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ぽかぽか春庭「花の表記」

2017-06-17 00:00:01 | エッセイ、コラム

「四季花鳥図」鈴木其一 山種美術館所蔵

20170617
ぽかぽか春庭ことばのYaちまた>花の絵・花の名(4)花の表記

 ネアンデルタール人が墓に花を供えていたことは、発掘された古い人骨の周辺に、花粉の痕跡がたくさん見つかっていることから推察されています。
 現生人類になる以前から、人は亡き人を葬る際に、花をお供えしてきたこと。花の色や香りは人の心に安らぎや癒やしを与えてきたのだろうと思います。
 日本でも、旧石器時代岩宿遺跡の人々も縄文時代の人々も、花を飾り野の花に名前をつけたことと思います。

 方言の中に、縄文の人々の草花ことばのなごりがあったらうれしいと思うのですが、わかりません。万葉集東歌の中に、「うけらが花」などが登場します。野菊の一種かという説が有力ですが、諸説あります。
 花の名前、万葉東歌を詠んだ人々にとっての花。東歌を採用した大伴家持らにとっての花。
 古今集、源氏物語など、それぞれに花が登場します。中国の漢詩に詠み込まれた花もあります。
 
 中国から伝わった名称が、日本語に残った花の名もありました。中国の発音が少し変化した形で伝わっています。
 たとえば、梅。中国メィ→日本ゥメィ→ウメ。
 牡丹。中国ムーダン→ボーダン→ボタン(mとbは入れ替わる音。寒いがサムイとサブイ、どちらも使われるように)

 以下、湯浅浩史さんの分類による花の名前漢字表記をもとに、花の和名の漢字表記について考えます。
引用元。http://taka.no.coocan.jp/a5/cgibin/dfrontpage/fudemakase/SYOKUBUTUkanmei.htm
 たいへん有意義な分類だと思い、引用させていただきます。引用部分青字。中国語のピンイン表記は、四声を省略してあります。

一、漢字の表記も発音も中国名に由来
菊(キク)、紫苑(シオン)、桔梗(キキョウ)、竜胆(リンドウ)、夾竹桃(キョウチクトウ)、凌霄(ノウゼン・ノウゼンカズラ)、連翹(レンギョウ)、木瓜(ボケ)、梅(ウメ)、鳳仙花(ホウセンカ)、牡丹(ボタン)、芍薬(シャクヤク)、南天(ナンテン)、睡蓮(スイレン)、水仙(スイセン)、蘭(ラン)。


 「竜胆」の現代中国語発音はlongdanロンダン。リンドウというのが呉音であったか漢音であったのか、わかりませんが、中国語の花の名がそのまま日本語になったことがよくわかります。

 「木瓜」の現代中国語発音はmuguaムークゥァ。上に述べたように、m音とb音はいれかわる音。木の発音、現代中国語発音はmuですが、古代にはbu,boだったのでしょう。

 「凌霄花」の現代中国語発音はlingxiaohuaリンシャォファです。ノーゼンカズラが中国の南の地方から伝わったことがわかります。中国南部ではr音とn音は異音(言語音としては同じ音に聞こえる)です。日本語ではl音とr音は異音なので、rightもlightも同じライトに聞こえるのと同様に、中国南部では、rとnの音は同一のものと聞こえます。凌(音読みリョウ)という漢字に「ノウ」という読み仮名がついていることから、春庭は「凌霄花は中国南部からの渡来だろう」と、推察いたしました。
 ノウゼンカズラは、平安時代以前に渡来しています。漢や唐からの移入ならリョウゼン花になると思われるのに、ノウゼン花だったので、南方からの移入だろうと思ったのです。夏の季語であることも、暖国育ちであることを思わせます。
 
 鳳仙花、現代中国語発音ではfenxxianhuaフェンシェンファ。韓国語朝鮮語では봉선화(ポンソンファ。東南アジア原産という鳳仙花が、旅して広がっていったようすが感じられます。

 菊の現代中国語発音は菊花juhuaジュファです。古代にはkikuに近い発音であったのかどうか、古代中国語の発音研究者に聞いてみたいです。

 牡丹と芍薬。英語ではどちらもpeonyピオニー。英語では「立てば芍薬座れば牡丹」翻訳できませんね。

「芍薬」葛飾北斎


二、漢字の表記は中国と同じ、読み方が全く異なる
桃(モモ)、桜(サクラ)、李(スモモ)、薔薇(バラ)、藤(フジ)、百日紅(サルスベリ)、蓮(ハス)、忍冬(スイカズラ)、百合(ユリ)


 桜の「さ」は、「咲く」の「さ」と同じ語根とされ、クラは「座=くら」なのだという説が有力。日本の数百万年前の地層からも桜花粉化石が出土しているそうです。ウメが中国渡来であるのに対して、桜はもともとの日本の花なのです。
 漢字が伝わって以後、山桜などの自生の桜に「桜」の漢字を当てはめました。訓読みです。音読みの桜花オウカは、現代中国語の桜花yingfuaインファと共通しています。

 百合。現代中国語ではbaiheバイヘ。日本語ユリの語源諸説あるうち、「揺れる花→ユリ」が有力らしいですが、漢字渡来後、中国語の百合をそのままユリの表記に宛てました。

 百日紅、蓮、藤など、同様です。もとからあった花の名前に、漢字表記を当てた、当て字訓読みです。現代語でいえば、電脳という漢字にパソコンとルビをふるようなものです。

 百日紅。中国では花期が長いことが意識され、日本ではツルツルの幹を見て、「猿が上ろうとしても滑り落ちるだろう」ということに注目した。英語では「crape myrtleちぢれているギンバイカ」六枚の花弁に縮れがあることに注目。それぞれ目をつけるところが違っておもしろいです。(ただし、現代中国語では「紫薇ziweiツィウェィ」の方を主に用います)。

「世界中の子と友達になれる」松井冬子2004年横浜美術館寄託


三、同じ漢字だが日本と中国では別の種類
紫陽花(ライラックか)、萩(ヨモギの類)、椿(センダン科のチン)、山茶(ツバキ)、桂(キンモクセイの仲間)、楓(フウ)、石楠花(バラ科の一種)、杜若(ショウガ科の一種)


 紫陽花の表記については、先に書いたものを再録する予定です。

 萩は、万葉集で一番たくさん詠まれている花です。ただし、万葉仮名で「ハギ」を表すのは、「芽」「芽子」であって、「萩」という漢字表記はありません。
 「萩」は、中国では「ヨモギ」の種類を指す語である、と、湯浅さんの漢字表記説にありますが、牧野富太郎は、中国語の萩と、日本語の萩は、別の漢字である、という説。「春」と「舂」とか、見た目似ているけれど違う漢字というがよくあるから、その類いなのかと思います。

四、漢字の表記も読みも日本で作出
矢車草(ヤグルマソウ)、日回り(ヒマワリ)、松虫草(マツムシソウ)、蛍袋(ホタルブクロ)、朝顔(アサガオ)、沈丁花(ジンチョウゲ)、桜草(サクラソウ)、万両(マンリョウ)、月見草(ツキミソウ)、弟切草(オトギリソウ)、山吹(ヤマブキ)、雪柳(ユキヤナギ)、苧環(オダマキ)、鉄線(テッセン)、撫子(ナデシコ)、千日紅(センニチコウ)、月下美人(ゲッカビジン)、鈴蘭(スズラン)


 ひまわりに「向日葵」という漢字表記を宛てた場合、「中国語の花の漢字を日本語に当てはめた、ということになります。江戸時代に中国経由で渡来した当時は、中国語の「向日葵シャンリークィ」として移入されたのでしょうが、日本に定着した後は、ちゃんと「日回り」という日本語名が残りました。
 「日回り」についても、先にいろいろ書きましたので、次回から再録したいと思います。

五、誤つた漢字表記が日本で作られる。( )内が本来の意味。ただし諸説あり
口無し・クチナシ(嘴梨)、女郎花・オミナエシ(女飯)、藤袴・フジバカマ (不時佩)、吾亦紅・ワレモコウ(割木瓜)、雪下・ユキノシタ(雪舌)、紫式部・ムラサキシキブ(紫敷実)


 植物園などでムラサキシキブを眺めるたびに、どうして「紫式部」という名がつけられたのかなと、疑問に思っていたことが、ようやく解決しました。もともと「紫敷実ムラサキシキミ」と呼ばれていた植物。「シキミ」とは「落ちて敷き詰めるように重なる実=実がたくさんなる」という意味だったものが、いつのまにやらm音とb音の交代があり、シキミがシキブになった。シキブなら式部だ、ということで、紫式部になった。ほほう、これで納得。

六、日本で作られ、表記と読み方が不一致
紅葉(モミジ)、馬酔木(アセビ)、柊(ヒイラギ)、白粉花(オシロイバナ)


 六は、熟字訓という「当て字」が定着したものです。
 日本にもともと自生していたアセビ。毒性植物で、馬が食べるとふらふらと酔ったようになるところから、馬酔木という当て字が創られました。柊という漢字は、日本で創られた「日本国字」です。魚偏や木偏の漢字には、日本で創られた字が多いです。

「紅白蓮・白藤・夕もみぢ図」酒井鶯蒲(山種美術館所蔵)


 以上、湯浅浩史さんの分類をもとにして、古代中国語、現代中国語の発音などを春庭が考察しました。

 では、次回から「紫陽花の名前」の再録です。

<つづく>
コメント (4)
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