松岩寺伝道掲示板から 今月のことば(blog版)

ホームページ(shoganji.or.jp)では書ききれない「今月のことば」の背景です。一ヶ月にひとつの言葉を紹介します

生みたての卵掌におく秋の暮れ

2009-01-29 | インポート

07111_2 生みたての 卵掌におく 秋の暮れ     中川宋淵

              掲示日 H19.11.1

今月のことばは、中川宋淵老師(なかがわ・そうえん)(1907~1984)の第一句集『詩龕』に所収の俳句です。老師の略歴を、『現代俳句大辞典』(三省堂刊)から引用してみます。

山口県岩国生まれ。本名基(さとし)。東京帝国大学国文科卒。臨済宗の僧、1931年山梨県塩山市の向嶽寺で得度、静岡県三島市の龍澤寺山本玄峰の元で禅を究め同寺の住職となる

宋淵老師は『近代昭和・平成禅僧伝』(春秋社刊)にその名をとどめる名僧であり、俳句辞典にもプロフィールが紹介される俳人でもあるのです。

さて、私が尊敬する先輩・秋田県開得寺住職新野建臣が、この句にに次のような言葉をそえられています。

生みたての卵は温かいものです。秋は日暮れになると、急に裾寒くなりますから、卵のぬくみが一層身に染みます。卵という小さな生き物、ひいては生き年いけるものへの老師の心の温かさが感じられます(臨済会報H18.7.1号)

新野師のお寺は秋田県の八郎潟の近くにあります。訪ねてみたいと思いながら、未だに果たせずにいるのですが、秋の東北はきれいでしょうね。でも、東北の秋はかけ足でやってきて、すぐに冬に突入する。そんな地に住んでいる新野師の「秋は日暮れになると、急に裾寒くなる」という言葉には迫力があります。

ところで、中川宋淵老師と秋、とくれば次の詩が思い浮かびます。

ほろわろと/秋のひざし/手にうけて/もったいなくて/もったいなくて/穂すすきも/桔梗も/かるかやも/みんな風に/うごいている(松原哲明著『般若心経を語る』NHK「こころの時代」テキストより)

引用したテキストからもわかるように、この詩は松原哲明師が著作や講演法話でたびたび紹介されています。実をいうと、「今月のことば」に最初はこの詩を掲載しようと思いました。でも、全文を載せるには長すぎるし……。と、思って冒頭の俳句になったのが、今月のことばの周辺です。

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 吉日に悪をなす | トップ | 静かに行く者は »
最近の画像もっと見る

インポート」カテゴリの最新記事