白龍のオウム・アーレフで過ごした日々

オウム・アーレフと新団体「ひかりの輪」について考える。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

落しどころ

2006-11-28 01:30:02 | Weblog
 教団における成就の認定の仕方、教祖の側室の問題など、いろいろと今までの教祖や教団のイメージが崩れ去るような内容が、次々と出てきている。これが、全て事実だとすると、私が信仰の対象としていたものは何であったのだろうかという想いが生じてくる。

 単なるいかさま詐欺師によって作り上げられた、架空の妄想を信じ込まされていたのだろうか?それとも、これら全てを含め、シヴァ神の大いなるマハームドラーなのであろうか?教祖をとんでもないいかさま野郎と切り捨てることが出来れば、ある意味楽かもしれない、そうでなければ、妄想の中に住み、何も考えず教祖を信じ続けるというのも、両極端で楽なのかもしれない。

 これだけ事実が明らかになっても、私の中に、あの糞親父!と教祖を切り捨てられない自分がいる。なぜ?と思われるかもしれないが、こればかりはどうしようもない。外部の方からは信じられないかもしれないが、嘘でもなんでもなく、教祖を崇拝の対象にしている自分がいるのである。これは、長く教祖に帰依をしてきた信徒やサマナには、共感していただけるのではないかと思うが、そんなに簡単に信仰の対象にしてきたものを翻すことは出来ないのである。

 心を整理するには、もちろん、時間も必要だし、思索も必要である。今現在、無理にあの糞親父と言ってみたところで、心が不安定になるか、空虚になってしまうような気がする。18年間、家族や親族に迷惑をかけ、友人・知人と縁を切り、安定した職を離れ、それでも続けてきた信仰である。それは教団の掲げる、衆生の救済と言う大きな目標に賛同したためであった。その全てが無駄であったのだろうか?

 当然そんなことはなかったのである。では、どこが有益で、どこが不利益だったのかをしっかり検証していく必要がある。

 この問題は、今教団に残っている人達一人一人が、自分なりの納得のさせかた、自分なりの心の落しどころを見つけ出さなくてはならない問題なのである。他人が、どうこう口の出せる問題ではない。

 今、教団の内部でも、大きく心の揺れている人がいるかもしれない。ブログを作っている私も、心の整理がついたから書いているのではない。心の整理をつけるために書いているのである。

 事実に対して恐れ、目をつぶるのではなく、今見えている事実をきちんと分析し、どのような行動をとればよいのかをしっかり考えなくては、今後の自分を確立していくことは出来ない。

 教団に残っている方の中には、非常に精神的に不安定になっている方もいるようである。精神病院に入院させられた方もいるというし、薬を常用している方も一人や二人ではないと聞いている。

 これから、サマナは住居となっている施設が経済的に維持できるかどうか、かなり苦しい状況になってくるだろう。当然、引越しも余儀なくさせるかもしれないし、今より多くの人が、外で働かなくてはならないような状況が出てくるかもしれない。いよいよ施設が維持できなくなれば、実家に戻らなくてはならない人も出てくるかもしれないのだ。

 来年には、上祐氏による新教団の旗揚げも予定されている。今年から、来年にかけて教団内では、大きな変動が予想されるが、個々人においても、精神的に大きな変化が起きることが予想される。その際に、自らの心をしっかり保てるための下地を、今から作っておく必要がある。教団に流される時代は、まもなく終わりを告げるのである。

 先ほど、自分なりの落しどころという話をしたが、これを書きながら、いろいろ思索していくうちに、次のような見解にたどり着いた。もちろん現時点での「私なりの」落しどころであるということをお断りしておく。

 宗教的な観点から見た場合に、総てのものは無常の法則のもとにある。よって、教団といえども、グルといえども無常の法則から逃れることは出来ない。生じたものは滅するのである。しかし、無智である私たちは、グルだけは特別、真理の団体だけは特別であると、未来永劫変わらないかのような錯覚をしてしまった。それを知ったシヴァ神は、弟子の無智な識別を崩壊させるため、教団を破壊へ導こうとし、みっともない、えげつないグルとなって弟子の前にその姿を晒しているのである。

 釈迦の入滅の時、同行していたのはアーナンダであった。釈迦は、チュンダの供養を受けた後、猛烈な下痢に襲われ、死を迎えることになる。その時、アーナンダは、家の戸の横木に寄りかかって泣いていた。それを知った釈迦は、このように言った。

 「やめよ、アーナンダよ。悲しむな。嘆くな。アーナンダよ。わたしは、あらかじめこのように説いたではないか、--すべての愛するもの・好むものからも別れ、離れ、異なるに至るということを。およそ生じ、存在し、つくられ、破壊さるべきものであるのに、それが破壊しないように、ということが、どうしてありえようか。」

 アーナンダがこのように釈迦に執着し、その臨終に際して涙を流すようなステージでの者あったから、世尊ですら、無常の法則から逃れられないのだということを教えるために、自ら下痢で苦しみ、死ぬ姿をアーナンダに晒したのではなかろうか。それが、アーナンダに対する慈悲の実践だったのだろう。釈迦の入滅の時のアーナンダとのやりとりを読んでそんな感想を持った。

 したがって、グルや教団にしがみつけばつくほど、強烈なシヴァ神のカルマ落しが起こるのではないだろうか?シヴァ神は元々が破壊を司る神である。我々がしがみつく、執着の対象を破壊するのである。それが例え愛するグルや教団であったとしても同様である。それが、シヴァの本質なのである。

 しかしながら、シヴァの破壊の後には、ブラフマンの創造があるのである。絶望の後には希望がある。その流れの中に、上祐氏の教団分裂があり、私の暴露ブログやシヴァの喜びさんのブログが存在するのかもしれない。最近、シヴァの喜びさんがやろうとしている、現や元の人達を対象にした、ヨガ教室の歩みなども、この流れに組み込まれたものなのかもしれない。

 教団は今後、崩壊していくかもしれないが、逆に、新しい道が生じてくる可能性もある。それは何か?修行者が自らの足で歩くという道である。今まで、おんぶにだっこで、教祖から与えられるものを、ただただ吟味もせずに真似をしていただけの幼子が、自らの足で歩き出すのである。

 私が思うに、現在ある教義に、間違いが含まれている可能性もあるのではないかと考えている。子供を賢く育てたいと思う親なら、あえて問題に間違いを入れておくはずである。そして、子供にいろいろな文献を調べさせたり体験をさせたりして、その間違いを自分の力で見つけ出させるようにしむけるはずである。

 甘えさせることがシヴァの愛ではない。本当の意味で、無常を悟らせ、修行者としての自立を促すことがシヴァの愛なのではないだろうか。
ジャンル:
その他
コメント (59)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 側室の子供達 | トップ | ブログの意義 »

59 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
一寸ズレるかもしれませんが (아벨)
2006-11-28 01:46:31
M派では無料体験者の個人情報までをも公安に報告しようとしつつあるようです。しかし現在行われている会員・信徒の個人情報を公安へ報告しているということ自体非常に異常なことである、ということをすべてのアーレフ会員・信徒の方に自覚していただき、在家をコケにする教団の体質の欺瞞性を理解してもらいたいものです。

もし個人情報通報という行為が、公安サイドからの「法令に基づいた強制力を有する」命令等によるものであったとするならば、教団としては一応従う義務はありましょう。ただしこの場合でも、もしも「構成員」というような曖昧な法律条文を拠り所にした指導等であった場合には盲従する義務は無く、もし教団に在家を守る意思があるなら、最終的には法廷で決着がつけられるべき問題。

しかし、もし教団サイドの解釈によって「自主的」に名簿を提出するという場合には、これは宗教者に課せられた守秘義務を踏みにじる重大な「個人情報漏洩」にほかなりません。明らかな犯罪行為です。

そもそもアーレフ発足に際して、最初は出家者の名簿提出だけが義務付けられているという解釈であったのが、いつの間にか教団側の自主的判断によって在家会員の個人情報まで報告することになったということ自体許すべからざる暴挙というしかありません。
あたかも「公安調査庁から法的裏づけを伴った強制があった」というような虚偽の説明によって在家を欺いて名簿を提出したのであったとしたら、在家に対して教団は著しい背信行為を働いたことになります。

そのようにしたらお上の覚えがめでたくなって観察処分解除につながるというような甘い期待(あるいはそういった期待を誘導するような公安当局等からの甘言)でもあったのでしょうか。それとも、もっと別な利益との取引において「在家を売った」のでしょうか??

白竜さんは説法会において正大師に対して「在家への謝罪」を求められましたが、それは具体的な問題に対してではなく、総論的な理由だったかとおぼろげに記憶しています。

在家信徒の方々が、「名簿提出=教団による守秘義務踏みにじり、個人情報漏洩」に対してどうして大人しく黙っているのか理解できません。すべてのアーレフ会員の方々に対して呼びかけます。在家の名簿報告=個人情報漏洩という教団の犯罪行為に対して怒りの声をあげてください!!

といっても、真面目で純粋な「正統派」信徒さん達は教団のやってることに何の疑いもさしはさまずに盲従状態なんでせうな。そういう姿勢がかつて団体の犯罪を許すことにつながったし、現在も組織が社会から信用されない理由であることに気づかず、二重三重に自分の首をしめていることが理解おできにならないと・・・

吹田とのダブルポスト的ながら、重大な問題と考えますので敢えて投稿させていただくことをお許しください。
教団の崩壊 (yasu)
2006-11-28 01:56:25
を恐れているのは、
A派でしょうか、それともM派でしょうか。

わたしはむしろ、M派や中間派ではないかと思います。

A派はパモ~チャナ師みたいにやれば、
「ひとりオウム」をして麻原信仰を続けていくことは可能ではないかと思います。

いっそのこと、
「秘密結社・オウム真理教」と名乗ればいいんですよ。


一方、M派はどうでしょう。

印仏板のatomさんの言っていることじゃないですが、
「激流」には耐えられないかもしれないですな。


わたしみたいに、麻原信仰を捨て、
ソンシへの帰依を無くして、
独自にやっていくという手もありますけど。

始終、A派のもどきに監視されているのもね。
ときどき、こういう風にA派よりのことを書きます。
M派寄りのことは書けないし。嗚呼。

아벨さん (白龍)
2006-11-28 02:18:52
>あたかも「公安調査庁から法的裏づけを伴った強制があった」というような虚偽の説明によって在家を欺いて名簿を提出したのであったとしたら、在家に対して教団は著しい背信行為を働いたことになります。

てっきり、公調から強制的に名簿提出を請求されているとばかり
思っていましたが違うのですか?

お上への協力姿勢を見せたかったのかもしれませんが、
在家信徒には非常に大きな負担を
強いることになりましたよね。

これを、無料体験者にまで広げる必要が、あるのだろうか?
そのようなことをやったら、
M派に関心のある無料体験者が皆寄り付かなくなるのではないでしょうか。
自分達の首を絞めることにならないのかな。
白龍さん (yasu)
2006-11-28 02:25:50
>これを、無料体験者にまで広げる必要が、あるのだろうか?
>そのようなことをやったら、
>M派に関心のある無料体験者が皆寄り付かなくなるの
>ではないでしょうか。
>自分達の首を絞めることにならないのかな。


これで、M派は衰退の一途ですな。

わたしも、
M派の烏山の道場なんか行く気はしませんもの。

A派の東京道場で十分でつ。

Mさんは (아벨)
2006-11-28 02:27:30
公安の●だという言い方する人がいて、誹謗中傷だと思ってましたが、あながちそうでもないのかも・・・

少なくともM派中枢部の顔は、在家よりも公安の方を向いてると思いますね。

アレフ発足のときの会員・信徒の名簿報告の件は、まさしく教団側の自主報告です。公安に尻尾振って在家を売ったと言われても仕方ないでしょう。信徒は今まで騙されておられたわけですわ。お気の毒なことです。それを今度は無料体験者にまで広げるだってぇ? 気でも狂ったか●境●大師といいたくなりますわ。

もし将来在家との話し合いの機会などあった際には、以前白龍さんがされたように、公開質問状でも突きつけて即答を迫りますかね。白龍さんも協力していただけませんか?
yasuさん (白龍)
2006-11-28 02:28:10
教団崩壊を最も恐れているのは、
教団内で、ニート化しているサマナだと思います。
かなりびびっていると聞いています。

>A派はパモ~チャナ師みたいにやれば、
「ひとりオウム」をして麻原信仰を続けていくことは可能ではないかと思います。

これは、パモさんだから出来るんじゃないですか?
他の人が出来るなら、
とっくに教団を飛び出して、やっていると思います。
こういうことが出来ない人が、
教団に残っているんだと思います。

M派は、今のままだとやばいです。
아벨さん (白龍)
2006-11-28 02:33:11
>もし将来在家との話し合いの機会などあった際には、以前白龍さんがされたように、公開質問状でも突きつけて即答を迫りますかね。白龍さんも協力していただけませんか?

そのような機会があれば協力しましが、
仙台道場なくなってしまったし、
最近は、イベント報告もおぼつかない始末・・。
信徒を切り捨てにかかっているのかもしれませんね。(笑)
yasuさん (白龍)
2006-11-28 02:34:27
>A派の東京道場で十分でつ。

A派も名簿提出はあるんじゃないですか?
白龍さん (yasu)
2006-11-28 02:35:07
>これは、パモさんだから出来るんじゃないですか?
>他の人が出来るなら、
>とっくに教団を飛び出して、やっていると思います。

ヴァジラハーサ師とか、ナンダカ師とか、有能な方はA派にはそろっているじゃないですか。

でも、「法友(仲間)を見捨てられない」というのもあるかも。

白龍さん (yasu)
2006-11-28 02:37:45
>>A派の東京道場で十分でつ。

>A派も名簿提出はあるんじゃないですか?

わたしは、何ヶ月かに一度行く程度の「幽霊会員」ですので、関係ないです。
無料体験者でもありませんし。

yasuさん (白龍)
2006-11-28 02:40:25
>わたしは、何ヶ月かに一度行く程度の「幽霊会員」ですので、関係ないです。
>無料体験者でもありませんし。

じゃあ安心ですね。
yasuさん (白龍)
2006-11-28 02:43:58
まあ、有能というだけではなくて、
外で食っていける才能。
やれそうなのは、ビルパ師かな。
Unknown (星宿)
2006-11-28 03:00:43


白龍さん、お久しぶりです。



名簿提出の件ですが、私は、公安調査庁から強制されたのだと思ってました。

ショックですゎ。



ところで、白龍さん、26日に烏山へ行かれましたか?



星宿さん (白龍)
2006-11-28 03:24:18
星宿さんお久しぶりです。

>名簿提出の件ですが、私は、公安調査庁から強制されたのだと思ってました。

私もてっきり強制だと思っていました。

>ところで、白龍さん、26日に烏山へ行かれましたか?

私の行くのは仙台だけです。(笑)
なぜですか?
Unknown (星宿)
2006-11-28 07:54:46
関東方面の信徒さん向けに、大事な話をすると聞いていたので、白龍さんも行かれたのかな、と思ったものですから。



結局 (ぼんち@ボーダフォン)
2006-11-28 09:35:51
ひとりオウムも良いけれど、

ひとり修行者になるのが良いのでは?

そうすれば、今抱いているグル像を壊すことなく、

しかも誰の批判も浴びずに、

そして心の成熟に従ってグル像を変化させつつ、

真理を探求していけるのではなかろうか、と。

もちろん、報告なんてこともないですし。

固定的なグル解釈を求めることは、

本質を見誤るようでとても怖いです。

断言しますが、特別なトラウマのない限り、

麻原尊師をグルとして観想することは、

何の不利益ももたらしません。

ポワ指令を出している尊師を観想し、

賛嘆を浴びせたとしても何の害もありません。

最終的についてまわるのは、

修行者本人の心のありようと、

そこから出る言動のみです。
全く同感です (元サマナ)
2006-11-28 10:20:36
今日の白龍さんの記事、ぼんち@ボーダフォンさんの意見に全く同感です。

「尊師を観想し、
賛嘆を浴びせたとしても何の害もありません。
最終的についてまわるのは、
修行者本人の心のありようと、
そこから出る言動のみです。」


わたしは慈悲に満ちた尊師を観想し
自分の心も慈悲に満たし
そこから身口意を展開できるように
これからの人生を生きていきたいです。
 
ぶっぶっ (友北)
2006-11-28 10:38:39
ぶっ、ぶっ、許せーーん。
申し訳ない (グル麻原)
2006-11-28 11:40:35

      /iiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡|≡ヾ ヽ
     iiiiiiiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡≡|≡ミミヾ丶
    iiiiiiiiiiiiiiiiiiii/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ミiiiiiヽ
   iiiiiiiiiiiiiiiiii/             \iiiiiiiゞ
   iiiiiiiiiiii/                \iiヽ
  iiiiiiiiiiiiiii《    ━━━'/  ヽ━━━ ヽミヽ
 ...iiiiiiiiii彡/      __,.::  :: __  ヽiiiii|
 ..iiiiiiiiiiiii》|             :::      |iiiii|
 iiiiiiiiiiiiiiii|,                     |iii|
..iiiiiiiiiiiiiiiiii,         ( ● ● )      .|iiii|
iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii       》━━━━《       |iiiii|
iiiiiiiiiiiiiii《《《ヽ     》 / ̄ ̄\ 《     |iiiiiiii|
iiiiiiiii《《《《《《《《    《《 \ ̄ ̄/ 》》   |iiiiiiiiiii|
iiiiiiiiiiii《《《《《《《《《《《 》》   ̄ ̄  《《 》》》》》iiiii|
iiiiiiiiii《《《《《《《《《《《《《《《《《《《《》》》》》》》》》》》》》》iii|
iiiiiiiiiiiiiii巛巛巛巛巛巛巛巛巛》》》》》》》》》》》》》》IIII
iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii巛巛巛巛巛巛巛巛》》》》》》》》》》》》iiiiiii

友北弁護士よ、わたしの弟子達があなたの神経を逆なでするような発言をして申し訳ない。

あとこれから脱会者が多数出てくると思うので、脱会支援を求められたら協力していただけるよう、お願いしたい。

友北弁護士よ、本当に申し訳ない。
元信者と現役信者の境界 (yasu)
2006-11-28 11:42:38
>元サマナさん

>わたしは慈悲に満ちた尊師を観想し
>自分の心も慈悲に満たし
>そこから身口意を展開できるように
>これからの人生を生きていきたいです。
 
これじゃ、滝本先生の「現役信者」の定義の範疇内です。
「元信者」は、ソンシを観想してはいけません。
したら、「現役信者」になってしまいます。
こういうのを「ひとりオウム」と言うんです。
セイラさんやパモ~チャナ師みたいな人のことです。

わたしは教義の方は一部保持しておりますが、
ソンシを観想などしておりません。
よって、「ひとりオウム」ではありません。
強いて分類すれば、「オウムもどき」かな。


>友北さん

>ぶっ、ぶっ、許せーーん。


ねっ!

Unknown (シヴァの喜び)
2006-11-28 12:27:31
>尊師を観想し、
賛嘆を浴びせたとしても何の害もありません。
最終的についてまわるのは、
修行者本人の心のありようと、
そこから出る言動のみです。


>わたしは慈悲に満ちた尊師を観想し
自分の心も慈悲に満たし
そこから身口意を展開できるように
これからの人生を生きていきたいです。


言わせて貰うと却下です。
それはただの愛着・執着であって、それを手放すことがこの一連の現象に巻き込まれて体験してきた我々の為すべきことだと思います。
麻原が説いたことでは最終地点に行けない。
それは彼自身と彼の弟子たちがそれを証明しています。
釈迦牟尼も当時インドでは最高とされた2人の師を「これでは最終地点に辿りつけない」と断じ、師を捨てました。
愛着は依存で、お互いに益を為しません。
愛着と帰依は別のものです。
帰依は本来「頼りにする」という意味です。
頼りに出来無いのなら頼りにしないべきです。愛着・執着でなお頼りにしようとするからおかしな方向に入って行くのです。
我々はもう壊れてしまった巣からは飛び立たねばならないのです。
幻影ははもう幻影として認識すべきなのです。
いつまでも同じところにとどまり続けてはいつか澱んでしまいます。
シヴァの喜びさん (yasu)
2006-11-28 13:15:22
>言わせて貰うと却下です。
>それはただの愛着・執着であって、それを手放すこと>がこの一連の現象に巻き込まれて体験してきた我々の>為すべきことだと思います。

atomさんじゃないですが、
麻原信仰をしている者にとっては、
「余計なお世話」
ではないでしょうか?

それは、各の修行者自身が考える問題でしょう。

>麻原が説いたことでは最終地点に行けない。
>それは彼自身と彼の弟子たちがそれを証明しています。

たしかにおかしいとは思いますが、
それはそれでよいと思います。
(正悟師=阿羅漢なんて!)

惚れた者にとっては、
「痘痕(あばた)も靨(えくぼ)」なんです。

>釈迦牟尼も当時インドでは最高とされた2人の師を
>「これでは最終地点に辿りつけない」と断じ、師を捨てました。

ババさんも最終地点まで行っていないでしょうに。
わたしはソンシの方が上だと思いますけどね。

と、A派を代弁して言っておきまつ。(藁)
星宿さん (白龍)
2006-11-28 13:19:08
>関東方面の信徒さん向けに、大事な話をすると聞いていたので、白龍さんも行かれたのかな、と思ったものですから。

ぜ~んぜん、話が届いていません。
仙台は引越しで、忙しかったですからね。
それとも、いよいよ、私をはずしにかかったかな・・。(笑)

大事な話は、ブログで紹介するのではないでしょうか?
M派は、情報開示を第一に考えているようですから。
書かれるのを待ちましょう。
何か情報入ったら教えてください。
白龍さん (yasu)
2006-11-28 13:29:16
>ぜ~んぜん、話が届いていません。
>仙台は引越しで、忙しかったですからね。
>それとも、いよいよ、私をはずしにかかったかな・・。(笑)


あ、ついに「脱会」というか「除名」でつか。
こういう暴露記事をお書きになっているんですからね。
わたしでも知らなかったことです。
マスコミに書かれたり、いろいろ噂にはなっていたようですけど。

シヴァの喜びさんに、
ババさんのヨ~ガを教わるという手もありますから、それほど困らないのでは?

わたしやあべるさんのような「お馬~」の仲間入りですな。
(藁)

Unknown (さくら)
2006-11-28 13:30:49
>「尊師を観想し、賛嘆を浴びせたとしても何の害もありません。
> 最終的についてまわるのは、修行者本人の心のありようと、
> そこから出る言動のみです。」
信じきっていたもの頼り切っていたものを手放すとどうかなってしまいそうな人は
しょうがないのかな。

かつて同じものを信じていた一人として
М派の皆さんが苦しんでいるのは心が痛みます。
「いいよ、好きにすれば」って言いたくなります。

修行者なら、「真理」をもとめるなら、
「尊師」に賛嘆を浴びせたい自分の心の働きを見つめるべきでは(・・?

一人の人間である松本さんの実態と、自分の心の中にある「グル」との乖離を
自分の心の中の「グル」はどうやって形成されたのか
Unknown (白龍)
2006-11-28 13:31:38
私がメールを書き込んでいる間に、
ボーディーサットバの会のようになっている。(笑)

すばらしい、ご意見ばかりで、読み応えあります。

最初、ぼんち@ボーダフォンの意見を読んだ時、
これはすばらしい意見だと、
ぼんちさんの見解に賛同しました。
私の、考えを補ってくれていると思いました。
さらに、元サマナさんも、賛同されて、
とりあえず、この辺のところが、
私としての 落しどころかなと思っていたのですが、
その後、シヴァの喜びさんの、厳しいご意見が書き込まれました。

>愛着は依存で、お互いに益を為しません。
>愛着と帰依は別のものです。
>帰依は本来「頼りにする」という意味です。
>頼りに出来無いのなら頼りにしないべきです。愛着・>執着でなお頼りにしようとするからおかしな方向に入って行くのです。
>我々はもう壊れてしまった巣からは飛び立たねばならないのです。
>幻影ははもう幻影として認識すべきなのです。
>いつまでも同じところにとどまり続けてはいつか澱んでしまいます。

このご意見は、強烈ですね。
これが達成できるように、目標地点として、
常に掲げておかなくてはならないですね。
神はすべてを許し愛し育んでいる (元サマナ)
2006-11-28 13:32:54
友北弁護士
「(教祖を観想するのは)許せーーん。」

シヴァの喜びさん
「(教祖を観想するのは)言わせてもらうと却下です。」


オウム原理主義者
「尊師を否定するのは許せーーん。」
「尊師以外のグル、尊師が説いた教え・修行法以外
却下です。」


 神はすべての現象を許し愛し育んでいると思います。

「わたしは慈悲に満ちた尊師を観想し
 自分の心も慈悲に満たし
 そこから身口意を展開できるように
 これからの人生を生きていきたいです。」

 生じたものは滅します。

 わたしのこの思いも生じたものですからいつか滅するでしょう。

「許せん」「却下です」という思いも生じたものですから滅するでしょう。

 生じも滅しもしない心の本質に到達すること、
すべてを愛し育んでいる神と合一することがわたしの願いです。

 すべての魂が幸せになりますように。

 
yasuさんへ (さくら)
2006-11-28 13:37:55
>惚れた者にとっては、
「痘痕(あばた)も靨(えくぼ)」なんです。

「だって好きなんだも~ん。」って言われちゃうと
一瞬言葉に詰まりますが、

何故好きになったのか(・・?

解脱のために好きになるような行為を繰り返したから好きになったのでは?

本来の目的は「解脱」で、その具体策として
教えられたことをやってるうちに好きになっちゃった。

で、「解脱」はいつまでもない。

それなら具体策を変えるなり
目的が正しかったのか見直すなりしたらどうかと
思うんだけどな。



yasuさん (白龍)
2006-11-28 13:40:01
>惚れた者にとっては、
>「痘痕(あばた)も靨(えくぼ)」なんです。

惚れている間は良いのですけれど、
夢から覚めて、痘痕が痘痕だったことに気づいた時の、
ショックは大きいですよ。
へたすると、悪性の癌だったなんて
知った時のショックなんていったら・・。
自殺しかねません。

そうならないうちに、
今から少しずつ、手術してあげることも、
必要なのではないかと思います。
「却下です」(藁) (yasu)
2006-11-28 13:42:29
>白龍さん

>このご意見は、強烈ですね。
>これが達成できるように、目標地点として、
>常に掲げておかなくてはならないですね。

わたしはその意見を読んで、思わず、A派を弁護したくなりましたね。
(わたしの「もどき」がさせているのか?)


>元サマナさん

>オウム原理主義者
>「尊師を否定するのは許せーーん。」
>「尊師以外のグル、尊師が説いた教え・修行法以外
>却下です。」

これは極端ですな。
こういう人は、A派でも一握りぐらいでは?

「却下です」なんて、
シヴァの喜びさんの言う台詞じゃないですか。
(藁)
さくらさん (白龍)
2006-11-28 13:46:27
>一人の人間である松本さんの実態と、自分の心の中にある「グル」との乖離を
>自分の心の中の「グル」はどうやって形成されたのか

これを見つめ、埋める作業は大切ですね。
じゃないと、自分の為してきたことの全てが、
無駄であったということになってしまいます。
yasuさん (白龍)
2006-11-28 13:50:39
>あ、ついに「脱会」というか「除名」でつか。
>こういう暴露記事をお書きになっているんですからね。

>シヴァの喜びさんに、
>ババさんのヨ~ガを教わるという手もありますから、それほど困らないのでは?

>わたしやあべるさんのような「お馬~」の仲間入りですな。
(藁)

除名になっても困りはしませんが、
M派の主張とは、矛盾してしまうことが心配。(笑)
除名の際は「お馬~」初心者として、
ぞうきんがけから始めたいと思います。(笑)
白龍さん (yasu)
2006-11-28 13:56:58
>へたすると、悪性の癌だったなんて
>知った時のショックなんていったら・・。
>自殺しかねません。

うん~。そういう例えで来ましたか。

皮膚ガンと見分けが付かない場合もありますからね。
でも、そういうときにこそ、
冷静な対応が必要だと思います。


>そうならないうちに、
>今から少しずつ、手術してあげることも、
>必要なのではないかと思います。

それもいいですが、転移しないうちに、
一気に手術してしまうことが最善の策かも。

皮膚科医や外科医でしたら、どう考えるか分かりませんけど。

yasuさん (シヴァの喜び)
2006-11-28 13:59:59
>atomさんじゃないですが、
麻原信仰をしている者にとっては、
「余計なお世話」
ではないでしょうか?


いえ^^
信仰ではないです。ただの「執着」です。「依存」です。
余計なお世話だとも思いません。
どのような選択をしようとも自由だとは思いますが、一連の現象に巻き込まれてきた、一番最初から巻き込まれてきた俺がその後の体験を通して、また色々な聖者からお話しを聞いて、そしてその「依存」を捨てることによって実際に解放に向かっている者として、あなた方の先達(オウムの信徒・サマナの)として「間違っているものは間違っている。正しくないものは正しくない。麻原が、幹部がどう言おうと事実は事実。愛着は愛着」と言っているだけです^^
釈迦牟尼は言いました。

「自己を灯明とせよ」

我々の信仰は間違っていた。愛着・依存であったと正知すべきです。

>それは、各の修行者自身が考える問題でしょう。

ええ。ですから選択はご自由に^^
でも、先達として言わなければならないことは言わなければならいと思って言ってるだけですから。


>たしかにおかしいとは思いますが、
それはそれでよいと思います。
(正悟師=阿羅漢なんて!)

いえ。
それは我々の魂に関わる問題です。
それで良いとは思いません。
そこが愛着・依存だと言っているのです。
おかしいものなのに魂を売り渡してはいけません。
そいうものは帰依とは言いません。
(阿羅漢は元々は釈迦牟尼の尊称の一つです。つまり阿羅漢は釈迦牟尼と同じ境地に達した者だという証です)


>惚れた者にとっては、
「痘痕(あばた)も靨(えくぼ)」なんです。


それが愛着でなんなのでしょうか?
嫌悪はいけませんが痘痕は痘痕です。


>ババさんも最終地点まで行っていないでしょうに。
わたしはソンシの方が上だと思いますけどね。

ババジーが聖者であることはサマディで証明されています^^
ババジーには5人のサマディ達成者をだした実績があります。
麻原はそれができません。弟子の誰一人も。
サマディに入ったとされたカッピナ師もその心臓停止の計測は眉唾ものらしいし、富士でお亡くなりになりました(ババジーはヒム・サマディといって雪の下に埋もれて33日間というサマディを行います)
麻原は我々と大差ないステージですよ^^
まあ、少しは高いとは思いますがね。
聖者とそうでないものとの帰依はもう天地以上の結果の違いが生じます。


と、斬っておきますw
Unknown (シヴァの喜び)
2006-11-28 14:05:29
>それもいいですが、転移しないうちに、
一気に手術してしまうことが最善の策かも。

それって「帰依を捨てる」ってことですね^^
yasuさん (白龍)
2006-11-28 14:20:13
>わたしはその意見を読んで、思わず、A派を弁護したくなりましたね。
(わたしの「もどき」がさせているのか?)

反発したくなる気持ちが出てくるのは理解できます。
しかし、大事な意見だと思っています。

Unknown (シヴァの喜び)
2006-11-28 14:33:53
ただし、

麻原や教団なくしてはパイロット・ババジーやその他の聖者の方、チベット仏教やテーラヴァーダ仏教にこれほど多くの人が関心を寄せたか、そして俺を含めて他の色んな人がその教え、聖者に縁ができたかどうかを考えると・・・

そういう意味では麻原・教団が果した役目大きなものだとは思います(だけど、これを以って麻原・教団は正しいとは絶対にNOです。断罪と賠償は為されるべきだし、間違っているものは間違っています)

Unknown (煩悩多学男)
2006-11-28 14:35:10
麻原によってサマディに到達したものは誰もいない。麻原本人も含めて!
パイロットババジさんのところではサマディに到達している。!
これからヨーガを志す、オウムにもババジさんにも全く関係ない客観的な判断が出来る第三者がこの事実を見た場合どちらの道を選択するかは明らか!
シヴァの喜びさん (yasu)
2006-11-28 16:12:25
>>それもいいですが、転移しないうちに、
>>一気に手術してしまうことが最善の策かも。

>それって「帰依を捨てる」ってことですね^^


わたしはそうしましたが、A派のみなさまには勧めません。

未来永劫にわたって、開祖の「駒」でありたいのであれば、
「帰依を無くすべきではない」と思います。


シヴァナンダさんへの反論 (通りすがり)
2006-11-28 16:13:00
芝さんや煩悩多学男さんがおっしゃっていることを図式にしますと、

「①麻原の教えでは誰もサマディに到達していない→
 ②麻原の教えは正しくない→
 ③麻原に対する帰依を捨てるべきだ」

となるかと思いますが、
①→②は、確かにその通りでしょう。

しかし正しくない(②)からといって→③帰依を捨てなければならないかどうかは、
それこそ信仰の自由だと思います。
たとえそれが仏教的に正しくない「執着」だとしても。
他人に対して「正しい」道を歩き、解脱へと向かわなければならないと主張するのは、やはり「余計なお世話」でしょう。

みんなに修行を強要したオウムと同じく、どこか原理主義的だと思うのです。

もちろん、麻原の教えのどこがまちがっているか、という話は、
どんどんやっていただきたいと思います。
シヴァの喜びさん (yasu)
2006-11-28 16:21:15
>聖者とそうでないものとの帰依はもう天地以上の結
>果の違いが生じます。


>と、斬っておきますw


聖者といっても、
「小乗だ」とA派の方に斬って捨てられるでしょう。

返り討ち!(藁)


それにしても、開祖は弟子を持ちすぎたんですな。
そうでなければ、ババさん以上のサマディなど朝飯前だったのに!
空中浮揚なんか10m以上できて、自由に空を飛んでいたかも。


と、また、A派を代弁しておきます。


シヴァナンダさんへの反論 (通りすがり) さん (シヴァの喜び)
2006-11-28 16:32:40
>しかし正しくない(②)からといって→③帰依を捨てなければならないかどうかは、
それこそ信仰の自由だと思います。

いえ。
違います。
帰依とは「頼りにする」という言葉から来ています。サンスクリットの「zaraNa(帰依)」は、これは「頼りにする」という程度の意味です。信仰とは本来そういう意味です。
ですから、①と②であるならば頼りにはできない。我々を正しいとこへは運んではいかない。だからこの人の案内を受ける訳にはいかない。別の方法なり、人なりを探さないといけない。


>たとえそれが仏教的に正しくない「執着」だとしても。
他人に対して「正しい」道を歩き、解脱へと向かわなければならないと主張するのは、やはり「余計なお世話」でしょう。


いえ。
違います。
俺は「そこに向かうと崖ですよ」と言っているのです。
余計なお世話ですか?
選択はご自由ですが、崖は崖。
落下がお望みならば何も言いませんが、そうでないハズなので「崖注意」と言っているのです。


>みんなに修行を強要したオウムと同じく、どこか原理主義的だと思うのです。


それも違います。
選択はご自由だと言っています。
ただ、先達として崖は崖だ繰り返しているのです。
崖から落ちるのも自由、引き返して別のルートを探すのも自由。
ただ、どちらが賢い選択なのだろうか、という問題で、賢いと思われる方法を選択しようよと言っているのです。
yasuさん (シヴァの喜び)
2006-11-28 16:49:45
あー

ブログはコメント制限が無いから自由に何回でも反論できるから良いや(´ρ`)

>聖者といっても、
「小乗だ」とA派の方に斬って捨てられるでしょう。


その小乗にも出来ることが出来ないなら大乗とやらには糞の価値もありませんなw
だいたい麻原はその小乗のステージにまで登ってきてはいませんよw
小さな船で何度も往復して人を運ぶのも手ではありましょう。
でも、大きな船でいっぱい詰め込んで、目標に向かったとしても・・・いつまでたっても辿りつけないなら意味は無いです(辿りつけないのは当然です。目的地をよくは知らなかったのですから)
これがオウムでした。


返り討ち返し!w


>それにしても、開祖は弟子を持ちすぎたんですな。

身の程を知るのも修行者に必要な資質です。


>そうでなければ、ババさん以上のサマディなど朝飯前だったのに!
空中浮揚なんか10m以上できて、自由に空を飛んでいたかも。


3日で逃げ出した人には不可能w
一般の方で3ヶ月がんばった方もいるのにw


と斬っておきますw
「余計なお世話」について (友北)
2006-11-28 17:16:16

とおりすがりさん
>他人に対して「正しい」道を歩き、
>解脱へと向かわなければならないと
>主張するのは、やはり「余計なお世話」
>でしょう。

まあ、私はオウムが間違った道だとは言っても他の道は示せないものですが
(それ故辞めようとかどうか迷っている人に無責任といわれたことがあるが、それこそ自灯明と言う言葉があるのだが、と改めて言いました)


国家権力ではないのだから、「余計なお世話」をするのもまた自由だと。


それなのに「余計なお世話」だと横から指摘することもまた余計なお世話だと。


そして、麻原さんへの帰依の場合、ひとりオウムでも、思想的に危ないことが当然推定されるのですから、国家権力は監視を続けるだろうことを自覚はしてね、と指摘する外ないです。
YASU師匠 (아벨)
2006-11-28 18:53:05
>皮膚科医や外科医でしたら、どう考えるか分かりませんけど。

手術に失敗して死刑になっても本望、なぁ~~んちゃって
シヴァの喜びさん (yasu)
2006-11-28 19:22:00
それにしても、シヴァの喜びさんは頑張りますね。
(無理なさらなくともいいのに)


>ブログはコメント制限が無いから自由に何回でも
>反論できるから良いや(´ρ`)

でも、友北さんのところは1項目1回のみです。
わたしや、パモ~チャナ師のところは一切コメント受け付けていませ~ん。

>>聖者といっても、
>>「小乗だ」とA派の方に斬って捨てられるでしょう。


>その小乗にも出来ることが出来ないなら大乗とやら
>には糞の価値もありませんなw
>だいたい麻原はその小乗のステージにまで
>登ってきてはいませんよw

A派の誰も、シヴァの喜びさんに反論しないんですからね。
A派のフリをするのも、さすがに疲れました。

わたしも本物の大乗ではないですからね。
正悟師以上を大乗というんでしょうが、
ア~チャリ~さんや知子夫人なら答えられるでしょう。
嗚呼。

>小さな船で何度も往復して人を運ぶのも手ではありましょう。

ええ、それはあり得ますね。

>でも、大きな船でいっぱい詰め込んで、
>目標に向かったとしても・・・
>いつまでたっても辿りつけないなら意味は無いです
>(辿りつけないのは当然です。目的地をよくは知らなかったのですから)
>これがオウムでした。

正悟師を出したり、ニルヴァーナ(=無色界)に到達させたり、人間界以上の世界へ転生させることができれば、まあ、目標を達成したと言えるでしょうな。


>>それにしても、開祖は弟子を持ちすぎたんですな。

>身の程を知るのも修行者に必要な資質です。

それは同意します。


>>そうでなければ、
>>ババさん以上のサマディなど朝飯前だったのに!
>>空中浮揚なんか10m以上できて、自由に空を飛んでいたかも。


>3日で逃げ出した人には不可能w
>一般の方で3ヶ月がんばった方もいるのにw

逃げ出したんじゃなくて、ババさんの弟子にはなりたくなかったんでしょう。
小乗の弟子なんてなってもしょうがないと。
下らないから帰ってきたんです。


今日はこれぐらいにしておきます。

ああ、疲れた。



名簿提出 (ルシアーノ)
2006-11-28 19:22:36
信徒の名簿提出は義務ではないのですね。
知りませんでした。
最低!M派
ますます信じられなくなりました。

どんな素晴らしい教え(真理)でも欲世界の下から4番目の魂が扱うと、こうなるのかな。(真理だと仮定して)

このブログを第4天界(菩薩の基地といわれる)の神々がみたら、どう思うのかしら。

この日本にも宇宙人が紛れ込んでいるので、ぜひ意見を聞きたいです。
年をとると、とっておいた若い自分の細胞を培養して又、新たによみがえる宇宙人さん、よろしく。
訪問者 (yasu)
2006-11-28 19:31:43
先ほど、わたしのブログの訪問者数が127名になっていました。

ソ~ナ~師の話のせいかな。
それらは、わたしがここやシヴァの喜びさんのブログコメント欄に書いたことばかりなのにね。

ご意見がありましたら、ここやあべるさんのところにでも書いてください。

(yasu) さん (シヴァの喜び)
2006-11-28 19:39:48
>それにしても、シヴァの喜びさんは頑張りますね。
(無理なさらなくともいいのに)

え?
これが普通ですよw
無理も何もしていない。


>正悟師以上を大乗というんでしょうが、
ア~チャリ~さんや知子夫人なら答えられるでしょう。
嗚呼。

大乗なら一人の男と乳繰り合っているヒマはないはずです。
ああ、アーチャリーは2人だったかw


>正悟師を出したり、ニルヴァーナ(=無色界)に到達させたり、人間界以上の世界へ転生させることができれば、まあ、目標を達成したと言えるでしょうな。

ニルヴァーナは誰も到達していませんよ。
誰もサマディ達成してないしw
人間界以上の世界へ転生も無理じゃないかな?
麻原がああなっている以上帰依している人間はその影響を受けます。

>逃げ出したんじゃなくて、ババさんの弟子にはなりたくなかったんでしょう。
小乗の弟子なんてなってもしょうがないと。
下らないから帰ってきたんです。

だからおかしくなったんですよw


>今日はこれぐらいにしておきます。

ああ、疲れた。


おつかれ^^
多少誤解もあるようなので (シヴァナンダさんへ)
2006-11-28 20:12:21
私は、「帰依」とやらが無害だ、とは主張しますが、

有益ともまた思っていません。

では何か、といえば、

私の見解はシヴァナンダさんの見解から、

麻原否定のプロセスを取り除いた感じなんです。

つまり、否定は時期が来て、

したくなればするだろう、

捨てたくなれば捨てるだろうから、

今、無理に捨てる作業はしなくてもいいと。

しかもそれに、「トラウマさえなければ」

という条件まで加えているわけですね。

なぜ私がこの立場をとるかというと、

信者歴が傷になっていない人も少なからずあると。

積極的に麻原否定から始めなければならない、

という人であれば、

今、尊師を観想することをわざわざやめなくても、

そのうちそんなのは忘れてしまうものです。

現に私が今、尊師を自動的に観想するか、といえば、

全くしないと。(笑)

何かの時に、シャレでやるくらいのものです。

こういう人も、結構\いると思いますよ。

ま、俗にいう「不真面目な人」ですね。
Unknown (白龍)
2006-11-28 20:39:12
平日なのにコメント欄が50を越えてしまった・・。
ボーディーサットヴァの会並みですな。(笑)
12時まであと3時間ちょいなので、
このまま続行させていただきます。
どなたなのかな? (シヴァの喜び)
2006-11-28 20:43:48
>私は、「帰依」とやらが無害だ、とは主張しますが、
有益ともまた思っていません。

自分を正しくない方向に先導する者に対する帰依は「有害」です。
これは真実であってそれ以外のものではないです。


>は何か、といえば、
私の見解はシヴァナンダさんの見解から、
麻原否定のプロセスを取り除いた感じなんです。


誤解されているようですが、俺は麻原を否定も肯定もしてないですよ^^
「事実と違う」「ここが違う」と繰り返し正知をすることを勧め、かつ「麻原や教団なくしてはパイロット・ババジーやその他の聖者の方、チベット仏教やテーラヴァーダ仏教にこれほど多くの人が関心を寄せたか、そして俺を含めて他の色んな人がその教え、聖者に縁ができたかどうかを考えると・・・」と言っています。


>まり、否定は時期が来て、したくなればするだろう、
捨てたくなれば捨てるだろうから、
今、無理に捨てる作業はしなくてもいいと。

それはご自由に。
でも、今まさに崖に向かって歩いている方に、しかも止まる気配も無い方に「いつか止まるだろう。道を変えるだろう」では遅きに失することになりかねないと思います。だから声をかけているのです。
「そこ崖ですよ」って。
崖だったことを確認してきた人の声に耳を傾けるのが一番効率がいいと思うますよ^^


>かもそれに、「トラウマさえなければ」
という条件まで加えているわけですね。

ならばトラウマにならないうちに引き返させるのが俺のやるべきことだと思います^^
トラウマを受けた人間だからみんなにはそこまでの状態にはなって欲しくない。
だから寝ている人をたたき起こすのです。
「ちゃんと真実を見なさい!」と。



>ぜ私がこの立場をとるかというと、
信者歴が傷になっていない人も少なからずあると。

ならば今のうちに引き返すべきです。


>極的に麻原否定から始めなければならない、
という人であれば、
今、尊師を観想することをわざわざやめなくても、
そのうちそんなのは忘れてしまうものです。

そう思うっているうちに崖から落ちてしまうのが人間だったりします。


>現に私が今、尊師を自動的に観想するか、といえば、
全くしないと。(笑)
何かの時に、シャレでやるくらいのものです。
こういう人も、結構\いると思いますよ。
ま、俗にいう「不真面目な人」ですね


では、そういう状態のうちに、種の状態、芽が出ていない状態のうちに摘んでおくのが一番いいと思います。


帰依というものがエネルギーの道筋を作るのは否定しません。
だからこそ麻原への帰依は危険なのです。
信仰とは「信じ仰ぐ」ことなのです。
その人の下に付くこと。
そうすればエネルギーは水が下に落ちるように流れてくるから。
麻原が解脱していない、サマディも達成できていない、導く者としての資格が無い以上、そのエネルギーを受け続けるのは危険と言えます。
出来うるならば早めにそのエネルギーとはおさらばすべきなのです。

炎上しそう? (yasu)
2006-11-28 20:57:21
>平日なのにコメント欄が50を越えてしまった・・。
>ボーディーサットヴァの会並みですな。(笑)
>12時まであと3時間ちょいなので、
>このまま続行させていただきます。


わたしがシヴァの喜びさんに噛み付いていきましたからね。
そうしたら、彼もやり返してきたと。(藁)

会社が休みで、曇りの日はろくな事しないですな。
嗚呼。
帰依とエネルギー (yasu)
2006-11-28 21:07:08
>シヴァの喜びさん


>信仰とは「信じ仰ぐ」ことなのです。
>その人の下に付くこと。

その人の駒になったり、
ティッシュペーパーになってしまいます。

>そうすればエネルギーは水が下に落ちるように流れて>くるから。

そうです。

>麻原が解脱していない、サマディも達成できていな
>い、導く者としての資格が無い以上、そのエネルギー>を受け続けるのは危険と言えます。

別の意味で危険だと思いますね。
(今はそれでいいと思いますがね)

わたしは未来世、開祖と一緒の世界に転生したとき、
サリンを撒けなどと指示される可能性が出てくるので、
彼に帰依するのをやめました。


一人勝ちの (아벨)
2006-11-28 23:34:55
当ブログ

>ご意見がありましたら、ここやあべるさんのところにでも書いてください。

閑古化に喘ぐオンフに哀れみを

閑古化は、在家に対して慈愛に満ちたマハームドラーをかけてくださっている「真理の団体」の深遠なご意思を逆恨みして誹謗中傷したカルマか(笑)
謝りまぁす (Unknown)
2006-11-30 16:03:41
シヴァナンダさんwrote
> 俺は「そこに向かうと崖ですよ」と言っているのです。

それは素晴らしい行いだと称賛します。
事実を述べるという点で、また、「先達」としての動機である点で、
確かに、「余計なお世話」ではありませんね。
謝罪します。
どうもいろいろお時間を取ってしまい、すみませんでした。

Unknown (通りすがり)
2006-11-30 16:04:43
↑上の謝罪は、先に「余計なお世話」では、と書いた
「通りすがり」からの投稿です。
Unknown (ら)
2011-07-17 06:50:12
オウムのキリストのイニシエーションなどについて調べていて、このブログに行き着きました。

もう5年も前の記事なんですね。面白いですね。
わたしは5年前は16歳で、地下鉄サリン事件が起きた1995年はまだ幼稚園児、5歳でした。
平成生まれの世代です。

最近、宗教に興味を持っています。
20前半というのは、そういった年頃なのでしょうか。
なんとなく、わかる気がします。

麻原彰晃は、自分たち90年代生の世代の意識にも大きく影響を与えてました。しょーこー♪しょーこー♪しょこしょこしょーこー♪あーさーはーらーしょーこー♪
という歌は、多分平成元年生まれなら誰でも知ってて、一度は歌った曲です。

まあ、これは置いといて、それより遥かに私たちの世代に麻原彰晃が与えた影響は、「宗教」に対する「胡散臭さ」をインプットしたことだと思います。

「宗教=胡散臭い」「宗教=カルト」

麻原彰晃の一度見たら忘れられない(子供の頃にテレビで流行ってたホームレスじみた変なおじさん的なイメージしかありませんが)顔と相まって、「宗教=胡散臭い」「宗教=カルト」の印象は本当に強いです。

オウムの引き起こした惨事、「地下鉄サリン事件」こそが「宗教の引き起こす事柄」だと、意識にインプットされてしまったように思います。

浦沢直樹の「20世紀少年」もそうですね。宗教カルト団体が世界征服をする、まさにオウム真理教の意識的影響下に描かれた漫画です。

当時のオウム真理教は、20歳前後の、しかも優秀な国立大理系などの人たちが出家していたと聞きます。もしかしたら、自分もあと20年早く生まれていれば、オウム真理教に引き寄せられていたかも、と感じました。
でも、実際には平成生まれ。平成生まれの一般的な宗教へのイメージは「宗教団体はカルトでヤバい」です。もちろんこのイメージの下敷きはオウム。20年早く生まれていればオウムに興味を抱き出家してしまっていた宗教性を帯びた人でも、今では宗教に嵌るようなことは、まずないと思います。

「宗教はカルトでヤバい」一般的な平成生まれの宗教へのイメージはこんなものだと思います。
ですから、なぜ、オウム真理教は、あそこまで暴走できたのか、よくわかりませんでした。
あんなどうみても胡散臭いオッサンの下に集って、サリンをばらまくなんて、全く以て理解不能。はじめから頭の可笑しい異常者たちが集っていたんじゃないか・・・と。

最近は、オウムについて調べていたりしたら、少しわかるようになってきました。
彼らも、普通の人なんですね。普通の人で、普通に悩んだり、好奇心や、宗教心を抱き、たまたまそこにあった麻原彰晃の強大な欲のエネルギーに当てられてしまった。というように思えます。

自分は無関係者であるからこうも言えることですが、麻原彰晃自体は結構面白くて好きだったりします。
何よりも、麻原彰晃がシヴァ神を名乗っていたということが面白いですね。
シヴァ神は破壊の神なのですね。
その通り、麻原彰晃は大きな破壊をもたらしました。破壊されたものはわたしたちの宗教心です。

私たち世代の宗教心は破壊されていて、散逸しています。
自分との同世代には、宗教ということばよりも、精神世界やスピリチュアル、オカルトといったことばのが通りがいいです。
宗教についてある程度学んだりして、ニュートラルな意識を保った人ではない一般人に、「宗教」という言葉を使うと、容易に「カルト」が連想され、話にならない、そんな現状があります。
ひとりの「グル」を信奉し、修行する、そして解脱に至る。このようなことは、まず、ありえません。意識の根底に染み付いた、オウム真理教・麻原彰晃のイメージが行為を妨げてしまうのです。

20年早く生まれていればオウムに興味を抱き出家してしまっていた宗教性を帯びた人。
もちろん、このような人は、自分たちの同世代にも居ます。
自分も含めて、彼らは、精神世界の話とか、幽体離脱の話、五次元とか、オカルト、超能力・・・そういった「グル」の存在しない、それでも大いなる対象を信奉したいと指向する、ひとつの島宇宙を共有しているように思えます。
幽体離脱なんかは、現象として面白いです。ネットに誰かが書き込んだ体験談を、誰かが読んで、面白そうだと思って、ちょっと試しに毎晩やってみる・・・そして体験談をネットに書き込む・・・この連鎖で「グル」無き世界で「体験」のみが繋がり広がっていく・・・ある種の緩い緩い修行です。まあ、緩すぎますね。修行とはいえません。

自分の場合は、「宗教」にはどうしても「違和感、胡散臭さ」を感じ取ってしまうので、心理学方面から迂回し、神秘主義や宗教哲学などのそういった方面に至ることで、ようやく「ああ、自分も宗教心を抱けるのだな」と、感じることができました。


自分は、麻原彰晃は、確かに強大な宗教的な資質を持っていたのだと考えています。
とはいえ、麻原の資質は絶対窮極の真理などでは決してなく、むしろ迷妄そのもの、現世的欲望の塊であり、しかしながら、それであるからこそ、破壊の神であるシヴァ神を自らと同一化したのではないでしょうか。あるいはその逆、破壊の権化としてシヴァ神が松本智津夫に憑いたのかもしれません。

シヴァ神の大いなる力は、私たちの宗教心というものを破壊しつくし、そして、次に来たるはブラフマンの創造でしょう。

白龍氏は「私なりの」落しどころと明記されてますが、
すこしばかり宗教に興味を持ち、幼稚園小学校の頃“オウム真理教”に惹かれてたこともある、「オウム後世代」の一人としては、オウム真理教と麻原彰晃、シヴァ神について、このように考え、感じたりしました。
長文失礼いたしました。
らさんへ (白龍)
2011-07-18 01:59:54
>もう5年も前の記事なんですね。面白いですね。
>わたしは5年前は16歳で、地下鉄サリン事件が起きた1995年はまだ幼稚園児、5歳でした。
>平成生まれの世代です。

らさんはじめまして。^^
現在21歳ですか?わか~い!
久しぶりの書き込みでびっくりしています。
私自身最近ブログも見ない日があるのですが、見てよかったです。
まだブログを読んでくれている方がいらっしゃるのですね・・。

 今でこそオウムはサリン事件を起こし、殺人集団として人々が寄りつかなくなりましたが、事件を起こさなかったなら、おそらく日本の宗教界に革命的変化をもたらした団体になったのではないかと思われます。それぐらい、当時のオウムには魅力がありました。
 
 麻原氏のマスコミで流れる姿は、胡散臭さ120%ですが、信徒の前では、常にまじめで真摯な態度でした。もちろん、裏の顔は別物だったようですが・・。 

 「宗教はアヘンと同じだ。」という言葉がありますが、宗教には、人を救う部分と、人をだめにしてしまう部分の両面があるようです。若いらさんのような方は、オウムを反面教師とし、宗教には慎重な態度で臨んでいただければと考えます。

>自分の場合は、「宗教」にはどうしても「違和感、胡散臭さ」を感じ取ってしまうので、心理学方面から迂回し、神秘主義や宗教哲学などのそういった方面に至ることで、ようやく「ああ、自分も宗教心を抱けるのだな」と、感じることができました。

 それで十分なのではないでしょうか。宗教心を抱けることはとても大事なことだと思います。人間の傲慢さを薄めるためにもね。

 ところでこの5年前に書いたこの記事ですが、現在はこの当時の意識とはずいぶんかけ離れたものとなってしまっています。今読むと、当時は、やはりなんとか宗教的な決着の付け方で、自分を納得させたかったのだなということがよく分かります。今はもう、シヴァ神のはかりごとなどというものを持ち出さなくても、冷静に物事を見れるようになりました。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

関連するみんなの記事