 ・・・言葉が出なかった。

矢野さんが話を続ける。
腹が痛くなって病院で診てもらったところ、「 盲腸 」だと診断された。
直ちに手術と謂うことに成った。
「 怖いわ 」 と、言いつつ 笑顔で手術室へ入ったくらい元気だった。
本人も、皆も 「 盲腸の手術 」 なら・・・と、たかをくくっていた。
ところが、
「 盲腸ではなかった。 腸閉塞だった 」 ・・・と、術後 医師が云った。
術後、病状が急激に悪化したのだ。
そして、危篤状態に陥った。
・・・と、こう云うのである。
「 ハナダー 」 と言って彼が来たのは、つい一週間前のことである。

私は病院へ駆った。
斯の ツジ病院 だった。 何という巡りあわせであらうか。 ・・・
学校を休む ・ 1 「 その顔、どしたんな 」 
ベッドに横たわる彼を見た。
もう、別人だった。
たった一週間。
如何して、こんなことが 起こる ・・・・
「 祖母が危ないから・・ 」 と、帰郷したことがある。 ・・・リンク→「 おばあさん どうやった? 」 
「 おばあちゃんと同じ顔をしている 」
・・・と、そう想った。

( もう、これ以上は書けない ・・・ )

あっというまの
昭和47年 ( 1972年 ) 4月14日 ( 金 )
友ガキ・舟木 は 逝ってしまった。
私との約束、果せないままに。
凡てを、想い出に変えて逝ってしまったのである。
たった、17才で ・・・・

「 友との別れ 」  なんと 悲しいものである。
この感慨 たとえようもない。

あれはやっぱり 「 正夢 」 だったのか。
( ・・・後付けで想うことである )

♪ 遠い汽笛はふるさと列車  呼んでいるのか 舟木君 ♪

・・・17才のこの胸に 「 友ガキ・舟木との別れ 」 に、続く

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番組タイトル 「 小さな恋 」
『 刑事君 』 昭和47年 ( 1972年 ) 5月1日 ( 月 ) 放送 
昭和46年 ( 1971年 ) 歌手デビューした天地真理。
その売出し中の天地真理が、
婦人警官の役でゲスト出演したものである。

微かな記憶なれど、忘れられない
クライマックスのシーン
・・・・
次の日曜日、デートの約束をした。
「 今度の日曜、青い空 」
ところが、前日 事件に捲き込まれ屋上から突落され殺されてしまう。
警察官の制服姿で屋上から落ちるシーン
「 赤い夕陽が今沈む 」
そして、デートの待合せ場所である 「 日比谷公園の噴水 」 で、一人佇み想いに耽る刑事君
バックミュージックに 「 小さな恋 」 が流れて来る。
♪ たまに会えない日もあるけれど
それでも私は待っている
ひみつの約束指切りは

今度の日曜  青い空
ちょっとこわいの 恋かしら
赤い夕陽が今沈む  ♪

50年 遙昔の、二シーン が 瞼の裏に焼きついている。
タイミングもタイミング、
傷心の最中さなかに存た私には、
身につまされた、なんとも、哀しい 切ない物語であった。
   
リアルタイムで視ていた。
母も、妹も 一緒に視ていた。
その 『 切ない物語 』
妹らの心懐にも沁みたようである。
   
これらのシーン画像、何ひとつ記憶に無い。・・・50 年の歳月は遙遠き ・・である。

青雲の涯に逝った友ガキ・舟木。
此を 視ることは出来なかった。

『 死ぬ 』 ・・・とは、
そういうことなのである。


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