白龍のオウム・アーレフで過ごした日々

オウム・アーレフと新団体「ひかりの輪」について考える。

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「落しどころ」part2

2006-12-02 01:32:06 | Weblog

 11月28日の「落しどころ」のところで、書いたように、全てがシヴァの現われであるという結論に達してから心が落ち着いた。グルや教団から離解脱していく経験は、大いなる魂の流れの中にあって、学ばなくてはならないことだったのだろう。

 したがって、キリストのイニシエーションの時に見た、シヴァとグルの合一これは正しかった。しかし、私の意識が教祖に限定されていたため、見ることが出来なかったが、全ての人々がシヴァの現われだったのである。

 私も初めての経験であったが、宗教的な心の問題は、宗教的な決着の付け方をしないと、心が納得しないということが分かった。

 今まで、偉大なグルという意識と、グロテスクなグルという狭間で心が揺れ動いた。片方を立てれば、一方が頭をもたげてきて否定をする。あちらを立てればこちらが立たずで、どうにも按配が悪かった。

 しかし、弟子の救済のため、もともと麻原彰晃の中には、その二面性が存在していたのだ。崇高な理念を掲げ真理に導くグル。これによって多くの弟子が引き付けられた。しかしながら、同時に彼は、腹の中に、時限爆弾を仕込こんだ存在でもあったのである。

 ある一群を為す者は、似たカルマを持つと考えられる。おそらく、我々は、素直ではあったが、グルや教団に過剰に依存をする魂の傾向を持った者だったのだろう。したがって、シヴァは、大いなる慈愛をもってこれを落とそうとした。

 そこでまず、謙虚な姿勢を見せ、明確な真理の法則を解き明かし、質疑に対する明快な回答を弟子に与え、弟子を信頼させた。そして、次第に絶対的な存在となるまで、自分を信じさせるように弟子をしむけたのである。究極の段階まで弟子が信じきった時に、腹の中の時限爆弾が爆発するようにセットされていたのだろう。

 まさに、事件によって教団は爆発炎上したのである。そこからのグルは、まったくみっともないことこの上ない姿を晒し続けているのである。次々それまで仕込んでいた、悪行三昧の数々が暴かれ、弟子を絶望のどん底に叩き落としたのである。

 すなわち、このプロセスこそ、我々が、グルや教団というものに対して持っていた、過剰な執着をそぎ落とされるプロセスだったのだと思う。

 教祖の歌の中に救済の構図part1があるが、あの中で、弟子のために降りてきたことを明確に歌っているではないか。そして、教祖は、失敗をさせながら弟子を育てるグルではなかっただろうか?また、説法の中で、今生の私は、ピエロなのだよとも言っていた。そこに、私はシヴァの姿を見る。崇高な理念を説いた麻原もシヴァの現われなら、グロテスクな麻原もシヴァの現われなのである。全ては、私達を次のステップへ導くためのシヴァの現われであったのだろう。

 そう考えると、全ての教団の構成員も同様に、それぞれが、それぞれの悟りへ導くために存在しているシヴァの現われと見ることが出来る。A派の人達のM派への排斥の姿も、我々を教団に対する執着から解き放つ役割を担ったシヴァと見ることが出来るし、M派は、グルの執着から引き剥がそうとするシヴァと見ることが出来る。個々人も全てこの中のキャストであり、他人は自分を悟りへと導いてくれるシヴァであり、自分は他人の悟りへと導くシヴァとなっている。全てがシヴァの現われなのである。

 そのように、結論付けた時、視界が広がった。教団を辞めると、未来際において真理に巡り合えなくなり、地獄に落ちてしまうかもしれないという恐怖が消えた。グルを否定したくなくても、否定しなくてはならないのかという葛藤も消えた。互いが互いを否定している者に対する嫌悪も消えた、全てを包括し、シヴァという一元に結びつけた時、もつれていた糸が全てほどけた。逆にそのような状態を作ってくれ、悟らせてくれた方達に感謝しなくてならない気持ちにさせられた。

 そして、事件によって失われた方々もまさに、この全ての現れの中に存在したのである。まさに、我々のために犠牲になられたのである。教団の一部の者が、勝手にやったのではないのだ、形としては確かに、一部の者が勝手にやったように見えているが、そうではない、全てはつながっている。互いの悟りのために、全てはつながっているのだ。

 そう考えると、私のために多くの方々の命が犠牲になり失われたのである。そのような結論になる。めまいのしそうな想いだが、結論付けるとそうなるのである。各自が、殺人は自分のために行われたと認識した時、はじめて、そこから、私たちの本当の謝罪と、賠償が始まるではないだろうか?

 もちろん、「落しどころ」の時にも書いたとおり、各自の落しどころはそれぞれある。自らの落しどころは、各自模索していくしかない。もし、私の、落しどころが少しでも皆様の参考になれば幸いである。

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15 コメント

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Unknown (Unknown)
2006-12-02 02:14:27
なぜ我々の為に多くの方々が犠牲にならなくてはならないのでしょうか?
誰かを犠牲にしなくては成長できないのでしょうか?
犠牲になった方々はどうすればいいのでしょうか?
犠牲になった方々の幸せは?成長は?
残されたご家族の方々は?
すべては心の現われである (グル麻原)
2006-12-02 02:19:31

      /iiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡|≡ヾ ヽ
     iiiiiiiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡≡|≡ミミヾ丶
    iiiiiiiiiiiiiiiiiiii/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ミiiiiiヽ
   iiiiiiiiiiiiiiiiii/             \iiiiiiiゞ
   iiiiiiiiiiii/                \iiヽ
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この白龍の総括を見た人たちはどのように思うであろうか?

大別して、肯定する者、否定する者、否定も肯定もしない者がいると思う。

人それぞれ経験と見解は異なる。

グル・教団・事件に対する解釈は多種多様であろう。

肯定によって総括する、否定によって総括する、否定も肯定もしないことによって総括する、どれも可能であろう。

すべては心の現われである。

それぞれ自分のできる総括をして、これから自分が何をなすべきか考えていただきたい。
Unknown (シヴァの喜び)
2006-12-02 02:34:21
すべてはシヴァの現れである。

でも、自分を解放に向かわせない方向に歩いていってはいけない。
隷属させようとする人はグルではない。

解放の方向に向かって歩き出す

これが我々に必要なことだと思います。

だからシヴァ神はあのような男でグル神話を打ち砕いた。
依存の怖さを我々に教えた。

同じ? (あ)
2006-12-02 02:56:56
白龍さんも一元の悟りに到達されたのですね。
ところで先般マイトレーヤ正大師のトーク番組の一元の考えと概ね似たような心境といいますか、そういう状況という事でしょうか。
どもっ、 (友北)
2006-12-02 03:00:11
うーーん
>各自が、殺人は自分のために行われたと
>認識した時、はじめて、そこから、
>私たちの本当の謝罪と、賠償が始まる
>ではないだろうか?

いやあ、それでは始まらないんですけれど。
白龍さんの命が消えて、殺されて人の命1つが戻るならば、そう捉えるのも真理かもしれないが。

そもそも、殺人指令は信者さんの為にしたのではないのが、真実でしょう?その事実は見続けないと。

うーん、「麻原彰晃」さんは、時には出てくる普通のおじさん、としか思えなくて。
危なく同時に魅力ある人はそれなりにいますです。
違いは、ついていった人があれだけ居たこと、それは時代だよなぁ、と。

キリストのイニでの経験の解決につき、「悩まれている」ようですが、私はむしろ「捉われている」「囚われている」と感じます、失礼かもしれないが。

でも、いまそのような解決と一応されましたか。
どうぞボチボチとお願いしたいです。

と観想、いや感想までに。
Unknown (白龍)
2006-12-02 03:28:53
やはり皆さんいろいろな感想を持たれますね。
そうなると思っていました・・。
したがって、最初に宗教的な決着と書いたわけです。

Unknownさんの質問も良く分かります。
友北先生の言わんとしていることも、理解できます。

しかしながら、まずは自己の束縛からの解放がないと、
全ての出来事ををフラットに捉えることが出来ないのも事実なのです。

グル麻原さん、シヴァの喜びさん、
補ってくださってありがとうございます。

「あ」さん、トーク番組の内容が分かりませんが、
どうなんでしょうか?
ゆっくりと・・・ (ルナ)
2006-12-02 03:49:04
白龍さん、お久し振りです。

ある意味、思いきったことを書いてらっしゃるなと感じています。
賛否様々な意見が出るとわかっていながらの記事、
素晴らしいと思います。

勿論、現段階での落としどころな訳ですから、
今後どのように変化されていかれるのかも、
楽しみ(すいません)というか、期待しています。

客観的視点でみた場合、上で仰ってたように、
何故、あなた方の為に無関係の人命を
取らなければならないのだ!と思います。
ただ、現時点では横に置きつつ。

教団関係者は、自分達も被害者だと思っている
(あるいは無関係無関心)人が多いですが、
大なり小なり責任はあるはず。
今回、白龍さん自身、殺人は自分のために行われたと感じ、そこから、
『私たちの本当の謝罪と賠償が始まる』
という見解に辿り着いたことは大きいと思います。
勿論、そこからはまた辛いと思いますが、
目を向けずにいるのとでは全然違うと思います。

なんだか偉そうなことを書いてしまいましたがお許し下さい。
これからも、無理のないように、
ゆっくりと少しずつ歩かれていって下さい。
陰ながら応援しております。
ルナさん (白龍)
2006-12-02 04:03:24
ルナさんお久しぶりです。
正直ここまで書こうかどうか迷いましたが、
書かなくてはならないだろうと思って書きました、
少々胃が痛いです。(笑)

現時点の視点ですから、確かに調整はあるかもしれませんが、
軸はそうぶれないだろうと思ってはいます。

でも、もうそろそろ庭の虫の名前でも書き込もうかなあ。ふ~。
なるほど。 (ルナ)
2006-12-02 04:10:05
本当に凄いと思います。
胃、痛くなりますよね・・・^^;

一旦、休憩がてらに(?)、虫の名前良いんではないですか?
でも、冬は虫が少ないのでは…笑
ルナさん (白龍)
2006-12-02 04:18:46
>一旦、休憩がてらに(?)、虫の名前良いんではないですか?
>でも、冬は虫が少ないのでは…笑

そう言われてみればそうですね。(笑)

9月から、かなり突っ走ってきましたので、
そろそろ、ゆっくり歩いて息を整えないと。

>陰ながら応援しております。

ありがとうございます。
互いの悟りの為? (リラ)
2006-12-02 22:14:19
昔は”逆縁の救済”と言う言葉で、自分を納得させようとしてきました。

あるサマナは、

尊師を人と見たら単なる犯罪者なのだが、救済者として見るならば、意味のない事などひとつもない。

またあるサマナは、

一見すると尊師の考えは、反対方向に走っているように見えるが、大きな目標に達するためには、グルは色々な動きをする。

グルは弟子の成長を願っているのだ。と教えてくれました。

そんな理由づけをしてまで、事件を正当化し、被害者・遺族の方の苦しみに目をつぶり、麻原をグルとして信じて信仰し、悟りと解脱と救済という大志を抱いても、苦しみしか得られないと言う答えに、私は到達しました。
Unknown (アーレフ解散派)
2006-12-02 23:50:46
なぜ皆さんは子供のような単純な目で見ないのだろうか
例えば激しい風雨や日照り。それは神々が
人間を懲らしめようとしているのではない。
逆に春のそよかぜや気持ちのよい季節。それは
神々が人間を賞賛しているのでもない。
答えはどっちでもない。人間の側が苦痛を感じたり、
快楽を感じた結果にすぎない。そして
人は自分の都合のいいように「解釈」し、迷い道に入る。

智津夫が本当に救済をしたかったのなら、それは考えと
行為が一致してなければならない。子供でもわかる
ことだ。矛盾するような正反対の行為が現実にあったという
ことはそうではなかったということ。夢から覚めようよ。
Unknown (アーレフ解散派)
2006-12-03 00:35:06
救済に屁理屈も予言も要らないの。
救済したければさっさと貧民窟に行って瀕死の人を
手当したり、食事をあげるの。
ハルマゲドンになって人類が滅ぶまで待つ必要ないの。
屁理屈を言って「殺せば救われる」とかそんなこと言わない
の。
救いを求めている人は常にいるの。本当に救済に
興味あるなら、黙ってさっさとそこに行くの。そこへ
行けば屁理屈が必要かどうかすぐにわかるの。

マザーテレサとかはそうした。オウムやアーレフの
救済ってただのプロパガンダ(宣伝)だって
一人の人間としての理解 (帰依のないさくら)
2006-12-07 11:10:01
さくらは麻原さんにもシヴァ神にも帰依がないのです。
なので、すべてがシヴァ神の計画とは思えません。
ですが、麻原さんに対する憎しみはありません。

執着から離れること、この世の無常を弟子に説き
自分自身は布施を受け、多くの信徒の尊敬を受け
満足することがなかった。
いくら得ても足りない愛情の渇望が
あるのではないでしょうか。

彼の生い立ち、境遇、もって生まれたもの
めぐり合わせ、様々なものの集積が彼の人生です。

あのようにしか生きられなかった彼を深く哀れみます。

もし、神という存在があるのだとしたら、
麻原さんの魂こそ広大無辺な神の慈悲によって
救われてほしいと思います。
さくらさん (白龍)
2006-12-07 14:16:58
それぞれが、それぞれの見解を持って良いと思います。
自分が、前進するための、心の整理がつけば良いのです。

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