『自由党』を支援する道民の会(浜菊会)

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八田達夫の自己中心的「泣き言」は矛盾だらけ

2017-07-11 19:22:21 | 政治
約1カ月もかかって、自分の都合のよい言い訳を考えていたのか?w
これまでの説明もそうだが、八田達夫の意見は価値が見出せず、分かるのは特区諮問会議の民間議員連中が、極めて低劣な議論の仕方しかできないことが実証されたな、ということくらいである。

例えば、竹中平蔵が一番簡単に分かるというものだ。
医学部や獣医学部の設置に関する規制根拠となっている「平成15年文科省告示第45号」は、当時の小泉内閣で出された告示である。当然に当時内務大臣だったはずの竹中平蔵は、自ら署名したものであろうに。
違法な告示と言っておった連中なら、死んでも署名なんぞすべきではなかったものを、易々と賛同の署名をしておきながら、10年経ったら知らんフリして「告示がダメ」と言い張るという、愚かさ。


八田達夫の意見は、そもそも議論になっていない。単なる口喧嘩の類か、その場しのぎのショーのようなものだ。テレビでもよくある、無駄な「言い合い」というのにも似ている。

そのような場では、無駄に自己陶酔が強く傲慢で自信過剰なバカが圧倒的に有利にできているのだよ。例えば、怪しげな新興宗教の教祖と言い合いをしてみれば、すぐさまその意味が分かるだろうw
非論理的であろうと、整合性に欠けてようと、自分自身が正しいと思い込んでいる人間には、口では勝てないよ。どんな愚かな自説であろうと、決して曲げないのでw

周囲の客観的な評価とか、裁判官的な第三者の判定とか、そういうのがないと無理なのよ。


で、八田の書いた中身を少し見てみることにする。


>http://diamond.jp/articles/-/134825?page=3


第一に、需給条件が満たされない場合は、獣医学部の新設希望校に大学設置審の審査を受けさせないという文科省告示の正当性を説明できなかった。第二に、百歩譲って需給条件を付けるとしても、獣医学部の定員数が十分だということの説明ができなかった(そのため2015年2月3日のWGでは、筆者が文科省に対して、新潟の2016年度新設を急いで決めるように迫っている)。

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正当な議論を目指すなら、まず八田達夫が今回書いているような雑文のようにはならない。時折問題となる、ある種の執念深いクレーマーの主張に似ているかも。


オレは、学術的な議論の仕方、みたいなことは、よく知らない。が、八田達夫の全文を通じて溢れているのは、「自分がこう考え、こう主張したんだ」という、一方的な自己正当化の主張、ということだけである。なので、非常に言い訳がましいw

まあ議論というなら、相手側主張はこれ、自分はこう考えこう主張する、というような、「双方のやり取り」が記載されるだろう。しかし、八田達夫のお説には、文科省の言い分というものが、どこにもないのだ。将棋で言えば、自分の指したい手だけを、延々と書いているようなもの。相手の指し手が無視されているのだ。なので、議論と呼べる代物ではないし、価値がないと言っているのだよ。

八田の言ってることから判明するのは、「文科省は答えなかった、説明できなかった」ということだけ。要するに、文科省の言い分は無視に等しい。


獣医師の需給を所管する農水省が「獣医師需給見通し」で不足を政策課題として出していないのに、文科省が「獣医師を増やすね」って宣言するべき必要性も理由もない。八田は、需給は文科省の斟酌することではない、と言い放っておきながら、ここで百歩譲って獣医学部の定員数を尋ねる意図が分からんわ。
それに、「学生の定員数」が十分である、というのは、一体全体何を知りたいのかがまるで分からんな。この八田の文章を読んでも、学生の定員数を知ることで、今治の特区採用の妥当性が判断出来る理由というのが、まるで見えない。

仮に八田の言い分を考慮するとして、獣医学部の学生の定員数を増大させるには、既存獣医学科を拡充して学部格上げとかでも楽々達成できるので、新設するべき根拠に乏しいとは思うが。


告示の根拠を尋ねていたんだ、という主張にしても、成田市の国際福祉医療大学医学部の特区採用(15年11月)の検討段階において、検討すべき課題であって、その議論をすっ飛ばしてやっていたのは、当の特区諮問会議自身だ。

医学部新設の抑制が同じ告示によって行われていたことは明白であり、平成15年文科省告示第45号の規制が問題だと言うなら、そこで解決をしておくべき事柄であったのは当然である。ここで賛成しておきながら、後になって反対を叫ぶのは、行政の非効率であり、合理性のかけらもない。


続きを見る。


その結果、2015年6月末の「日本再興戦略(改訂)2015」に、「2015年度中における獣医学部新設の検討」を成長戦略として入れて閣議決定することができた。これは必ずしも特区でなくてもよいから、何らかの方法での新設の検討を文科省に義務付けたものだ(なお、新設に当たっては、「石破4条件」が付けられた。これは、検討期限を切った上で、検討の際の留意事項を記載したものである)。

「新設の検討」というのは、新設ができるのならば「できる」と言い、新設ができないのならば理由を示す、ということである。

 ところが文科省は、2015年度内に獣医学部新設を検討すると約束しておきながら、ずるずると2016年度に入っても検討に決着を付けようとしなかった。閣議決定に従わなかったのである

 特区側としては、2016年度中には告示整備や区域会議認定を行うべきだと考えていたので、業を煮やして、2016年9月16日に特区WGでヒアリングを行ったが、文科省は十分な検討をしていないことが明らかになった。そのため、事務局にはさらなる折衝を依頼し、山本幸三特区担当大臣にはさらなる督促をお願いした。


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耄碌爺さんの脳内では、「石破4条件」を付けたことで、期限を切って『何らかの方法での新設の検討を文科省に義務付けたもの』と自分勝手な解釈に転換されとるようだが、日本語を勉強してねと再三再四お願いしているものである。

「~の場合には、本年度内に検討する」という文なのだから、「~の場合」かどうかが検討の条件になりますよ。合致してなければ、検討する必要がない。「文科省に義務付けた」ってアンタ、それは八田の無手勝流の主張に過ぎない。


それに、政策工房の連中は「文科省と一緒になった獣医師会や族議員(例えば麻生太郎財務大臣ら)の抵抗勢力のせいで、石破4条件なる無駄なものを作った」みたいなことを言ってたでしょう?w

何、ここに来て急に八田達夫のお手柄みたいに、「検討を文科省に義務付けた」とか自慢気に語ってるんだよ。こういうのは、ホント、調子いい奴が有利だわなw


検討すると約束しておきながら、決着をつけなかった、って、そりゃあアンタ、提案側が4条件を満たす提案を出してこなかったから、でしょ。一目瞭然だっての。もっと大笑いなのが、『閣議決定に従わなかったのである』の、決め台詞だ。


行政の基本さえ無視し、右も左も満足に分かっていないような、こういう輩を、行政の重要な会議の民間議員に指名しているという時点で、我が日本の行政の劣化が深刻であることを物語っているのだよ。


来たよ、大上段からwww
『閣議決定に従わなかったのである』


何度も見たよwww二度見どころじゃないよw

オレの理解で書けば、閣議決定ってのは種々あるわけで、過去の例を知っていれば、こんなおバカな主張をしてくることはなかったんじゃないかな、と思うわ。具体例が思いつかないが、緊縮財政至上主義者の内閣であれば、例えば
「国の累積債務増加と財政収支悪化が及ぼす広範な悪影響に鑑み、早期に財政収支改善の為の検討を行い、適正な税収バランスの在り方について検討するものとする」
みたいな閣議決定、とかだわな。
平たく言えば、「本音では消費税増税をできるだけ早くやってしまいたい気持ちはあるが、与党内の反対は多くて簡単には踏み切れそうにないので、目標だけは掲げておきたいけど、党内議論(党税調とか)や財政審あたりで、うまい方法を考えておいて欲しいよな」
的なことである。まあ、お題目ってやつですw
国会答弁の「前向きに検討する」というのと似た仲間、という意味です。


石破4条件は、これよりもう少し具体性があるものですが、前提条件がクリアされない場合なら、「本年度内に検討を行う」は発動されませんね。


しかし、同じ閣議決定を経たものであっても、告示は別ですから。八田には、そういう簡単なことさえ分かっていないのだよ。

『閣議決定に従わなかった』のは、お前だ、八田達夫。
貴様自身が、閣議決定を無視して覆そうとしたんだろ。何を言ってるんだ、全くw


「平成15年文科省告示第45号」は、告示なので法令である。法的拘束力は100%だ。例示したお題目閣議決定とは、わけが違うんだよ。石破4条件も、法的拘束力は弱まるし、規範性は低下する。

省令として出されたら、法的拘束力は発揮されるので、同じく閣議決定を経たものであろうとも、行政府における取扱も法的意味も異なるに決まってるでしょう。

喩えて言えば、国家戦略特区会議が格上、特区諮問会議が格下、のようなもんだ。告示は格上であり、石破4条件(閣議決定)は格下。告示は法的拘束力が100%発揮される(一般国民も拘束される)が、石破4条件は「行政府内部での拘束性はあるが、一般人は従わない」レベルのものである。


八田達夫の企図した「岩盤規制突破」とは、いうなれば法秩序への挑戦であり、これまでの法制度を覆す行為、である。
行政は、自分自身で「法制度」「法秩序」を覆すことは、原則的に許されていない。法制度には従わねばならない、というものだ。官僚個人が「告示は必要ないですね」などと認めることなど、許されてはいない。


法制度の改正となれば、最高裁の判例変更に似ており、過去との連続性や関係性というのが問題となる。これまで「合法」の判例だったものを、今後には「違法」に変更します、という場合には、判例変更に伴う説明を大法廷なりで実施する、というのが、説明責任ということである。

これと同様に、告示(法的拘束力は強い)により制度維持がなされてきたものについては、変更するなら相応の説明責任を伴うし、変更理由を提示するべきものである。その点で言えば、石破4条件は、変更理由を例示したものといえよう。告示といえども、その制定過程には当然の理由があったからであり、何らの意味もなく制定される法令というのはないだろう。


八田達夫の自分に都合よく継ぎ接ぎした泣き言は分かったが、「石破4条件」の適合性について、未だに具体的で有効な説明というものが皆無である。


それと、16年9月以降の動きについてが最も大事なのだが、八田の言うのは「業を煮やして」とか「山本大臣に督促をお願い」といった、非常に曖昧な証言があるだけだ。

文科省の内部文書で示されていたのも、9~10月頃の特区(内閣府)側のやけに急ぎの感じとか、10月には議題に上がっていなかった獣医学部新設問題が、11月の特区諮問会議で唐突に出された上、一気に決定となった背景も、殆ど明らかにされていない。


兎に角、八田の主張は無駄に長いので、疲れた。
とりあえず、一段落。


他は、追加するかどうか、後で考えるわ。


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