松岩寺伝道掲示板から 今月のことば(blog版)

ホームページ(shoganji.or.jp)では書ききれない「今月のことば」の背景です。一ヶ月にひとつの言葉を紹介します

良寛辞世の句と雅子妃御歌

2014-11-01 | インポート

うらを見せ おもてを見せて ちるもみぢ   良寛

吹く風に 舞ふいちやうの葉 秋の日を 表に裏に 浴びて輝かがやく  雅子妃

11月のことばは、良寛の辞世の句と平成23年歌会始における雅子妃の歌です。
良寛の辞世はよく知られた句で、いまさらこれだけを「今月のことば」としたのでは、工夫がない。雅子妃の歌は偶然に知ったのですが、単独で「今月のことば」とするには唐突です。というわけで、落葉の季節にご一緒させていただきました。
雅子妃がこの歌をつくられた時、当然のことながら良寛の句が頭の中にあったと想像します。和歌短歌には「本歌」という作法があるので、それにかなったものなのでしょう。
では、良寛の句はというと、ご存じのとおり良寛自身のものではない。最晩年の女弟子・貞心尼の代作です。なぜ、代作したかというと、死を間近にして衰弱した良寛には句をつくる気力も体力もすでになかったから、貞心尼がかわりに良寛の生涯を総括する句を作った。
もうひとつ、良寛の辞世として伝えられている歌があります。
「形見とて 何かのこさん 春は花 夏ほとどきす 秋はもみぢば」
この歌は、与板(現長岡市)の商家・山田屋で働く「よせ子」という女性におくったものです。この事情は、柳田聖山著『沙門良寛』(人文書院刊)から引用してみます。

 

よせ子が、良寛に形見をこうたのは、いつのことであったか。他に記録はないのですが、必ずしも痢病に苦しんで、薬も飯もとどかぬ時のものではない、むしろ、良寛が健康な時期、与板の山田屋を訪うた際に、特に書いて頂いたものとみてよい。よせ子と良寛は、特別の仲であった様です。「ほたる」のあざなで、よせ子がからかうと、良寛みずから「ほたる」の名で、手紙を出すほどの二人です。「ほたる」は、夕方ふらりと飛んできて、甘い黄金の水をすう夏の虫です。相い言葉となる黄金の水は、じつはお酒のことでした。山田屋は客商売で、台どころにいるよせ子は、良寛にそっと酒をのませるのでしょう。その他、布子や下着の洗濯も、良寛はこの娘にたのんでいる。それにしても、よせ子はどうして形見を求めたのか。良寛はこの娘にだけ、形見の歌を与えたのか。形見を与えるというのは、やはりよくよくのことです。よせ子の素性は、じつはよくわからんのですが、〈途中略〉 形見を乞うのは、よせ子の身辺に、何か異常があった。山田家を出されたか、実家の事情で二度と会えない、異常事態が起ったのでないか。わたくしの空想ですが、遊女にでも売られて、良寛と生き別れになる、そんなせっぽつまった空気すら、形見というものはもっています。(柳田聖山著『沙門良寛』より)

 

良寛の「形見とて」のもと歌は道元禅師の「春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪さえて、すずしかりけり」。川端康成がノーベル賞受賞記念講演で引用して有名になった歌です。さらにそのもとはというと、中国唐の時代・玄沙師備(835~908)の「三種病人」という公案にあると柳田氏はいいます。この公案、「目も見えない、口もきけない、耳も聞こえない人に仏法をどう説くか」と玄沙禅師が弟子にせまる、きわめて現代的な問いかけなのですが、そのことは長くなるから機会を改めて!
話を良寛さんに戻します。貞心尼といいよせ子といい、とどのつまり良寛さんは女性にもてたわけです。特に名前を隠すけれど、ご存命で現代の高僧と慕われる某師が「いい坊主は女にももてる」とおっしゃっていました。危ない話になってきたので今月はこのくらいで。
雅子妃の歌の背景については、宮内庁が「平成23年歌会始御製御歌及び詠進歌」(宮内庁)で解説しています。歌会始の過去の勅題や近年の御製御歌がインターネット上に公開されているのですから、便利な世の中になったものです。

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