昭和・私の記憶

途切れることのない吾想い
生涯の記憶を切取らん

 

背伸びした一分(イチブン)

2017年05月20日 | 4 力みちてり 1970年~

 剛腕・江川卓 
私が認める、昭和史上最高の投手である
ストレートで三振を取る姿は圧巻であった

エースとは
一段 高い ステータス
ヒーローなのである
そして 
「エースで四番」 
は、皆から羨望の的
 
それはもう 
カッコウよかったのである

うしても野球をしたかった私
野球部に入る」 は、少年の頃からの夢でもあった
そして、中学の時、ヒーローに成った快感 を、忘れられなかったのである リンク→ヒーローに、成った
しかし小柄(165cm)なるが故に、体力に自信の無いが故に
あの甲子園の高校野球・硬式では儘ならぬ
これが私の身の程也と、軟式野球部を選んだのである
想い叶えて、昭和46年・二年生春 入部した
軟式ならば、私の実力を持ってすれば
直ちにレギュラーに成って活躍できる と、たかをくくっていた
小柄なれど剛腕
小柄のスラッガー 
を、皆に披露したかったのだ
果して
入部した年の秋
新チームの 「エースで四番」 で、デビューしたのである

・・・小柄な私を見て
コントロール主体の変化球投手と決めつけた眼で
敵の先頭打者が構える
それは明らかに見下した眼である
私は気にもせず
淡々とウォーミングアップをこなして
マウンド上で大きく振りかぶって投げた第一球は、ストレートの剛速球
ズドーン
ど真ん中の球を茫然と見送る打者
意に反しての剛球に驚いた顔をしている
してやったり!
ドヤ 度肝を抜かれたらう・・・と、得意顔の私

この どんでんがえし のストーリー
これぞ、男のロマン
そう想っていたのである 

孤独のエース
偶々の ツーナッシング

「よしッ!(三振をとるぞ)」

次は、セオリーと 一球 はずしてみせる

カウント 2-1

三振を取る は、男のロマン

渾身の力を込めて、ど真ん中へ

うなる 剛速球

ど真ん中 に行かば 打者のバットは必ず空を切る・・と

しかし、私の剛速球 は、暴れた

勝負球を外したのである

「またかァ・・」

ナイン全員の心に 「ホアボール」 が過ぎる    (ヨギル)

「花田、いれんかい!」

ショートの長野が、叱咤する、もはや、激励などではない

ストライクの入らない私に、業を煮やしてのことである

「わかっとるわい」

敵のクリーンナップは、たいていは大柄な選手で打ち気 満々で向ってくる

だから私がきまって三振を取るのは バットを振ってくれる彼等からであった

ところが、7、8、9番の下位打線・・バットを振らないのだ

なんと、打者が打席に立って こともあろうにバットを振らないのだ

それどころか、ストライクゾーンを狭くする為に、背中をかがめて小さく小さく構えるのである

「こいつら・・・なんや」

ベンチから声がかかる

「打ってけえへんぞー」

「花田、ゆるい球でいいから真ん中に投げろ」

「ゆわれんでも、わかっとるわい」

剛腕を理想としたる私、そんな器用な真似などできようものか

「キャッチー、一点に集中させる為 体を低くしてミットを体の真ん中に構えてやれ」

と、顧問先生が 尤もな指導 をするが

ノーコンの私がピンポイントを狙って、適う筈もなかろうに

 背伸びした一分
投げても、投げても はいらない
後から見ていると
その姿は滑稽だったと、長野が謂う
「剛速球は男のロマン」 と、必死の投球も、ままならぬ
それでも尚、大きく構え続けた私 剛速球スタイルは崩さなかった
頑な までに
それが  俺の一分  と、そう想いたかったのである
而して
「ヒーローに成る」 
の、ロマンは ままならぬ
嗚呼 是、吾人生哉 

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1 コメント

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こんにちは (たにむらこうせつ)
2017-05-20 15:03:45
江川卓選手格好良かったですね。
あの剛速球は目に焼きついています。
どんな肩してたんでしょうね!
もう1度見てみたいなぁ(^-^)
みんなのブログからきました。

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