銀河鉄道拾遺

SF、かふぇ及びギター

今も思い出の中を走ってる 5

2017-07-16 22:13:34 | 日記
話が桂村から始まったので、次は城北(じょうほく)⇔常陸岩船(ひたちいわふね)間の大ループについて触れる。而して鉄道は田んぼを渡り、桂村の中心、阿波山(あわやま)駅へと進入するが、大ループの名を奉じたのは他ならぬ私だから文献等に何も出ては来ない。それはともかくとして、那珂川の下流域に沿って平地を進む茨城鉄道にトンネルはない。しかし大河川の形成する河岸段丘は侮り難い、25キロの線区中それなりの坂が連続する。その最たる例がこの区間である。川を遥かに見下ろす高台にある城北駅を出た線路は大きく右に湾曲する台地のへりに沿い、川面とさして変わりない平地へと降りてゆく。線路の右手は藪に覆われた崖、そして坂を暫く下ったところで茂みの向こうにぬっと現れるのが送電鉄塔だ。丘を離れた路盤は途中で切れ、高さを失うまいと築かれた築堤は依然右カーヴの中途にあり尚も北へ向かおうとするが、一路西進する送電線はここで線路をオーバークロス、次の鉄塔を経て丘の稜線を越えて行く。城北駅を発った列車の進行方向右に座す者はジョイントを渡る列車がゆるりと坂を下るのを感じながら鉄の巨人の連なるを見、やがてローリングしつつ築堤を右へカーヴするその上空に、きらめき跨ぎゆく高圧線を仰ぎ見たことだろう。また、田の中程に位置し俯瞰する者は、丘の左手の小高い位置に姿を現した列車が高圧線と戯れながらゆるゆると右手へ下りゆく姿を眺めたことだろう。。  ところで以上が妄想に過ぎないことが展示ではっきりした。大ループを走行する列車の見事な写真(カーヴで車体が内側に傾いでる)に鉄塔のての字も見えないのだ。城北町の台地の北を掠める鉄塔群の設置時期に差があるのか、いや廃止直前に二つの鉄路の邂逅はあったかもしれない。。。

中央を縦にうねっと走るラインが線路跡。「航空写真」でどうぞ。
http://tower.30maps.com/map/110232
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