浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

【本】奥平康弘『治安維持法小史』(筑摩書房)

2017-04-19 23:02:23 | その他
 この本は、今は岩波現代文庫で出版されている。この本、発売されたときに購入したものだが、今日読み終えた。

 その末尾に、奥平さんはこう記している。

 日本の支配層の多くは、声を出していうかいわないか別にして、稲葉(修)と同じような治安維持法論を抱懐しているにちがいなく、ときとしだいによっては、治安維持法現代版をも施行すべきだと考えているにちがいない。そうであるだけに、私はさらにいっそう、この法の歴史研究に従事しつづけて、将来の危険な傾向に警鐘を打つ役割の一端をにないつづけようとおもう。

 治安維持法現代版が、まさに共謀罪であろう。

 治安維持法は、「國体ヲ變革シ又ハ私有財產制度ヲ否認スルコトヲ目的ト」する組織や行為を取り締まった。しかしこの「國体」とは明確な法概念ではなく、支配層はそこに倫理的、情緒的な読み込みをして、つまり「教育勅語」の内容を「國体」概念に包含して、最終的には「まつろわざるもの」(国家権力に従わないもの)と権力が認定した者を片っ端から逮捕・拘禁していった。つまり、司法権力・警察権力に、フリーハンドを与えたのだ。

 最初は共産党を、次には共産党と関係ある者を、そして共産党的なものをもつ者を、その後には社会民主主義者を、そして批判的な志向をもつ知識人や文化人を、さらには宗教組織までも逮捕・拘禁していった。

 そして治安維持法体制の末期には、企画院事件や横浜事件にみられるように、事実はまったくないのにもかかわらず、警察権力が妄想で「共産党の再建を目論む者」として次々に逮捕し、拷問し、自分たちが描いた筋書きの事件をでっちあげようとした。

 そして今国会で議論されている共謀罪をみると、警察権力にフリーハンドを与える要素をいっぱい持っているようだ。「平成の治安維持法」と呼ばれる所以である。

 共謀罪がなくても、治安維持法的な事件は、治安維持法がない現代でもみられる。たとえば志布志事件。そして沖縄平和運動センターの山城議長の不当に長期にわたる拘束。

 共謀罪が成立したら、警察国家になりかねない。

 治安維持法が吹き荒れた時代、その法律がいかなる法であったかを認識することはとても大事だと思う。本書ができうる限り多くのひとの目に触れることを願う。

 明日私は、「教育勅語と治安維持法」というテーマで話す。
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