箔と波のつれづれ日記

日本スピッツ箔+波とゆかいな仲間たち

DOG!フェスタを堪能しよう!(DOG!フェスタ@ツインメッセ静岡その2)

2017-04-26 01:47:19 | オフ会の類
こんばんは、白黒茶々です。
前回からの続きで、たつぴの白黒茶々家の2人と2頭は、DOG!フェスタがおこなわれているツインメッセ静岡に来ています。 さらに日記の構成の都合で、話は会場が開場したあたりまでさかのぼらせていただきます。



今までは開会式の直後に、ステージの前に集まった人やワンコを対象にして、次回発行の「Wonderful Style」のDOG!フェスタの特集記事を飾る集合写真を撮っていました。しかし、今回からやり方が変わったみたいです。その3日前に発行された最新号によると、開会式のあとに抽選券が配られ、それに当選した人を優先して集合写真を撮影することになったというのです。やはり、毎回白黒茶々家ばかりが前のほうで目立って写っているからでしょうか? そういうことだったら今回は遠慮して……… というのもナンなので、正式な手続きを経た上で写してもらうことにしましょう

その抽選方法は、スタッフが用意した箱の中から1人1枚ずつ券を引いていき、それに当たった人が撮影会で優遇されるというのです。そのようにして、私が引き当てたものは「集合写真整理券37」となっていました。これって、後方のポジションのことでしょうか? 私に続いて引いたたつぴは、38番でしたし。
「それって、当たりだよ 」その抽選に漏れた人のものには、ハッキリと「ハズレ」と記されていました。親子でしかも連番で当選するなんて、なんて幸先がいいのでしょうか ちなみにその集合写真の撮影は、12時半に同じ場所でおこなわれるそうです。



それが済んだら、プロの講師によるワンコのしつけ教室が広場のスペースのほうでおこなわれているので、そちらのほうに行ってみることにしましょう。 ちなみにその初回の講座は、ドッグトレーナーの鈴木沙也佳先生による『ふせ!を覚えよう』でした。「ふせ」は、すでに箔と波には私が仕込んでいてできるようになっているのですけど、それ以外にもタメになる話が聞けるかも知れませんね。 その「ふせ」の調教では、ベイト(おやつ)を使ったり、足で作ったアーチを潜らせたりするんですよね。8年ほど前に、箔波日記でもその調教の様子をレポートしたことがありましたし。それにしても、その当時のたつぴはまだ幼く、箔も若いなぁ。 ………なんて私が思い出に浸っているうちに、その講座は始まりました。



沙也佳先生はまず、講習生の中からまだ「ふせ」を習得していないワンコを借りてきて、その子を見本にして講座を進めていきました。しかし、彼女はおやつを使わないやり方で、代わりにチョークという締まる首輪でそのワンコを制御していました。 「この子は今、歯を剥きましたね。これは、『ふせ』に入る以前のところからしつけないといけません 」見かけとは違って、彼女は毅然とした態度でワンコに挑んでいました。このようなしつけもあるなんて……… これは「おやつを使って楽しみながら覚える」という私のほんわかとしたものとは明らかに違っています。 それでも、そのワンコからは次第に反抗的な態度はなくなっていき、沙也佳先生の指示に従うようになりました。ほんのわずかな時間で、このようになるなんて!プ
ロの腕を認めつつも、ワンコに合ったしつけを探し出すことの大切さを実感しました。

といったところで、沙也佳先生流の「ふせ」のやり方をお教えします。ワンコの首の後ろのあたりを手の甲で押して伏せさせると、上手くいくとのことです。
「ふせ」講座が終わったら………



メインステージでおこなわれている「DOGファッションコレクション」を脇目に見ながら………



会場内に出展しているブースを廻ってみることにしましょう。 それにしても、今回はいつもと比べると出展数が少なくてちょっとスカスカですね。 ややまるこさんによると、この日は他のイベントと重なっていて、業者がそちらのほうにも流れてしまったそうです。 それでも、ワンコのフードやグッズのお店に加えて………



ワン・イレブンさんロッケージというケージが私の目に留まりました。軽くて丈夫そうで、いいですね。 この中に箔と波を入れてもいいですか?………って、もう入れてますけど。 そこで、ふと脇を見たら………



他のケージに、姫子ちゃんハッピーちゃんも入れられていました。このあと、そのケージにはコタロー君ましろ君らも加えられ、ぎゅうぎゅう詰めになっていました。 それだけでなく………



気付いたら、ヴィヴィアル家までもが囚われの身となっているではありませんか なんか、大捕物をしたような気分になってしまいました。

イベントは12時台にまで食い込んでいるので、お昼を食べるタイミングを計るのが難しいですね。白黒茶々家はいったん屋外に出て、12時半から予定されている集合写真に間に合うように、大急ぎでご飯をかき込み、猛ダッシュで会場に戻りました。
ところが、ステージ前にはすでにたくさんの人やワンコが集まっていて、集合写真のポジションはほぼ確定していました。しまった 出遅れた。 優先券を持っているというのに………



これは前回となる昨秋に浜松の会場で撮られたものなのですけど、このような感じで並び、このようなアングルで撮るのですよ。 ちなみに、今回抽選でハズレを引いた方でも、後ろのほうなら入れるそうです。
一方の私たちは、優先券を提示したら横のほうを詰めて入れてもらうことができました。



大掛かりな集合写真の次には、同じ場所で「ダイちゃんあいちゃん撮影会」がありました。せっかくなので、地元のテレビ局のDaiichi TVのワンコキャラの彼らと一緒に、写真に写っておきましょう。



そのあと再びメインステージを見に行ったら、「DOG TRICK ショータイム」の真っ最中でした。いずれのワンコの芸も素晴らしかったのですけど、こちらの二足立ちから縄跳びまでやってしまうトイプードルの子には、驚嘆させられました。 いや、これは中に小さい人が入っているに違いない、うん。 そうしたら、ウチの子は………



………と波を見たら、私の足元で眠っていました。 どこででもぐっすり寝られるのは、ある意味特技かも知れません。



引き続いてそのステージでは、コギらったによるマジックショーがおこなわれました。体のあちこちにトランプの絵柄の模様があることから、手品を始めたというコギらった。 焼津市の非公認の犬キャラではあるのですけど、手首だけはより人間に近いです。その彼は………



お皿からハト(作り物)を出すという定番のネタを披露してくれました。 そうそう、その際にはみんなで「か~き~く~け~コギらった」と、掛け声をかけてくださいませ。 しかし、そのあとのハトの扱いが雑で、後ろにポイッと投げ捨てていました。また彼は、ケースに入れたレコードの色を変えるという新ネタも見せてくれました。



それだけでなく、DOG!フェスタでは「しっぺいダンス」に追いやられてなかなか披露することができなかった「コギらったの唄」ダンスを、今回は欠席となったしっぺいに代わって、踊っていました。コギらった本ワンより、隣のハッピーのほうがノリノリだったところが、なんとも言えませんね。

………と、DOG!フェスタは楽しめたりタメになったりと充実しているのですけど、その参加型のイベントの中でも最大の魅せ場(?)となる「待て!ゲーム」の予選会も含まれている「スポWan!検定」にはまだ触れていませんでしたね。 そのイベントには、白黒茶々家からは今回も波が参加したのですけど、果たしてどのような記録が出たのでしょうか?さらに「待て!ゲーム」では、どこまで行けたのでしょうか?それらと大抽選会の様子については、次回レポートさせていただきます。


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ツインメッセ静岡に集まったお仲間たち(DOG!フェスタ@ツインメッセ静岡その1)

2017-04-22 01:26:55 | オフ会の類
こんばんは、白黒茶々です。
静岡県内には、「Wonderful Style」というワンコの情報が詰まったフリーペーパーが出回っています。 その小冊子は最近、愛知県版も出たのですけど、その記事の中に………



DOG!フェスタの案内がありました。このイベントは毎年、静岡県の東部(沼津市)中部(静岡市)西部(浜松市)の各都市で1回ずつ、合わせて年に3回開催されていて、15回目となる今回のものは、4月16日にツインメッセ静岡を会場にしておこなわれるそうです。 その会場には、ワンコとの生活をサポートする企業の出展はもちろんのこと、ワンコと一緒に楽しめる参加型のイベントも用意されています。さらにたくさんのワンコが集まるのですけど、その中にはスピッツ仲間も含まれているのですよ
昨年7月におこなわれた前回のツインメッセ静岡では、白黒茶々家からは諸事情で私とだけが列車やバスを使って行ったのですけど、今回はたつぴと波も一緒なので、車に乗っていくことにしました。天気は晴れとなりそうなので、その日は寄り道をしながら会場を目指すことにしましょう。



そして、DOG!フェスタの当日となりました。 私たちは多少の余裕をみて、朝の7時ちょっと過ぎに自宅を出発。 磐田インターチェンジから東名高速道路に乗って、まずは牧之原サービスエリア(上り)に立ち寄りました。こちらの建物は最近、リニューアル工事を終えたばかりみたいですけど………



私たちは、お茶の植え込みの向こうにあるドッグランのほうに入ることにしました。さあちゃ、思いっ切りお走りなさい



………とはいっても、やはりいつもの如く地面のニオイを確認したりするのに夢中で、なかなか運動らしいことはしてくれませんでした。 それに、なぜか箔の顔がシーサーみたいになっていますし。そうしているうちに、新たな白ふわがやって来ましたよ ひょっとして、スピッツでしょうか?果たして、その正体は………



遠くに写っているのしかなくて申し訳ないのですけど、白黒茶々地方の隣の愛知県にお住まいの、ポメラニアンのちぃ君(大きいほう)とくぅちゃん(小さいほう)でした。 ワンワン秋祭りや白ふわオフ会でもよくご一緒する彼らは、これからDOG!フェスタの会場に向かうそうです。そうしたら、目的地でまたお逢いしましょう。
その牧之原SAでは彼らの他にも、同じところを目指していると思われるワンコのステッカーが貼られた車をちらほら見かけました。 それだけでも士気が高まりますね。そして、その40分後ぐらいには………



私たちは、ツインメッセ静岡にたどり着きましたよ 開場時間の10時までまだ30分以上もあるのですけど、すでに入場待ちの列ができていました。 そこに並ぼうとしていたら………



スピッツがやって来ましたよ 初めましてのこちらの子は、ハッピーちゃんです。静岡県中部のコタロー君のご近所に住んでいるのですけど、ワンコどうしがご対面するのは、この時が初めてだったそうです。そのコタロー君のお姿を、私は写したつもりだったのに残っていない ややまるこさんの肩に担がれていて、ふわふわでぷり尻で愛嬌たっぷりの笑顔を見せてくれたのにぃ~



ましろ君も、横向いているのだけでした。 リリィちゃんも辛うじて写ってはいるのですけど、手前の箔の目力が強烈すぎて………



こちらのスノ君は、前のツインメッセでの開催の時にもお逢いしましたね。まわりのワンコなどにビビって、思わずこのような格好になってしまいましたけど、その語るような背中も魅力的ですよ イベントが終わる頃にはまわりの空気に慣れるそうですけど、この日はどうなったでしょうか?



さらに、ポメのちぃ君とくぅちゃんも無事に到着したみたいですね。 このあと、会場では他のポメたちとも交流できたでしょうか?



たくさんのお仲間が集まり、私もすっかり浮き足立っていました。 その様子を撮ろうとしたら、ごっちゃになってしまいました。



開場時間のあとにも、私たちは新たなスピッツと行き逢いました。こちらのピースちゃんは、スピッツの同志を求めて愛知県からやって来たというので、嬉しいですね。



さらに県内西部からやって来たマーリンちゃん、県内中部に在住の姫子ちゃんとも合流し、コタロー君、リリィちゃん、ましろ君、ハッピーちゃん、ピースちゃん、スノちゃん、箔、波の10スピで、SNSフォトスナップコーナーを使わせてもらって、集合写真を撮りました。



そのあと、私たちは静岡県東部の六花(りっか)ちゃん結花(ゆうか)ちゃんとも行き逢いました。 一昨年前の沼津のDOG!フェスタのときには、てりー君(当時12歳)と六花ちゃんだったのですけど、てりー君は癌を患い、昨年亡くなってしまいました。あまりにも寂しく、新たに迎え入れたのが、現在10ヶ月になる結花ちゃんであります。
そういえば、DOG!フェスタではすっかりお馴染みとなったヴィヴィアル家はどこにいるのでしょうか? いくつかの目撃情報はあったのですけど………



………なんて思っていたら、いましたよ ヴィヴィちゃんアル君ラピちゃん瑠璃君風ちゃん爽ちゃんのいつものメンバーに小夏ちゃんも加わった、合計7頭の大所帯であります。やはりこの日の会場では、かなり存在感アリアリでしたよ。



その会場の一角には、DOG PHOTO ギャラリーのコーナーもありました。 貼り出された投稿写真のなかには………



コタロー君やハッピー君ピース君らの他にも、王子君碧君やマーリンちゃんのお姿もありました。 今回は女の子のハッピーちゃんとピースちゃんはいたのですけど、磐田の兄弟犬のほうは来ていないのでしょうか?



………と思っていたら、いましたよ パッと見はほとんど一緒なのですけど、すぐにカートから飛び降りてしまうのがハッピー君。ずっとカートに留まっているのがピース君だと、お覚えくださいませ。



ちょっと遅れて、レオン君くまちゃんも現れましたよ くまちゃんにとってはDOG!フェスタは今回が初めてなのですけど、たくさんのワンコがいてもまったく物怖じしない様子でした。
これにて、この日会場に現れたスピッツの総数は、23頭にも膨れ上がりました。その数字は、私が知っている限りDOG!フェスタ史上最多となります。 そのイベントでは、ジャックラッセルテリアがよく群れをなしているのですけど、彼らと対抗できる域にまでいったでしょうか?



あと大きな白ふわの、サモエドの姿も見かけました。彼はオーク君という1歳7ヶ月の男の子で、陽気で人懐っこかったです。 顔を近付けたらべろんちょしてくれて、私がすっかりいい気になっていたら、箔は焼きもちでも焼いたのでしょうか?なぜか怒っていました。

スピッツや白ふわの面々は揃ったのですけど、楽しいイベントはまだ始まったばかり。 ということで、次回は出展したお店やステージイベント、講師によるワンコ講座などから、DOG!フェスタの全体像を探っていきます。


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狂犬病予防注射、いいコにしていてね

2017-04-19 01:10:43 | 年間行事
こんばんは、白黒茶々です。
4月といえば新年度が始まり、学校では入学式や始業式がおこなわれます。 白黒茶々家ではたつぴが高校3年生になり、部活で新入部員を勧誘する準備をしているところです。そのような中で、箔と波にはある招待状が届きました。 春の風物詩ともいうべきものなのですけど、義務感も伴っているその書状の内容は………



狂犬病予防注射の案内でした。 飼い犬にとっては極力避けては通れないその年中行事は、かかりつけの動物病院でも受けることはできるのですけど、白黒茶々家は毎年、地域の公民館などでまとめておこなっているものを利用しています。また、その時間帯は私は仕事を抜け出すことができないので、箔母さんにお願いしています。 今回その行事は彼女の勤務時間帯にもかぶっていたのですけど、わざわざ休んで協力してくれました。彼女が単独で箔と波を連れ出す機会は、年に1度のこの集団接種のときしかないので、箔と波もいつもとは違ったムードを味わうことになりますね。とにかく、予防注射を通してどのようなヒューワンドラマが展開されるのか、楽しみにしています。



そして、いよいよ狂犬病予防注射の日がやって参りました。 私は出勤する前に、箔と波に「お母さんのいうことをよく聞いて、注射の際にはいいコにしているんだよ」と、いちおう言い聞かせておきました。
その予防接種の時間が過ぎたあたりに、箔母さんからメールが届きました。それには、次のような文章と画像が添付されていました。 どれどれ………



「おつとめ終了なり。」(原文ママ、以下のメールも)

それに対して、私はこのような返信をしておきました。
「お疲れ様でした。今回は泣かなかったかな?」
そんな私のメールに対して、さらにこのようなお返事が。

「箔も波ちゃもおりこ」
おりこ?入力している最中に、うっかり送信のところをクリックしてしまったのでしょうか?

………なんて私が推測している間に、彼女からもう1通メールがありました。
「うでした」
丁寧なのか、ものぐさなのか?とにかく、言いたいことはいちおう伝わってきたので、あとは家に帰ってからその詳細を聞くことにしましょう。

箔母さんは、箔と波のリードさばきには慣れてなかったのですけど、両方いっぺんに狂犬病予防注射がおこなわれている地域の集会所に連れていくことにしました。 そこに近付くにつれて、同じところに向かうワンコも増えてきて、波は興奮。 それでも、箔母さんが制御できる範囲内だったので、無事に目的地にたどり着くことができました。まずは、第1関門クリアです。
そこでは、獣医さんが待ち構えていて「ワンちゃんを膝に抱え込むようにして、押さえてください」という指示をしてきたそうです。彼女はもう1人の獣医さんに波のリードを預け、まずは箔を言われた通りにして保定しました。



するとその直後、箔のお尻に注射がブスッと射されたのです あまりの手際のよさに、彼は恐怖に怯えることも痛みを感じることもなかったそうです。そこを突破できたら、あとはお茶の子さいさいというか、ほら、歌の歌詞によくあるじゃないですか。サビの部分などで同じフレーズを歌わせる際にその箇所をカッコで囲って「※繰り返し」ってするヤツが。
ということで、波も同じようにして注射をブスッとやられたのち、解放されました。

前回、お尻への注射で痛い思いをさせてしまったのですけど、今回はそのようなことは全くなかったので、必ずしもお尻=悪い注射とはならないみたいです。それだけではなく、ワンコの膝抱え術はいろいろなところでに活用できそうですね。
箔と波にとっての春の試練はとりあえずクリアできたのですけど、来月にはフィラリア検査のための採血とワクチン接種が控えています。そちらのほうは私が担当し、動物病院でやってもらうので、覚悟していてくださいませ

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2年ぶりの京セラドーム、頼むから勝ってくれ!

2017-04-15 01:11:39 | 野球ネタ
こんばんは、白黒茶々です。
壮行試合の結果や大谷君の離脱などから、当初は期待されていなかったWBCの日本代表でしたけど、フタを開けてみたら快進撃を続け、大いに盛り上がりましたね。 準決勝のアメリカ戦には惜しくも敗れてしまいましたけど、本気モードでメジャー級選手をつぎ込んだチームを相手に、善戦しました。 続いておこなわれた選抜高校野球も、2試合続けて引き分け再試合があったり、決勝戦で大阪勢同士が対決したりと、こちらも楽しませていただいました。
さらに息つく間もなく、プロ野球の公式戦も始まりましたね。 白黒茶々家が応援している北海道日本ハムファイターズは、昨年は日本一となったこともあって、チームとしては球団史上初の2年連続日本一を狙っていました。 今年は野球評論家たちによる順位予想でも、上位にランクされたこともあって、私たちの士気も高まりました。さらに私は、開幕から間もない今月9日に、京セラドーム大阪でおこなわれるオリックスバファローズとの試合を、たつぴと一緒に観に行くことにしました。今シーズンは、ファイターズがどのような戦いをしていくのか、楽しみですね。



そしてその当日、私とたつぴは始発列車に乗り、在来線の快速列車などを利用しつつ、4時間ほどかけて大阪にたどり着きました。 さらにそこから大阪環状線の外回り(いわゆる時計回り)に乗り換え………



大阪城公園駅で降りていきました。目の前に見えているので、もうおわかりかと思いますけど、私たちは京セラドームに行く前に、大坂城に立ち寄ったのです。 今年はお花見運が悪く、天候的にもスケジュール的にも満開の桜を見るのが厳しかったので、今回のプロ野球観戦の日程に、桜の名所でもある大坂城を組み込んだのでした。その駅からは、私たちと同じ目的であろう人たちが続々と放出されていき、お城の人口密度は高くなっていったと思われます。



お堀に架かる極楽橋を隔てた復興天守の眺めも、いいですね。 さらにその内堀に沿って歩いていったら………



いい具合に桜と復興天守が一緒に写る場所がありました。 私はこのお城には何回も来たことがあるのですけど、桜の時季は今回が初めてとなります。ちなみにたつぴは、大坂城自体初めてということに。



さらに私は、城内をぐるりと回り、お城の正門となる大手門をくぐりました。そこを出てすぐのところには、見事な桜の木が その桜越しに見える千貫櫓も、いい感じですね。



本丸南側のお堀沿いには桜並木があり、こちらも大勢の人が通り抜けていきました。



本丸跡から見る復興天守は、大迫力ですね。 ちなみにこちらの建物は、黒田家に伝わる大坂夏の陣屏風絵などを参考に、豊臣時代の天守をイメージして昭和6年(1931年)に鉄筋コンクリート製で建てられました。平成の大改修を経て、現在では国の登録有形文化財に指定されています。



その復興天守を、本丸の北側の山里丸側の雁木上から俯瞰すると、さらに迫力が増します。それに、いい感じで桜も入っていますし。 そのような中に、私とたつぴもしっかりちゃっかり写っちゃっています。
そのあと、私たちはさらに大阪環状線を乗り継いでいき………



約2年ぶりに、京セラドームにやって来ましたよ ちなみにこちらは、環状線の大正駅から徒歩10分ほどのところにあります。



まずはそのドームをバックにして、応援スタイルで記念写真を撮っておきましょう。 それが済んだら………



ドーム入りして、外野スタンドの席を確保し、そこで試合が始まるのを待つことにしましょう。 このところ、私が観に行った試合はずっと勝ち続けているのですけど、今季のチームの調子はあまりよくありませんでした。前日にこちらでおこなわれた試合では、開幕投手も勤めた先発の有原選手が大乱調。打線もバファローズの投手を攻略できず、1対8の大差で敗れてしまいました。それだけではなく、4連敗で最下位にまで転落するというオマケ付き。



それでも、打率も本塁打(ホームラン)数もリーグトップの大谷(翔平)君がいるから、大丈夫 彼は昨年、投手と打者の二刀流の活躍によってチームの日本一に貢献したのですけど、その後、右足首を傷めたこともあって、今シーズンは全力疾走はできないものの、打者に専念していました。それだけではなく、早ければ今シーズンが終了したらメジャーに行くかも知れないので、この目にその勇姿をしっかりと焼き付けておきたいですね。 それから間もなくして、両チームのスタメン(スターティングメンバー)が発表されました。

「ナンバー1、レフトフィルダー遥輝~西川、ナンバー2、センターフィルダー拳士~杉谷………」
この次に、いよいよ「指名打者(デジグネ―ティド ヒッター)大谷」がコールされるのですよね♪
「ナンバー3、デジグネ―ティド ヒッター賢介~田中」
えっ 大谷じゃないの 彼は指名打者以外のところには入らないので、その身に何かあったのでしょうか?



そのとき私の脳裏には、あだち充先生の人気漫画「タッチ」のワンシーンが浮かんでいました。明青学園は、1年生エースの上杉和也の活躍もあって、決勝戦に進出 その試合も、誰もが彼が投げるものだと思っていました。ところが、球場でコールされたのは「4番ピッチャー黒木君」。和也の不在に、スタンドはざわめきました。彼は決勝戦に向かう途中で交通事故に遭い、帰らぬ人となっていたのです。

話は京セラドームに戻ります。私は慌ててスマホで大谷君に関するニュースを検索してみたら……… 前日の試合で左足の肉離れを起こし、試合に出られる状況ではないというではありませんか さらに「サンデーモーニング」では、張本さんが「大谷の選手生命を潰す気か 」と激怒していたともいいますし。私はこの日は朝が早くて新聞を読んでこなかったので、前日のことは試合結果と順位しか知りませんでした。
そのことをすでに認識していたかどうかわかりませんけど、ファイターズ側の応援席からは「気合いを入れろ ファイターズ」とか「絶対勝つぞ ファイターズ」とかいったコールが飛び交い、そのことからも切実な状況がうかがえました。チームの状況が悪く、嫌な空気に包まれていたのですけど、この試合で勝って流れを変えたいですね。 とかなんとかいっているうちに、戦いの火蓋は切って落とされました。



バファローズの先発投手は、西選手。対するファイターズはメンドーサ選手。両投手が好投したこともあって、試合の中盤まではなかなか点が入らなかったのですけど……… 



5回裏にフォアボールとヒットをからめて、バファローズが1点を先制 8回にも押し出しで2点目を入れました。それに対して、ファイターズは………



その攻撃のインターバルの間に、私がトイレに出たら、通路で球団のマスコットのB☆Bが、グリーティングをしていました。 私も一緒に写りたかったのですけど、仕舞いに入ったところだったので、泣く泣く見送ることに。



それはさておき、試合のほうですよ ファイターズの攻撃は、主砲の中田選手やレアード選手の不調などもあって、打線がつながりませんでした。それだけならともかく、この試合中に中田は右足を傷め、途中交代。



結局、0対2で敗れてしまいました。私が観に行った試合で、ファイターズが負けたのは、3年前の夏の東京ドームでの千葉ロッテマリーンズ戦以来となります。
勝てば、ファンたちはスタンドに残ってチームの応援歌などを歌ったりして勝利の余韻に浸るのですけど、負けた場合は応援スタイルを解いて、そそくさと退散するのが通例となっています。 一期一会で結成されたこの日のファイターズの応援団は、そのようにして解散しました。昨年の覇者らしからぬ6連敗となってしまいましたけど、それでも誰一人選手や監督のことを悪く言わなかったのがせめてもの救いでした。

とはいっても、今シーズンはまだ始まったばかりです。これから長い戦いを続けていくうちに、状況が一変するかも知れません。 もちろん、勝っても負けても私はファイターズに声援を送り続けますよ。ということで、これからどのような展開になるのか、楽しみにしています。


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もう1つのユメミーワールド、映画「ひるね姫 ~知らないワタシの物語~」

2017-04-12 01:10:37 | 映画情報
こんばんは、白黒茶々です。
3月に入ってから、私はお城めぐりやワンコを連れてのお出かけなど、より活動的になりました。しかしそれらの行動ができるのは、晴天のときに限られます。「ならば、雨だったら家でおとなしくしているのか?」ですって?私の性格上、それはできません。 3月末のその休日は、朝から怪しい天気でした。 その頃私には、以前から気になっていた映画があって、悪天候によって急遽スケジュール的な問題がクリアできてしまったので、そのまま映画館に走りました。



………ということで、またしてもやって来ましたよ 県境を越えた愛知県豊橋市にあるユナイテッドシネマ豊橋18に。ちなみに私がこちらで映画を観るのは、1月末に「この世界の片隅に」以来となります。 その本編が始まる前にやっていた予告編の中に、「ひるね姫 ~知らないワタシの物語~」というのがあって、その時のブログでも触れていますね。



独特の絵柄が印象的な「ひるね姫~知らないワタシの物語~」は、神山健治氏が原作・脚本・監督を担ったそうです。 女子高生のココネは昼寝を得意としているのですけど、そこから物語が展開していくそうです。ところで、この作品の舞台は岡山県倉敷市なので、驚いたときには「もんげー 」とか言うのでしょうか?(原文ママ)

「もんげー 」の出番が気にならないと言ったらウソになりますけど、それよりもこの作品には、今までのものにはない何かがありそうですね。 よく昼寝をする主人公の女の子が、目覚めたら男の子と入れ替わっている……… という話ではなさそうですけど、夢の内容にキーワードがあるみたいですね。 それに、私はこの絵柄も好きですし。さらに、週末にテレビでやっていた同作品の特番を観たのが、トドメとなりました。ということもあって、私は雨の休日は朝映画でその作品を観る決心をしました。
その映画館のホールには、これから公開が始まる作品のパネルなどがあったので、それらを活用して本編が始まる前により高揚感を高まらせてくれる、あの予告編をやってみます。



まずは、春の映画としてすっかり定着している「名探偵コナン」の最新作「から紅(くれない)の恋文(ラブレター)」です。この物語は、いきなり大阪の日売テレビのビルで爆破事件が起きこるところから始まります。 ちょうどその時、そこでは百人一首界を牽引する皐月会の記者会見がおこなわれていたこともあって、現場は大混乱。服部平治遠山和葉が大ピンチに陥ったのですけど、さっそうと現れたコナン君に救出され、九死に一生を得ました。 さらにコナン君は、平治の婚約者を名乗る大岡紅葉という女性とも出会いました。
時を同じくして、京都嵐山の日本家屋では、皐月杯の優勝者が何者かに殺害されました。 その現場のモニターには紅葉の姿が映し出され、ある歌が鳴り続いていたのです。
大阪と京都、平治と紅葉、2つの事件と2人の運命を結びつける謎は、古(いにしえ)からの恋の歌に込められていたというのですけど………

いつも思うのですけど、コナン君って日本一危険な目に遭う小学生ですよね。 今回の作品でも、派手な爆発があるみたいですし。探偵の拠点……… そう、湖南探偵事務所の中だけで、すべての事件を解決するって話にしてみてはいかがでしょうか?
※そんなハラハラ感のない安全な話だったら、誰も観ないのでは?それに、湖南探偵事務所って、どこですか?実在しそうですけど、コナン君の名前すら入っていませんよ。(編集部注)



春といえば、「クレヨンしんちゃん」もお約束となっていますね。 最新作は「襲来!!宇宙人シリリ」であります。映画のしんちゃんは、非日常下の彼らの様子を描いているのですけど、今回はおケツのような頭をした宇宙人のニコチャン大王……… ではなく、シリリでした。そのシリリの謎のビームによって子供にされた、両親のひろしみさえを救うため、しんちゃんがシリリと一緒に彼の父親を探す旅に出るという話みたいです。 それに関連して、映画館内に宇宙船があったので、人目が少ないうちに相乗りさせていただきました。



その一方で、私はではなく、今最も勢いがあってキレッキレの俳優こと、菅田将暉君を飼い慣らして……… いる気分になっています。 PR用のパネルからも独特の世界観がにじみ出ているこちらの作品は、「帝一の國」にございます。 古屋兎丸氏原作の人気漫画を映画化したもので、大ざっぱにいうと、生徒会長になるための、ド派手な選挙活動といったトコです。 菅田君が演じる主人公の赤場帝一が在学している海帝高校は、全国屈指の頭脳をもつ800人の生徒が通う超名門校。そこの生徒会長になれば、将来の内閣入りが確約されているということもあって、野心家の帝一は燃えていました。 タイプの違うライバル役として、野村周平(以下、敬称略)、竹内涼真間宮祥太朗志尊淳千葉雄大らが出てくるのですけど、果たして勝負の、いや、選挙の行方はいかに



またしても前置きが長くなってしまいましたけど、「ノーモア映画泥棒」のビデオ男が出てきたので、このあといよいよ「ひるね姫 ~知らないワタシの物語~」が始まります。 ところで、このビデオ男の動きをマネするのが得意だという方は、いらっしゃるでしょうか?



この物語は、東京オリンピックが開催される2020年の、瀬戸大橋のたもとにある岡山県倉敷市児島、下津井あたりが舞台となっているのですけど………



いきなり近未来的な大都会の風景から入っていきましたよ。 「ハートランド」と呼ばれるその世界では、工場は昼夜交代制で休みなく稼働していて、そこに向かう労働者の車で渋滞していました。 浜松市内には、二次会の定番となっている同名の居酒屋があるのですけど、余談でした。



ハートランドは、機械作りの技術に絶対の自信を持っている、こちらのハートランド国王が統治していました。



その世界の主人公は女子高生の森川ココネ(声・高畑允希)ではなく、彼女を小さくしたようなエンシェン(こちらも高畑允希)みたいですね。ちなみに彼女は国王の娘で、タブレットを介して魔法を使うことができます。



また彼女には、ジョイ(釘宮理恵)という魔法の力で動いたり話したりできるぬいぐるみのお供や………



ピーチ(江口洋介)という、ココネのお父さんにソックリなしもべができ………



突如現れた「鬼」と呼ばれる謎の生物。 これはしばしば海から出現し、自動車を食べながらハートランドの街を破壊していくのですけど………



エンシェンやジョイ、ピーチらの活躍や、エンジンヘッドという巨大ロボ、いや、機械兵などの頑張りによって撃退。この映画を手掛けた神山健治氏は、本来はこのような部門が得意みたいです。
………という話は、すべてココネが見た夢の中のことで、目覚めとともに彼女は現実の世界に引き戻されてしまいます。



森川ココネは、先述の岡山県倉敷市児島、下津井地区で森川モータースという自動車修理工を営む父モモタロー(江口洋介)と2人で暮らしていました。 母のイクミ(清水理沙)は、彼女が小さい頃に事故で亡くなったとしか聞かされていなくて、遺影でその姿を偲ぶしかありませんでした。モモタローは普段から無口で、ココネとの会話は主にスマホを通してしていました。 また儲けには無頓着で、お客から修理代金の代わりに畑で採れた作物をもらってきては、しばしばココネに「もうっ、今度こそはちゃんとお金でもらってきてよ」と言われていました。



そんな彼女らでしたけど、東京オリンピックの3日前に騒動に巻き込まれ、モモタローはいきなり逮捕&連行されてしまったのです 彼が所有しているタブレットに何か重要な情報が入っているみたいで、彼はぬいぐるみのジョイの中にそのタブレットを隠し、ココネに託しました。



そのタブレットとココネのスマホは、自動車業界最大手の志島自動車の幹部で、その会社を乗っ取ろうと企んでいる渡辺一郎(古田新太)の手に一時渡ったのですけど、彼女の幼馴染みの大学生、佐渡モリオ(満島真之介)の手助けなどもあって、なんとか奪還に成功。



しかし、そのあとモリオに「寝ている間に、私のオシリを触らないでね」と言い残し、一緒に乗ってきたサイドカーの中で寝てしまいます。 その時彼女が見た夢の中で、渡辺は王座を奪い取ることを企んでいるベワンという役で登場 ただし、モリオだけは夢の世界でも、なぜかそのまんまのキャラクターでした。



翌朝目覚めたら、彼女たちはなぜか大阪の心斎橋にいました。 それは、モモタローがサイドカーに自動運転機能を仕込んでいたからでした。



やがて彼女らは、謎だらけの一連の出来事を解明するために東京を目指すことに。 その新幹線の車中で眠りに就いたココネは、その時に見た夢によって、ある真実に気付いたのでした。彼女の目からあふれた涙は、そのことを反映しています。



この物語に出てくる夢の内容は、一見突拍子もないようですけど、実はそれらの全てには現実にあったことが反映されていて、それらには深い意味があったのです。しかもほとんどのものが抽象的な表現となっているので、あとになって「ああ、あのことは○○を意味しているのだな」ということに気付かされます。



それから、この作品のエンディングで流れる「デイ・ドリーム・ビリーバー」にも、重要な意味があったのです。 モンキーズの名曲を、忌野清志郎さんがZERRY名義でカバーしたのですけど、今ではセブンイレブンのCM曲としても、すっかり定着していますね。
忌野さんは幼い頃に母親を亡くしたということもあって、彼女のことは記憶に残っていませんでした。その後、親戚からもらった母の遺品を通して、一度も遭うことのなかった彼女について知ったそうです。そんな彼女への想いが込められたのが「デイ・ドリーム・ビリーバー」だと云われています。
忌野さんのファンだった神山監督は、脚本段階からこの曲をイメージしていたので、「ひるね姫」の土台というか、骨組みになっていると言ってもいいでしょう。 ちなみに、こちらでは森川ココネ名義で高畑允希さんが歌っているのですけど、映画と見事にマッチしていますよ。

さらに、エンシェンは魔法を使う際などで「ココロネひとつで人は空も飛べるはず」という言葉をよく唱えるのですけど、これは志島自動車の社訓になっているだけでなく、なんと!森川モータースにも掲げられていたのです。実は、それらはすべて繋がっていたのですよ。



あともう1ついいでしょうか?この映画のエンディングでは、エンドロールとともに、先述の森川ココネの「デイ・ドリーム・ビリーバー」が流れるのですけど、それらに加えて本編では伝えきれなかった、ココネの父モモタローと母イクミの物語や、現在に至るまでのいきさつが綴られています。 それも含めてすべての話が繋がり成立するので、最後の最後まで席を立たないで観ておいてくださいませ。

「ひるね姫 ~知らないワタシの物語~」はかなり奥が深く、ちょっと難しいかも知れません。 それでも全体的にはテンポがよく、笑いあり涙ありで最後まで楽しめます。それに、作品の舞台となった瀬戸内海の眺めや高松空港、大阪心斎橋、新大阪駅、東京お台場などの風景も、きれいに描かれていますし。 さらに終わり方もいい感じで、観たあとの満足度は高いです。気になる方は映画館まで足を運び、神山健司監督の世界観をお楽しみくださいませ。


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岡崎公園でのお花見、頼むから開花してくれ!

2017-04-08 01:30:06 | オフ会の類
こんばんは、白黒茶々です。
いきなりですけど、話は今から約3ヶ月前の、戦国ご当地キャラクターフェスタ in 浜松にまでさかのぼります。 浜松駅前にあるギャラリーモールでおこなわれたそのイベントに、私は行っていました。さらに、そこで岡崎の葵武将隊の方たちと行き逢い、彼らと話をしていました。



「(彼らが活動の拠点としている)岡崎公園には、毎年五万石藤の時季に行っていますよ」と振ったら「あそこは桜の時季もいいよ」と、逆にアピールされてしまいました。そのことがずっと頭の中に残っていたからでしょうか?私は今年のお花見は、そこでやりたいと思うようになりました。岡崎公園といえば、白ふわ仲間のサモエドのアルファー君(アル君)やその一族も、拠点にしているところですよね。そうしたら、昨秋の同公園での紅葉狩りも中止になってしまったことですし、彼らを誘ってお花見をすることにしましょう!さらに、スピッツチームにも声をかけて、白ふわの大行列もやってみたいですね。
ここ数年は桜が見頃となるあたりの休日は、雨だったり他の予定が入っていたりと、お花見運には恵まれていません。そういうこともあって、今回はいつもにも増して期待していました。週間天気予報によると、予定している4月2日は晴れるみたいですし。あとは、桜の咲き具合だけですね。3月末になっても寒い日が続いたこともあって、開花が遅れていますけど、私たちが行くまでにはどうか咲いていてくださいませ~



そして、いよいよ岡崎公園でのお花見の当日となりました。 同公園で桜まつりをやっていることもあって、駐車場に入る段階から苦労しました。それでも、待ち合わせ時間には余裕で間に合うので、心配要りません。



せっかくなので、参加者の皆さんと合流する前に、東隅櫓を見学しておくことにしましょう こちらの建物は、江戸時代に描かれた岡崎城の絵図などを参考にして、平成22年(2010年)3月に木造で復元されたものです。



内部も開放されていて、太い梁や柱などを使った構造を見ることができます。 当時の工法で建てられたのですけど、休憩用のベンチや流し台、水洗トイレなども設置されているのですよ。



前置きが長くなってしまいましたけど、そろそろ集合場所の大手門前に行きますよ。 ちなみにこちらの建物は、鉄筋コンクリート製の模擬建築にございます。そちらにはすでに、遠くからでも目立つ大きな白ふわ仲間が来ているのが見えますよ。 その一番乗りのワンコは………



地元民のアル君でした。かなりボリュームがあるようですけど、体重は25kg。この日も彼は、道行く人たちにもふもふされていました。



次に現れたのは、ららちゃん(11歳)です。キャリー in の状態で列車に乗ってやって来たのですけど、さらにこちらの袋に移されていました。4kgちょっとで、一見ポメラニアンのようですけど、れっきとした日本スピッツであります。彼女には、ゆりちゃん(14歳)という同じくらいの大きさの義姉がいるのですけど、彼女は腰が弱っているということもあって、今回は家に残ったそうです。箔とは10年以上も前からの知り合いで、この日は7年ぶりぐらいの再会となりました。



そのあとも、お仲間が続々と集まってきましたよ!歴女のサモエドことマーシャちゃんフェリシテちゃんは、昨春の五万石藤のとき以来となるので、11ヶ月ぶりでしょうか?彼女たちは名札を付けていたこともあって、初対面の人からも名前で呼ばれていました。



もう1組、スピッツチームのレオン君とくまちゃんもやって来ましたよ レオン君は前の日に根元から爪が折れる重傷を負い、この日のお花見への参加も危ぶまれていたのですけど、テーピングをしつつ、カート on の状態で参加してくれました。



くまちゃんは、先月に逢ったときより成長していたのですけど、元気いっぱいなところはお変わりなく。 カートに箱乗りしている姿が、たまりません。



今回の参加者が揃い、各々のあいさつも済んだみたいなので、そろそろ園内を散策することにしましょう。 ちょうどそのとき、家康人形が舞うからくり時計が動き出して……… そういえば、たつぴは小さい頃にこれを恐がって、逃げ出したことがあったなぁ。 あの時は、能面装着モードとなった家康人形が、無表情で襲い掛かってくるとでも思ったのでしょうか?
とそこで私は、甲冑を身に付けた一団を見つけました。ひょっとして、葵武将隊でしょうか?いや、豊臣秀吉や大久保彦左衛門らがいるので、別の集団みたいですね。いずれにしても、記念撮影に応じてもらわなければ



彼らは箔のことを「犬千代殿」と呼んでいたので、私も思わず同調してしまいました。ちなみに犬千代とは、前田利家の幼名にございます。しかし、箔をそのような名前で呼んでも、カメラを構えた私のほうを向いてくれませんでした。「………(本名の)『箔』でいいよ 」彼らの降参によって、犬千代縛りは解除されたのですけど、もともと箔は写真撮影のときでも、名前を呼んだぐらいではこちらを向かないのですよ。



ちょっと横道にそれてしまいましたけど、今回はお花見に来たのでしたよね。 メインとなるソメイヨシノはちらほら咲いている程度でしたけど………



枝垂れ桜はいい具合に花を付けていました。 そいつをバックにして、スピッツ仲間で写真を撮っておきましょう そうしていたら、彼らはギャラリーたちのカメラに囲まれていました。いい写真が撮れたら、拡散してくださいませ。



毎回撮影スポットにしている復興天守の北側で、今回も参加者全員で集合写真を撮りました。 今回は、3サモ5スピが集まりましたね。



実はその際に、箔のリードは失礼ながらも、徳川家康公の石像を首絞め状態で固定させていただきました。



次に私たちは、本丸跡を目指して移動しました。 そこに至るまでの通路も、行き来する花見客でいっぱいですね。



すっかりお約束となっている、復興天守の正面となる南側でも、集合写真を撮っておきました。 こちらでは、先ほどの武者たちも一緒に入っていましたよ



さらに私たちは、桜並木のある乙川沿いへ。こちらは露店が連なっていて、人の密度も増していました。 ここからは白ふわの皆さんとは別行動に。



こちらは竹千代橋の上から、桜とその上に聳える復興天守を眺めた様子です。 伊賀川の河川敷には、お花見用のシートが無数敷かれていました。



乙川のほうの河川敷には露店街ができていて、こちらはより多くの人であふれていたので、ワンコを連れて歩くのに苦労しました。 そのような中で………



青空のもとに特設リンクが設けられていて、そこではボクシングの試合がおこなわれていました。 そのとき私は初めてその競技を観たのですけど、打ち合うときに本当にシッ て言うのですね。



岡崎公園の桜は、全体的にはあまり咲いていなかったのですけど、お堀端にあるこちらの木はかなり開いていました。 箔と波にモデルをやってもらったあとは………



白ふわ仲間たちと再び合流して、茶室の城南亭に入っていきました。



テラス席ならワンコと一緒でも利用できるので、岡崎公園での集まりはここで締めるのが定着しています。



そうしているうちに、西尾産の抹茶と桜餅風の和菓子のセット(税込450円)が運ばれてきました。箔波ちゃはそれらの彩りとニオイだけ、ご堪能くださいませ。
今回は桜は満開ではなかったのですけど、白ふわたちに囲まれて楽しい時間を過ごすことができました。 それに、積もる話に花を咲かせることもできましたし。飼い主の皆さんも含めて、この日はご一緒してくださり、ありがとうございました。 都合がつかなくて、今回の集まりに参加できなかったという方、次にこのような集まりがあったら参加してみたいという方たちに、いいお知らせがあります。 この日お仲間たちの間で、今月の末に今度は五万石藤を目当てにして集まろうという話が出てきました。ちなみにその詳細は………

集合日時・4月30日(日)12時
集合場所・お昼を済ませて岡崎公園大手門前に集合
※穏やかな陽気の中で藤の花を鑑賞しつつ、白ふわたちと一緒に和気あいあいとした時間を過ごしませんか?もちろん当日の飛び入りでも、大歓迎です!皆様、ふるってご参加くださいませ。ただし、雨天の場合は中止とさせていただきます。




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天空の?赤木城と街中の松坂城、あと丸山千枚田も(熊野紀行その4)

2017-04-05 01:36:04 | 旅行記
こんばんは、白黒茶々です。
私・の白黒茶々家の1人と2頭は、3話前から白黒茶々地方から遠ざかった三重県南部の熊野地方に来ております。 へげ家に1晩お世話になったあとは、さらに人里離れた山の中に入っていき、民家が1軒も見当たらないような道を進んでいきました。 ということで、今回は電車やバスのような交通の便がないような、マイカーやレンタカーなどでしか行けないところにある名所旧跡に、皆様をご案内いたします。 それから間もなくして………



熊野古道の登り口の1つが見えてきました。 熊野古道は世界遺産に登録されているのですけど、その入口は至るところにあるみたいですね。しかし、探求しだしたらかなりの時間と体力を使いそうだったので、今回はスルーさせていただきました。
さらに私は、車1台がようやく通れるような細く曲がりくねった山道を上っていきました。 対向車が来ないことを願いつつ、向かった先で私たちが行き着いた先には………



「丸山千枚田」なる看板がありました。というよりは、それは最終目的地に行く通り道にあったので、ぜひ見ておこうということになっていました。 ちなみに、こちらには車2~3台を縦列駐車できるスペースがありました。千枚田とは棚田のことで、名前からするとそいつが千枚もあるってコトですよね?しかしそれは、いくらなんでも誇張し過ぎではないでしょうか? 以前、プロ野球の観客動員数が3万人と発表されていたのが、実際には2万人にも満たなかったということがあったように、こちらも数百枚ってトコではないでしょうか?とにかく、まずは箔と波にフレーム内に入ってもらって、その棚田の風景を撮ってみることにしましょう。 そうしたら………



こうなりました。う~む……… ガードレールなどがあって、両方いっぺんに写すのは難しいですね。 そんな私たちの目の前に、広がっていた風景は………



こうなっていましたよ 綿密に数えなくても、千枚以上はありそうですね。気になるので調べてみたら、実際には1340枚もあるそうです。 それだけでも驚きの数なのに、丸山千枚田は慶長6年(1601年)の最盛期には、2240枚もあったそうです。しかし、過疎化や農家の高齢化によって棚田は衰退していき、平成に入った頃には530枚にまで減少してしまいました。それでも、その後地域住民によって、保存会を結成。棚田オーナー制度も導入されて、現在は1340枚まで復活しています。

さらにもう少し先に行ったところには、棚田を歩いて廻れる遊歩道も整備されています。 今回は春先の休耕田の状態でしたけど、これから田植えに備えて水を湛え、初夏には稲が青々と成長し、秋には黄金の稲穂が広がる風景が見られることでしょう。丸山千枚田は日本の棚田100選にも入っていて、その中でもかなり上位にランクインされているものと思われます。 実は、私は棚田と呼ばれるものは今回初めて見たのですけど、こちらは絶景でいきなりハードルを上げてしまいました。
ついでに寄ったところでついテンションを上げてしまいましたけど、これから私は、以前から気になっていたお城に向かいます。 丸山千枚田からさらに細い山道を進んでいったら………



赤木城跡が視界に入ってきました。 こちらのお城は道から見える看板だけではなく、見学者用の駐車場やトイレなども整備されています。 私は赤木城のことは少し前に、お城好きの咄家でもある春風亭昇太さんが出ていたNHKのお城の特番で初めて知りました。 彼によるとそのお城は、築城の名手として知られている藤堂高虎の城造りの原点になったところだそうです。



そうしたら、箔波ちゃと一緒にお城に登りますよ 赤木城は標高の高いところにあり、山城の部類に入ります。そういうこともあって、条件が合えば城跡は朝もやに浮かんで幻想的な天空の城となるそうです。 それでも、駐車場からは簡単に登れるので、強靭な肉体でなくても大丈夫ですよ。



間もなくして、山頂部の主郭の石垣が見えてきました。 赤木城は、天正17年(1589年)頃に先述の藤堂高虎によって、反対勢力を抑える目的で築かれたと云われています。 主郭を中心とした三方の尾根上と、裾部に曲輪(土塁や石垣によって仕切られた空間)を設ける構造となっております。



こちらは、主郭から眺めた西曲輪ですね。その一角のある尾根部分には、中世城郭の名残りがあるのですけど………



高く積まれた石垣や虎口(こぐち)があるこちらの主郭部分には、近世城郭の要素が見受けられます。 城跡は、平成元年(1989年)10月に国の史跡に指定。平成4年(1992年)から保存活動が始まり、平成16年(2004年)に城跡整備が完了しました。 以前は樹木に覆われて鬱蒼としていたそうですけど、木々が伐採され、石垣が積み直されたこともあって、現在はお城の構造が見やすくなっています。



せっかくなので、城址碑が見える虎口の石垣の上に箔と波を座らせて、写真を撮っておきましょう。 う~む、いかにも歴史犬(略して歴犬)ですね。とかなんとかやっていたら、他の見学者から「写真を撮ってもいいですか?」と聞かれました。「どうぞとうぞ」さらに「わぁ~ カワイイ」とか「白くてフワフワ 」とかいう声も聞こえてきたものですから、私はすっかり舞い上がり、天空の赤木城で天空の白黒茶々さんとなってしまいました。

赤木城は、立地だけでなく縄張りまでもなんとなく元祖天空の城の兵庫県朝来市にある竹田城に似ているのですけど、規模は小さめです。なので、ミニ竹田城と認識してくださいませ。

あとは、来た道を引き返していくだけです。 途中で大紀町にある道の駅奥伊勢木つつ木館に立ち寄ったりしながら、私たちは松阪市内に入りました。 2日目の朝に同市内にある松坂城に寄りたかったのですけど、その時は時間的に厳しかったので、帰りに余裕があったらということにしました。ちなみに現在、時間的余裕は……… もちろんありますよ



ということで、やって来ましたよ 松坂城に。 ちなみに箔波ちゃが並んでいるのは、表門跡を入ったところです。



その外側の、二の丸の石垣も高くて迫力がありますね。 今から430年以上も前の天正12年(1584年)に、蒲生氏郷はこの地方を領有することとなり、松ヶ島城に入りました。しかしそちらのお城は手狭で、立地も統治するのには向いていなかったこともあって、四五百森(よいほのもり)と呼ばれるこの地に城を築き始めました。このようにして、天正16年(1588年)に完成したのが、松坂城であります。



今度は私たちは、裏門跡にまわってみました。こちらの石垣も、見応えがありますね。



二の丸跡からは、眼下に御城番屋敷の長屋を眺めることができます。 こちらの建物は、江戸末期に紀州藩士が松坂城警護のため移り住んだ武家屋敷であります。現在でもそのほとんどは住居となっているのですけど、一部は見学できるように開放されています。



さらに、私たちは本丸に至る石段を上がっていき………



きたい丸と呼ばれる一角に来ました。高い石垣の上に、桜はまだですけど梅がいい感じで咲いていました。



お城の中心となる本丸の片隅には、天守台の石垣が残っていました。この上には、金箔瓦で飾られた3層の天守があったそうです。お城の完成から2年後に、氏郷は会津若松に移封となり、さらに元和5年(1619年)には、一国一城令の制度のもとで、松坂城は紀州徳川家の管轄となりました。その後、正保元年(1644年)に、台風で天守が倒壊したのですけど再建されず、他の建物も瓦葺きが茅葺きに改められるなど、簡素化。石垣は築城当時のままだったのですけど、実質お城に準じた陣屋として存続しました。



箔ちゃ、落ちないでくださいよ。
明治以降に城跡は公園となり、園内には江戸中期の国学者の本居宣長の旧宅こと鈴屋が移築された、本居宣長記念館が開設されました。さらに平成23(2011年)には国の史跡に指定され、現在に至ります。

松坂城を堪能したあと、私たちは高速道路に乗り、帰路に就きました。途中の亀山JCTで渋滞に巻き込まれ、10㎞進むのに1時間近くかかったりしたのですけど、そのあとは順調。21時過ぎには自宅にたどり着きました。
今回の旅のレポートは、当初は3話でまとめるつもりだったのですけど、4話となってしまいました。それだけ見どころ満載で地元の方たちも温かく、充実した旅だったということでご了承くださいませ。 長々と語ってしまいましたけど、読者の皆様は最後までお付き合いしてくださり、ありがとうございました。


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へげ家訪問(熊野紀行その3)

2017-04-01 01:19:28 | 旅行記
こんばんは、白黒茶々です。
前回からの続きで、3月下旬の黄昏時に、私・の白黒茶々家の1人と2頭は、三重県熊野市から程近いところにある御浜町の内陸部に来ています。 さらに大ざっぱな下調べと自分の勘を頼りにして、その地域にあるへげたれ妻さんのご自宅を探してみたのですけど、なかなかそれらしい家が見当たりませんでした。 日が暮れたらさらに難易度が上がるので急げ、私



………とはいっても、そのあたりには目印となるお店やコンビニのようなものはなく、幹線道路や公共施設からもかなり離れているので、後にも先にも進めませんでした。 根拠のない自信から、難なく見つかるような気がしていたのですけど、これはもう降参するしかありません。とはいっても、へげ妻さんに電話で助けを求めるとしても、やはり目印のようなものはないので、どう説明したらいいのでしょうか?



その結果、すぐ目の前に見える風景を携帯で撮影し、メールに添付して彼女に送ることにしました。 こちらは違う角度からですけど、雄大な自然の中に家々が点在しております。タイトルは「ギブアップ」文面は「このあたりまで来たのですけど、近いでしょうか?(原文ママ)」として、送信 と。



それからしばらくして、へげ妻さんから「そこでじっとしてて」という内容の電話があり、さらにご本人が現れました。 私は以前に一度だけお逢いしたことがあるのですけど、漫画やブログ内に出てくる自画像と同じ、いや、それらよりはスリムでしたよ。それよりも、私が降参宣言した地点は、へげ家からは目と鼻の先だったみたいで、その後方の坂道を上がったところにその目的地がありました。 表の道を走りながら車の高さから探しても、ちょっとした段差で見えなかったのでした。



このようにして、ようやくへげ家にたどり着くことができました。 さらに、そこには………



へげ妻さんこと、へげ鴨子先生が月刊「ねこぱんち」に現在連載中のネコ漫画「農家のまんまる猫」に出てくるのとほぼ同じ家屋がありました。 そうそう、私がイメージしていたのとも、同じでしたよ それにしても、今回の宝探しは惜しかったですね。 そんな私でしたけど、そのあとへげ家の中に通していただきました。



今から約6年半前、先代猫の茶々を亡くした私は、せめて同じ姿かたちの茶トラのメス猫を飼いたいと思い、ありとあらゆる方面に里子に出されている子猫の捜索網を張りました。 しかし、私が望んでいるような猫は珍しいみたいで、なかなか見つかりませんでした。 そんな感じで、募集を始めて半年ほど経った頃に、へげ妻さんが茶トラの姉弟の子猫を保護され、里親を募集しているという情報を入手しました。これは、是非とも手を挙げなければ 彼女と交渉した結果、姉猫のほうを白黒茶々家に迎え入れることになりました。その子が、あの京ちゃだったのです。

その一方で、弟猫のほうはへげ家に残ることになり、るー君と名付けられて大切に育てられました。 へげ妻さんは農家をやっている傍らで得意な絵心を活かし、るー君との生活を描いた「農家のまんまる猫」で漫画家デビュー!5月でめでたく連載1周年となります。



京ちゃとのことがきっかけで、へげ妻さんと白黒茶々家はその後もブログやメール、年賀状などでやりとりするようになり、それらの交流は続きました。そういうこともあって、私はいつか彼女らがお住まいになっているへげ地方を訪れてみたいと思うようになりました。 それに、漫画のモデルにもなっている、るー君ともご対面してみたかったですし。基本的にニャンコはワンコのように外出できないので、逢いたかったらこちらからそのお住まいに出向かなければならないのです。 そうそう、気になる本物のるー君は………



このような姿をしていました。やはり体が大きいうえに、まん丸い猫ですね。 彼はへげ妻さんには甘えん坊なのですけど、見慣れぬ私はともかくとしても、彼女の旦那さんにもあまり寄り付かないそうです。



実はへげ家にはもう1匹、白黒猫のやえちゃんという女の子もいるのですけど、彼女はるー君以上に警戒心が強くて、滅多に姿を現さないそうです。 そういうこともあって、ご飯を食べに来たところを、ようやく写真に撮ることができました。



遅れて仕事から帰ってきた旦那さんは、こちらもまた、このまんまの姿でしたよ なんか、全国紙に載った有名人が目の前にいるみたいで、嬉しいです。 ちなみに彼は、私と同い年であります。

そのあとは、3人で積もる話をたくさんしました。 へげ家が農業を始めたいきさつや漫画の裏話、獅子岩の追加心霊情報など。対する私は、茶トラ猫(メス)の三代記はもちろんのこと、他では話したことがないお城に興味をもったきっかけや、箔母さんとのなれそめなど、気付いたらかなりぶっちゃけていました。ついつい遅くなってしまったので、晩御飯をご馳走になっただけではなく、一晩泊めてもらうことに。
とはいっても、へげ家にはニャンズがいるので、箔と波はクレートに入れ、軒先に置かせていただきました。しかし、そこでは落ち着かないみたいで、しばしばすすり泣く声が聞こえてきました。それだけならともかく、いきなり吠えることも。へげ妻さんによると、外では何らかの野性動物が行き来することがよくあるそうです。

それならば、車の中に入っていてもらいましょうか?そのようにしたら落ち着いたみたいで、旅の疲れもあったからでしょうか?箔と波はそれから爆睡モードに入りました。
へげ地方は空気の澄んだ山間部ということもあって、星がよく見えました。 それに、物音一つ聞こえないぐらい静かでしたし。へげ妻さんによると、天の川が見える日もあるそうです。しかし、私はオリオン座しか知らないので、その他の星座は見えていても確認することはできませんでした。



翌朝、私は早くから箔波ちゃを連れ出し、へげ家周辺を散歩しました。 なんか、山のキャンプ場の朝みたいで、すがすがしいですね。それに、久しぶりにニワトリの鳴き声も聞きましたし。



そのあと箔と波は、改めてへげ夫婦にごあいさつ。彼らは犬と触れるようなことはあまりなかったみたいで、箔もときどき危険な場合もあるのでちょっと心配でしたけど、箔波ちゃは嬉しそうにすり寄っていました。



せっかくなので、そのメンバーで記念撮影に応じてくださいませ。 ああ、箔だけがかまって光線を出したままになってるぅ。

身支度をすませてから、私たちはへげ家をあとにして、次の目的地に向かいました。 へげ妻さん、旦那さん、初めての訪問なのに親切に受け入れてくださり、さらに泊めていただき、ありがとうございました。
交通の便や買い物の面はあまり恵まれていないのですけど、へげ地方は緑豊かな静かな環境にあり、空気も美味しく、満点の星空もきれいでした。 さらに、温かいおもてなし、ボンボン時計、るー君のもちっとした手触り(へげ妻が抱っこしているトコを触らせていただきました)、猪肉、薪で沸かすお風呂、ぼっとん便所、……… たくさんの得難い体験もさせていただきました。それらは一見不便なようでも、たくさんの宝物が隠されていました。
春の特別企画の「熊野方面への旅」は、次回が最後となります。私の非日常の中に、農業遺産ともいうべき景勝地や天空の城、有名な国学者が育った城下町などが出てくるので、もう1話だけ懲りずにお付き合いくださいませ。


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M君の観光案内と、へげ家への道(熊野紀行その2)

2017-03-29 01:10:32 | 旅行記
こんばんは、白黒茶々です。
前回の続きで、私はと一緒に訪れた新宮城で、大学時代からの友人で地元民でもあるM君と合流しました。まずは一緒にその城跡を散策することになりました。



私たちの目の前には、山の尾根に突き出るような形で築かれた出丸があったのですけど、あそこには行けるのでしょうか?
「せっかくだから、行ってみようか?」
M君の一声によって、そちらのほうに舵を切ることとなりました。本来は本丸から橋などが架けられていたと思われるのですけど、現在は急斜面を転がり落ちないように気を付けつつ、その本丸の石垣の裾を伝うようにして、なんとか行き着くことができました。 その次に私たちの視界には、前回の日記でも触れた山の麓の水の手の石垣が入っていました。
「せっかくだから、あそこにも行ってみようか?」



こちらのほうも、先程と同じノリで来てしまいました。 水の手というだけあって、熊野川がすぐ近くに見えていて、役者も揃っていることですし、ここでみんなで記念写真を撮ることにしましょう 今回は一発勝負でいくので、箔波ちゃもしっかりカメラのほうを向いてくざさいませ。 このようにして、セルフタイマーによって写された写真は………



こうなっていました。う~む……… 箔と波はどっか向いていますし、私は「シーボルトに治療されている人」みたいな口をしていますし。 その姿が気になる方のためにも………



その画像を探しておきましたよ。う~む、「ウメボシ食べてスッパマン」の口にも似ていますね。いや、スプラッシュ星人かも。 それよりもその時の私に、なぜその肝心な場面でそのような顔をしていたのか、問うてみたい。
新宮城の麓を歩きながら、M君は「昔、この城山にケーブルカーが走っていてな、日本一短いケーブルカーやけど、小さい頃にオレは乗ったことがあるよ」という話をしていました。そんな話、初めて聞きましたよ



彼の証言を裏付けるように、お城の案内看板の裏側に山麓駅のものと思われるコンクリートの段などが残存していました。 今度は私のほうが気になったので、丹鶴城跡(新宮城)のケーブルカーのことを調べたら………



確かにありましたよ 車両はかなり小さくて、軌道はわずか72m。昭和55年(1980年)まで運行されていたそうです。
「山の上(鐘の丸跡)に『二の丸』っていう旅館があったそうだけど、M君は覚えてる?」 「そういえば、そんなのがあったかも知れんな」お城のある山を川を渡った列車が貫通し、日本一短いケーブルカーで登ったところで、旅館がお出迎えするという。知れば知るほど、新宮城はインパクトありありのお城でした。

そのあとは、喫茶店あたりでゆっくり話をしようという流れになり、M君オススメのお店に向かうことになりました。 私は全国チェーン店のコ○ダでもよかったのですけど、彼は景色のいいところを選んだみたいです。新宮市から紀宝町、御浜町を通り越して熊野市まで戻っていき………



獅子岩なる、岩の近くにある喫茶店に入りました。 熊野古道関連で世界遺産にも登録されているこちらの獅子岩は、高さ約25m。巨大な獅子が口を開けて吠えているようにも見えるその姿は、地盤の隆起と海蝕現象によってできたそうです。
喫茶店は建物は古くてどこか味があるのですけど、七里御浜を見渡す海側はガラス張りで開放的ということもあって、屋内は明るかったです。そちらでそこそこ歓談したあと、私たちは次の目的地に向かうことに。そのお店を出たあとも、M君による獅子岩の説明は続きました。彼によると昔、泥棒とお巡りさんがその岩に登ったのですけど、一緒に落ちて2人とも死亡。のちにそんな彼らを供養するために、お巡りさん用に大きな石碑が、泥棒用に小さな石碑が、それぞれ岩の上に建てられたそうです。
その獅子岩に、M君は過去に何度か登ったことがあると言っていました。それだけでも驚きモノなのに、さらに彼は衝撃的な発言をしたのです

「さっき行った喫茶店は、まだ明るい17時には閉めるよ。何て言ったかな、ほら、心霊現象の………」「ポルダーガイストとか? 」「そう、ポルダーガイストとかラップ現象なんかが起きるもんだから、オーナーがしょっちゅう変わってるんやて」それでも今の方になってからは、長いそうです。ひょっとしたら霊感が弱くて、余計なものが見えないのかも知れませんね。いわく付きの岩を見たあとは………



私たちはそこから程近いところにある、鬼ヶ城なるところに行きました。 城郭ではないのですけど、鬼ヶ城なのですよ。ちなみに、こちらも熊野古道の関連ということで、世界遺産に登録されています。



この特異な海蝕洞は、熊野灘の荒波と急激な地盤の隆起によって作り出されました。



それらの岩肌に沿って遊歩道が設けられているのですけど、場所によっては1人がやっと通れるぐらいの細くて険しいところも。なので、こちらでもうっかりヒールで来てしまった方は、足をグキッ とやらないようにお気を付けくださいませ。 そのような道は、端から端まで1,2kmも続いているそうです。



そのような中で、こちらの千畳敷と呼ばれる空間は、迫力満点 その近くにある高校出身のM君は、卒業アルバムの集合写真を撮る際には、集団で学校から先程の道を歩いてこちらまで来たそうです。 その断崖絶壁の下では、釣り人が優雅に釣糸を垂らしていたのですけど、そこまでどうやって降りたのでしょうか?



鬼ヶ城を出てからも、M君による観光案内は続きました。 そこから程近いところには、花の窟(いわや)なる祈りの場というか、パワースポットがありました。



箔と波は車の中に置いてきたのですけど、こちらはワンコと一緒に参拝できるそうです。それにしても、参道も厳かな雰囲気ですね。



花の窟は、カグツチノミコトを産んだイザナミノミコトを葬った御陵で、日本書紀に記された日本最古の神社と云われています。 気になる御本殿というか、御神体は………



高さ45mもある、見上げるほどの巨大な岩でした。
「まさかとは思うけど、M君はここも登ったことある?」「ああ、あるよ」「ええっ~~~」とはいっても、さすがにロッククライミングまではしていなくて、別にムリなく登れる道があるそうです。
そろそろ日が暮れてきたので、M君とはここでお別れして、私は次の目的地となるへげたれ妻さんのご自宅に向かいました。 M君、親切な観光案内やそれらにまつわる裏話、自らの武勇伝をなどを聞かせてくれて、ありがとうございました。



へげ家は、御浜町の標高700m級の山々の懐に抱かれた、緑豊かな環境の中にあります。 下調べで住所から位置検索をしてみたのですけど、目印になるものがなくて少々分かりにくいです。それでも、ネットのGoogleアースを見ていて、さらにモデルとなった家が、「ねこぱんち」で現在連載中の「農家のまんまる猫」の作品中にも描かれているので、私の中ではおおよそのイメージはできています。 へげ妻さんから「目印となるようなところまで来たら、迎えに行く」ようなメールもいただいたのですけど、なんとなく手助けナシでも行けそうな気がしていたので、その旨を伝えておきました。 それに、宝探しみたいで楽しそうですし。

ところが、私が最大限にアンテナを働かせて探しても、それらしい家は見つかりませんでした。 何回か同じところに出ていますし。もしかしたら、見えない何かによって守られているのかも知れませんね。果たして、私たちは日没前にへげ家にたどり着けるのでしょうか?次回に続かせていただきます。


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そうだ!熊野に行こう(熊野紀行その1)

2017-03-25 01:11:43 | 旅行記
こんばんは、白黒茶々です。
3月も下旬にもなると、厳しい寒さから解放され、春の暖かさを感じるようになります。 そうすると、桜の開花まであと少しですね。また、春といえば行楽の時季でもあります。私は仕事柄、GWや盆暮れ正月以外に連休を取るのが難しいのですけど、春分の日を含めた今月の19日~20日はたまたま休めるようになりました。その連休をフルに活用して、私は以前から気になっていた地域に行く計画を立てていました。



その地域とは、白黒茶々地方と同じ東海地方の三重県にありながらも、和歌山県との県境に近いところに位置している熊野市御浜町のことです。そこには、大学時代からの私の友人のM君や、箔波日記にもしばしば出てくる、へげたれ妻さんがお住まいになっているのですよ ウチからはかなり遠く、私にとっては未踏の地でもあるので、行くにはかなりの勇気と覚悟が必要でしたけど、その目的地で彼らと逢う約束もしたので、士気が高まりました。 さらに、そこまで行ったらもうちょっと頑張って、和歌山県の新宮城まで足を伸ばしてみたいですね。
このようにして、私にとっては大遠征となる春の旅が決まりました。今回は長旅なのですけど、状況によって臨機応変に対応できる車での移動にしたので、も連れていくことにしました。

ところが、白ふわオフ会の日程も、19日となりました。 春のイベントとしてすっかり定着している、なつみかんさん主催のそのワンコ行事は、開催地が地元というだけではなく、遠方からもたくさんのお仲間がやって来ることになっています。私はかなり悩んだのですけど、熊野への旅は代替え日が確保できず、この機会を見逃したら次はなくなりそうだったので、その日は泣く泣く地元を離れることにしました。

初日は日の出前の早朝に自宅を出発すると思いきや、目的地が初めて行く遠いところということもあって、前日に夜経ち&行けるところまで行って車中泊という手段を取ることにしました。 ということで、18日の土曜日は身支度を済ませ、箔と波を車に乗せて22時半過ぎに自宅を出発。 豊橋バイパスを経て、岡崎インターチェンジ(以下IC)から東名高速道路に入っていきました。 さらに今回は、湾岸道路に流れ………



日付が変わってから、最初の休息地となる刈谷パーキングエリア(以下PA)に到着しました。こちらのPAは、観覧車や日帰り温泉施設などのある刈谷ハイウェイオアシスとも接続しているのですけど、それらの施設はその時間帯ではさすがに漆黒の闇の中に沈んでいました。



さらに私たちは高速道路を飛ばし、三重県に突入 長島スパーランドの夜景を眺め、御在所SAでのトイレ休憩を経て、2時少し前には松阪SAの手前にある嬉野PAにたどり着きました。 看板がテカってしまって見づらいのですけど、正真正銘の嬉野にございます。 この日の移動はそこまでにしておいて、簡易宿泊システム(車中泊)で寝ることにしましょう。では、おやすみなさい。 ZZZ………



話の展開上、ドラゴンクエスト並みに一瞬で夜が明けたことにさせていただきます。 私が歯磨きや洗顔をしたあとは、箔と波を小散歩させ、ブラッシングをしたら………



ご飯をお上がりなさい。 彼らは場所が変わっても熟睡できたみたいで、ご飯のほうにもいつものように勢いよく喰らい付いていました。それが済んだら、今度は私が朝の朝食モーニングをいただくとしましょう。 私たちは松阪SAを出たあと、松阪市内に入っていき………



私はちょっと豪華に、ココス朝食バイキング(税込842円)をいただきました。 小おかずに加えて、卵かけ御飯や数種類のパンがあり、自ら生地を流し入れて焼くワッフルも備えられていました。もちろん、スープや味噌汁、コーヒー、ジュースといったドリンク類も、おかわり自由でしたよ!おかげで、ちょっと食べ過ぎてしまいました。
お腹も心も満たされたら、気合いを入れて紀伊半島を南下しますよ 目指すは、三重県を通り越したところにある、和歌山県新宮市にある丹鶴城公園(新宮城)です。私たちは松阪市から国道42号線をひたすら辿っていき、多気町、大台町を経て、道の駅奥伊勢おおだいで一旦休憩。 さらに大紀町から………



紀北町の、道の駅紀伊長島マンボウに至りました。熊野灘に程近いこちらの道の駅では、アワビやサザエといった新鮮な魚介類が取り揃えられていました。 そして、私たちは尾鷲市、熊野市を通過し………



御浜町にある、道の駅パーク七里御浜にたどり着きました。 こちらの道の駅は、その名の通り七里御浜のすぐ近くにあるので………



せっかくなので、歩道橋からその海岸に出てみました。 熊野灘は私の地元の海よりどこか荒々しい感じですけど、海風が心地よかったです。そうしたら、今回の旅の最深部まであと少し。ラストスパートをかけて参りますよ



御浜町から紀宝町をまたぎ、熊野川を越えてすぐのところに、新宮城のある丹鶴山が聳えていました。 川の対岸からも、お城の石垣が見えてインパクトありありなのですけど、さらに川を越えた紀勢本線がその城山を貫通しているのですよ。そのことから、「ドラゴンボール」で、孫悟空が「オラのすべてをこの拳にかける!」と言って(元祖)ピッコロ大魔王に大接近!「はね返してくれるわ!」「つらぬけー!はーっ!」悟空が渾身の力を込めて、ピッコロ大魔王の体を貫通した、あの名シーンを思い浮かべてしまいますね。 そして………



私にとっては初めてとなる、新宮城にようやくたどり着きました。 もちろん、箔波ちゃにとっても初踏破となります。



こちらのお城は、山の麓の石垣もよく残っていますね。そうしたら、さっそく山頂の本丸を目指して登っていくことにしましょう



この石段は先程の道ではないのですけど、登っていくときの気持ちは一緒(?)ですよ。ちょっと急な道なのですけど、すぐに登り詰めることができました。 その先には………



松の丸の石垣と入口が見えてきたのですけど、足元がやや荒れていますね。うっかりヒールで来てしまった方は、足をグキッ!とやらないようにお気をつけくださいませ。



松の丸に続く鐘の丸の石垣も、見事ですね。
新宮城は、関ヶ原の戦いの後に和歌山城主となった、浅野氏の一族の浅野忠吉がこちらの領地を与えられ、慶長6年(1601年)から築かれたお城です。元和元年(1615年)の一国一城令によって一旦廃城となったのですけど、その3年後に再び築城の許可が降りました。しかし、その翌年に忠吉は三原に国換えとなり、お城が完成した姿を見ることなく彼はこの地を去りました。



松の丸からは、麓の熊野川沿いに設けられた水の手や舟入りの遺構も見ることができます。 こちらは最近発掘&整備されたみたいですね。そこまではかなりの高低差を降りていかなければならないので、眺めるだけでヨシにしてよろいしでしょうか?



さらに同じ場所からは、本丸の石垣も見えました。山頂を囲うように積まれたその石垣も、迫力がありますね。



本丸入口の舛形の石垣も、江戸時代初期に発展した「切込みハギ」という切り石を隙間なく積む工法によって築かれています。
元和5年(1619)、徳川頼宣が紀州徳川家の初代として和歌山城主となると、付家老の水野重仲が新宮城に入り、浅野忠吉の築城工事を継続。寛永10年(1633年)に城はようやく完成しました。



その後の新宮城は、廃藩置県によって廃城となり、建物はすべて取り壊されてしまいました。やがて城址は公園となり、平成15年(2003年)には国の史跡に指定されて、現在に至ります。
他と比べると小ぢんまりとしたお城なのですけど、河口近くの丘の上に築かれ、現在でも山を囲うようにして立派な石垣が残っているということもあって、見応えは充分あります。
実は私はこちらで、大学時代からの友人で熊野市の地元民でもあるM君と待ち合わせをしているのですよ。 それから間もなくして………



彼が現れましたよ 2年前の春に、白黒茶々地方にふらりとやって来たこともあって、今度は彼の地元のほうで逢いたいと思っていたのですけど、ようやくその願いを叶えることができました。 私と同じ文学部歴史学科出身ながらも、大きくてガッチリした体型のM君。ということで、次回はM君の案内による名所めぐりやそこにまつわる裏話、彼の武勇伝などが飛び交うので、そちらのほうにもぜひお付き合いくださいませ。


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