城山三郎の『鼠』を読んでいるが、そこで次のような指摘を読んだ。
城山は、長谷川如是閑に会いに、彼の自宅へ行った。そこで如是閑は、
「社の方針として、時の高官に会うことはいけないこととされた。親しく接した者はやめさせたほどだ。個人的に会って懇意になったり憎悪したりしてはいけないからだ」(文春文庫、191頁)と語った。
これが『大阪朝日』がもっていた、ジャーナリストとしてのモラルである。
今はどうだろう、『朝日』にしても、その他の社でも、安倍らと懇ろになっている記者がたくさんいる。
メディアへの信用がなくなっている所以である。
城山は、長谷川如是閑に会いに、彼の自宅へ行った。そこで如是閑は、
「社の方針として、時の高官に会うことはいけないこととされた。親しく接した者はやめさせたほどだ。個人的に会って懇意になったり憎悪したりしてはいけないからだ」(文春文庫、191頁)と語った。
これが『大阪朝日』がもっていた、ジャーナリストとしてのモラルである。
今はどうだろう、『朝日』にしても、その他の社でも、安倍らと懇ろになっている記者がたくさんいる。
メディアへの信用がなくなっている所以である。