馬ひでの助

地理歴史クイズと雑談そして旅の記録です
♪(*^ひ^*)でだんだん

羽黒山その3

2016-10-29 11:40:00 | 旅行

2016年04月29日(金)祝日、
羽越旅二日目

10時02分、
これより『三の坂』

頂上まであと少し、

坂はきつくなる
『埴山姫神社』はにやまひめじんじゃ

画像はピンボケ。
縁結びの神様、パワースポットとして注目されて
格子に願いのためのいろんなものが吊り下げられてる

左に『尾崎神社』

右に『八幡神社』

『旧圓珠院跡』

羽黒山講堂がありました



10時21分、鳥居が見えてきました
ようやく頂上です
麓の随身門から約1時間40分かかりました
南谷に寄らなければ約一時間ちょっとかな?

鳥居の額には「羽黒山」と書いてある

『蜂子社』はちこしゃ

出羽三山開祖の蜂子皇子を祀る。
第32代崇峻天皇の皇子で、593年荘内由良港に上陸、
三本足のカラスに導かれて三山を開いた。
皇子の修行が羽黒修験道に発展したそうな。

『三神合祭殿』国重文

月山神社・湯殿山神社・出羽神社の三神を祭る。
ここで参拝すれば3つ参拝したことになる?
屋根の萱葺替工事のため足場が組まれてます

正面見られなくて
ウ~ン残念…。

横の参集殿でちょいと休憩。

こちらの内部から合祭殿に行けます


鈴の御守り買いました

『鐘櫓』国重文

元和四年、最上家信の寄進で再建された。
鐘は建治元年(1275)の銘があり、古さと大きさは最古級だとか?
ちなみに最上家信は山形藩二代目藩主、藩内を統率できず最上騒動で改易、近江大森1万石→5千石の旗本になった人です。
無念だったろうね。


目の前に
『鏡池』

正式には御手洗池(みたらしのいけ)、
池の中に古鏡が多数埋納されてたので鏡池と呼ばれる
鏡は平安時代から江戸時代まで各時代のものがありずっと信仰されてきた証拠となり、出羽三山歴史博物館に190面保存されてます。

池の反対側から合祭殿を見る

工事中なのが残念

芭蕉像がある

芭蕉はこの後、月山→湯殿山へ登ってます。
超人ですな、まさに忍者や!


『天宥社』

羽黒山中興の祖、天宥法印を祀る
25歳の若さで別当に就き、上野寛永寺天海僧正に師事して
戦国動乱で衰退していた羽黒山を盛りかえした。
ただ、晩年は反対派に弾圧されて伊豆新島に島流しの身となって島で没した。

『羽黒山東照宮』

葵の御紋が輝いてますね。
天宥法印が勧請したとか?
当時、出羽三山は真言宗でした。
しかし、上野寛永寺が天台宗なので天宥法印は出羽三山を天台宗にしょうとして対立、結局敗れました。


9つの神社が並んでます。

白いのは雪の塊、
まさか、初夏に雪を見るとは!
月山や湯殿山は雪いっぱいかも?

こちらの神社は下駄がずらりと並んでる。

履き物の神様かな?

『出羽三山歴史博物館』300円

入ったら係員が、リュックと杖を預かってくれました。
えらい親切やな、と思ったら、
杖でガラスケースや収蔵品を壊されるのが心配だったらしい。
我が輩は不審人物か?

重文の銅鏡・太刀、
直江山城守の祈願状、芭蕉の手簡、
などが展示されてました




11時23分、山頂バス停。
出発まで半時間ほどあるので
バス停横の店で土産を買い、
だんごと餅を買ってバスの中で食べました。



これが、本日の昼食となりました…。

羽黒山登頂はこれにて終了。


午後は鶴岡市内を探訪します


β《#^ひ^#》でヒヒーン


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