箔と波のつれづれ日記

日本スピッツ箔+波とゆかいな仲間たち

箔14回目の誕生日

2018-02-21 01:10:29 | ワンコ
こんばんは、白黒茶々です。
2月18日は箔の誕生日で、今年で14歳になります。 今までの彼は病気知らずで、ただひたすら歳を重ねていったのですけど、今年は違うものとなりました。



以前の日記でも何回か触れたのですけど、昨年の秋ぐらいから箔の下唇にはおでき(腫瘍)ができていました。 最初はただ赤くただれてたいる程度だったのですけど、それは徐々に拡大していきました。さすがの私も「これはイカン 」と思い、獣医さんに診せたのですけど………
「組織が集まっているところなので切除しにくくて、せっかく取っても再発するか大暴れする恐れがある」と言われました。田舎の小さな病院だからかも知れませんけど、この段階で都市部のもっと大きくて設備の整ったところで再診してもらったら、違う治療法になっていたのかも知れません。

その一方で、箔は高齢なのでリスクのある麻酔や手術はなるべくさせないで、自然にまかせたいという気持ちもありました。 彼は年齢のワリには若々しいので、多少の手術は大丈夫 とも思ったのですけど……… いろんな葛藤を抱えつつも、彼は口元の腫れ以外は今までとまったく変わらず元気だったので、そのまま様子を見ていくことにしました。



とはいっても、それ以降は全く何もしなかったというワケではありません。 従来のご飯はカリカリのフードのみを与えていたのですけど、箔は患部が邪魔で食べにくくお残しするようになったので、犬缶を混ぜてあげるようにしました。これに彼は大喜び あっという間にご飯を平らげるまでになりました。



それと平行して、お友達から「知り合いの子のワンコも顔に腫瘍ができて、その子は漢方のお茶を与え続けたら治った」という情報を得ていました。それは高価なものだったのですけど、事情を話したら特別に余っているものを分けてくださいました。 ただし「(そのワンコが)13歳になったときに再発し、また与えてみたのだけど、2度目は効かなかった」とも仰っていました。それでも試してみる価値は大いにあり、効いたらラッキーなので、そいつを箔のご飯に混ぜたりしてその効果を観察しました。 その結果………



腫れ物は治らず、むしろ少しずつ大きくなっているようにも見えました。 それだけではなく、箔の通じがなくなり、食欲も落ちていき、犬缶入りの豪華ディナー(?)にも口をつけないまでになってしまいました。それにともなって彼の元気はなくなり、動きや表情からも覇気を感じられなくなってしまいました。それらに追い討ちをかけるように、顔やまぶたまでもがパンパンに腫れて……… このままの調子で、あとは死に至るまで坂を下っていくだけなのでしょうか?

12歳を過ぎたあたりから、同世代のお仲間が次々と亡くなっていったこともあって、私は箔は歳が歳だけにいつお迎えが来てもおかしくないと思うようになりました。オフ会やワンコイベントなどでスピ友達と集まっても、もしかしたらこれが最後になるのかもとも。それでも、目の前にいる箔が元気いっぱいなうちは、彼がいなくなるという実感はまだ完全には湧きませんでした。
それが、弱っている箔を見ていたら……… 仕事などで自宅から離れている間も、私は彼のことばかり考えるようになりました。その時点で、誕生日まであと1ヶ月半以上。ここまできたら、せめて14歳になるまで頑張ってもらいたいです。

箔の便秘は4日ほど続き、私は「せめて少しでも楽になるように、病院に連れてって浣腸をしてもらおう」と決意しました。 ………というまさにその時、彼の排便は復活したのです それだけではなく、つかえていたものが取れたかのように食欲も戻り、元気も出てきました。 それは、節分の前日のことでした。



顔は腫れたままなのですけど、少し復活して挑んだ豆まき……… のあとの豆掃除。 そのまた2日後には、顔の腫れは引きました。
しかし左目は開かないままで、散歩の際の足取りも重く、毎朝のコースも縮小せざるを得ませんでした。これは体の不調によるものでしょうか?それとも、年相応に衰えているのでしょうか?



そうしているうちに、左目は少しずつではあるのですけど、見開いてきました。 それによって視界が開けてきたからでしょうか?ちょっと前の停滞期よりは、ハキハキと歩くようになりました。それから、全盛期にまでは至らないながらも、再び彼の吠え声まで聴けるようにもなりました。
口元の腫れは相変わらずで、その患部をこするので前足は今まで以上に汚れています。身体の具合は以前のように万全とはいかないのですけど、他のところは元気なので、変化に気を付けつつも平常心で彼を見守っていくようにします。



そのような状況で迎えた、今回の誕生日。 箔の健康面が心配だったこともあって、今までとは違ってとてもありがたく感じました。



その記念すべき日を祝うために、かぼちゃの豆乳ムースのケーキを用意しましたよ まずは、そいつを前にしてお座りの体勢で待つ箔の姿を撮って……… 歳取ってから膝にくるのか、彼は「おすわり」を渋るようになりました。それに加えて、畳の上でのふんばりも効かなくなりましたし。 それでも、写真を撮る数秒の間、堪えてくれ



しかし、それらの条件に美味しそうなケーキの誘惑も手伝って、彼は喰らい付いてしまいました。 ま、まあそれだけの元気があればよろしいということで。



大切な愛犬が何歳まで生きれば満足できるという制限はないのですけど、このようにして箔が14歳の誕生日を迎えることができて、ホッとしています。 今までのようにはいかないのですけど、一緒に過ごす1日1日が神様から与えられた宝物のように思えます。そんな感じで、これからは彼に関してはあまり悲観的にはならず、前向きに捉えていきたいです。


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志津城跡と浜名湖GPとオフ会のお知らせ

2018-02-17 01:26:08 | お出かけ
こんばんは、白黒茶々です。
前回、私・の白黒茶々家の1人と2頭は、旧舞坂宿を訪れました。 渡船場でカッコよく(?)締めたのですけど、そのあとは話の流れに沿って次の目的地まで船に乗っていったりはしませんでした。 ということで、鉄の駕籠に乗って私たちが向かった先は………



浜松市西区村櫛町というところでした。 浜名湖ガーデンパークの北の道路沿いには、「志津古城趾」と記された石碑があります。その周辺には、「井伊直虎ゆかりの地」の赤いのぼりが立てられていますね。 私は近くに住んでいてこのお城のことを知っていながらも、今回初めて訪れました。



志津城は、正暦4年(993年)に巡検使として遠江へ下向した藤原共資によって築かれたと云われています。 共資は遠江国司として居城し、のちに井伊谷の井戸端で拾った(井戸から発生した?)赤子を養子として育てました。その赤子が、井伊家の御初代となる井伊共保だったのです やがて共保は井伊谷に移り、志津城は廃城となりました。



せっかくなので、箔と波も記念写真に納まってくださいませ。 かつての志津城は、浜名湖に面した山の上にあったのですけど、その山は周辺を埋め立てるために削られ、現在はお城の痕跡を伝えるものは城址碑以外にはほとんど見られません。 この近くの小丘には共資の石碑や神社があるそうですけど、今回は端折らせていただきます。ということで、次の目的地に向かいますよ



………と言いつつやって来たところには、モザイカルチャー的なモグラのオブジェがあります。 冬枯れの時季には、このようになっているのですね。これだけでおわかりになる方もいらっしゃると思うのですけど、すでに志津城の前段階で答えが出てしまっていますよね。



はい、そうです この日の私たちの最終目的地は、浜名湖ガーデンパークだったのです。日記のタイトルの「浜名湖GP」は、グランプリではなくガーデンパークの略であります。



広い園内はワンコにとっては絶好のお散歩コースとなるのですけど、今回は箔に合わせてムリなくゆっくりと歩いていくようにします。



浜名湖花博からガーデンパークのイメージキャラクターとなっている、のたね君(ちゃん?)に箔と波のリードを預けてみました。



こちらでも、もう1枚。箔は、最も調子の悪い状態のときに連れ出したのでこのような悲惨な顔になっているのですけど、その翌日になってなぜか急激にその腫れは引きました。 もしかして、今回のお出かけが彼の免疫力を高めたのでしょうか?さらに最近は左目もほぼハッキリと開き、ハキハキと歩くようになりました。 といったトコで、皆さまにお知らせがあります。
来月の18日に、こちらの公園で、なつみかんさん主催の白ふわオフ会が開催されます。

日時    3月18日(日)
場所    浜名湖ガーデンパーク
集合時間  お昼を済ませて13時に………
集合場所  北駐車場横の緑地広場

※集まったあとは、自己紹介をしたり、歓談や写真を撮ったりしつつ、園内を散策します。



参加を希望される方は、なつみかんさんのブログか、当箔波日記のコメント欄、メールなどでお知らせください。 もちろん、当日の飛び入り参加も大歓迎です。白ふわが好きで、白ふわたちにまみれたいという方は、ふるってご参加くださいませ。 ただし、雨天の場合は中止とさせていただきます。

さらにもう1つ、お知らせがあります



白ふわオフ会の2週間前となる3月4日(日)には、浜松市北区都田町にある都田総合公園「北区 De まつり」がおこなわれます。 こちらは三遠南信(愛知県東部、静岡県西部、長野県南部)が終結し、それぞれの地域のブースや出店があり、出世大名家康くんや出世法師直虎ちゃんを含めた、ご当地ゆるキャラもやって来ます。また、ミルク甘酒やポン菓子がふるまわれ、スタンプラリーも用意され、イベントの最後には餅まきもおこなわれます。ワンコイベントではないのですけど、ワンコ連れも多くて毎年スピマジックが起こったりするのですよ もちろん、白黒茶々家もその会場に出没する所存にございます。
「北区 De まつり」に少しでも興味をお持ちになられた方は、その当日に都田総合公園にお越しくださいませ。会場では、白黒茶々家がお待ちしております。


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浜名湖畔の宿場町・舞坂宿探訪

2018-02-14 01:05:49 | お出かけ
こんばんは、白黒茶々です。
前回の日記でも触れた通り、は足腰が弱り、以前のように長い距離を歩いたり高い山の上にあるお城に登ったりするのはままならなくなってしまいました。 それでも、彼はもともとお出かけするのが好きなので、たとえ身体が不自由になったとしても、私は連れ出すようにするつもりでいました。 ひょっとしたら、そのことが明日の活力に繋がるかも知れませんし。逆に、もしそうすることで彼の寿命が縮んだとしても、彼が喜ぶのなら………
そのようなワケで、節分の翌日の日曜日は、箔を近場でムリなく歩けるような場所に連れていくことにしました。もちろん、も一緒ですよ。 そのような条件に合うところといえば………

そしてその当日に、クレートを車の中に運び込んだりして準備をしていたら、お出かけオーラを察した箔は大興奮 さっきまでヨボヨボしていたのに、「早く連れていくのだ 」とでも言わんばかりに騒ぎだしました。 これだけでもかなり活力が蓄えられそうです。



浜松市の中心部から西の方向にぐいぐいと進んでいくと、西区舞阪町の旧東海道の松並木に行き着きます。 そこからさらに国道301号線を横切り、町中に入っていくと………



道の両脇に、見付石垣が現れます。 そう、こちらは東海道の30番目の宿場町の舞坂宿があったところなのですよ 私は数年前……… 波が来る前のことなので3年以上も前に、舞坂宿のネタを作るために、こちらを訪れました。 しかし、ブログで発表するタイミングをことごとく外し、没ネタとなってしまいました。 あの時も、寒風吹きすさぶ同じくらいの時季だったのは、運命のイタズラでしょうか?それはさておき、とにかく先に進ませていただきます。



そうしたら、そろそろ箔波ちゃにも歩いてもらいますよ。 昔の宿場町には、古くて趣のある建物がちらほらあります。



さらにその一角には、天保9年(1838年)に建てられた舞坂宿脇本陣の建物が復元整備されているのですよ ちなみに脇本陣とは、普段は一般客を対象とした旅籠を営んでいるのですけど、大名専用の宿の本陣が満室で入れなかった際に、臨時にその大名を受け入れることができる施設のことであります。 そういうこともあって、脇本陣には両方の客に対応できるような仕掛けがあるのですよ



………ということで、今から皆さまをこちらの脇本陣にご案内いたします。 ちなみにこちらは、入場無料となっております。 ただしワンコは入れないので、箔波ちゃは車の中で休憩していてくださいませ。



立派な唐破風付きの玄関は大名のための出入口で、一般客はその反対側を使用していました。 それらを入ってすぐのところには、受付や精算をしていた板の間があります。さらにその上には………



2階の客室が構えられています。「大名を足下にしてはならない」という理由で、本陣は必ず平屋建てなのですけど、こちらは脇本陣なのでこのような部屋があっても許されるのですよ。



昔の町家は鰻の寝床状態で、とにかく奥行きが長い ということで、中庭を挟んで客室が連なっております。



もちろん、建物内には昔ながらのお風呂もあります。 こちらは一般客用ですね。それにしても質素で、スペースもかなり狭いです。



ちなみに、大名用は奥のほうにあります。こちらはゆったりとした広さで、風呂桶も塗られていてグレードアップしていますね。



大名風呂こと上湯殿のそのまた隣には、大名のための厠が 畳敷きの個室は、ゴージャスそのものですね。 ただし、使い心地を試すことはできないみたいです。



そして極めつけは……… 脇本陣の最深部に上段の間がしつらえてあるのですよ 一段高くなっている部屋に、さらに厚い畳で高いスペースを作っておられる さらに、その上に分厚い座布団が置いてあるときたもんだ そこに座れば、殿様気分を味わうことができると思うのですけど、残念ながらこちらも使用は禁止されていました。 なので、私はその後ろに控えめに座らせていただきました。
脇本陣からのリポートは以上であります。 そうしたら、再び外の様子をお伝えします。ということで箔波ちゃ、出番ですよ 準備はできているでしょうか?



脇本陣からさらに街道を西に向かって歩いていくと、浜名湖に行き当たります。 こちらは本雁木というかつての船着場跡です。雁木は、本来は「がんぎ」と読むのですけど、こちらの地方では「がんげ」と訛るそうです。 舞坂宿には船着場が3ヶ所あり、南側は荷物の積み降ろしに、こちらは一般の旅人の輸送に、それぞれ使われていました。 さらにもう1ヶ所………



北側には北雁木(きたがんげ)があるのですよ 灯籠や石垣、石畳が整備されていて、昔の船着場の雰囲気がありありとなっております。こちらは、主に大名や幕府公用役人が利用したところであります。
浜名湖の南部は、室町時代に起きた地震によって分断され、今切れという境界ができ、太平洋と繋がりました。なので、舞坂宿から次の宿場となる新居宿までは約7キロの海路を渡っていくことになります。 しかもその渡し船は、問答無用で新居関所に着岸するので、取り締まりは避けられないのですよ。ちなみに関所でのチェックは、通行手形の有無、鉄砲などの武器の有無、身体検査(開チン含む)、………などなど。 その新居宿の探訪は、またの機会にさせていただきます。
それよりも、箔の顔が最も腫れた状態で、それに強風にもさらされて気の毒な姿となってしまいました。 そのような状態でも、私たちはさらに近くのお出かけスポットに2次会に行ったのですよ。目的地とそこでの様子は、次回の日記で公表させていただきます。


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今年の節分と箔の状況

2018-02-10 01:19:12 | 年間行事
おには~そと、ふくは~うち!白黒茶々です。
今年も節分の日がやって来ました ということで、今回は皆さまにこの時季ならではの気節ネタをお届け致します。 ………とはいっても、世間では節分はすでに終わっていて、気持ちは雛祭りに向かいつつあるのですけど。 日記の内容が旬の時期から少し遅れるのは、箔波日記ではよくあること ということで、今回は今月3日に白黒茶々家でおこなわれた節分の様子をお伝えします。



節分にまつわる一連の行事は、晩御飯で恵方巻を食べるところから始まります。しかし、そいつを買いに行った箔母さんがなかなか帰ってきません。まさか、鬼と間違えられて退治されてしまったのでしょうか? いやいや、そんなハズはありません。 それからかなり経ってから、ようやく戻ってきました。
「いや~、スーパーで値引きシールを貼ってもらえるまで粘っていたら、すっかり遅くなってしまった」
とにかく無事で、恵方巻も確保できたみたいでよかったです。



それからしばらくして、食卓に節分メニューが並びました。 例年では恵方巻にコンビニ推奨のそばの組み合わせなのですけど、今回は豚汁でした。 あと、その他のおかず少々。この食べ合わせも、またアリかと。



そうしたら、恵方巻を丸かじりしますよ 今年の恵方は、南南東。そういえば、毎年似たような方角を向いているような気がするのですけど。 そのことを紐解いてみたら、16方位のうちの4つしか恵方にならないとのことです。 とにかく、無言で願い事を念じながら、もごもごもご………
3人同時にスターとしたら、たつぴが最初に食べきり、私、箔母さんの順にゴール(?)しました。



節分食が済んだら、お待ちかねの豆まきの時間と相成ります。 まずは、ニャンズに鬼のお面をかぶせて……… 嗚呼、逃げちゃった その時すぐ近くにいたというか、唯一捕まったのが、京ちゃでした。 彼女は普段から茶虎のパンツを穿いている状態で最も鬼に近いので、適役かと(く、苦し~ )。だからと言って、決して豆をぶつけたりはしませんよ。



次はワンズたちも引き込んで、鬼サミットといきましょう しかし、鬼のお面が足りないので、箔ちゃ波ちゃは顔隠しなしということでご了承くださいませ。
そうしたら、いよいよ鬼が大暴れする段階と相成ります。皆さま、彼らを迎え撃つ準備はできているでしょうか? すでに私は鬼役を済ませているので………



たつぴ鬼、キター
そうしたら、遠慮なく 鬼は~そと 鬼は~そと 鬼は~そと ………
※白黒茶々さん、「福は内」をすっかり忘れていますよ!(編集部注)



たつぴ鬼に引き続いて、今度は箔母さん鬼が現れました。 こちらも豆で撃退してやる えい、えい



ところが、彼女は金棒ならぬメガホンで豆を打ち返してきたのです 清宮君、キター
………じゃなくて、球(豆)は小さいく、お面で視界も狭まっているハズなのに、彼女はかなりの確率で当てていますよ。 これは、家のヒト敗れたりです。
勝敗はさておき、豆合戦のあとの家の床には大量の豆が散乱しているので………



ここで箔と波の出番となります。落ちている豆を食べまくって、床を掃除してくださいませ。



彼らはすっかり勝手がわかっていたみたいで、私が呼びに行くのを待ちわびていました。 ただし、食べるのは歳の数だけにしておいてくださいね。



これまでに何回か写りこんでいましたけど、箔は口に腫瘍を持っていて、今月に入って急激に悪化しました。口から顔面にかけて広がったのでしょうか?マズルや左のまぶたがパンパンに腫れて、このような姿となってしまいました。彼は13歳の年齢を感じさせないぐらい弾けていたのですけど、体調が悪いと別犬のように覇気がなくなります。今はまさにその状態です。それに加えて、ここにきて足腰も一気に弱まってきました。
それでも食欲はまだ旺盛で、以前から食べさせてきたフードのカリカリに犬缶の助けを借りつつも完食し、排泄もちゃんとしています。なので、すぐにどうにかなることはないとは思うのですけど………



そうしたら、節分の翌々日になって急激に顔の腫れが治まりだし、左目はまだショボショボしているのですけど、全体的にスッキリとしました。ちなみにこれは、今月7日の様子です。とはいっても足に力強さはないままで、体調も一進一退。今月18日の14歳の誕生日までは大丈夫だと思うのですけど、これから先のことはわかりません。いずれにしても、今まで以上に日常の中で彼と一緒に過ごす時間を大切にしていきたいです。


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初めての初山と行き慣れたドッグラン(湖北五山その3)

2018-02-07 00:58:31 | お出かけ
こんばんは、白黒茶々です。
私・の白黒茶々家の1人と2頭は、前回までに湖北五山のうちの4つをいちおうクリアしました。 前回の日記は、その日をもって営業を終える「直虎タウン」を見届けるために脱線したまま終わってしまいましたけど、今回はお寺から入らせていただきます。 大河ドラマ館から国道362号線を車で12分ほど東に行ったところに………



初山宝林寺はあります。 その小高い丘の上に続いている階段を上がっていったら、山門が見えてきました。



風格のあるこちらの門は、元禄6年(1693)に建立。 柿屋根の葺き替えなどの修理がおこなわれ、その工事はつい最近終わったそうです。その正面には………



このお寺のシンボル的存在ともいうべき、佛殿が構えられています。 初山宝林寺は、江戸時代初期の寛文4年(1664年)に、金指の旗本の近藤貞用が明国の僧の独湛(どくたん)禅師を招いて開創されました。いわゆる唐招提寺ならぬ、明招提寺(?)にございます。黄檗(おうばく)宗の寺院ということもあり、伽藍は中国明朝の建築様式となっております。
………ということで、いよいよそれらの実態に迫るのですけど、ここから先は有料ゾーンでワンコは入れないので、箔波ちゃには車の中で待機していてもらいます。 それから、入場受付は東の駐車場から上がっていったところにあるので、せっかく上がってきた階段を再び降りていかなければなりません。



いきなり本命の佛殿でテンションを上げるのもナンなので、まずはその周辺をチョロチョロさせていただきます。 佛殿の向かって右側には、同時期に建てられた浜松市指定文化財の報恩堂があります。 その内部には、宗祖隠元禅師の等身大の木像、近藤家代々の位牌、独湛禅師の両親の位牌などが安置されています。



それから佛殿のナナメ後方には、金鳴石なるものがあります。「支那金鳴石初山永宝」と刻まれた、大きくて平べったい石を小さい石で叩いてみたら、独特の澄んだ音がしました。 「金のなる」ということで、金運上昇・商売繁盛のご利益があるそうです。



さらに佛殿の真後ろには、正徳6年(1716年)に建立された方丈が現存しています。住職が寝起きしたり、雲水(修行僧)を指導したりする場所で、茅葺き平屋建て。国の重要文化財に指定されています。



お待たせいたしました!いよいよ佛殿に参ります。 こちらの建物は、寛文7年(1667年)に建てられ、黄檗宗伝来初期の中国明朝風様式を現代に伝えています。また、国の重要文化財にも指定されています。
その内部は角石敷きですけど、靴を脱いでスリッパに履き替えてお上がりくださいませ。



広くて開放的な内部には、正面に本尊の釈迦三尊像、左右の厨子には達磨大師像武帝像(いずれも県指定文化財)がそれぞれ安置されています。



さらにそのまた両側面には、二十四善神立像が連なっているのですよ 疾病を治す神、足が速くなる神などがいるので、特にお願いしたい分野のある方は、それに該当する神を見つけてお祈りしてくださいませ。
初山宝林寺の案内は以上で終わりです。しかし、このまままっすぐ帰るのもナンなので………



同じ方面にある、新東名高速道路の浜松サービスエリア(上り線)に寄っていくことにしましょう やはりこちらも下道からの侵入で、ぷらっとパークに車を止めていきました。



まずは、建物の前で記念撮影をば。 浜松市は楽器の街ということもあって、ピアノのようなデザインとなっております。その関連で、こちらでのおみやげは源氏パイのピアノブラックがオススメです。



こちらに来たら、やはりドッグランに入っておきたいですね。 というよりは、ドッグラン目当てで来たといったほうが。スピッツが該当するその中・大型犬専用スペースは、やや小さめなのですけどたくさんのワンコで賑わっていました。



ドッグランの中では、大きなワンコたちが勢いよく駈けっこをしていました。 その様子は、見ている方も気持ちいいです。



一方の、箔と波はいつものごとく走っていないのですけど、自分のペースで楽しんでいるのなら、まあいいでしょう。



1月中旬の時季だけに、日が傾いてきたら急激に冷え込むようになりました。 そろそろ撤収しても、よろしいでしょうか?
3話にもわたる今回の湖北五山の特集企画では、5つの名刹をメインにしてその周辺の名所やお薦めスポットも紹介させていただきました。地元民ということもあって、今までになかなか行くことがなかったような場所でも、こうしてじっくりと探訪してみたら、思っていた以上に魅力がありました。 あとは、知名度ですね。皆さまもこちら方面に来る機会があったら、湖北五山にも立ち寄り、それらが満足できる内容でしたらぜひ広めてやってくださいませ。


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最終日の直虎大河ドラマ館(湖北五山その2)

2018-02-03 01:04:48 | お出かけ
こんばんは、白黒茶々です。
前回から、私は箔と波を伴って湖北五山こと奥浜名湖の寺院を巡っています。 流れからして、これから3つめの名刹を目指すところなのですけど………



通り道にあってせっかくなので、浜名湖サービスエリアに寄っていくことにしました。 とはいっても、高速道路に乗って高飛びするというワケではなく、今回は下道からぷらっとパークに車を止めて、侵入しました。



こちらに来たからには、やはり浜名湖をバックにして記念撮影をしておきたいですね。 今回も、旅のスピッツと行き逢うことを密かに期待していたのですけど、狙うとダメみたいですね。ということで、休憩が終わったら次の目的地に向かいますよ



順番からして、奥山の方広寺の出番となるところなのですけど、そちらには昨年の9月に箔波ちゃと行ったばかりなので、今回は説明だけとさせていただきます。



こちらは奥山半僧坊の名で知られている、臨済宗方広寺派の総本山にございます。 建徳2年(1371年)に後醍醐天皇の皇子の無文元選禅師によって開創されました。しかし近代になって山火事に遭い、明治時代以降に次々と堂宇が再建されていきました。 広い境内を、五百羅漢を眺めながらワンコと一緒に散策するのもいいのですけど、写経や座禅、精進料理といった禅寺体験もしておきたいですね。



方広寺の次は、龍潭寺に行くところなのですけど……… スミマセン、こちらもその「まさか………」なのですよ。 一昨年前の10月に行ったばかり……… いや、それほどのブランクがあれば、再訪してもいいところなのですけど、今回は井伊直虎関係でどうしても寄っておきたいところがあるので、端折らせていただきます。



龍潭寺は、天平5年(733年)に行基によって開創されました。 のちに井伊家の菩提寺となり、庫裡本堂開山堂の建物は、県の文化財に指定されています。また、江戸時代初期に小堀遠州によって造られた庭園は池泉回遊式で、こちらは国指定名勝。龍潭寺を訪れたら、ぜひ見ておきたい場所でもあります。

気持ちだけ方広寺と龍潭寺を散策してきたことにしておいて、私たちの肉体は浜松市北区細江町の気賀方面に向かいました。 ちょっと湖北五山から脱線することをお許しください。 ということで、こちらにあるものといえば………



そうです 利用者専用駐車場から田空直虎ショップ、気賀関所、「おんな城主 直虎」大河ドラマ館の施設が連なる、いわゆる「直虎タウン」が形成されているのですよ。ただし、ドラマは昨年の12月で終了。直虎関連の諸施設のほうも、私たちが訪れた1月14日をもって終わることになっていました。そういうこともあって、この日のその一帯は、多くの人で賑わっていました。



この日までは入場無料で、気軽に通り抜けすることができた気賀関所。有料に戻ってからも、このような感じでワンコと一緒に入ることはできるのでしょうか?



大河ドラマ館は、私が予想していた以上に混んでいました。 というよりは、混雑していると言ったほうが。それだけではなく、なんか皆さんは出待ちをしている様子ですね。やはり最終日は、ドラマに出演した俳優さんが訪れたりしているのでは?気になったので、出てきた人に聞いてみたら「う~ん……… 誰かですよね」要領を得ていませんでした。
やはり、大河ドラマ館をカッコよく締める有名人は……… 南渓和尚を好演した、小林薫さんあたりがいいですね。 脇役でも、源太郎(古舘寛治)と常慶(和田正人)の松下兄弟も生で見ておきたいですね。 特に古舘さんは、パチンコのコンコルドのローカルCMで、コンコルゲン(コンコルド人間の略)を長年演じていて、静岡県民には馴染みがありますし。 いずれにしても、人があふれていますし私はワンコ連れですし、しばらく待ってみてもその人が外に出てこないようなら、諦めるしかありません。



あとで調べてみたら、ドラマで井伊直虎(柴咲コウ)を支えた「ユキロック」こと、中野直之(矢本悠馬)と奥山六左衛門(田中美央)が訪れていたことが判明 脇役ながらも、2人とも個性的でいい味を出していました。
その時の私は「大河ドラマ館は、ガラ空きだったら入っておこうかな?」程度だったので、それほど執着していませんでした。それよりも、私にはこの日「直虎タウン」でどうしても見届けたいものがあったのです。 それは………



出世大名家康くんと出世法師直虎ちゃんらによる、こちらでのグリーティングのことでした。 私は彼らの最後の出番を見るために、こちらを訪れたのです。すでに記念撮影のための行列ができていますけど………



その前の段階で、直虎ちゃんはすぐに箔と波を見つけ、ナデナデしてきました。 この大きさは、ワンコから見たらかなりの迫力なのですけど、私がゆるキャラ好きで彼らはよく付き合わされてきたこともあってすっかり馴れていて、この日も平然としておりました。



ということで、今回は箔と波のリードを彼らに預け、記念撮影をしました。 この絵は以前にも撮ったことがあり、年賀状にも使ったのですけど、やはり目の前に家康くんと直虎ちゃんがいたら、ついお願いしたくなってしまいますよね。 そうしているうちに、グリーティングの時間は終わりとなりました。



そんな彼らにとっての最後のお客さんは、女城主時代の直虎の装いの女性と、お殿様?とにかく、この仕事を締めるのには最もふさわしい相手となりました。



嗚呼、家康くんと直虎ちゃんが帰っていく……… いかないで~
※白黒茶々さんは、このときのグリーティングが家康くんと直虎ちゃんの最後の出番だと思っていましたけど、そのあとの15時台にもう1回あったのですよ。そんな彼らとは、現在では毎週日曜日に浜松城公園のほうで逢うことができます。(編集部注)

今回は湖北五山のうちの2つの寺院は回想に頼り、この日で最後となる「直虎タウン」に走ってしまいましたけど、次回はちゃんと訪れます。 トリとなる仏閣も、なかなかのモノですよ とはいっても、任務を終えたあとにまたしてもお立ち寄りスポットに向かうのですけど。とにかく、このシリーズはその回で終わりとなるので、ここまで来たら最後までお付き合いくださいませ。


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湖北五山巡りは、浜納豆のお寺から(湖北五山その1)

2018-01-31 00:56:24 | お出かけ
こんばんは、白黒茶々です。
まだ寒い日が続いていますけど、皆さんは風邪やインフルエンザなどお召しになったりしていないでしょうか? お出かけには厳しい時季ではあるのですけど、日が当たっている日中はそこそこ温かいです。 そんな晴れた冬の休日の1月14日に、私はを連れて近場の名所旧跡を巡ってみることにしました。 気になるその目的地は………



今回はお城はヌキの、湖北五山とその周辺にございます。 ここでいう湖北とは奥浜名湖のことで、その地域には5つの名刹のお寺が点在しています。その中には、「おんな城主 直虎」ですっかり有名となった井伊谷の龍潭寺や、奥山氏ゆかりの方広寺も含まれています。 その他のお寺は、失礼ながら知名度があまり高くなくてついついスルーしてしまうのですけど、国指定重要文化財の仏像や宝物、見応え充分の建物や庭園などを備えているのですよ そういう私も近くに住んでいながらも、実は5つのうち3つしか行ったことがありませんでした。
………というワケで、今回は湖北の向かって右(西側)から順にクリアしていくことにします。



まず私たちがやって来たのは、大福寺にございます。 その参道の入口となる道路端には、朱塗りの仁王門が聳え立っていて………



さらにその両内側には、鎌倉時代に造られた金剛力士像が睨みをきかせています。ちなみに2体の像は、静岡県指定文化財となっております。 お寺の主要部はここからかなり奥まったところにあるのですけど………



その間を、新東名高速道路が横切っているのですよ。 さらに北に向かって歩いて……… いや正確には、私たちはお寺の駐車場までは車に乗って行きました、はい。



突き当たりには、こちらも朱塗りの本堂があります。 屋根は緑青の銅瓦葺きで、ご本尊の阿弥陀如来像(県指定文化財)が安置されています。背後の山には近代的な構造物は一切なく、いい感じの借景となっていますね。 その本堂をよく見てみたら………



カラフルに装飾された像が この表情が、強烈ですね。 その他にも、竜や鳥(雀?)などのお仲間もいました。
このお寺は、貞観17年(875年)に富幕山に開創した、幡教寺が発祥とされています。 承元元年(1207年)に現在地に移され、伽藍が整えられ、名前も大福寺と改められました。
今回私は入らなかったのですけど、有料ゾーンの庭園は、室町時代に造られた観賞式回遊式庭園で、こちらは県指定名勝。 宝物館には、金銅装笈紙本墨書瑠璃山年録残篇絹本著色普賢十羅刹女像といった国指定重要文化財が保存されています。



大福寺といえば、大福寺納豆が有名ですよね 中国の明朝から伝わった唐納豆が起源で、このお寺で作られたものは、足利義勝、今川義元、豊臣秀吉、徳川家康などに献上されました。
納豆とはいっても糸は引かず、室町時代から伝わる独自の納豆菌、塩、山椒の中皮などで味付けされていて、ご飯やお茶漬けにも合い、酒のつまみにもなります。 徳川家康は「浜名納豆」と名付けたのですけど、今では「浜納豆」の名前で知れ渡っています。



あとこの地域には、三ヶ日町立西小学校大福寺分校があったのですけど、平成11年(1999年)の春に閉校し、その校舎は現在、みかんの里資料館として活用されています。
大福寺レポートは以上で終わりなので、次に移らせていただきます。 そこからは程近く、車で走ること5分ほどで………



立派な城門のような山門を備えた、摩訶耶(まかや)寺にたどり着きました。 これは、お城特有の高麗門の形式ですね。それもそのハズ、こちらの門は延宝8年(1681年)にこの地方の領主が、浜名湖畔にあった野地城の城門を移築したものだそうです。



その山門を入って左手には、岩場に囲まれた滝があり………



さらにその手前には多数の石仏が並んでいて、霊場の雰囲気がありありです。



そして、そのまた右手には、本堂が聳え立っています。 現在の本堂は、寛永9年 (1632年)に建造されました。入母屋造り5間4面で、総ケヤキの巨財をもって造作されていて、格天井には法橋関中の筆になる極彩色の花鳥が配されています。



さらに、大福寺の本堂と同じポジションにはやはり象の像がいるのですけど、こちらのものには彩飾はされていません。 その代わり彫りはより凝っていて、「象をここまで高められるのか!」と思わず感心してしまう程です。
せっかくなので、ここからは有料ゾーン(400円)に入っていくことにします。 私が訪れたときはほとんど貸切り状態で、お寺の方が親切丁寧に説明と案内をしてくださいました。

摩訶耶寺は、奈良時代の神亀3年(726年)に行基によって富幕山に開創された新達寺が発祥とされています。その後、平安時代末期に一条天皇の勅願により現在地に移されました。しかし、元亀3年(1572年)頃に武田信玄軍の兵火によって、堂宇は焼失してしまいました。
江戸時代初期に、この地方を治めていた近藤用行によって再建されたのが、今日見られる本堂であります。 お寺の方によると、本堂の建物は保存状態が良く、ほとんど手を加えられないまま、伝わっているそうです。それよりも「近藤………用?、なんか聞いたことのあるような名前だな」と思われたそこのアナタは、鋭いです



彼は「おんな城主 直虎」で井伊谷三人衆の中でもインパクトありありだった、近藤康用の3代後の子孫なのですよ。



その用行公と夫人のお墓(供養塔)は、本堂の前に移設・整備されています。



それから、撮影禁止ゾーンの保存庫には、平安時代末期に作られた千手観音像不動明王像(ともに国指定重要文化財)、それと阿弥陀如来像(県指定重要文化財)が、安置されています。 それらの像の額には翡翠(ひすい)がはめ込まれ、さらによく見てみると表面には金箔が施された跡を確認することができます。 いずれも、仏像マニアにはオススメの逸品であります。
………と、ここまで紹介しただけでも摩訶耶寺は見どころ満載なのですけど、あともう1つ、お寺を代表するほどの最大の魅せ場が残っているのですよ ということで、皆さんも靴を履いて私に付いてきてくださいませ。 再び屋外に出ていくと、もぎり所はないのですけど、こちらもまた有料ゾーンに含まれる一角があります。そこには………



平安時代末期から鎌倉時代前期にかけて造成された、池を中心とした回遊式の庭園があるのですよ ただし、訪れたのがこのような時季なので、池の水が凍っていますけど。 これもまたお寺の方の説明によると、近年までこちらの庭園は荒れ果てていて、池は枯れ、築山は雑木林に覆われていたそうです。それがこれほどまで見事に復活して、さらに維持管理の大変さも思うと、ありがたみはより増します。



それから、見る角度によって表情が変わるのが、回遊式庭園の魅力でもあります。 それだけではなく、訪れる季節によっても変わっていくので、何度でも楽しめそうですね。

写真やガイドブックなどでその存在を知っていながらも、私が今回初めて訪れた摩訶耶寺。そこにはいろんな意味でお宝が溢れていて、期待していた以上に満足することができました。 もちろん、大福寺も行ってソンはないですよ 今回は2ヶ所の訪問で一旦締めさせていただき、次回はさらに東に進んでいくので、そちらのほうにも是非ともお付き合いくださいませ。


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「火花」の6形体、でも今回は映画のほう

2018-01-27 01:26:17 | 映画情報
こんばんは、白黒茶々です。
「火花」といえばかなり有名な作品で、説明するまでもないのですけど、お笑いコンビ・ピースの又吉直樹さんが書いた小説のことです。 さらに芥川賞を授賞したこともあって、小説だけにとどまらなくなりました。



まずは、数年前に週刊漫画の「ビッグコミックスピリッツ」で、武富健治氏が作画を担当して漫画化され、長期に渡って連載されました。 原本となる小説は、登場人物の表情やその場面などを想像しながら読んでいくのですけど、それが絵で表現されると、よりリアル感が増します。 私は「スピリッツ」を愛読しているということもあって、「火花」は自動的(?)にその分野から入っていくことになりました。
それからしばらくして、今度は深夜ドラマ化されたのですけど、そちらのほうは私が気付くのが遅くて、最後の2話ぐらいしか観ることができませんでした。



そして今度は「火花」は映画化され、昨年の11月末に公開されることに しかも、こちらには菅田将暉君(auの鬼ちゃん)と桐谷健太(同CMの浦ちゃん)が出演するというではありませんか 私はその作品のあらすじはすでに知っていたのですけど、それが2時間前後の枠の映画となったらどのようにまとめられるか観てみたくなりました。



………ということで、久しぶりにやって来ましたよ 隣町とはいっても、県境をまたいだ豊橋市にある映画館……… ではなく、まずはその前段階のコメダ珈琲豊橋藤沢店であります。朝映画を観る前に、まずはこちらでモーニングサービスを受けることにしましょう 私がこちらを訪れたのは、12月5日の平日だったのですけど、お店の落ち着いた雰囲気の中でモーニングをいただきたいというオジさんやオバさんたちでかなり賑わっていました。



すでに体験された方もいらっしゃるとは思いますけど、コメダでは開店から午前11時までの間にドリンクを注文すると、トーストにゆで玉子といったモーニングメニューが、サービスで付いてくるのですよ。 それらを食べたら………



今度こそ、ユナイテッドシネマ豊橋18にたどり着きました。隣のイトーヨーカドーだったところは、メガドンキホーテにリニューアルされ、オープンしていました。 映画館に入ってから、いきなり本編が始まることはないので、これから公開が始まる作品(当時の話で、すでに上映されています)の予告編を観ながら待つことにしましょう。



年末といえば、映画「妖怪ウォッチ」が定番となりつつありますね。4作目となる最新作は「シャドウサイド 鬼王の復活」……… って、今回のサブタイトルは「~だニャン」というユルいものではないのですか それに、ジバニャンやコマさんがとんでもない姿になっていますし。 さらに、ゲゲゲの鬼太郎みたいのもいますし。
※正真正銘の鬼太郎です。(編集部注)

それもそのハズ、これはケータたちのいた時代から30年後の世界なので、ジバニャンやコマさんは様変わりしているのですよ。それから、ウィスパーまでもが髪を生やして服を着ておられる そうそう今回の話は、ケータの娘のナツメが仲間と共に鬼王に立ち向かうという内容であります。このような「妖怪ウォッチ」もアリなのでしょうか?



お次は、世界的にも有名なクマのパディントンの第2弾となる「パディントン2」であります 大好きなルーシーおばさんの100歳の誕生日に、パディントンは気に留めたプレゼントを贈るために、様々なアルバイトを始めたのですけど、そのような中である事件が起こりました。 果たして、彼の運命は……… ちなみに日本語の吹き替え版のパディントンは、今回も松坂桃李さんが担当しています。



そうしているうちに、上映前のお約束となる「ノーモア映画泥棒」が出て、いよいよ「火花」の本編が始まりました。 今回の作品は日記のネタ的にも古く、ほとんどのところではすでに公開が終わっているので、ネタバレ度はいつも以上に増やさせていただきます。



主人公の徳永(菅田将暉)は、売れない芸人コンビ「スパークス」のボケ役を担当していました。熱海での縁日の舞台で相方の山下(川谷修士)と漫才をやったのですけど、ほとんどの観衆は見向きもしませんでした。 そのようなところに花火が上がり始めたものですから、さらに悲惨な状況に。失意のまま彼らが舞台を降りたとき、次の出番を控えていた「あほんだら」の神谷(桐谷健太)は「カタキ……… 取ったるで」と言って舞台に立ちました。そんな彼が取った行動は………



神谷には霊感みたいなものがあり、死後の行方が見えると言い、観衆一人一人を指差しながら「地獄 」を連発。 その結果、人々はドン引きし、神谷らは興行主に苦言を呈されてしまいました。



それでも、その常識の枠からはみ出した漫才に感銘を受けた徳永は、神谷に弟子入りを志願。 それに対しての神谷の返事は「ええで、ただし一つだけ条件がある。後生に伝えるために、俺の伝記を書いてくれ」というものでした。
それ以来、徳永は神谷を慕ってその教えを乞い、そんな徳永を神谷もかわいがりました。彼らは毎日のように飲みに出掛け、意見を交換したり芸を磨いたりたりと、充実した生活を送りました。



そのような中で徳永と神谷は、井の頭公園で太鼓を叩く青年と行き逢いました。その音色に合わせて、神谷は「 太鼓の太鼓のお兄さん、真っ赤な帽子のお兄さん、龍よ目覚めよ太鼓の音で………」と歌って踊り出したのです。そこで突如雷雨に見舞われたのですけど、彼らはお構いなく続けていました。

またあるときは、同じ公園で泣き止まない赤ちゃんに、神谷はあやすのではなく「蝿川柳」なるものを披露したのですけど、やはり理解してもらうのはムリでした。しかし、映画版ではこのシーンはカットされていました。



またあるときは、酔いつぶれた徳永に神谷は「今から俺の家に行くぞ」と言って、2人で歩いていく場面も。 「すぐ近くやで」と言いつつも、夜明け近くまで歩いていった先にあったアパートには、真樹(木村文乃)という女性が 彼らはなんと、同棲していたのです。



そういえば、徳永は山下と芸のことで食い違うことがあって、呼び出した彼に腹を立てるシーンもありました。その最中に席を外し、神谷に電話して「殴ってやりたい 」と言うまでに。 それに対して、神谷は「殴ったら解散やで」と忠告したあと「お前の好きな食べ物って、何や?」と吹っ掛けてきました。「そうですね……… 鍋とか」「えっ、そんな固いものを!よっぽど丈夫な歯を持っているんやな」「鍋って、土鍋とか鉄鍋のことじゃなくて、鍋料理のことですよ」神谷の機転ですっかり怒りの感情が消えた徳永は、山下と落ち着いて話をすることができたのでした。

そんな徳永と神谷の生活は数年続いたのですけど、そのような中で参加した漫才コンテストで明暗を分けることに。「あほんだら」は一風変わった芸を披露したら、審査員たちの不信感を買い、そのことがきっかけで干されていきました。 一方の「スパークス」はその後大ブレークし、徳永と山下は一躍人気者となりました。いつしか徳永と神谷の間には行き違いが生じ、やがて2人は別々の道を歩むこととなりました。



「スパークス」の人気は一時的なもので、彼らの仕事は減っていきました。 そして山下の結婚を機に、解散することに。その最後のライブで、徳永は「僕たちは常識の枠からはみ出した漫才を目指して、今日までやってきました。しかし、今の気持ちをハッキリと伝えるために、今から敢えて思っていることと反対のことを言います 」と宣言し、漫才を始めました。しかし、この漫才は………
最初は「山下、よく見たらハンサムだな」とか相方をいじったりして笑えたのですけど、徳永は観客たちに対して「よくもまぁ、こんなに面白い漫才を飽きもせずに観続けてくれたな。お前ら迷惑だ」と言い出し、みんなに「死ね、死ね、………」と振るまでに。これは、ドラえもんの「帰ってきたドラえもん」の巻で、のび太が「うれしくない。これからまた、ずうっとドラえもんといっしょにくらさない」と言ったのを彷彿させます。観客はみんなして泣き出し、徳永と山下も涙。さらに私までも。

芸能界を引退した徳永は、不動産の営業に勤しんでいました。 そこに、ずっと消息不明だった神谷から電話があり、2人は久しぶりに再会することに。ところが、徳永の前に現れた神谷は、とんでもない姿に………

映画の尺では、原作にあってもカットされるシーン……… 最後に神谷が露天風呂で全裸のまま飛び跳ねるトコとか、………などもあったのですけど、内容が凝縮されていて、全体的にうまくまとめられていました。 それに、お笑い界の話なのに、ハラハラしたり泣けたりする場面もありましたし。
映画版は、もう公開が終わったり縮小されたりしているのですけど、私から見た「火花」を伝えたくて、今回箔波日記のネタにさせていただきました。いやこれからは、DVDやテレビのロードショーなどで観られるチャンスがあるかも知れませんね。このようにして「火花」は、小説、漫画、ドラマ、映画の形体となりました。さらにあと2つも出たみたいですね。ちなみに残りの2つは、舞台CDであります。 「火花」にハマられた方は、ぜひ6形体の制覇に挑戦してみてくださいませ。


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例年とは違った、たつぴの誕生日

2018-01-24 01:07:58 | 家族
こんばんは、白黒茶々です。
1月14日はたつぴの誕生日で、今年で18歳になりました。 2018年に18歳ということは……… そうです 彼は2000年生まれなのですよ。早生まれということで、年明け早々に誕生日を迎えるので、なんて歳を数えやすいのでしょうか
………ということで、今回はその2000年こと平成12年はどのような年だったのか、大まかに振り返らせていただきます。



その年を迎えたときの内閣総理大臣は、小渕恵三氏でした。そう、平成の元号を発表した、あの「平成おじさん」であります。 さらに7月には、彼のイチオシで決まった2000円札が発行されました。



夏にオーストラリアのシドニーで開催されたオリンピックでは、Qちゃんこと高橋尚子さんが日本では初めて女子マラソンで金メダルを獲得
プロ野球では、王貞治監督率いる福岡ダイエーホークスと、長嶋茂雄監督東京読売ジャイアンツが、日本シリーズで対戦。 いわゆる「ON」対決であります。結果は、長嶋ジャイアンツが日本一となりました。
芸能界では、香取慎吾君が扮した「慎吾ママ」が大ブレークし、彼(彼女?)が発した「おっはー!」と、「IT革命」が新語・流行語の年間大賞を受賞しました。



そして迎えた、今回の誕生日。昨年までは、ちょっと豪華な外食に行ったり、ケーキでお祝いしたりして……… 彼が小さい頃は、本人の希望でよく回転寿司屋に行っていたので、誕生日写真は毎年同じ絵でしたね。 しかし、今年に限っては、いつもとは勝手が違いました。たつぴの受験は佳境に入り、13日から14日にかけて最初の試練ともいうべきセンター試験があったのです。 ちなみにその会場は、浜松市中区にある静岡大学工学部(浜松キャンパス)



そして早くも、その当日となってしまいました。 会場までは列車とバスで行くことになっているのですけど、この地方は雪で止まる心配はありません。



お土産はいらないので、しっかりやってくるんだよ~
※遠くに送り出すような口調ですけど、ほんの4駅先なので、すぐに着いてしまいますよ。(編集部注)

その翌日も、たつぴは同じようにして試験に挑んだのですけど、2日目の14日は彼の誕生日でした。と、いうことは……… 受験の真っ只中に誕生日を迎えたのです!それはつまり、センター試験の最中に年齢が変わったということに。17歳で試験に突入し、終わったときには18歳になっているなんて!このような珍事は一生に一度あるかどうかなので、ちょっと自慢させていただきました。

その晩は誕生日のお祝いとセンター試験のご苦労さん会を兼ねて、ファミレスの⚪ストに外食に行きました。



そこでたつぴが注文したのは、まぐろのたたきご飯。まぐろ増量の御飯大盛りにございます。回転寿司屋からあまり遠ざかっていないところが、なんともですね。



全員にメニューが行き届いたので、いっただき……… いや、そこでなぜか「マーシャちゃん&フェリシテちゃんのママさんが最近、奥山方広寺で『食事五観』を唱えられたそうだ」という話題になり、私がその役をやることに。しかも、ファミレスで生臭物(なまぐさもの)を前にして。
※「食事五観」とは、お寺で食事をする前に、修行僧や拝観者が唱える五つの戒律のことで、修行のための食事や食べ物への感謝の意などが込められています。その文面を白黒茶々さんは高校生のときに覚え、今でも一字一句漏らさずに唱えることができるのですよ。(編集部注)



家に帰ってからは、じいじとばあばからの贈り物のケーキでお祝いすることに。 彼らが予約なしでその当日にケーキ屋に買いに行ったら、程よいサイズのものがなかったこともあって、今回は少し小さめとなりました。それでも、気を遣ってもう1種類用意してくれたのですよ。



ロウソクに火を点して、部屋の電気を消したら、例のアレをやりますよ さあ、パソコンやスマホの前の皆さんも、照れずにご一緒に
 はっぴば~すでぃ、つぅ~ゆ~………



それから、彼がネットでお取り寄せしたフィギアもその日に届いたのですけど、大きな箱を開けてみたら、中身はスカスカで、小さな本体が底に張り付けてあるだけでした。
18歳になったら投票権を得て、一歩大人に近付きます。そんなたつぴは、誕生日後も受験勉強に勤しんでいます。 そして、本命の大学の入試は今月末。笑って春を迎えられることを、願っています。


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ひなちゃん、ありがとう。

2018-01-20 00:42:50 | ワンコ
こんばんは、白黒茶々です。
1月17日の深夜に、ひなりん♪さん家の長女のひなちゃんが、虹の橋を渡りました。以前から彼女のことはブログ等で知っていたのですけど、私とは今から4年半ほど前の2013年の6月末に………



所沢の航空記念公園でのスピ仲間との集まりで、初めてお逢いしました。ちなみにこの時のひなちゃんは5歳、箔は9歳でした。



こちらは、同公園のドッグランでの様子です。元気いっぱいの美スピなのですけど、写真撮影には協力的で、彼女に対して私は、賢いイメージを持ちました。



次にお逢いしたのは、2016年5月末にハマ&ワンさんでおこなわれた、ゆめちゃんファミリーを囲む会でした。その時には彼女は、まなちゃん(波のお姉ちゃん)ともなちゃん(トイプーMIX)の可愛い妹と「なっちゃんズ」を結成していました。
翌年3月の白ふわオフ会ではご一緒できなかったのですけど………



同じ年の9月末に、彼女らは3度目の浜松訪問。



同市内で開催されたワンワン秋まつりで、私たちと行動をともにしてくれました。 このときは旅の疲れも感じさせないぐらい元気だったのですけど、それから間もないうちに重い心臓の病気に襲われてしまいました。
それでもひなちゃんは、大好きなひなりん♪さんご夫婦やまなちゃん、もなちゃんらとできるだけ長く一緒にいたくて、必死に生きようとしていたそうです。彼女の頑張りがあって、年末に10歳の誕生日を迎え、家族全員で新年に突入したのですけど、長い旅に出かかけてしまいました。



ひなちゃん、ありがとう。私たちは、ひなちゃんのことはずっと忘れません。闘病生活から解放されたあと、そちらでは先にいったお仲間たちとは逢えたでしょうか?これからはそちらから、ひなりん♪さん一家や、スピ仲間のことを見守っていてくださいませ。


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