パブリックなところでいろいろな人たちと話すと、そのなかに上昇することへのオブセッションを持っている人が多いことに気付く。仕事をもちながら様々なところで社会的な運動に関わっていた私は、仕事の中で上昇することはまったく考えもせずに生きてきた。また社会的な活動の中では、私は職業的にそれらに関わっているわけではないので、労力や知力は提供してきたが、それにより運動関係の組織の中で上昇することも考えてこなかった。
だから私は、今までエラそうな肩書きはもったこともない。人間みんなチョボチョボだという小田実のいうことは正しいと思って生きてきた。
しかしパブリックなところにでると、エラくなりたいという気持ちをもった人に出くわすことがある。そういう人は、なぜか「自慢話」をする。他人の「自慢話」なんて聞きたくないな。
ブレイディみかこの『アナキズム・イン・ザ・UK』を読んでいると、イギリスの下層の人びとの生、それも多種多様な生が描かれる。驚くことも多い。しかしブレイディみかこは、そういう生について価値判断をしない。いや価値判断はしているかもしれないが、そういう生を軽蔑したりしない。そういう生の存在を、根本のところで肯定している。
チョボチョボの人間が、それぞれの生を、ある人はだらしなく、ある人は異性に狂い、ある人は心に異常を来し、ある人は・・・・生きている。それでいいのだ、という諦観ではなく、人間の生をまるごと認める精神。
そこには「自慢話」をする人なんていないよ。だって自慢することなんかないんだもの。
ブレイディみかこも、オブセッションはないな。
人間、たかだか生きて80年。その後はこの世に出てくるはずもなく、歴史の中に消えていくのだ。
だから私は、今までエラそうな肩書きはもったこともない。人間みんなチョボチョボだという小田実のいうことは正しいと思って生きてきた。
しかしパブリックなところにでると、エラくなりたいという気持ちをもった人に出くわすことがある。そういう人は、なぜか「自慢話」をする。他人の「自慢話」なんて聞きたくないな。
ブレイディみかこの『アナキズム・イン・ザ・UK』を読んでいると、イギリスの下層の人びとの生、それも多種多様な生が描かれる。驚くことも多い。しかしブレイディみかこは、そういう生について価値判断をしない。いや価値判断はしているかもしれないが、そういう生を軽蔑したりしない。そういう生の存在を、根本のところで肯定している。
チョボチョボの人間が、それぞれの生を、ある人はだらしなく、ある人は異性に狂い、ある人は心に異常を来し、ある人は・・・・生きている。それでいいのだ、という諦観ではなく、人間の生をまるごと認める精神。
そこには「自慢話」をする人なんていないよ。だって自慢することなんかないんだもの。
ブレイディみかこも、オブセッションはないな。
人間、たかだか生きて80年。その後はこの世に出てくるはずもなく、歴史の中に消えていくのだ。