昭和・私の記憶

途切れることのない吾想い
生涯の記憶を切取らん

 

い た ん ぼ

2017年05月26日 | 1 想い出る故郷 ~1962年

昭和36年(1961年)頃の物語である

丸谷の私等家族の住居は、石垣で段々になった地形に沿って建っていた

段々の一番下部で、上に2段住居が在って、更に上は畑と、段々が続いていく

そして、平屋の納屋も有った

物置であった中は、私の恰好の遊び場でもあった

屋根の軒先と、一段上の隣地とは ほぼ同じ高さで

石垣側には壁は無く、私がすり抜けれる程度の隙間が有った

男の児の私、中の荷物を足場にして、よじ登れたのである

そして、畑で遊んだ帰りは、石垣づたいに降り、隙間をすり抜けた

それは、私の、秘密の抜け道、だったのである

近所に 「つじ」 さん、親子が居てItadorithumb320x426

「つじ」の お兄さんに、普段から可愛がって貰っていた

偶々

家に遊びにいった その時

「つじ」さんの、二階の窓から、納屋の屋根が見えた

そして

屋根の横に 大きなイタンボ を見つけたのだ

それは、秘密の抜け道とは、すこし離れた処にあった

「あこに イタンボがある・・」

翌日

女の子3人、(年上の女の子含む)を、引き連れて

「(屋根の)上に イタンボがあるんで」

男前 の、私

19621

女の子を喜ばしてやろう・・と、男気を出した

「ワシが、採ってきちゃる」

そう云って、揚揚と石垣を上ったのである

いつものとおり

すり抜けれると想っていた

・・

ところが

隙間より、私の頭の方が大きかった

頭が閊えて先へ進めない

男の児、力を込めた

しかし、これが悪かった

とどのつまり・・

屋根と石垣の間に頭が挟まって仕舞った

上にも進めないし

下にも戻れない

挟まっている頭が痛い・・

と謂えども、小学校一年生・7歳

とうとう、泣き出して仕舞ったのである

下で、女の子たちは、オロオロしている

私は、大声で泣いている

もう、どうすることも出来ない・・・

と、その時

屋根上を人が走って来る足音が聞こえた

「つじ」のお兄さん、その人哉 であった

屋根上から私の頭を グイ と押さえつけた

頭は簡単に抜けたのである

「偉そうに言ようて、泣き出して・・」

男前に成れなかった

そして

泣いた事が恥しくて堪らなかった

昭和54年(1979年)撮影 
当時の我家は無くなっている
グレー色(埋立道路)部分は、海であった

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2 コメント

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御ブログ、ずっと楽しませて頂いております。 (kobayashi(33))
2013-09-09 22:41:55
御ブログ、ずっと楽しませて頂いております。
いつか書籍のかたちで楽しめるようになるといいなあなどと期待しております。
kobayashi(33) 様 (Unknown)
2013-09-10 04:37:02
kobayashi(33) 様
ありがとうございます
私の夢でもあります

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