一部では「殺された」「粛清された」「実は街宣右翼の仲間(笑)」「典型的なネトウヨでひきこもりに違いない」とか言われていた当ブログと私ですが、そんなことはなくごくありふれた社会人生活を送ってましたよ、と。
事実上停止していた当Blog「半角カナのように」、この記事を持って一切の活動を停止します。
「よくあるあれでしょ、名前変えてよそで違うBlog始めるんでしょ」とかいうサヨクのみなさんご心配なく。そういう暇ないから。
停止を決めたのは下記の理由。それ以外の何でもない。
1)「ある程度の年齢もしくは地位についたらやめる」と前から宣言していた。
そしてその条件を満たしたから。
2)Blog書いてる暇がないほど日常でやるべきことが増えたから。
3)チョンガー シナガー メンスガーと言いながらこんな沈没船日本丸と溺死の道を歩みたくないから。
4)ネタ元にしていたBlogやスラドの傾向が最近変わり始めたから。
聞きたくもないだろうが、各項目について一応説明しておく。
1)については、今までのヒマだらけ内勤平社員から生活が一変したとだけ言っておく。
そして、日本丸が半分水没しかけたら逃げ出せるプロパティも手に入れた。
2)については1)が関係する。
3)、これが一番でかい。
仕事上、支那畜生、チョン、タイ人と組んだが、奴らの探究心・追及心はジャップが束になってもかなわん。あのモチベーションが今のジャップに足りない要素だ。
仕事に対する情熱も、政治情勢に対する視線も、何もかもがジャップは劣っていることを見せつけられた。
正直、私の次の仕事にジャップを入れる気はない。
ジャップを入れたら支那畜生やチョンのモチベーションが一気に下がるだろう。それは決して奴らが反日民族だからじゃないことが分かったからだ。
今でもジャップである私に口汚い言葉で罵声を浴びせる支那畜生やチョンはいるし、正直「支那畜生」「チョン」と書いているように私は特ア人に良い感情を持っていない。だがそれは感情論であり、仕事を進めるうえでの「成果物」の品質はジャップより明らかに上質だ。
仕事のことゆえに詳しく書くことはできないが、品質を図るうえでの「レビュー」で確実に数字として差が出ている。ジャップだけで組んだチームと、支那畜生・チョン・タイ人で組んだチームで同一プロジェクトを並行させ、ベンチマークをした結果、ジャップチームは品質基準値割れを起こし、ベンチどころか炎上手前になってしまった事例がある。
ジャップはもっと周囲を見て危機感を持つべきだし、危機を乗り越えるには「パクリ・マネ」と罵られても過去に誰かが成し遂げた成果を研究して自分に吸収し消化し昇華させる必要がある。ところが今のジャップは「個性(笑)」「アイツとは違う俺(笑)」「オリジナリティ(笑)」状態だ。
プライベートタイムなら大いに結構だが、仕事で何の根拠もない「個性(笑)」「アイツとは違う俺(笑)」「オリジナリティ(笑)」を炸裂されても周囲のモチベーションを下げるだけだろう。
政治に対する姿勢でもジャップとその他では大きく差が広がる。ジャップは「ミンスガー」「ジミンガー」「ブサヨがー」「ネトウヨがー」「売国奴がー」と顔を真っ赤にする一方、リアルで政治の話になると「俺には関係ないし」「お上のすることだし」「お前なにマジになってんの(笑)」と会話にならない。
支那畜生やチョン、タイ人は違う。たとえ政治家がすることでもまるで自分にも責任があるような考え方をする。さすがに「愛国無罪」は野蛮だし、愛国デモだからといって動物を虐殺するなどもってのほかだが、「いざとなれば間抜けな政治家は国民の手で血祭りにしてやる」という勢いがある。
ジャップはたとえるなら、船底に穴の開いた日本丸を見て「穴が開いてるぞ」「誰か穴をふさげ!」と喚く一方、必死に穴をふさごうとする人を見て「必死だな(嘲)」「穴埋め乙(爆)」と指差し笑うだけだ。
以上のことを体験してきて、もうこのBlogに何を書いても何も変わらない、ジャップはこのままだと支那朝鮮以下ということが見えてきて、あれこれ書き立てるのがむなしくなってしまった。
4)に関しては時代だろう。
今までよく引用していた「痛いニュース」も方向性が違ってきているし、スラッシュドットジャパン「モデレーションがある2ちゃんねる」になってしまった。
特にスラドに関しては以前のようにウィットの利いたジョークが飛ぶ前に「0か1か、YESかNOか、左か右か」論が多くなってきたように思う。
以前はテクニカルなニュースにはテクニカルなコメントが多数を占めていろいろな考えを知ることができたが、いまは肯定論と否定論の応酬が多数を占めつつあるように思える。コメントは一応流し身をするが、ほとんど業界ニュースヘッドラインとしてしか利用していなかったりする。
何が言いたいのかよくわからなくなった。
が、時間とともに私自身も、私の周囲の環境も変わってしまい、「半角カナのように」はもう役目を終えるということだけだ。
以降、このBlogに私が書き込みすることはないし、完全に放置する。
放置に際しコメント欄は開放しておく。何か思うところがあったら好きなように書いてほしいが、私は一切関知しないし関与しない。
事実上停止していた当Blog「半角カナのように」、この記事を持って一切の活動を停止します。
「よくあるあれでしょ、名前変えてよそで違うBlog始めるんでしょ」とかいうサヨクのみなさんご心配なく。そういう暇ないから。
停止を決めたのは下記の理由。それ以外の何でもない。
1)「ある程度の年齢もしくは地位についたらやめる」と前から宣言していた。
そしてその条件を満たしたから。
2)Blog書いてる暇がないほど日常でやるべきことが増えたから。
3)チョンガー シナガー メンスガーと言いながらこんな沈没船日本丸と溺死の道を歩みたくないから。
4)ネタ元にしていたBlogやスラドの傾向が最近変わり始めたから。
聞きたくもないだろうが、各項目について一応説明しておく。
1)については、今までのヒマだらけ内勤平社員から生活が一変したとだけ言っておく。
そして、日本丸が半分水没しかけたら逃げ出せるプロパティも手に入れた。
2)については1)が関係する。
3)、これが一番でかい。
仕事上、支那畜生、チョン、タイ人と組んだが、奴らの探究心・追及心はジャップが束になってもかなわん。あのモチベーションが今のジャップに足りない要素だ。
仕事に対する情熱も、政治情勢に対する視線も、何もかもがジャップは劣っていることを見せつけられた。
正直、私の次の仕事にジャップを入れる気はない。
ジャップを入れたら支那畜生やチョンのモチベーションが一気に下がるだろう。それは決して奴らが反日民族だからじゃないことが分かったからだ。
今でもジャップである私に口汚い言葉で罵声を浴びせる支那畜生やチョンはいるし、正直「支那畜生」「チョン」と書いているように私は特ア人に良い感情を持っていない。だがそれは感情論であり、仕事を進めるうえでの「成果物」の品質はジャップより明らかに上質だ。
仕事のことゆえに詳しく書くことはできないが、品質を図るうえでの「レビュー」で確実に数字として差が出ている。ジャップだけで組んだチームと、支那畜生・チョン・タイ人で組んだチームで同一プロジェクトを並行させ、ベンチマークをした結果、ジャップチームは品質基準値割れを起こし、ベンチどころか炎上手前になってしまった事例がある。
ジャップはもっと周囲を見て危機感を持つべきだし、危機を乗り越えるには「パクリ・マネ」と罵られても過去に誰かが成し遂げた成果を研究して自分に吸収し消化し昇華させる必要がある。ところが今のジャップは「個性(笑)」「アイツとは違う俺(笑)」「オリジナリティ(笑)」状態だ。
プライベートタイムなら大いに結構だが、仕事で何の根拠もない「個性(笑)」「アイツとは違う俺(笑)」「オリジナリティ(笑)」を炸裂されても周囲のモチベーションを下げるだけだろう。
政治に対する姿勢でもジャップとその他では大きく差が広がる。ジャップは「ミンスガー」「ジミンガー」「ブサヨがー」「ネトウヨがー」「売国奴がー」と顔を真っ赤にする一方、リアルで政治の話になると「俺には関係ないし」「お上のすることだし」「お前なにマジになってんの(笑)」と会話にならない。
支那畜生やチョン、タイ人は違う。たとえ政治家がすることでもまるで自分にも責任があるような考え方をする。さすがに「愛国無罪」は野蛮だし、愛国デモだからといって動物を虐殺するなどもってのほかだが、「いざとなれば間抜けな政治家は国民の手で血祭りにしてやる」という勢いがある。
ジャップはたとえるなら、船底に穴の開いた日本丸を見て「穴が開いてるぞ」「誰か穴をふさげ!」と喚く一方、必死に穴をふさごうとする人を見て「必死だな(嘲)」「穴埋め乙(爆)」と指差し笑うだけだ。
以上のことを体験してきて、もうこのBlogに何を書いても何も変わらない、ジャップはこのままだと支那朝鮮以下ということが見えてきて、あれこれ書き立てるのがむなしくなってしまった。
4)に関しては時代だろう。
今までよく引用していた「痛いニュース」も方向性が違ってきているし、スラッシュドットジャパン「モデレーションがある2ちゃんねる」になってしまった。
特にスラドに関しては以前のようにウィットの利いたジョークが飛ぶ前に「0か1か、YESかNOか、左か右か」論が多くなってきたように思う。
以前はテクニカルなニュースにはテクニカルなコメントが多数を占めていろいろな考えを知ることができたが、いまは肯定論と否定論の応酬が多数を占めつつあるように思える。コメントは一応流し身をするが、ほとんど業界ニュースヘッドラインとしてしか利用していなかったりする。
何が言いたいのかよくわからなくなった。
が、時間とともに私自身も、私の周囲の環境も変わってしまい、「半角カナのように」はもう役目を終えるということだけだ。
以降、このBlogに私が書き込みすることはないし、完全に放置する。
放置に際しコメント欄は開放しておく。何か思うところがあったら好きなように書いてほしいが、私は一切関知しないし関与しない。
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