KUMIの句日記

写真と一日一句で綴るブログ。俳句はその日の新作ですのですべての句について、転載を禁じます。

解けた謎

2016年10月17日 | 暮らしのつぶやき
天気 雨のち曇

ちょっと冷たい雨が降ったので、富士山に初冠雪があったかもしれない。無論、今日は見えない。そんな日なので出かけずに少しだけ事務処理を。人があの世へ行っても、年金のことやら、その他、色々と面倒なあれこれがあるものです。

という話とは別に・・私には、母と姉にどうしても聞いておきたいことがあった。でも、それを聞ける母も姉も亡くなり、いよいよすぐ上の姉だけになってしまった。その姉が元気なうちに訊いておかねば・・と、先週の法要のあとで思い出したので、姉に訊いてみた。

8月15日になると思い出すこと。今朝も朝ドラで終戦日の話をしていた。
その時の記憶は、疎開先の遠縁の家の母屋の縁側で大人たちがラジオの前に直立していたことだけしかない。天皇の声までは覚えていない。
でも、その前に、私は凄く怖い思いをしている。畑道を歩いている最中にB29(米軍の戦闘機)に襲われそうになったのだ。そのとき、姉二人と母と一緒だった。父の実家(本家)に行った帰路だった、と思う。低空飛行の機体が、我々を襲うように飛んでいて、畑の真ん中だから、どこかの草むらのようなところに潜み、恐怖におののいていた。
それが15日だった? でも、米軍にはとうに終戦と解っている天皇の放送直前の時間にB29が房総半島を飛んでいたとも思えない。前日のことだった?
房総半島は首都攻撃のためのB29の通り道、毎晩怖い思いはしたけれど・・


姉に確認したら、8月15日だったという。
夏休み(姉たちは5年生と1年生だった)で、姉妹は父の実家に泊まりに行っていたのだそうだ。私はまだ4歳なので家に残っていた。母が、早朝に「何だか大事な放送があるそうだから帰宅しよう」と、迎えに来たのだという。父の実家までは、徒歩で片道1時間半以上かかったはず。幼い私を背負い、姉たちを迎えに行ったのだった。
父は外地だったし、母は、「大事な放送」のあとで何かが起こった時に家族は一緒に居よう、と思ったのだろう。

たいしたことではないけれど、年に1回は思い出す恐怖の記憶・・やっと謎が解けてほっとした。

花屋より花の香ことに菊香る  KUMI
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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
すっきりしましたね。 (ふきのとう)
2016-10-17 19:14:30
kumiさん、胸につかえていたものが取れましたね。
四歳で有ったとしても、あの忌まわしい出来事は脳裏に正しく焼き付いていたのですね。
あの時が、消化できてよかったです。
決して忘れられない出来事ですが、記憶が曖昧でなかったことは
とても大切な事、他人事ながら私も何だかすっきりしました。
ふきのとうさん、妙にこだわっていました (KUMI)
2016-10-18 16:16:49
なぜか恐怖を感じた最初の記憶なのです。
空襲は始終でしたけど、なぜか防空壕は怖くなかったのですね。

幼児の記憶の始まりは戦争の恐怖、なんて厭ですね。
今日もイラクでは戦火が・・

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