いつの頃からか意識して,「敗戦記念日」と言うようになりました.
サプライズなしの参拝パフォーマンスを無駄に追い続けるマスコミ各社のヘリコプター騒動で,朝から白けきって始まった61年目の今日でした.昨日の夜,「無視しよう」と呼びかけた5号館のつぶやきさんの静かな怒りはわからなくはないのですが,やはり「敗戦の日」に関連した文章を書き記しておきたいと思いました.
今,NHKでは討論番組が始まってます.「61年目」というクレジットが出ていますが,その言い方は普通に考えれば違和感があります.50年,60年といった10年単位ではなく61年目です.
60年周期というコトバがあります.十二支十干が一巡りする期間,コンドラチェフの波,ウォーラーステインのパースペクティブ...と,いろいろあります. 大澤真幸さんの『戦後の思想空間』という本では,この周期の実例を,戦後日本のパースペクティブの中で提示してくれています.
たとえば戦後のスタートである日本国憲法の公布が昭和21年,その57年前にあたる明治22年に戦前の大日本帝国憲法がスタートしました.
昭和39年の東京オリンピック成功は明治37年の日露戦争勝利に類似していますし,昭和45年の沖縄返還は明治44年の不平等条約改定に匹敵します.
1972年の連合赤軍事件には,この62年前の1910年に大逆事件という比較しうる事件がありました....
こういったシステマチックな対応のワケは,明治と大正を足せば59年となるためです.60年周期というのは,つまり明治と昭和の出来事が,ほぼ並行して見られるということなのです.
こういった流れの中で,95年のオウム事件の対応は,第二次大本教弾圧事件と,2.26事件なのだという説を大澤さんは紹介しています.
そして,対応時期で昭和初期にあたる当時(1997年)を,もはや戦後ではなく「戦前」なのだと結論づけるのでした.
ご承知のように,歴史では,2.26事件の翌年の「盧溝橋事件」をきっかけに,日中戦争が勃発し,それから10年足らずで,日本は敗戦の日を迎えました.
現在においては何もなかったのか.いえ,バブル崩壊とそれに続く一連の構造改革をもって「第二の敗戦」だと譬えられました.何にせよ重要なことは,今年は60年目の敗戦の日から一年経過した年だということなのです.
そして,「敗戦」を何とか生き延びた先にある今日,2006年の8月15日の参拝パフォーマンスに対応するような「バカバカしいパフォーマンス」は,1945年の一年後にはあったでしょうか....
この本は講演会の記録ですので,論証は完全ではありませんが,なかなか興味深く読みやすいので,おすすめします.
先日テレビが壊れたので
自宅にいるときはラジオを聞いています。
FMでは、そんな情報を聞くことが
ほとんどありません。
ネットもつなげていないので
外に出なければ情報の遮断された生活です。
「心穏やかな生活」と言えば聞こえは良いですが
情報に触発されて考えることもないので
「考える力」が退化していきそうです。
テレビの買い換えは
地上波デジタル化のこともあり思案中です。
やっぱり、新聞取るかなぁ?(苦笑)
テレビ壊れるの,いいですね.テレビがなければ,朝からいやな思いをせずに済んだのかも...です.
触発されたというよりも怒り呆れ返ったということでしょうか.たまには心静かに考えたいです