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by hamarie_february

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2010年秋、富士吉田

2010-12-24 14:17:47 | Weblog

今年も押し迫ってまいりましたねー。

最近、なかなかブログに向かう時間がない(ってことはないのですが、どうも気持ちが遠のいてます)のですが、やっぱり大晦日のエントリーまでに、一個ぐらいは書いときたいと思います。

こちらのブログも別にサイエンスのことだけ書いてたわけじゃないなーと思い出しまして(って今さらですが。。)、今日は、一ヶ月前に行ってきた旅行の話など書いておきたいと思います。

まぁ、今年は夏に沖縄、それから名古屋のCOP10にも行ったので、けっこう旅行の話は書いてるわけですが、ちょっとそれとは違う「旅」らしきものということで。。。

振り返りますと、2006年に初「青春18キップ」で夏の広島と東京、2007年の夏は行けず代わりに冬の上海、2008年は再び「青春18キップ」で、うさぎ島や温泉地などを巡り、2009年は念願の東北、津軽を巡りました。

行ったことがない場所に行ってみたいというのが大上段の目的で、実際はそのとき興味のある場所が向こうからやってきて、それに飛び乗るカンジ。。。

 

で、今年は、富士山がやってきました。ん十年の人生初で、ついに見に行ってきました。

旅したのは、富士山の麓にある山梨県の「富士吉田市」。ちなみに写真の「富士吉田駅」は、来年7月には「富士山駅」に改名するそうなので、記念に撮ってきました。

この名では見納めかな

 

これまで富士山というものを、新幹線の中からか、カレンダーの中でしか見たことがなかった。。無関心だったというより、ある意味、俗物なものとして避けていたというか。。。というのは富士山と言えば思い出す太宰の「富嶽百景」の影響なのですが。。

昨年の生誕100年には、太宰の故郷・津軽を辿る旅をしたほど、自称太宰ファンのワタシですが、この富士吉田市があの「富嶽百景」に出てくる町だと、このポスターを見るまですっかり忘れておりました。そして、太宰が富士を実は褒めていたということも。。。

案内所のポスター

吉田というのが富士吉田市のこと。太宰はこの頃すでに人気作家だったのですね。吉田に住む新田という青年の突然の訪問を受けます。

「新田という二十五歳の温厚な青年が、峠を降りきった岳麓の吉田という細長い街の、郵便局につとめていて、そのひとが、郵便物によって、私がここにきていることを知った、と言って、峠の茶屋をたずねて来た。」

そして太宰は一気に上機嫌に。。。それまでは、「富士三景の一つにかぞえられている」「北面富士の代表観望台」である峠にいながら、

「私はあまり好かなかった。好かないばかりか、軽蔑さえした。あまりにおあつらいむきの富士である。まんなかに富士があって、その下に河口湖が白く寒々とひろがり(中略)私は、ひとめ見て、狼狽し、顔を赤らめた。これは、まるで、風呂屋のペンキ画だ。芝居の書割だ。どうにも註文どおりの景色で、私は、恥ずかしくてならなかった。」

という嫌われ口をたたいていたのが、「いいねぇ。富士は、やっぱり、いいとこあるねぇ。よくやってるなぁ」とつぶやき、新田青年に「よくやっていますか」と笑われる始末。

その後、新田青年は太宰の滞在する峠にニ~三人の仲間を連れて来て、皆で太宰に「苦悩」についての教えを請うたようです(笑)。また吉田の町に連れ降りて、ともに飲んだりもしています。

飲んだ夜は吉田の古い宿屋に泊まったようですが、あるブログ-これは富士吉田市が「富嶽百景」に出てくる吉田だと教えてくれたブログですが-によると、富士吉田市の北側の地域「下吉田」にある宿屋らしい。(ただし、富士吉田市の地図上では富士山が上に描かれているので、下にあります)

リニューアルされてた

「そこで飲んで、その夜の富士がよかった。夜の十時ごろ、青年たちは、私ひとりを宿に残して、おのおの家へ帰っていった。私は、眠れず、どてら姿で、外へ出てみた。おそろしく明るい月夜だった。富士が、よかった。月光を受けて、青く透きとおるようで、私は狐に化かされているような気がした。富士がしたたるように青いのだ。燐が燃えているような感じだった。」

「そっと、振りむくと、富士がある。青く燃えて空に浮かんでいる。」

青くないですけどね

。。と太宰の文章を引用してきましたが。。

今回の旅は、太宰の軌跡を追う旅ではありませんでした。さきほども書いたように、富士吉田に来てポスターを見るまで、太宰のことは忘れていたのです。

まぁ隠すほどのことではないので書いちゃいますが、今年大いにハマッたもののひとつに、「音楽」があるんですけど、そのハマるきっかけになった「フジファブリック」というロックバンドのフロントマン(ボーカル)志村正彦さんの故郷が富士吉田市でして。。。いわば、「志村正彦の軌跡を追う旅」でした。。。だけど彼はもうすでに追っかけられないところにいるんですけどね。。。詳細ご興味のある方は、もうひとつのブログをリンクしておきますので、ご覧ください。

富士吉田に行ってきました@なぎのねどこ

そんなわけで、メインの目的は違ったんですが、私は何故か無性に富士が見たくて見たくてたまりませんでした。

着いた日は今にも雨が降り出しそうなほどの曇り空で、何度「富士はどちらの方向に見えるのですか」と訊ねたかわかりません。そのたびに申し訳無さそうな顔をされ、余計に富士を見たいという思いが募り。。。

二日目の朝は若干晴れて期待が高まりましたが、徐々に厚い雲が空を覆っていきました。富士が見えるビューポイントの高台にもエッチラオッチラと足を運んだのですが、やはり見ることができず。。。

 「いつもの丘」へ♪

 「浮雲」じゃなく雨雲

そろそろ帰らなきゃ。。。今回は諦めろってことかなぁと思いつつ、遠くの山で、雲が流れていくのを眺めていました。

幻想的だった

そして、帰る電車の線路脇をトボトボと、うつむきかげんに歩いていて、ふと顔を上げたとき、そこにいるとは思っていなかった場所に、富士は姿をあらわしてくれていたんですー!

私のヘタな写真ではあまり伝わらないかもしれないですが。。。

ふと見上げるといた!

思わず身を乗り出した

フジ以後

フジ以前

ここにも君はいたのか!

そんなわけで。。。

一泊二日の滞在で、富士が見えたのは、ほんの数分でした。でも、帰る間際の数分の間に、奇跡のように顔をみせてくれた富士から、私はこれまで経験したことのないような不思議な感動を受け取りました。。。日本一の富士山は、古来から「霊峰」と呼ばれる信仰の山なんですよね。富士講の歴史などにも興味がでてきました。

そして、この富士吉田の町はほんとうに富士の麓にあるんだ。。なんて、当たり前のことがずしんと心に着地して、富士山の麓にいて、その大きさに抱かれるというのは、こういうことなんだな。。と、ほんの少し、この町に住んだ人びとが、また歴々の旅人たちが感じていたであろう深い想いを全身で感じることが出来ました。

ほんとうに行ってよかった。。。よかったよ。。

また、いつかきっと、「会いに」行きますからね。。

 

(大正寺からの帰り道にて)

                                       

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