こんばんは、白黒茶々です。
5月21日は、日本全国が金環日食で盛り上がりました。
その翌日の22日には、東京スカイツリーがオープンし、こちらも話題になりましたね。

その22日に、箔が白黒茶々家にやって来て、ちょうど7年になりました。スカイツリーの開業日をその日に合わせてくれるなんて、粋なことをしてくれますね〜
えっ、「そんなワケないだろ
」ですって。
いや、スカイツリーのほうが後からきたので、なんとでも言えるのです。いや、勝手にそう思わせてください。
今から7年前の春頃から、ウチでワンコを飼う計画が持ち上がりました。というよりは、ワンコ飼いたい欲に駆られた私が、慎重派の箔母さんをありとあらゆる手で説得していたのですけど。
彼女は、ワンコの鳴き声が近所迷惑になることを懸念していたのです。
ちょうどその頃、私は里親探しのサイトで気になるワンコを見つけました。
そこには、長野県の諏訪湖の近くで、1歳3ヶ月の日本スピッツのオスの里親を募集しているとありました。その中の条件のところに「引き取りに来ていただきたい」とありましたけど、そのくらいの距離(片道約250キロ)はなんのその。
私はさっそく先方にメールを送りました。
しかし、日本スピッツはワンコのなかでも最も騒がしいというウワサがあるので、よっぽどの安心材料を用意しなければ、箔母さんは賛成してくれないでしょう。
私は、スピッツが本当にやっかいな犬種なのか調査するところから始めることにしました。
まずPCで検索してみたら、「スピッツ大好き」という掲示板に行き当たりました。
そこは主にスピッツの飼い主たちが集い、ワンコの様子や意見を交換する場でした。しかし、その中には「ウチのワンコが騒がしくて困る」というような意見は一切なく、さらに読み進めていくうちに、私のスピッツに対しての好感度はアップしていきました。
そうしたら、今度はスピッツの里親を募集しているKさんに、直接聞いてみることにしましょう。「必要以上に吠えたりしませんか?」そうしたら、「他のワンコとあまり変わりません」と言うではありませんか
これはもう決定打といっていいでしょう。ようやく箔母さんも首を縦に降ってくれて、その後交渉はトントン拍子に。
そして5月22日に、私は諏訪湖近くのKさんのご自宅までスピッツの箔を引き取りに行くことになりました。

それまで箔は外の犬舎で飼われていて、当時屋内でワンコを飼うという概念のなかった我が家では、とりあえず外で飼うことにしました。
そういうこともあって、彼の毛はボサボサでした。

箔を迎え入れた頃の写真を探していったら、茶々姉さんやお黒さんとの貴重な3ショットも残っていました。

そのうち、私たちはワンコを室内飼育することに抵抗を感じないようになり、「スピッツは白くなければならない」という格言(?)も手伝って、箔はお座敷犬となりました。
また彼のほうも、小さい頃は室内飼いされた経験があったので、すんなりとシフトチェンジすることができました。
箔という旗頭を得た私は、先ほどの掲示板に参加するようになり、スピ仲間にもよくしてもらいました。その掲示板のほうはその後なくなってしまいましたけど、HPやブログを通して、スピ仲間との交流は今でも続いています。

その翌年の2006年春には、地元で開催された第1回東海オフ会(スピクニック)が開催され、箔はそちらでオフ会デビューをすることができました。
さらにその年の10月には、箔のブログも立ち上げ、みなさんに支えられながら今日まで続けさせてもらっています。

今回の箔のウチの子記念日を迎えるに際して、彼にケーキを食べさせてあげたかったのですけど、時間がなくて買えなかったので、代わりにちょっと豪華な夕食を用意しました。

それでも箔は、歓喜のブンブンを見せてくれました。
ちょっと欲を言わせてもらうと、顔をぶれないようにして、前足をまっすぐ振ってくれれば、もっと美しいブンブンになるのでは。

お祝いのセレモニーは、いよいよクライマックスに。
ご馳走の盛り付けや匂いを充分堪能してから、お召し上がりくださいませ〜 ………って、ヨダレ垂らし過ぎです。

「よし」の合図とともに、箔は記念日メシをかっ食らいました。
味わうとは程遠いのですけど、瞬食したということは、きっと美味しかったに違いないということで。
箔を迎え入れて、ウチの生活は今まで以上に潤うようになりました。
また、彼のおかげで私の行動力も増し、さらにたくさんの出逢いもありました。これまで彼には大きな病気はなく、好き嫌いがないということも、我が家にとってはとてもありがたいことです
。そのような感じで、これからもこのウチの子記念日を笑顔で迎えられますように〜

「箔日記」を長寿ブログに認定してくださる方は、こちらに投票してやってください。
5月21日は、日本全国が金環日食で盛り上がりました。
その翌日の22日には、東京スカイツリーがオープンし、こちらも話題になりましたね。

その22日に、箔が白黒茶々家にやって来て、ちょうど7年になりました。スカイツリーの開業日をその日に合わせてくれるなんて、粋なことをしてくれますね〜
えっ、「そんなワケないだろ
」ですって。
いや、スカイツリーのほうが後からきたので、なんとでも言えるのです。いや、勝手にそう思わせてください。
今から7年前の春頃から、ウチでワンコを飼う計画が持ち上がりました。というよりは、ワンコ飼いたい欲に駆られた私が、慎重派の箔母さんをありとあらゆる手で説得していたのですけど。
彼女は、ワンコの鳴き声が近所迷惑になることを懸念していたのです。
ちょうどその頃、私は里親探しのサイトで気になるワンコを見つけました。
そこには、長野県の諏訪湖の近くで、1歳3ヶ月の日本スピッツのオスの里親を募集しているとありました。その中の条件のところに「引き取りに来ていただきたい」とありましたけど、そのくらいの距離(片道約250キロ)はなんのその。
私はさっそく先方にメールを送りました。
しかし、日本スピッツはワンコのなかでも最も騒がしいというウワサがあるので、よっぽどの安心材料を用意しなければ、箔母さんは賛成してくれないでしょう。
私は、スピッツが本当にやっかいな犬種なのか調査するところから始めることにしました。
まずPCで検索してみたら、「スピッツ大好き」という掲示板に行き当たりました。
そこは主にスピッツの飼い主たちが集い、ワンコの様子や意見を交換する場でした。しかし、その中には「ウチのワンコが騒がしくて困る」というような意見は一切なく、さらに読み進めていくうちに、私のスピッツに対しての好感度はアップしていきました。
そうしたら、今度はスピッツの里親を募集しているKさんに、直接聞いてみることにしましょう。「必要以上に吠えたりしませんか?」そうしたら、「他のワンコとあまり変わりません」と言うではありませんか
これはもう決定打といっていいでしょう。ようやく箔母さんも首を縦に降ってくれて、その後交渉はトントン拍子に。
そして5月22日に、私は諏訪湖近くのKさんのご自宅までスピッツの箔を引き取りに行くことになりました。
それまで箔は外の犬舎で飼われていて、当時屋内でワンコを飼うという概念のなかった我が家では、とりあえず外で飼うことにしました。
そういうこともあって、彼の毛はボサボサでした。

箔を迎え入れた頃の写真を探していったら、茶々姉さんやお黒さんとの貴重な3ショットも残っていました。

そのうち、私たちはワンコを室内飼育することに抵抗を感じないようになり、「スピッツは白くなければならない」という格言(?)も手伝って、箔はお座敷犬となりました。
また彼のほうも、小さい頃は室内飼いされた経験があったので、すんなりとシフトチェンジすることができました。箔という旗頭を得た私は、先ほどの掲示板に参加するようになり、スピ仲間にもよくしてもらいました。その掲示板のほうはその後なくなってしまいましたけど、HPやブログを通して、スピ仲間との交流は今でも続いています。


その翌年の2006年春には、地元で開催された第1回東海オフ会(スピクニック)が開催され、箔はそちらでオフ会デビューをすることができました。
さらにその年の10月には、箔のブログも立ち上げ、みなさんに支えられながら今日まで続けさせてもらっています。

今回の箔のウチの子記念日を迎えるに際して、彼にケーキを食べさせてあげたかったのですけど、時間がなくて買えなかったので、代わりにちょっと豪華な夕食を用意しました。


それでも箔は、歓喜のブンブンを見せてくれました。
ちょっと欲を言わせてもらうと、顔をぶれないようにして、前足をまっすぐ振ってくれれば、もっと美しいブンブンになるのでは。

お祝いのセレモニーは、いよいよクライマックスに。
ご馳走の盛り付けや匂いを充分堪能してから、お召し上がりくださいませ〜 ………って、ヨダレ垂らし過ぎです。

「よし」の合図とともに、箔は記念日メシをかっ食らいました。
味わうとは程遠いのですけど、瞬食したということは、きっと美味しかったに違いないということで。
箔を迎え入れて、ウチの生活は今まで以上に潤うようになりました。
また、彼のおかげで私の行動力も増し、さらにたくさんの出逢いもありました。これまで彼には大きな病気はなく、好き嫌いがないということも、我が家にとってはとてもありがたいことです
。そのような感じで、これからもこのウチの子記念日を笑顔で迎えられますように〜
「箔日記」を長寿ブログに認定してくださる方は、こちらに投票してやってください。
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あれは赤外線や紫外線を遮るモノではないっちゅ〜の
私がお店のチラシ等でその品を物色していたら、箔母さんが「観察グラスだったら、前からウチにあるよ」と言うではありませんか
そして、「いつかコイツが日の目を見るときが必ず来るハズ
そのままジッとして……… 

気を遣って「雲の合間から、金環日食が見えるかも知れません」とも言っていますけど、状況はかなり厳しそうです。その前日はほぼ一日、陽が出ませんでしたし。頼むから、私たちに金環日食を見せてくれ〜


そいつでうっかり変身してしまったら、あとあと面倒なので。 
また、「保護者の方も、ご一緒にどうぞ」との通知もあったので、私はいつもより1時間ほど早く起きて、朝の支度や箔の散歩を済ませ、7時過ぎに中学校に入りました。
果たして、観察会のほうは盛り上がっているのでしょうか?

とにかく、私も一緒にお願いしておきます。早く来い来い、金環日食〜
そうそう、私たちだけが楽しんでばかりいては申し訳ないので、ここで特別にみなさんにも公開して差し上げます。私たちが見た、金環日食は………
「金環日食撮影アプリ」なるものもあるそうですけど、そちらもよくわかりませんし。今思えば、薄雲がかかったときが一番の撮影チャンスだったのに、「はっ、撮らなきゃ」と思った頃にはすでに終わっていました。
それでも、確かにハッキリと金環が見えたのですよ。
今回もまた、参加者から見たまつりのうちの、夜の部の様子をお伝えします。 



う〜む……… ちょっと「やれやれ感」が漂っているような。
最接近したところで、パシャ


今度はその晩にあった初練りの様子をお伝えします。 











こうなると、凧印もかろうじて確認できる状態です。 


それから、ガサゴソ(資料を探し出す音のツモリ)………


それでも、その日の絞めに完全燃焼したいということで……… 
これは、初子の誕生を祝って大凧を揚げたり、夜には市内各所で御殿屋台が引き回され、さらに大勢の人が練ったりするもので、現在参加している町や地域は173。もう大規模な市民祭といってもいいでしょう。しかも、昨年は東日本大震災のことを考慮して中止になったので、今年は二年ぶりの開催ということに。そういうこともあって、例年より熱いものになりそうです。
この時季にいらっしゃるのなら、ぜひ浜松まつりも観ていってもらいたいですね

そのような状況の中で……… 

今回は遠くからのお越し、お疲れ様でした。一方の私は、今年のぶんの浜松まつりの様子をレポートするためにも、そのイベントが始まる3日までに天気が回復することを願っていたのですけど………
そのような中でも、いちおう浜松まつりの開会式はおこなわれ、凧もちらほら揚がったみたいです。そのことを、私は翌日の新聞でし知りました。
さらに中田島砂丘を横目に、その隣接地にある広大な凧揚げ会場まで歩いていきました。


その近くにはキャンプ場もあって、休日には家族連れなどで賑わっています。さあ、思いっ切り温まるぞ〜
それよりも、体を洗ったり、かけ湯をしないで湯に浸かるなんて、あるまじき行為でござるよ
それに、性別も変わっているようですし。 


ちなみに、こちらのアニメ版「テルマエ・ロマエ」は、2話ぶんを3夜(合計6話)かけて放送されました。
もちろん、白黒茶々家も観に行きましたよ


映画「テルマエ・ロマエ」を観たあとの感じは、なんとなくお風呂上がりの爽快感に似ています。
この作品が気になる方は、ぜひ公衆浴場、いや、映画館のほうに足をお運びくださいませ〜
ひょっとして、今からお出かけ〜
そこには、優しそうな人がいたので、おれっちは思わず彼の股の間に顔を沈めてしまいましたワン。えっ、白衣を着ていて、小道具をたくさん持っているって?そんなの関係ないのだ

例年だと、いつも行く集会所の手前で箔が感付き、イヤイヤを始めるのですけど、今回は場所やシチュエーションが違うからでしょうか?彼は自分の身にこれから起こるであろうことに全く感付いておりませんでした。ま、まあいいでしょう。そのまま先生のところに連れていってしまいましょう。
しかし、私にはそのあとにもお花見の予定があったのです。
頼むから、お花見を予定している15日までもってくれ〜













確かにおとなしくなっているのですけど、ちょっと違います。その間に、私はお昼御飯を食べさせていただきいます。





」を連発していました。食べるのは、お花見まで堪え………、いや、お楽しみにしておきなさい。
しかし、今回は野球を観に来たというワケではありません。ドームで試合そのものもなかったですし。ちなみにその日、そちらでは
そして、今度はお花見の会場となる谷中霊園のほうに向かいました。


「これは人間の食べ物だから、ZIPPEI、いや、HAPPEIは匂いだけ〜」 


そんな彼女を、小太郎がめらめらとヤキモチを焼きながら見ていますよ〜























