銀河鉄道拾遺

SF、かふぇ及びギター

台地のへりに住む

2017-08-14 12:33:33 | 日記
通常、散歩は茨大一周と決めているが、最近は保和苑方面に舵を取ることも多い。その日は目的地を一旦やり過ごして七曲り坂。此処の上から眺める那珂川とその向こうの広がりは、風をはらんで気持ちいい。坂下の道沿いには、あちこち泉が湧き出している。水戸は北西から南東に掛けて馬の背と呼ばれる台地を為しており、その縁(へり)に住まうものとして周囲にもう少し詳しいようでないといけない。という訳で七曲り坂を再度登ったあとは、足を踏み入れたことのない松本町へ分け入ってみた。古い家々のどん詰まりに現れたのは墓地、山村暮鳥の墓もそこにあるのは市民の常識なのだが、しかしこれはほんとのどん詰まり、木々の茂ったはるか下に谷間を縫う道が見えてはいるが、そこまで無事に辿り着けるかどうか。それで判ったのだが、保和苑(われわれは普通、谷中二十三夜尊(音は「やなかさんやさん」)と呼んでいる)から台地の下に抜ける谷間の左(谷の入り口に向かって)の景色は知っていたが、右手の崖上にこんな人家や墓地があるなんて、齢六十に手が届くこの歳になるまで知らなんだ。知ってるようで知らない家の周り、まったく茨城鉄道だけじゃなくてもっと他に目を配らないと、貴重なものやなんかがどんどんなくなっちゃうよ、と自戒した夏の夕暮れでした。
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