箔と波のつれづれ日記

日本スピッツ箔+波とゆかいな仲間たち

彦根城の魅力、お伝えします。(関ヶ原・琵琶湖方面家族旅行その3)

2016-10-15 00:46:59 | お城
こんばんは、白黒茶々です。
前回は長浜城の展望回廊で、箔母さんたつぴの白黒茶々家の3人が琵琶湖の向こうに彦根城を見付け、士気を高めたところで終わらせてしまいました。 ということで、今回はその流れと勢いのまま突入していった彦根城の特集をメインにして、お伝えします。そのお城に向かって車で南下しつつも、その頃には正午近かったので、私たちはお昼を食べるお店も同時に探していました。 しかし、決め手を欠いたままお城の目と鼻の先まで来てしまいましたよ。こうなったら、仕方がない………



彦根城が見えるビッグボーイで、腹ごしらえをすることにしました。 しかし、お店に入ってから、この日(祝日)はランチメニューはやっていないということが判明。かといって通常メニューの肉やハンバーグは、今の私にとっては重たいですし。 その結果、食べる量が調節できるサラダバイキングとドリンクバーで落ち着きました。そうと決まったら、サラダだけではなく、カレーやスープ、フルーツやデザートも選べるので、胃袋が許す限りお詰めくださいませ。



お食事が済んだら、いよいよ彦根城の核心部に迫りますよ まずは金亀児童公園内にある、井伊直弼像を仰ぎ見ておきましょう。 直弼は11代彦根藩主直中の14男として生まれたのですけど、兄たちの度重なる死などによって、36歳で13代藩主となりました。その8年後には、幕府から大老に召し抱えられ、14代将軍に家茂を擁立したり、開国したアメリカと日米修好通商条約を結んだりしました。その一方で、それに反発する勢力緒派を弾圧。(安政の大獄)安政7年(1860年)3月3日には、その反感を買った水戸浪士らによって江戸城の桜田門外で暗殺されてしまいました。 それは、彼が46歳のときのことでした。彼の功績に関しては、今でも賛否や好き嫌いが別れているのですけど、皆さんはどちら側でしょうか?



順路からすると、ちょっと遠回りになるのですけど、彦根駅のある方角から入らせていただきます。 わざわざこちらに来たのは、延々と続くいろは松を右手に、お堀の向こうに佐和口多聞櫓、山の中腹に天秤櫓、さらに山頂の天守が見える風景を、皆様にお見せしたかったのです。 そこからお城のほうに向かっていくと………



お堀の石垣上に延々と続く、佐和口多聞櫓を眺めることができます。 手前側は昭和35年(1960年)に鉄筋コンクリート製で復興され、開国記念館として活用されています。奥側は明和8年(1771年)に建てられたものが現存していて、国の重要文化財に指定されています。



その内部が公開されていたので、遠慮なく入らせていただきました。 多聞櫓は長屋状の建物ということもあってけっこう長いので、奥までグイグイと進んでいってくださいませ。 本来なら復興された部分の端っこまで続いていたのですけど、途中で途切れているのでそのあたりはご了承くださいませ。



その佐和口多聞櫓のすぐ下には、お城のものとしては唯一現存する、馬屋の建物があります。その名の通り、藩主などの馬をつないでおくところなのですけど、こちらも開放されているので、とにかく入ってみます。



わっ!馬。
と、驚かれた方もいらっしゃるかも知れませんね。それでも、ご安心ください。こちらの馬は、現在国内で一般に出回っている、サラブレッドあたりをモデルにした作り物なので。 それにしても、かなり窮屈そうな……… と、思われたそこのアナタ、鋭いところに気付かれましたね。
実は、江戸時代まではポニーサイズの木曽馬が主流だったので、これだけのスペースでも充分だったのです。夢を壊してしまいますけど、鵯越(ひよどりごえ)の逆落としで源義経が、川中島で単身で武田信玄に斬りかかっていった上杉謙信が、ともに乗っていた馬は、ポニーぐらいの大きさだったのですよ。

皆様を泣かせてしまったお詫びといってはナンですけど、有名で大人からお子様まで幅広い層に人気の猫がもうじき現れるので、そちらのほうにご案内いたします。



表橋を渡ったところには、昭和62年(1987年)に表御殿を模して鉄筋コンクリートで建てられた、彦根城博物館があります。 こちらには、彦根藩主井伊家に伝わる美術工芸品や古文書、………



「井伊の赤備え」として知られていて、初代の井伊直政が着用したという、朱漆塗仏二枚胴具足(しゅうるしぬりほとけにまいぐそく)などが展示されています。こちらの具足は、ストロボ無しでなら撮影することができるのですよ。



それから、藩主の居住空間となる御殿の奥向きの部分は、木造で復元されています。 お時間に余裕があるようでしたら、こちらもご見学くださいませ。 そういえば、皆様に彦根城のアイドルを紹介するつもりが、つい横道にそれてしまいました。そうしたら、急いで表御殿の外側に回りますよ。



いたいた その猫キャラを囲むように、すでにたくさんの人が集まっていますね。気になるその猫とは、ジバニャンしまねっこしずな~び、………



いやいや、ひこにゃんにございます。 筆者の趣向もあって、箔波日記にはこれまでに多数のゆるキャラが出てきたのですけど、本物のひこにゃんは今回が初登場となります。 それにしても、動きがあまりにもユルいです。



「ひこにゃん、白くないよ」
そこのボク、それだけは絶対に言っちゃダメですよ。 スピッツもそうなのですけど、白い人気キャラが黄ばみやすいのは、やむを得ないことなのです。 それでも、ひこにゃんは集まった観衆の心をグッと掴んでいきました。

ひこにゃんに別れを告げたあとは、山上のお城を目指しますよ その坂道を登り詰めたところには………



高い石垣の上に、両端に二重櫓を乗せた外観をしている、その名もズバリの天秤櫓が聳え立っています。 こちらの建物は、長浜城から移されたと云われています。それから、江戸時代後期に石垣の修理があって、よく見てみると橋を境にして土台の石垣の積み方が違っています。



もちろんこちらの櫓も、内部を見ることができるのですよ。窓から外を覗いてみたら、橋の上をスキだらけで歩いている人が見えましたよ。 そんな彼らに、こちらから鉄砲でバーンと撃ったり、石をガツーンとぶつけたり……… なんて、空想の中以外では絶対にやってはいけませんよ。



天秤櫓からさらに坂道を登ったところには、本丸の入口となる太鼓門が構えられています。 こちらも他から移築されたもので、国の重要文化財に指定されています。そこを突破すれば………



国宝の天守が、視界に飛び込んでくるのですよ かなり遅くなってしまいましたけど、このあたりで彦根城の成り立ちについて、お話しさせていただきます。

慶長5年(1600年)の関ヶ原の合戦で武功を挙げた井伊直政は、それまで石田三成の居城だった佐和山城とその領地を与えられました。 それから間もなくして、徳川家康は畿内近国の拠点として、さらには大坂攻めの包囲網として新たな城を築くように、直政に命じました。 しかし直政は、慶長7年(1602年)に死去。その遺志は、長男の直継に受け継がれました。とはいっても、直継はまだ幼少だったので、家老の木俣守勝の力を借りて、城地を金亀山に定め、翌慶長8年から工事に入りました。 しかし、短い工期で完成させなければならないというのに、材料も不足していました。 そこで彼らが取った手は……… 近隣で廃城となった小谷、長浜、佐和山、大津などの城にあった石垣や建物を再利用したのです。 つまり、お城をリサイクルしたのですよ。そのようにして、慶長12年(1607年)頃には彦根城の主要な部分は完成しました。



姫路城松本城犬山城松江城とともに国宝に指定されているこちらの天守は、大津城の天守を移築・改造したものだと云われています。 三層三階で、これでもかというほど、たくさんの破風飾りが付けられていますね。ここまで来たら、もちろん登っていきますよ



こちらは天守に続く付櫓の内部ですけど、曲がった部材も有効に使われていますね。 それらをよく見てみると、不自然なところにほぞ穴などが開いていて、それが転用材だということを確認することができます。そうしたら、後方に見える段差を越えて、天守の建物にお入りくださいませ。



一階の外側を廻る廊下(武者走り)は、広く取ってあります。



二階も、一階と同じような平面をしているのですけど、千鳥破風(三角の屋根飾り)の内側のスペースを利用して、4~5人が入れる広さをもつ隠し部屋も設けられています。



古いお城に付き物の、急階段がこちらにもあるのですけど、転落防止と補強のために鉄板で覆われていました。箔母さん、あと少しなので頑張って登ってくださいな。



ということで、私たちは最上階の三階に到達しました。 こちらは天井がないので、屋根のごっつい骨組みを内側から見ることができます。それに加えて………



彦根市街や琵琶湖などの眺望を楽しむこともできますよ。 そういえば、長浜城からはこちらのお城が見えたのですけど、逆側からはどうなのでしょうか? 理論的には見えるハズなのですけど、果たして………



長浜城の近くにある巨大な長浜ロイヤルホテルは肉眼でも確認でき、そいつを目印にして近くを拡大していったら、あった ありましたよ。低い場所に建てられているということもあって、あまり目立たないのですけど、あれは確かに長浜城の模擬天守です。



実は彦根城にはもう一棟、現存していて内部も見られる建物があるのですよ 本丸の西側に延びる西の丸の端には、西の丸三重櫓が建っています。 破風飾りのないシンプルな外観なのですけど、その内部は………



細かい部屋割りなどはされてなくて、いたってシンプルです。それでも、そのぶん木組みなどの構造をじっくりと見ることができますし。それから、ニ方向に長い多聞櫓が併設されていることもあって、奥行きを感じました。 そこを見終えたら、上にあがっていきますよ



急階段を覆うようにして、緩やかな階段が設けられていることもあって、難なく登ることが……… というよりは、お城好きの私にしては少しもの足りなかったです。 それでも最上階まで立ち入り可能となっていて、さらにそのスペースは狭くて天井が低いということもあって、小さい頃に遊び場となった秘密基地にいるような気分を味わうことができました。

あとは、江戸時代初期にお城の麓に作庭された、玄宮園という池泉回遊式庭園を廻るだけなのですけど、私はその先にある楽々園も見たいので、ここからは別行動を取らせていただきます。 ということで、あとで合流するので、箔母さんとたつぴは先に玄宮園に入っていてくださいませ。



楽々園は、玄宮園とともに建立された彦根藩の下屋敷で、槻御殿と呼ばれていました。現在では、建物部分を楽々園、庭園部分を玄宮園と呼ぶそうです。 平成17年(2005年)から楽々園は保存修理がおこなわれていて………



こちらの御書院棟は、平成24年(2012年)に工事が終わりました。 内部には入れないのですけど………



外から覗き込むことはできます。入側を経たところから見える、上之御間やその奥の御上段は、下屋敷の雰囲気がありありですよ。



そうしたら、今度は玄宮園のほうに行きますよ その中心となる大きな池の中には、波が立っていなければ逆さ彦根城を見ることができます。 よく見てみたら、その対岸で手を降る人の姿が2つ、ありましたよ。 またしてもズームしてみたら………



箔母さんとたつぴではありませんか このような形で、再会するなんて。とにかく、彼女らもお城や庭園を充分堪能することができたみたいなので、これから帰路に就くことにします。



彦根城に別れを告げて、名神高速道路に乗るために、米原IC(インターチェンジ)を目指して国道8号線を走っていたら、風変わりなお寺が見えてきました。 それに引き続いて、怪しい金閣寺風の建物も出てきたと思ったら、間髪入れずに強烈なお城が姿を現したではありませんか これはいったい………
※泉厳さんという資産家の方が、私財を投げうって建設した、佐和山遊園という施設です。突っ込みどころ満載の怪しい名所だったのですけど、老朽化などもあって、惜しまれつつ昨年閉園してしまいました。(編集部注)



帰りの道中では、大渋滞や土砂降りに見舞われたりもしましたけど、無事に戻ることができました。それからその日の晩御飯は、自宅方面にあるかっぱ寿司で済ませました。



家に着いてからは、彦根の名物ではないのですけど、帰りのサービスエリアで買っておいた赤福を食べました。 「お土産がなくなるまで旅行は続いている」という迷言に則ったのですけど、美味しくて日持ちがしないものということもあって、その旅行は速攻で終わってしまいました。 とはいっても、初っぱなから予定外のことが起こりまくったりして、今回の家族旅行はいろんな意味で心に残るものとなりました。


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4 コメント

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Unknown (袈裟切り地蔵)
2016-10-15 13:02:56
わし、平日 仕事中  ビックボーイのランチいくよ。
安いよ。 イオン豊橋南店の中や、豊川にもあるんだよね。 ブロンコビリーは、ここ何年も行ってないよ。
Unknown (王子)
2016-10-15 13:48:50
るるぶ茶々さんこんにちは。

今回も歴史探訪紀行でとても勉強になりました(^O^)/ お城を二つも!!
琵琶湖方面は行った事がないので楽しかったですよー 
赤福かー久しく食べてないなー

PS.今日スーパーでワンダフルスタイル11月号をもらってきました!最前列にバッチリ写ってましたよ(^_-)-☆左側はレオンくんかな!
袈裟きり地蔵さん♪ (白黒茶々)
2016-10-17 01:30:23
仕事柄、なかなか平日にランチに行く機会がないので、うらやましいです。 ジョイフルみたいに、ビックボーイも日曜祝日にランチをやってもらいたいです。

ブロンコビリーのほうは、私も年に1度行くか行かないかです。
王子さん♪ (白黒茶々)
2016-10-17 01:39:12
王子さん、こんばんは~
私に「るるぶ茶々」の称号をくださり、ありがとうございます。 書きたいことを綴っていったらつい長くなってしまいましたけど、最後まで読んでくださり、ありがとうございます。 今回は2つのお城をまる1日かけて廻ってみたのですけど、特に彦根城のほうは見どころが多過ぎて、時間が足りないぐらいでした。 琵琶湖は景色がきれいで見どころも満載で、いいところですよ。

「ワンダフルスタイルの最新号」を、さっそくチェックされたのですか。 まさに王子さん仰るとおりで、左側がレオン君、後ろを向いてしまっているのですけど、私のすぐ左でスタッフのお姉さんに抱っこされてるスピが、コタロー君であります。

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