昭和・私の記憶

途切れることのない吾想い
生涯の記憶を切取らん

 

木枯し紋次郎の一膳めし

2016年10月16日 | 4 力みちてり 1970年~

「木枯し紋次郎」
昭和47年(1972年)一月一日より、フジテレビで放映されたテレビ映画
「あっしには関わりのないことでござんす」
は、誰し
も知るところである

偶々見たる、めし屋 で紋次郎が一膳飯を食う場面

冷や飯に味噌汁と、いかにも粗末なもの
紋次郎・・膳が運ばれるや
冷や飯に味噌汁をぶっかけ、それをササッと箸で混ぜると
カッカカカッ・・・・
一機に腹ん中に流し込んだ
そして、看板の長楊枝を咥え、足早に立去る
・・・と、いうもの


昭和47年(1972年)
1月6日(撮影・下辻)
高校二年生の17才

クラブ(軟式野球部)もオフの日曜日は、いつも目を覚ますと、昼はとうに過ぎていた

「ハラ、へったなあ」

昼食は終ってすっかり片付いている

「いつ起きるか判らんから、仕舞をつけた」

「晩ご飯まで待て」・・と、母が言う

然し、晩ご飯まで、この空腹に堪えることなぞ出来るものか

この空腹如何して呉れよう

・・・と、覗か

鍋に僅か味噌汁と、電気釜に冷や飯が残っているではないか

然し、如何せん残りもん、美味い筈もなからう・・が

は、冷や飯に味噌汁をぶっかけ、それをササッと箸で混ぜると

カッカカカッ・・・・

一機に腹ん中に流し込んだ

・・・・

それはもう、美味かったのである


紋次郎の一膳めし

美味い・・・との想い

それは、今も尚、変らないでいる

卵の入った、じゃが芋とワカメの味噌汁、これに、刻んだネギを入れ、熱い味噌汁を啜る
そして、汁が半分弱になった頃合いに、斯の如く斯の様に食する
もう堪らない・・・至福の味わいなのである

此を、貧しいと、品がないと、吾妻は嫌う

然し、吾食が大時代の呑百姓 並 であらうとも

「うまいもん は うまい」・・・のである

「余は満足じゃ」

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