箔と波のつれづれ日記

日本スピッツ箔+波とゆかいな仲間たち

ナゴヤドームに行きたい

2017-06-24 00:53:10 | 野球ネタ
こんばんは、白黒茶々です。
プロ野球は、梅雨の時季に入るちょっと前からセ・リーグとパ・リーグの各球団が総当たりで対戦する交流戦に突入し、またひと味違った楽しみとなりました。 果たして、今年はどのようなドラマが起きるのでしょうか?


ファイターズ女子あらわる!?

ただしその交流戦は、今回の日記を載せる前には終了してしまいましたけど。 白黒茶々家が応援している北海道日本ハムファイターズは、本拠地となる札幌ドームがかなり遠いところにあるので、観戦に行きにくい球団でもあります。 それでも、昨年は交流戦で中日ドラゴンズと対戦するために、我らが東海地方のナゴヤドームにも来たのでした。もちろん、私はその試合を観に行きましたよ。しかし、交流戦はセ・リーグとパ・リーグの球団が相互の本拠地で3連戦をやる形式に変わってからは、ファイターズのナゴヤドームでの試合数も、2年に1度ぐらいに激減。その流れからいくと、名古屋遠征は昨年やったばかりなので、次に来るのは来年あたりになると思われていました。
ところが、なぜか今年もナゴヤドームでやることが決定 これを見逃したら、次回は3年後ぐらいになる恐れがあるので、どうしても観戦しておきたいですね。ただし、その3連戦はいずれも平日に組まれていました。こうなったら……… 職場にお願いして、観戦したい日は早退させてもらうことにしました。



ナゴヤドームでの中日ドラゴンズと北海道日本ハムファイターズとの対戦は、今月の13日~15日となっていました。 私はそのうちの最終日となる15日に、試合を観に行くことにしました。ちなみにそれまでの結果は………
第1戦・ ドラゴンズ 7ー5 ファイターズ
第2戦・ ドラゴンズ 5ー7 ファイターズ

………の、ともに1勝1敗。ファイターズは、私が4月に京セラドームまで観に行った試合で負けてしまったので、今回はどうしても勝つところを観ておきたいですね。 いや、実際には4月の勝敗とは関係なく、勝ってもらいたいのですけど。 その日は午後に入ってから予定通りに早退して、二川駅から列車に乗車。 その後、何回か乗り換えたりして………



17時ちょっと過ぎには、ナゴヤドームの最寄り駅となる地下鉄のナゴヤドーム前矢田駅に到着しました。やはり私と同じ目的と思われる方たちが、ぞろぞろと出口に向かっていきますね。



ナゴヤドームに通じる通路は、ドラゴンズロードともいうべきドラゴンズの監督やコーチ、選手たちのパネルが連なっていました。 あと、その球団の栄光の記録やドラゴンズガール、マスコットキャラクターのドアラの紹介なども。そのような中に………



この日、ドラゴンズで先発することになっている、鈴木将太選手のものもありました。彼は私の地元の浜松市の聖隷クリストファー高校出身で、甲子園には出場してはいないのですけど、同球団にドラフトで1位指名され、今年で4年目の22歳(正確には、その翌日の16日が22歳の誕生日でした)。 彼にも頑張ってもらいたいのですけど、今回は遠慮なくいかせていただきます。 ちなみに、ファイターズの先発は、今季はまだ未勝利のプロ入り6年目の23歳、上沢直之選手でした。
地下鉄の駅に降り立ってから、8分後には………



ナゴヤドームが見えてきましたよ 私にとっては、約1年ぶりとなります。



入場する前には、やはりそのドームをバックにして、お約束の記念撮影をやっておきたいですね。 ちなみに、今回は以前とは違う場所で撮ってみました。この儀式(?)が済んだら、グッズショップを覗いてから、いざドームの中へ



ナゴヤドームは外野も含めて全席指定席なので、チケットさえ確保していれば慌ててて駆け込む必要はありません。 今回、私はレフトスタンドのよく見える席に腰掛け、焼きそばなどを食べながら試合が始まるのを待ちました。



その間に、球団マスコットのB☆B(ヒグマ)やフリップ(キタキツネ)によるサインボールバズーカがありました。こちらにも放ってくださいな



そして、お待ちかねのプレイボールと相成りました。 それにしても……… 



ファイターズファンが集中しているあちらのビジター応援エリアではなく、間違えて普通のレフトスタンドのチケットを買ったら、ドラゴンズファンも混在する汽水域となっていました。 私はまわりに気を使い、ファイターズの攻撃時でも座ったままで、各選手に送る応援のテーマも、6割程度に抑えて歌いました。
たとえファイターズファンの同志たちと離れていても、気持ちは1つ。私は居候状態でも、それなりに応援と観戦を楽しんでいました。



その試合のほうは、ピッチャーが粘り強い投球をし、決定打が出なかったこともあって、4回までは両チームとも無得点。



私たちのすぐ近くのレフトの守備に就いているのは、ジャイアンツからトレードでやって来た、大田泰示選手にございます。彼はドラフト1位で前のチームに入団したのですけど、目立った活躍をすることもなく、違う環境でプレーすることに。 ところが、ファイターズの1員となってからは頭角を現し、この試合は切り込み隊長の1番バッターを任せられていました。

試合が動いたのは、5回表のファイターズの攻撃のときでした。2アウトながらヒットやフォアボールでランナーを溜めたところで市川選手がタイムリーヒットを放ち、2点を先制 しかし、その裏にドラゴンズがすかさず反撃し、1点を返しました。
この試合は平日のナイターということもあって、ナゴヤドームは満席とはなりませんでした。 私がもともと座りたかったビジター応援エリアにも、明らかな空席があったので………


♪こ~の~いち~げきで~、しょ~ぶを~きめろ~………

ちょっと後ろのほうになるのですけど、試合の後半はこちらに移動し、ファイターズのファンと苦楽をともにすることにしました。 さあ、ここなら攻撃時は立ち上がって心置きなく応援することができますよ 私はその場でリミッターを外しました。私のいるスタンドでは、関西限定のチャンステーマが大合唱されています。さあ、パソコンやスマホの前の皆さんも、他の球団のファンの方たちも、一緒にテンションを上げてくださいませ。その直後に、先ほど紹介した大田選手にタイムリーヒットが出て、1点を追加!再びリードは2点差となり、ファイターズ側のスタンドは大いに盛り上がりました。

ところが、ドラゴンズはそう簡単には勝たせてくれませんでした。その裏の攻撃で我らが上沢投手はドラ打線に掴まり、あれよあれよという間に3対3の同点に追い付かれてしまいました。 それだけではなく、投手の交代やデッドボールを受けた打者のケガの治療などで試合が中断して時間を喰ったこともあって、けっこう長引きました。私が終電に間に合うようにしつつナゴヤドームにいられるのは、21時30分までが限度です。試合が終わるまで見届けるのはムリだとしても、せめて勝敗がほぼ決まるところを観ておきたいです。



………なんてことを願っていたら、8回表にファイターズに得点のチャンスが廻ってきました。1アウトながら2塁と3塁にランナーを置き、打席には松本剛選手が立ちました。今度は「チキチキバンバン」のチャンステーマが
♪頑張れ僕らのファイターズ、走れ早く、頑張れ僕らのファイターズ、決めろ早く!打て打て松本!………
しかし、松本選手は1塁後方にファールフライを打ち上げてしまいました。ドラゴンズの1塁守のビシエド選手は、体勢を崩しながらも捕球。これで2アウトです。ところが、それだけで終わりではありませんでした。代走で3塁にいたファイターズの大塁選手が、タッチアップで本塁に突っ込んだのです!「野球のルールはよくわからない」という方もいると思いますけど、とにかく大塁選手は一か八かの勝負に出たのですよ。それに慌てたビシエド選手は、本塁に向かって大暴投!試合の終盤で、ファイターズが再び勝ち越しました。なおもランナーは3塁に。次の打席には、西川遥輝選手が!ここでもタイムリーヒットが出て、ダメ押しの1点が入り、5対3となりました。この展開は、もう願ったり叶ったりです。
その裏のドラゴンズの攻撃も、あっさりと2アウトに。タイムリミットも迫ってきていることですし、このイニングを見届けたら帰ることにしましょう。



………なんて思っていたら、ドラゴンズのゲレーロ選手が放った打球が、目の前に飛び込んできましたよ!これで試合は5対4に。今季19号となるそのホームランは、その時点でセ・リーグのトップとなりました。その記念ボールを手にしたファイターズファンの方は、申し訳なさそうにしていましたけど「そんな球、グラウンドに投げ返せ!」のようなことは決して言わないので、心配しなくてもいいですよ。結局、そのイニングのドラゴンズの攻撃は、その1点だけで終わりました。



その直後に、私は地下鉄の駅に駆け込んだのですけど、すでにそちらに向かって帰路に就く人の流れができていました。列車を待つ間や乗っている間に、その後の試合の経過をスマホで見守っていたら……… 5対4のまま、ファイターズが見事勝利!おかげで爽快な気分のまま、帰ることができました。

「ただいま」
家に残ってファイターズの試合の行方を見守っていた箔母さんやたつぴやワンニャンたち、お陰さまでいい報告ができるようになりましたよ。お土産話も充実していたのですけど、それよりも、なんか箔母さんが私の話をうっとりと聞いているような気がします。「もうちょっと、何か言ってみて」いや、話というよりは、声のほうみたいですけど……… ちなみにその時の私は、応援で声を張り上げ過ぎて、ノドが枯れている状態でした。その声が、彼女が好きな声優に似ていたみたいですね。ケガの巧妙というか、とにかく思わぬ効果がありました。しかしその奇跡の声(?)は、翌日にはほぼ消滅してしまいました。
それはさておき、今季の私のプロ野球観戦は、今回が最後になりそうです。なので、以降の試合は他の媒体を通して楽しもうと思います。


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 「今度はヘリウムで声を変えてみたら?」と思われた方は、こちらに投票してやってください。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

波のウチの子3周年

2017-06-21 01:14:40 | ワンコ
こんばんは、白黒茶々です。
梅雨入りしてから、ようやく雨が降り始めたのですけど、皆さんはいかがお過ごしでしょうか? そのような中で………



私は久しぶりに近くの海岸までを連れていき、そこで投稿にも使えるような写真を撮ろうとしたのですけど、う~む……… この日は思いっきり曇っていますね。



それでも、白黒茶々家の庭にあるアジサイの花は、ようやく咲き始めました。 このような時季に、波はウチにやって来たのですよ。 ちなみに、彼女のウチの子記念日は6月15日で、今年で3年となります。ということで、今回はその当日の波の様子と、そこに至るまでにあったことを、彼女の個性が表れているエピソードをメインにして、振り返らせていただきます。



15日は平日ということもあって、普通に朝起きて普通に散歩をしました。 その日が記念日だということを決して忘れていたというワケではないのに、ご飯のほうもいつも通りでした。



今から3年前の3月12日に、波はけいママさんの家でゆめちゃんの第6子として生まれました。 当初は「水色ちゃん」とされていたことや、波という名前となったこともあって、彼女のイメージカラーは水色となりました。 5月に入ってから、一歩ちゃんを筆頭にしてきょうだい犬が1頭、また1頭と巣立っていき、けいママさん家に残ることになった夢来君を除いては、最後の2頭となりました。



そして、その年の6月15日。けいママさん家へのお迎えには、私とたつぴだけではなく、箔も同行しました。 そのような経緯もあって、彼は波がウチの子になることを認識したのかも知れません。ずっとワンコ部門はひとりっ子状態だった箔にいきなり10歳も年下の妹ができて、ストレスで体調を崩したり性格が変わったりしないか心配だったのですけど、彼は彼女のことを冷静に受け入れ、大人の対応をしていました。
一方の波は、箔のことを頼りにしていて、白黒茶々家にも難なく馴染んでいってくれました。 その翌月には………



ゆるキャライベント目当てに連れて行かれた浜松城でお城デビューと、彼女にとっては親戚家族以外では初スピッツとなる、バニラちゃんとのご対面を果たしました。



しかし、スタミナがないのとどんなところでも寝られるということから、私が箔を巻き込んでゆるキャラとの「あっち向いてホイッ 」ゲームに興じている間は、大音量と歓声の中でも彼女は地面に寝っ転がって爆睡していました。



白黒茶々家の一員となったからには、車や電車でのお出かけは避けては通れません。その年の9月には、大井川に架かる塩郷の吊り橋を渡るという試練まで課せられたのですけど、波はその高くて不安定極まりない橋を普通に歩いていきました。 彼女には「吊り橋効果」は通用しないみたいです。いや、箔母さんやたつぴ、箔にもですけど。もちろん、私もそのようなところは平気ですよ



オフ会にも何回か参加したのですけど、波はそのような場ではなぜか猫をかぶり、「波ちゃんって、静かでおとなしいね」というイメージが付いてきてしまいました。



それでも、食意地が張っているところは隠さず、特にヴィヴィアルママさんが常にお腰におやつを備えているのを覚えていて、もらえるまではしつこく張り付いています。ただし、もらったあともおかわりを要求するので、キリがありません。



静岡県内で開催されているワンコイベントのDOG!フェスタでは、彼女は毎回「待て ゲーム」に参戦しています。 過去に1度だけ決勝戦に進出したのですけど、それ以外はことごとく予選で敗退し、パッとしません。とは言いつつも、私は毎回彼女に期待して送り出してしまうのですよ。



あと、なぜか猫には執着し、ウチのニャンズとでも行き逢うと、興奮して追いかけていきます。仲良く遊びたいという雰囲気ではないので、捕獲して食べようとでもしているのでしょうか?
以前には私の制止を振り切って銀ちゃと戦ったことがあるのですけど、その際には目にも見えないほどの猫パンチを喰らって、敗退。そのとばっちりは近くにいた私にも及び、足から流血してしまいました。



このような感じで波の個性だけではなく弱点まで暴露してしまいましたけど、それら全てを含めて、私は彼女のことを可愛く思っています。はい、親バカを承知で申しております。 それから、彼女がウチに来てからの3年は、短いように感じます。彼女はずっと前からウチにいるような気がしていて、いなかった頃があったなんて信じられないぐらいです。



あと、波のウチの子記念日の翌日の6月16日は、猫の黒ちゃの命日だということも忘れてはなりません。重い病気にかかっていた彼女は、波を迎え入れるのを見届けたあとに、虹の橋の向こうに旅立ってしまいました。その後、白黒茶々家の黒猫部門は黒フワと形を変えて、蒼ちゃ晃ちゃへと受け継がれていきました。
それでも、私は黒ちゃのことがずっと好きで、他の黒猫でも見かけたら「黒ちゃ」と呼んでしまいます。いや、黒いものなら犬もカラスもクロヒョウも、………自動車までも心の中で勝手に「黒ちゃ」と言っているような……… そのようなモノを所有されている方がいましたら、お気をつけくださいませ。


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 「バットマンやくまモンまでもが『黒ちゃ』になるのだろうか?」と思われた方は、こちらに投票してやってください。
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

今昔の命山

2017-06-17 01:25:23 | その他
こんばんは、白黒茶々です。
今年に入ってから、袋井市南部に新たに3つの命山(いのちやま)ができたというので、私はを連れて行ってみることにしました。 3年前の春にも、私と箔はそのようなところを訪れたことがあるのですけど、その頃はまだ波はいませんでした。それよりも、「命山」という名前を初めて聞いたという方のためにも、今回は改めて順を追ってレポートさせていただきます。



ということで、まず私たちは中新田(なかしんでん)命山というところにやって来ました。 木々に覆われてこんもりとしているのが、命山であります。こちらは、見学者のために駐車スペースや小公園が整備されていますね。



せっかくなので、箔波ちゃと一緒に登ってみます。 とはいっても、山頂に続く遊歩道のようなものは整備されていませんね。よく見たら、箔の足にリードが絡まっていますし。はい、この直後に彼は滑りました。



それでも、すぐに頂上に到達しました。命山のことを示す石碑はあるのですけど、こちらも公園化はされていなくて、草むらとなっていました。
静岡県袋井市南部の旧浅羽町地区は、海岸沿いに標高の低い平野が続いています。地震などで津波が発生しても、すぐ近くに山や高台のようなものはありませんでした。 延宝8年(1680年)8月には、東海地方を襲った台風によって高潮が発生。その地域の住人が流され、300人もの老若男女が犠牲となってしまいました。その教訓を生かして、その地域では災害があったときに避難できるように、いくつかの人工の山が造られました。 その後も、その地域が水没するほどの災害に見舞われたことがあったのですけど、新たに造った山のおかげで、たくさんの人の命が救われました。こちらの小丘も実際に使われたみたいで、浸水時には丘の上から舟に乗って遠州横須賀まで食料を調達に行ったという記述が残っています。 このような山は「人の命を救う山」ということで、「命山」と呼ばれるようになりました。その役割りはもちろんのこと、ネーミングセンスも素晴らしいですね その先人の知恵を生かして………



今から4年前、東日本大震災から2年後となる平成25年(2013年)に、国道150線沿いにこちらの湊命山が造られました。鉄骨作りの避難タワーも設けられたのですけど、そちらはいずれ錆や老朽化が来るので、維持管理が大変です。 一方の命山は、ある程度広い土地が必要なのですけど、丈夫で高潮や津波にも強いので、一度造っておけば半永久的に残り続けるのですよ。 ………と、せっかく命山トークで盛り上がったところで申し訳ないのですけど、こちらの命山は私たちは以前にも登ったことがあるので、今回はスルーさせていただきます。
ということで、話と場所は先ほど触れた中新田命山にまで戻ります。そこから程近い、遠州横須賀との境には………



昨年の3月に、新たな命山が造られたのですよ ちなみに、その名前は「きぼうの丘」といいます。………って、命山ではないのですか ま、まあ、近くの中新田命山と混同してはいけないので、ここはヨシとしておきましょう。



きぼうの丘は海抜2,5mのところに7,5mの高さまで土盛りされて造られたので、標高は10mとなります。



麓から頂上までは、階段が続いているのですけど………



こちらのスロープでも登っていくことができます。



高さが高さだけに、あっという間に登り詰めてしまいましたよ 箔波ちゃ、この山を征服した気分はいかがでしょうか?



登頂部は400㎡もあって、けっこう広いですね。 箔波ちゃが、かなり遠くに見えますよ。案内によると、こちらには400人も収容することができるそうです。



ノッてきたので、次の命山に参ります。 きぼうの丘の東の湊西地区には、今年の2月にまた新たな命山が造られました。 あまりに新しくて、まだ法面の芝生が育ちきっていませんね。その名はズバリ、「江川の丘」………って、こちらも命山ではないのですか?



江川の丘は、確保できた土地が細長いということもあって、それに合わせた形となっております。頂上にまっすぐに続くスロープが、印象的ですね。それから、先のきぼうの丘と同じように、その麓にはトイレが設置されています。



それから、こちらは海抜1,9mのところに8,1m盛り土され、標高は10mとなっております。



ここはやはり、そのスロープを一気に駆け上がっていきたいですね。



やはり登頂部も、細長いですね。 こちらはきぼうの丘よりはやや小さく、300㎡に300人収容となっていました。



江川の丘から海岸までは、こちらの方向に約1,3km。ちょっとわかりにくいのですけど、遠方に見える松林の向こうのあたりだと思います。



あともう1ヶ所、江川の丘と同時期に東同笠・大野地区にも「寄木の丘」という命山が設けられたそうですけど、今回は新旧合わせて3つもの命山を登頂したこともあって、私はお腹一杯になってしまいました。いや、むしろお腹は空いてきたのですけど、ここは命山登りたい欲が満たされたと、ご解釈くださいませ。
東日本大震災からは、津波の破壊力と恐ろしさを思い知らされ、私たちの災害に対する認識は、根底から覆されるほどでした。 そのことから、沿岸部に防潮堤や防潮壁が造られたりしているのですけど、大自然の猛威に完全に抗うことはできないと思います。やはり災害があったら、逃げることを基本にするべきです。 そのような場面に、命山があると心強いですね。 まずは自分の命が大事ですけど、万が一のときにはできるだけ箔と波も救いたいです。


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 「命山はワンコの散歩コースにもいい」と思われた方は、こちらに投票してやってください。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

遠州横須賀散策とご当地グルメ

2017-06-14 01:02:59 | お出かけ
こんばんは、白黒茶々です。
全国各地で梅雨入り宣言されたのですけど、実質的にはまだその前段階といった感じですね。 梅雨時の雨も、そのあとに待ち受けているであろう炎天下も、ワンコのお出掛けには厳しいので、そうなる前に私はを連れて外出することにしました。 すでに今回の日記のタイトルにも出ていますけど、今回は遠州横須賀で歴史散策をしようと思います。



遠州横須賀は、現在の静岡県掛川市の南部に位置していて、かつて城下町だったということもあって、古くて味のある町並みが残っています。 ちなみに私たちがいるのは、その東側に鎮座する三熊野神社というところです。こちらの神社は、文武天皇によって大宝年間(7世紀初頭)に創建されて以降、熊野信仰などを背景に住民からの信仰を集めてきました。毎年3月下旬におこなわれる大祭では、江戸天下祭の流れを汲む13台の祢里(ねり=山車)が、三社祭礼囃子(静岡県無形文化財)の名調子に乗って、城下の町並みを練り歩き、たくさんの人で賑わいます。
といったところで、私たちはここからスタートして、横須賀の町並みを西に向かって歩いていきます。



それから間もなくして、八百甚に差し掛かりました。こちらは江戸時代末期から続く老舗割烹旅館で、現在の建物は昭和初期に建てられたそうです。古きよき佇まいは存在感ありありで、横須賀の街のシンボル的存在となっています。 そこから東に2軒隣には………



小石屋という、焼そば専門店があります。 こちらのお店のメニューは、専門店というだけあって焼そばのみなのですけど、並盛り(320円)からジャンボⅡ(650円)まであって、トッピングで目玉焼き(30円)を乗せることもできます。それから、焼そばはソースなしで焼かれるのですけど、まずはそのまま食べて、素材の味を確かめておきたいですね。さらにお店に備えられたソースをあとがけすれば、味に深みが増します。1つの焼そばで、2つの味を堪能できるなんて、いいですね ただし、ワンコを連れたままでは入れないので、箔波ちゃは一旦戻って車の中で待機していてくださいませ。
こちらのお店の営業時間は11時~13時30分なのですけど、食材がなくなったら閉めてしまうというので、散策の初っぱなから行ったほうがいいでしょう。ちなみに現在の時刻は12時8分。並盛りでも少なめのようなので、私は大盛り(550円)に目玉焼きを付けることにします。 以前から食べたいと思っていたので、楽しみですね。



そ、そんな……… まだお昼になったばかりなのに。 お店の入口には、無情にも「本日終業」の看板が立て掛けてありました。 今回の散策の半分は、焼そばが目的だったというのにぃ~ そのときの私の頭の中には、焼そばしかありませんでした。そういえば、横須賀にはこちら以外でも焼そばを食べられるお店があったような……… けんさく、検索、健作~



私としたことが、焼そばについ翻弄されて熱くなってしまいました。 冷静になった私は、再び箔波ちゃとともに、西に向かって歩いていきました。 そうしたら今度は私たちは、清水邸という古くて立派な庄屋に行き着きました。その2本東の細道沿いには………



佐々木菓子店という、昔ながらの駄菓子屋があります。 地元の子どもたちにとってはおやつ処であり、交流の場でもあるこちらのお店では、焼そばも食べさせてくれるというのですよ。やはり箔と波は一緒には入れないので、またしても車の中でおとなしくしていてくださいませ。
遠慮して内部の様子は撮影できなかったのですけど、奥行きがあって飲食用のテーブルやイスが並べられていました。そのようなお店を、老夫婦が切り盛りしているようですね。 そうしたら、メニューは………
お好み焼きや焼きうどんもあるのですけど、ここはやっぱり焼そばがいいですね。ちなみにサイズは、小220円、中270円、大320円、特大420円となっております。 値段からして、特大でもちょっと量が多いぐらいってトコじゃないでしょうか?それならば、特大に目玉焼き(50円)を付けてくださいませ。それから間もなくして、私は焼そばにありつくことができました。



………って、とんでもない量ではありませんか 目玉焼きの大きさから推測できると思いますけど、並の量の3~4倍はありそうです。私は若い頃よりは食が細くなってきたのですけど、お店にとっての一見(いちげん)さんがいきなりお残ししたら、かなり感じが悪くなるのでは? こうなったら食べられるだけ食べてみて、ダメだったらあやまるようにしましょう。
焼そばは細い縮れ麺で、具はキャベツのみでいたってシンプル。それらにカツオ節がかけられ、紅しょうがが添えられていました。



すでにソースで味付けされているのですけど、「お好みでどうぞ」と、追いソースも用意してくださりました。このシステムは、味の強弱が調整できるのでいいですね。 油ぶんが少なく、肉がないこともあって全体的にさっぱりしていて、私は難なく完食することができました。 もちろん、あと引くような味わいで、美味しかったですよ。
近くには高校があるので、このお店はその生徒たちの胃袋も満たしていると思います。そのような仕事を長年続けてきたので、お客のなかには親子二代でお世話になった方もいることでしょう。佐々木さん夫婦はこれからも元気で、このお店を続けていってくださいませ。



焼そば食べたい欲を満たした私は、再び先ほどの清水邸にやって来ました。こちらは江戸時代に廻船問屋を営んでいた豪商で、藩の御用達も勤めていました。明治に入ってから郵便業務にも携わったこともあって、正面玄関を飾る鬼瓦には郵便マークが施されています。こちらの母屋には昔ながらの広い土間などが残されているのですけど、この日はそのスペースを使って落語会がおこなわれていたので、その内部の様子を見ることも撮影することもできませんでした。



それでも、その奥には昔からの佇まいを今に伝える、奥の間や土蔵………



さらにその住居エリアから水路に架かる橋を渡っていくと、そこには………



江戸時代中期に造られた、回遊式の庭園が広がっているのですよ しかも、この庭の中心となる池には、清らかな水が湧き続けています。さらに、その中で気持ち良さそうに泳いでいる鯉の姿を眺めていると、心が癒されます。緑豊かな庭+広大な池+清らかな湧水+優雅な鯉の合わせ技は、最強といってもいいでしょう。
………なんて言いつつも、こちらにはまだとっておきのものがあるのですよ その清水邸庭園には湧水亭という茶室が設けられていて、そこでは………



呈茶(和菓子付、510円)はもちろんのこと、抹茶ラテや甘酒も味わうことができるのですよ 今後のためにも、外の席はワンコ連れでも大丈夫かどうか聞いておくべきところだったのですけど、またしても私は彼らに席を外してもらってしまいました。



今回は、甘酒をいただくことにしましょう 事前の情報によると、お客は清水家に伝わる漆器の中から好みのものを選ぶことができるそうですけど、この日は落語会のことで混乱していたからなのか、その過程はおまかせとなってしまいました。



そうしているうちに、甘酒のセットが、来ましたよ メインの甘酒に煎茶と味を整える塩辛いもの……… これは、浜納豆ですね!などが付いて、300円ときたもんだ!甘酒は地元の酒蔵から取り寄せた酒粕が使われていることもあって、市販品には出せない独特の甘さと深みと味わいがありました。もっと暑くなったら、冷やし甘酒のほうも試してみたいですね。



そのあと私たちは、城下町の西端にある横須賀城跡に行き着きました。こちらのお城は、武田勝頼の手に渡った高天神城を攻略する拠点とするために、天正6年(1578年)に徳川家康が大須賀康高に命じて築かせました。 当初の規模は、お城の主要部の本丸、西の丸、北の丸のあたりだけだったのですけど、その後も改築や拡張がおこなわれ………



石垣や4層の天守をもつ、近代のお城となりました。このお城は明治になるまで存続したのですけど、その後取り壊され、石垣も旧見付学校の土台などに転用されてしまいました。昭和に入ってから、跡地は宅地造成に巻き込まれる恐れがあって、地域住民の働きかけなどにより国の史跡に指定。



現在、城跡には入口を防御するために造られた三日月堀や………



近年になって積み直された石垣などがあります。 こちらの石垣は玉石を積んで築かれていて、お城では珍しいです。



その石垣を横目にしつつ、私たちは坂道を上っていき、いざ本丸跡へ。



そこには立派な城址碑だけではなく………



復元・整備された天守台もあります。 せっかくその上に登ったのに、写真の角度がよくなくてまわりの様子が分かりにくくなってしまいました。築城当時はお城のすぐそばまで海だったのですけど、江戸時代中期にあった地震で土地が隆起し、海岸線は数キロ南となってしまいました。そうしたら、今回の歴史&グルメ旅はここではなく、次の場所で締めていいでしょうか?いいですよね?じゃあ、移動します。

今回の散策のスタート地点の三熊野神社の南東に位置していて、逆方向となるのですけど、私たちは市立横須賀小学校にお邪魔しました。こちらの学校には二宮金次郎の銅像があるのですけど、他とは少し違うのですよ。以前にも箔波日記で触れたことがあるのですけど、薪を担いで勉強するスタイルではなく………


※学校にお願いして、入らせていただきました。

なんと、わらじを手にしているのですよ 家計を助けるために、編んだわらじを売り歩いたという彼のエピソードをもとにして造られたと思われます。そうしたら、せっかくなので………



箔と波にその脇をかためてもらいましょう これは以前にもやりましたけど、少しは知的に見えるでしょうか?
今回の企画は、歴史&グルメ旅とはいっても、私がやる場合は性格上どうしても行き当たりばったりではなく、事前に調べたり情報を得てからになってしまいます。とはいっても、今回は狙いを絞っていた焼そば屋に閉まられたり、廻船問屋に立ち入り制限があったり、焼そばの特大の量を読み誤ったり、………と、私にしてはシナリオ通りにいかない場面が続いてしまいました。 それでも、それはそれで楽しく、私が怒ったり泣いたりして帰るような場面はなかったので、めでたしめでたしということにしておきましょう。


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 焼そばをたらふく食べたい欲に駆られた方は、こちらに投票してやってください。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

待っていたのだ!枇杷収穫祭

2017-06-10 00:19:49 | 美味情報
こんばんは、白黒茶々です。
前回の日記で、私の地元にある道の駅潮見坂のヤギのことに触れた直後に、そのヤギ一家のほうで少し動きがあったのでお知らせします。



最近出た地元紙によると、さとちゃんはまだ見つからないのですけど、そのことをネットで知った奈良県天理市の放牧を営んでいる方が、そこで3月中旬に生まれた黒い子ヤギの女の子を無償で譲ってくださることになったそうです。 しかも、彼女の名前は「住(すみ)ちゃん」といって、さとちゃんに通じるものがあるのに縁を感じます。 さとちゃんが失踪してから、きょうだいヤギの潮太郎君は寂しそうにしているので、彼女が来るのが楽しみですね。
もちろん、さとちゃんも大事です。1日も早く彼女が見つかるのを願いつつ、住ちゃんが潮見坂のヤギ一家の一員となる日が来るのを、楽しみにしていています。



新聞といえば、6月8日のスポーツ報知に、波ちゃが載りましたよ 「親バカ写真館」という投稿コーナーに小さくですけど、全国紙デビュー(?)することができて、とても嬉しいです。 その新聞をとっている方がいましたら、読み返してみてくださいませ



話は変わって、5月末あたりから箔波庭の片隅に植わっている枇杷の木の実が、いい感じで色付いてきました。



昨年、隣家に届きそうな枝を思いきって伐採したのがかえってよかったのでしょうか?今年は例年にも増して、豊作となりました。しかも、その実は鳥や虫に荒らされることもなく、きれいで美味しそうに実ったときたもんだ
特に、私の手が届かないような高いところにいい実が付いていたので、ハシゴを借りてきて収穫しました。 その結果………



過去最高記録となるほどの、大収穫となりました。 しかも、木にはまだ色付いていない実もあるので、これほどあっても全部ではないのですよ。そうしたら、色と形と熟し具合のいいヤツを選んで………



皮を剥いたら、お待ちかねの試食タイムと参ります。では、いっただきま~す♪  はもっ
おほっ 果実は水分をよく含んでいて、甘さの中にほんのわずかな酸味もあって、とても美味しいですよ しかも、もぎたてのものがおかわりし放題なんて、なんて贅沢なのでしょうか
人間だけで楽しむのもナンなので、枇杷が大好物な箔と波にも………



………といきたいところなのですけど、箔と波は私より先に勝手に収穫祭をやっていたみたいです。 箔波庭には、種だけ散らばっていますし。私は最初、彼らが熟して落ちた実を「棚からぼたもち」みたいにして食べたと思っていたのですけど、そうではありませんでした。箔母さんの目撃談によると、彼らは木になった実をたぐり寄せたりして、収穫したそうです。一緒に、まだ青い実も食べようとしたのでしょうか?そのようなものは彼らにとっても固くてマズかったみたいで、歯形がついたものがいくつか転がっていました。 枇杷はワンコにあげても大丈夫なのですけど、糖分が含まれているので、ほどほどの量にしておかなければなりません。それなのに、これだけ食べているのなら……… 今年の枇杷の収穫祭レポートは、これにて終了 ちゃんちゃん。



………という形で終わらせてしまったら、あまりにも後味が悪く、私だけ彼らの喜ぶ顔をが見られないので、仕方がない こうなったら、改めて美味しそうなヤツを選んで、彼らにおすそ分けしてあげることにしましょう。箔ちゃ、波ちゃ、枇杷ですよ~



無断でのフライング収穫祭、後片付けナシの喰い散らかし、何事もなかったかのような顔で私に枇杷を要求、………私のほうに敗北感ありありなのですけど、彼らは嬉しそうにしていますし、箔もブンブンしていますし、こうなったら大目に見てあげることにしましょう。



食べやすいように、皮を剥いて種を取ってきてあげましたよ。 しばらく見合って、「まて」の儀式を経たら………



さあ、お食べなさい 箔は獣のような形相で……… って、なんかフィラリア対策で「おいしい」をあげているときと同じようになってしまいました。



引き続いて、波にもあげますよ。その時には気付かなかったのですけど、なんか波ちゃの顔がコワい。 これではあんまりなので、テイク2いかせていただきます。



う~む……… もっとこう、満面の笑顔で「おいしいっ」って言っているような感じで……… ワンコにとっては、これがその表情に当たるのでしょうか?とにかく、彼らは喜んでいたことには間違いないので、ここはヨシとしておきましょう。



そのおすそ分けの前の段階で、枇杷の実を下処理していたら、ニャンズがわらわらと寄ってきました。 ひょっとしたら、彼女らも食べたいのでしょうか?期せずして「枇杷を食べる猫」のレポートも合わせてできる ………と思ったのですけど、残念ながらニオイを嗅いだだけで退散してしまいました。
枇杷は旬の時季が短いだけでなく、日持ちもしないので、貴重な果物といってもいいでしょう。 また、その木はあまり手入れをしなくても実をつけてくれるので、私には向いていると思います。 そういうこともあって、私は今の家に住むようになって真っ先に枇杷の木を植えました。幼木の頃に箔の襲撃に遭い、枯死寸前になったこともありましたけど。白黒茶々家に恵みを与えてくれた枇杷に、ただただ感謝します。このような感じで、来年も収穫祭ができますように~


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 ゆるキャラの「フランソワーズびわ」のことをご存じの方は、こちらに投票してやってください。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

道の駅潮見坂に新入りした動物

2017-06-07 01:11:07 | お出かけ
こんばんは、白黒茶々です。
白黒茶々家は、愛知県との県境に程近い静岡県最西端の湖西市白すぴ地区にあります。 その近くには、県外からもたくさんの方が利用するお立ち寄りスポットが……… すでに今回の日記のタイトルに出ているのでバレバレですけど、道の駅潮見坂があります。 地元民あるあるの「いつでも行けるから」という安心感があるからなのか、私はそこには数年行っていないような気がします。
そのような状況のなかで私は、その道の駅で最近、ある動物を飼い始めたという情報を入手しました。そのある動物とは……… 最初から答えを言ってしまったら面白くないので、ここでは皆さんにいくつかのヒントを差し上げておきます。 その生き物は「アルプスの少女ハイジ」にも出てきます。とはいっても、ヨーゼフ(犬)でもピッチ(鳥)でもセバスチャン(?)でもありません。
※セバスチャンは、人間ですよ。(編集部注)
第2ヒントは、ペーターがその集団を率いていて、その中にゆきちゃんという子⚪⚪もいて、鳴き声はうぐずくめぇ~~~……… って、これ以上教えたらサービス問題(?)となってしまうので、次に移らせていただきます。



道の駅潮見坂は、国道1号線の潮見バイパス沿いにあります。 また、一般道からも行くことができ、そちら側にも駐車場が設けられています。私の家からは車で数分のところにあるのですけど、歩いていけない距離でもありません。それでも、今回は体力を温存したままそちらのレポートをする道を、選ばせていただきます。 ということで、を伴ってやって来ましたよ 道の駅潮見坂に。波がウチに来て3年近くなるのですけど、彼女にとっては、この日が初めての訪問ということになります。



その屋内では、近海で捕れた水産加工物はもちろんのこと、地元産の新鮮な農作物も売られていて、さらにそれらの食材を利用した食堂も設けられて、常にたくさんの人で賑わっています。 数年前には………



「THE!鉄腕!DASH!!」の「0円食堂」という企画でTOKIOのメンバーが、こちらを訪れたこともあるのですよ。 しかも、私の知らないうちに。それに、しらすソフトも美味しそうですし……… いや、それはさておき、0円食堂とは、農家や漁師や加工工場などで出た規格外や切り落としなどで廃棄するような食材を集め、それらを美味しく料理してみんなで食べるというものです。 それらの情報は、道の駅の顔の見える農家などから入手するので、彼らにとってもその施設は重要な場所となっています。



さらにその外側には、施設内の太陽光や風力発電によって沸かされた足湯があるのですよ。 こちらではお湯に足を浸けながら、バイパスを往来する車や、その向こうに広がる遠州灘海岸を眺めることができます。



また道の駅からは、バイパスの下を潜っていけば、ダチョウのいる第2駐車場や海岸に出ることができるのですけど………



今回は、ヤギのいるこちらのほうに行こうと思います。はい、そうです 日記の冒頭のクイズの答えは、ヤギだったのですよ。 そうしたら、そのヤギさんたちと何して遊びましょうか?ドロケイ?それとも、大貧民?
※遊ぶって、そういう意味ではなくて……… それよりもドロケイよりケイドロ、大貧民より大富豪のほうが一般的では?ちなみに前者は進化系の鬼ごっこ、後者はいろんな技が炸裂するトランプのゲームのことです。(編集部注)



ヤギの家は、道の駅潮見坂を東の方に出たところにあります。 特に規制されてはいないので、そのエリアにはワンコと一緒に入っても大丈夫だと思われます。



その柵内には、お父さんのミッチー君と………



お母さんの潮ちゃんがいました。 ともにワンコ用の首輪をしているところが、愛くるしいですね。 そんな彼らには………



昨年の11月に2頭の子ヤギが生まれました。 白っぽい男の子は「潮太郎」、黒っぽい……… というよりは、完全な黒ヤギですよね。こちらの女の子は、「さと」と名付けられました。



そんな彼らと箔波を、さっそくご対面させてみることにしましょう 果たしてどのような反応をするのか、楽しみですね。 波は小さい頃に関ヶ原で初めて逢ったヤギに、ビビっていたのですけど………



今回は興味津々で、グイグイいっていますね。



一方の箔は、あまり関心のないご様子。



波ちゃを惹き付けたのは、子ヤギの潮太郎君のほうでした。 もう1頭のさとちゃんのほうはというと………



3月5日の夕方まではいたのですけど、翌6日の朝に飼育員が見に来たら、小屋の戸が開けられていて、彼女だけがいなくなっていました。自分でこじ開けて脱走するのは物理的に不可能なので、夜のうちに何者かによって連れ去られたとしか考えられません。 その月末に予定されていた道の駅開設10周年の記念イベントでは、公募によって決定した、彼女らの名前を発表することになっていたのに………
結局、その日になっても彼女の手がかりはなく、本メェ不在のまま命名の儀がおこなわれました。男の子は、潮見坂にちなんで潮太郎君。女の子は、多くの投票者たちも同じ想いだったのでしょう。早く生まれ育った家に帰ってきてほしいという願いが込められた、さとちゃんという名前となりました。

さとちゃんはきっと元気で、親きょうだいの待つ家に帰りたがっています。 さらに、地元民の箔や波とも逢いたがっているハズです。たぶん、きっと。 道の駅は警察には相談したのですけど、被害届までは出していません。罪には問われないと思うので、出来心で彼女を持ち帰ってしまった方がいましたら、こっそりと元の場所に返してもらえるだけで結構です。また、彼女と思われる黒子ヤギを見かけたことがある方、彼女に関して何かの情報をお持ちの方がいましたら、当箔波日記か、道の駅潮見坂(電話・053ー573ー1155)にお知らせくださいませ。


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 さとちゃんの無事を願われている方は、こちらに投票してやってください。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

フィラリア対策をお忘れなく

2017-06-03 01:34:14 | 年間行事
こんばんは、白黒茶々です。
今年も早いもので、気付いたら春から夏に入ろうとしていました。 5月の末あたりから夏日となり、夏の憑き物(付き物)ともいうべき蚊も発生するようになりました。蚊は、ワンコにとっては恐ろしいフィラリアという病気に感染する媒体にもなるので、これからの時季は特にワンコを飼っている方は気を付けなければなりません。 それでも、動物病院に行ってその予防薬をもらってくれば、大丈夫です。 蚊よ、その対策が済んだあとなら、大いに襲ってきても構いませんよ。いや、できることなら来ないで。

そんな5月下旬の日曜日に、私はを連れて動物病院に向かいました。 同じ地域にある病院は家からは近いのですけど、常に混んでいて自分たちの順番がまわってくるまで2~3時間は待たされます。それだけではなく、フィラリア対策にワクチン接種も合わせると、1頭だけでも2万円近くもするのですよ。 なので、私は数年前からなつみかんさん家のバニラちゃんのかかり付け医の、S動物病院に行くようになりました。



その病院は浜松市東区にあって、私の家からは車で1時間近くもかかります。 それでも、毎年利用したくなる理由があるのですよ。とかなんとか言っているうちに、たどり着いてしまいました。そうしたら箔波ちゃ、お覚悟なさいませ~



まずは、年配者の箔からです。私たちは受付を済ませたあと、診察室に通されました。昨年は行き違いからワクチンと狂犬病予防注射を間違えて接種されてしまったのですけど、今回は「フィラリア予防と6種混合のワクチンですね?」という確認というか年押しが、何回もありました。昨年のことを覚えていたのでしょうか? それから、先生の奥さんはこの日も肉球柄のシャツを着ていました。

体重計機能のある診察台に箔を乗せたら、「8,32kg」昨年より微増でした。 そこで彼は小鹿のように震え……… いや、武者震いということにしておいてあげましょう。 ワクチン接種と、フィラリア検査用の血を抜かれ、彼の出番は終わりました。



引き続いて、波ちゃです。箔と同じようにして診察台に乗せたら「8,90kgですね」こちらは昨年より増しでした。 それよりも、波なのに体重は89(はく)なんて。 それはさておき、彼女はなぜか診察台の上では嬉しそうに尻尾を振っていました。 さらにワクチンと採血で2度も注射針を刺されたのですけど、彼女は泣き言は言いませんでした。なんて漢(おとこ)らしいのでしょう いや、女の子ですけど。

血液検査の結果、両者ともフィラリアにはかかっていなかったので、毎年出されている予防薬を処方され、ワクチン接種の証明書も書いてもらって、会計への運びと相成りました。 ちなみに1頭あたりにかかった金額は、約1万2千円。地元の動物病院よりかなり安いのですけど、手際のほうもかなりよくて回転も早い 他の患畜もいたのに、私たちがS動物病院の戸をくぐってからわずか20分ほどで、すべてが済んでしまいました。 あまりにも順調過ぎて、こちらでの写真は3枚しか撮ることができませんでした。



それから9日後、箔と波にとってはお楽しみとなる「おいしい」の時間がやって参りました。 S動物病院では、フィラリアの予防薬はワンコが喜ぶチュアブルタイプのものにしてもらったのですよ。それにしても、箔波ちゃの目がすごくキラキラしていますね。



その直後、箔は高まる感情を抑えきれず、ブンブンの動きをし出しました。 今回は昨年より感度の高いスマホカメラで撮ったので、白いオバケにはなりませんでした。



さらに今回は各々のリアクションを観察したいので、個別で与えることにしました。まずは、箔ちゃからです。 これは、モザイク処理でもしておくべきなのか……… カメラは彼のヨダレが床めがけて垂れ落ちていく様子も、捉えていました。



「よし 」の合図とともに、彼は勢いよくその「おいしい」をかっ喰らいました。 こちらも昨年のような白いオバケにはならなかったのですけど、獲物を捕らえた獣の顔となっております。



引き続いて、波ちゃです。彼女のほうは「待て 」写真を撮るのをすっかり忘れていたので、いきなり食べるところとなってしまいました。 やはりこちらも、「かわいい波ちゃん」とか「おとなしい波ちゃん」とかいったイメージからはかけ離れた形相となっていました。

美味しく食べてフィラリアを予防できるなんて、いいですね。 箔と波は、蚊の勢力が続いている時季は、月に1度の「おいしい」を楽しみにしていてくださいませ。最近の蚊は、羽音がほとんど聴こえなかったり、人間の死角となる肘や首筋を狙ったりなど、明らかに進化しています。なので、皆さんも彼らにスキを見せないようにお心掛けくださいませ。


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 「おいしい」のあまりの喜びように、ついおかわりをあげたくなってしまうという方は、こちらに投票してやってください。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

ボートレーサーへの道

2017-05-31 01:16:03 | その他
こんばんは、箔ですワン。
5月5日のこどもの日に、おれっちは家でボートレースの出走表を眺めていたのだ。



このレースは、6ー3ー4がくると思うのだ。………って、これって日記のネタになるのですか 期せずして、かなり久しぶりに「競艇箔ちゃ」の姿を見せてしまったのですけど、とにかく今回は競艇にまつわる話みたいなのだ。


こんばんは、白黒茶々です。
今回は私事ながら、私の身内の話をさせていただきます。 私には姉が1人いて、彼女の息子……… つまり私の甥っ子となるT君は、親の影響などから小さい頃からレーシングカートに興じていました。 ちなみに彼はたつぴにとっては、従兄弟にあたります。



一見おもちゃのようですけど、時速100kmも出て、さらに地面すれすれを走るということもあって、その体感速度はその倍にもなるそうです。



T君は経験を重ねていくうちに頭角を現していき、高校2年生のときには東海地区の大会で優勝しました。 それによって台湾でおこなわれるレースに招待され………



「高校生レーサー」ということで、NHKの地方局のほうで取材を受けたりしました。 彼がテレビに出るというので、親兄弟はもちろんのこと、私も含めた親戚一同は大騒ぎ カート仲間や友人知人、彼の通っていたコナン高校の生徒たちも、その日はテレビに釘付けになっていたことでしょう。その中で、レポーターのお姉さんは「将来の夢は、やはりレーシングドライバーでしょうか?」という質問をT君にしてきました。それに対して彼は「将来はボートレーサーになりたい」と言っていました。 ボートレーサーとは競艇選手のことで、彼の自宅は箔波日記にもしばしば出てきたボートレース浜名湖(浜名湖競艇場)の近くにあるということもあって、身近に感じていたようです。それだけではなく、彼の祖父の石原純夫氏(故人)も、かつてはボートレーサーだったのです。 しかもその純夫氏は、桐生競艇場で赤城雷神杯の初代覇者となった、伝説の選手でもあるのですよ。それらに加えて、T君は競艇選手を主人公にした人気漫画「モンキーターン」を愛読書としていて、将来目指すべき道を決めたみたいです。



ボートレーサー(以下、競艇選手)になるには、まずは半年に1度おこなわれている競艇試験を受けなければなりません。 その1次試験には全国で1500人ほどが受験し、200人しか通らないという狭き門なのですよ。T君は中学生の頃から挑戦していたのですけど、なかなかいい知らせをもらうことはできませんでした。
そして、高校3年の春に7回目となる試験を受けたら、見事に合格することができました。T君、おめでとう しかし、ここでまだ気を抜いてはいけません。 1次試験をクリアしたら、2次試験が待っているからです。そちらのほうの試験は、福岡県柳川市にある全国で唯一の競艇選手の養成所となる、やまと学校(現在のボートレーサー養成所)まで行き、そこで泊まり込みで受けることになっていました。

現地では、2次試験のあとにもう1つ3次試験が控えているのですけど、それらに落ちた者は即、荷物をまとめて帰郷しなければなりません。 競艇選手になる夢を捨て切れなかったら、半年後にまた1次試験から受け直さなければならないのですけど、そうなった場合にモチベーションを持ち直すことはできるのでしょうか?
話は、T君が2次試験を受けるところまで戻ります。万が一その試験に落ちた場合、列車に乗って帰ってくることになるのですけど、本人から「⚪⚪時に駅に着くから、迎えに来て」という電話が彼の母(私の姉、以下『姉』)のいる職場にかかってくることになっていました。落ちたときだけ連絡が来るなんて……… さすがの姉でも、冷静ではいられませんでした。 そのような状況の中で、1通の電話がかかってきたのです!まさか……… 「もぉ~~~ ドキドキしちゃったよ、仕事の電話だった」結局、その日もその翌日もT君から悪い知らせが来ることはありませんでした。ということは……… そうです 彼は3次試験にも合格し、やまと学校に入学することが決まったのです 192人が2次3次によって36人にまで絞ら
れるという狭い関門を、よくぞ通りました。



翌春にコナン高校を卒業し、やまと学校に入学するという流れは、時季的にみても理想的といってもいいでしょう。 ちなみにこの写真は、遠いその地に旅立つ前に、彼のもう一方の祖父母(私と姉の父母)に逢いに来たところです。 やまと学校に行ったら、卒業するまでの1年間は盆と正月ぐらいしか帰ってこられないので、しばしの別れとなります。T君、体には気を付けてしっかりやってくるんだゾ



ワイドショーなどの特集などでご覧になって、すでにご存知の方もいらっしゃるかも知れませんけど、やまと学校はとにかく厳しいところです。 訓練生の1日は、早朝に起こされ、整列して乾布摩擦をするところから始まります。 その際に、布団や毛布をキチッと畳んでなかったら、やり直しをさせられます。また、指導のほうは昔ながらのスパルタ式で、少しの気の緩みも許されず、並び方やお辞儀、発声などはキッチリやらなければなりません。競艇は「水上の格闘技」と言われるほど危険を伴っているので、それらの指導法は理にかなっているのですよ。その一方で、教官の勘違いで訓練生全員が連帯責任を追わされ、ビンタを喰らうという理不尽なことも。



それだけではなく、その養成所のテレビは休憩ホールにある1台のみ。携帯やスマホの持ち込みも禁止されているので、家族や友人知人などへの連絡手段は、時間制限付きの公衆電話か、手紙しかありませんでした。
なかには、あまりの厳しさに耐えきれなくて、途中で離脱する者もいました。それに加えて、規律が守れなくてクビになったり、成績が悪く素質がなくて落とされる者もいて、訓練生の数は絞られていきました。



それでもT君はなんとか耐え抜き、お盆休みには帰ってきて元気な姿を見せてくれました。 水兵さんのような制服も、似合っていますよ。 しかし、お盆の帰省とはいっても遊びのためではないということで、莫大な量の宿題を出されました。それでもT君は地元の友人知人と一緒に過ごす時間を確保しつつ、徹夜などをして宿題のほうもキッチリとこなしたそうです。

さらに、季節は夏から秋へ。冬に入ってからもT君から悪い知らせのようなものは来てなかったので、しっかりやっていることと思われます。



そして迎えた、今年の春。彼はやまと学校を同期の26人とともに無事に卒業することができ、それと同時にボートレーサーとして、5月に地元の競艇場のボートレース浜名湖でデビューすることが決まりました T君、おめでとう。



ちなみに彼に与えられた選手としての登録番号は、4989。仏教用語で、この世のすべての苦しみを表したものに通じるのですけど、覚えやすいほうに1票を投じたいですね。 それよりも、養成所生活を締め括る卒業レースは、姉一家も観に行ったのですけど、彼女らが見守るなかで彼はぶっちぎりの1位でゴールしたそうです。



その翌月の4月に、白黒茶々家はボートレース浜名湖にやって来ました。 T君のデビュー戦はまだ先なのですけど、私たちにはある目的があるのですよ。 その目的とは………



「井伊直虎杯」ということで、出世法師直虎ちゃんや出世大名家康くん、井伊の赤備えの甲冑バージョンのスワッキーが来ていたのですけど、メインはこちらではありません。



屋内の中央広場となるアトリウムに置いてあるボートに乗っかって、選手のキモチにもなってみたのですけど、こちらも違います。



この日こちらの競艇場では、石原翼君を含めた静岡支部の新人選手の紹介とトークショーがあったので、私たちはその様子を観に来たのでした。



そうしているうちに、アトリウムの特設ステージに新人の3人が登壇しました。それにしても、司会者のお姉さんがリアル出世法師直虎ちゃんなのが、なんとも。 私たちのまわりには、翼君の友人知人と思われる人たちはいたのですけど、姉一家の姿はありませんでした。なぜなら………
競艇は公営とはいえ賭博の場であり、公平を期するためにも、選手からレースに関する情報が漏れたりしないようにするためにも、二親等以内の親族……… 彼の親兄弟と祖父母は、舟券を購入することも、競艇場の一般人がいるエリアに立ち入ることも、禁止されているのですよ。 そういう私は三親等となるので、そのような制限はありません。



話は新人選手のお披露目に戻って、その中で翼君はやまと学校にいるときにあったエピソードや「乗りやすく広い浜名湖水面で、スタートを決めて1マークでは新人らしくガンガン握って、全速ターンで多くの舟券に絡めるように頑張ります」という、これから挑むレースへの決意などを語りました。



そして迎えた、5月5日。白黒茶々家は再びボートレース浜名湖にやって来ました この日の浜名湖は快晴で、風もなくて穏やかな陽気となりました。



対岸には、この日に間に合うように新調された、石原翼選手の横断幕が掲げられていました。 この日の第1レースで、いよいよ彼が選手としてデビューします。



私たちは最も近くで観られる場所で、レースの様子を見守ることにしました。 その時、彼の親兄弟と祖父母は……… 競艇場では立ち入り制限がある中で、4階にある親族用の隔離部屋……… いや、特別室が用意されていて、彼女らはそこで観ることができるそうです。いや、ひょっとしたら心ないファンが選手の悪口を言ったり、勝手に物語を作ったりするので、そんな彼らとケンカになったりしないように、親族は安全な場所に隔離されたのかも知れません。そうしているうちに、第1レースで戦う選手たちが入ってきました。なんか、私までドキドキしてきましたよ。



ただ見守るだけではナンなので、いちおうこのような舟券も買ってみました。 ご祝儀というか、期待の現れというか……… とにかく、初めて翼選手の名前が刻まれた舟券なので、記念品になることは確かです。



そして、場内にレース開始のファンファーレが鳴り響き、6つのボートは勢いよく水上を走っていきました。 ちなみに翼選手が乗っているのは、一番外側(手前)の緑の6号艇。ガンバレ 翼選手。



一瞬上位争いに絡んだのですけど、経験豊かな選手たちに突き放され、結局6位でのゴールとなりました。それでも、翼君の戦いはこれから、ここからです 叔父バカを抜きにしても、彼には素質とスター性があります。ということで、私は今後も彼の活躍を見守っていく所存にございます。 それから、レポートの途中から翼君が実名&顔隠しナシとなったのは、彼が公人のボートレーサーになったのと、私が彼の名前を広めたかったからであります。ということで、今後もボートレーサーの石原翼選手をよろしくお願いいたします。

話は変わって、6月6日から6日間、東京都府中市にあるボートレース多摩川に、彼が出走します。 その近くにお住まいの方、競艇や翼選手に少しでも興味をお持ちになられた方はぜひ、観に行ってみてくださいませ。


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 「4989の選手番号は、インパクトがあり過ぎて覚えてしまった」という方は、こちらに投票してやってください。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

箔のウチの子12周年とオフ会デビュー噺

2017-05-27 00:51:56 | ワンコ
こんばんは、白黒茶々です。
今月の22日はのウチの子記念日で、今年で12年となりました。 12年前のその日に、箔は白黒茶々家にやって来た……… というよりは、里子に出されていた当時1歳3ヶ月だった彼を、私は長野県の諏訪湖畔にあった前の飼い主さんの家まで迎えに行き、連れて帰りました。



白黒茶々家の一員となったばかりの頃の箔は、若いというよりモサッとしていますね。 それに、目の大きさも違いますし。彼と出逢ってからの12年は、あっという間のことのように感じるので、そのぶん充実していたということでしょう。 その現在に至るまでの年月を振り返っていくと、あまりに長くなりそうなので、ここは的を絞らせていただきます。
長いワン生を歩んでいくと、その間に必ず初めて体験することもあります。ということで、それらのなかでも今回は箔がオフ会デビューしたときの話をさせていただきます。 それは、箔波日記を開設する前のことだったので、なかには初めてそのことを聞くという方もいらっしゃることと思います。



箔がウチの子となってから約1年後の平成18年(2006年)4月に、私の地元の浜松市浜北区にあるドッグラン犬の森POMさんで、第1回東海オフ会がおこなわれました。 幹事は静岡県東部地区にお住まいのポーラママさんで、当日は地元はもちろんのこと、名古屋近辺や関東方面からも、たくさんのスピッツ仲間が集まりました。



当日の天気予報は雨で、朝から雨雲が広がっていたのですけど、究極の晴れ男のチェリー君の効果もあって、奇跡的に晴れてきました。 東海オフ会のまたの名を「スピクニック」といって、そのドッグランでは小型犬スペースを貸し切り、参加者はお弁当を持ち寄って、ピクニック気分でその集まりを楽しみました。



各自陣取る場所が定まってから、みんなの前で自己紹介が始まりました。皆さんにもその場の雰囲気を味わっていただけるように、その一部を紹介します。 まずは、ナナママさんご一家です。ナナちゃんラッキー君の間に生まれたのがキュー君なので、ワンコのほうも家族なのですよ。



次は、サエモン君です。ご自宅は群馬県なので、そちら方面で逢われた方もいらっしゃると思います。また、毎年6月ぐらいにおこなわれている軽井沢のパーティーのほうでも、有名でしたね。 彼は2014年の12月に、16歳7ヶ月で虹の橋を渡っていってしまいました。



こちらの音音(ネオ)君は、今回がオフ会デビューとなったそうです。彼は若くしてこの世を去っていったので、私たちがお逢いしたのはこの日が最初で最後となってしまいました。その数年後にネオママさんとパパさんは、真音(マオ)を迎え入れられ、今に至ります。



自己紹介が済んだら、あとはフリータイムです。ワンコを追ったり歓談したりして、お楽しみくださいませ。 ちなみに仲良くカートに乗っているのは、今回のオフ会の主宰のポーラちゃんと小町ちゃんで、手前の白い物体が箔であります。ポーラママさんはポーラちゃんと出逢ったペットショップで、数年後にもまたスピッツと行き逢いました。 その子が小町ちゃんで、その後彼女の父母がポーラちゃんと同じだということが判明。なんと、彼女らは実の姉妹だったのです しかし、お姉ちゃんのポーラちゃんは昨年亡くなってしまいました。



あらんままさんにリードを預かっていただいて、このような写真も撮ることができました。 左端にいるのが箔で、ママさんのお膝にいるのが、ちょろベロが印象的なアラン君。足元のコーギー犬が、コギらった……… ではなくて、カイトちゃんです。



箔がラッキー君やキュー君と一緒にやっているこのポーズは、お得意のブンブンというよりは、キャイーンみたいですね。



その箔と一緒にいる箔母さんも、若い ただし、顔は写っていませんけど。



楽しい時間はあっという間に過ぎ、あとは参加者全員による集合写真を撮って締めることになりました。 この写真には全部は収まりきれていないのですけど、その日は確か24スピと1コギぐらいが集まりました。
その頃の箔はドッグランや他のワンコとの交わりにはまだ慣れていなくて、神経が張り詰めていて少し危険でした。 それに、若気の至りみたいなものもありましたし。それでも、長いワン生を歩んでいくうちに、すっかり丸くなって……… いや、すぐにカッとなる性格はまだ少し残っているような。 若いお仲間がぶつかったりすると、「ガウッ 」と怒ることもあるので、好々爺とはいきませんでした。



それでも、その時のオフ会デビューによって、交流の輪はさらに広がり、私たちの道は拓けてきました。 その後、ワンワン運動会やスピッツ協会展覧会、スピッツクラブ展覧会などのワンコ行事にも遠征するようになり、活動範囲も広がっていきました。その行く先々では、皆さんに可愛がっていただきましたし。こんな箔ですけど、これからもよろしくお願いいたします。 来年、再来年も、ウチの子記念日特集が組めますように~


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 「ワンワン運動会特集も見てみたい」という方は、こちらに投票してやってください。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

スピクラ展の内側(スピッツクラブ展覧会その3)

2017-05-24 01:14:11 | オフ会の類
こんばんは、白黒茶々です。
前々回の終盤から、私とはスピッツクラブ展覧会がおこなわれている横浜そごう鐘の広場に来ています。 しかも今回は、その会場のど真ん中に立っています。その衝撃的な1枚に「ウソでしょ?」とか「ドッキリだったら、早くネタばらしして」とか言いたい方もいらっしゃることと思います。こうなるまでのことは話せば長くなるのですけど、順を追ってなるべく簡潔に説明するように努めます。

ということで、話は昨年の秋ぐらいまでさかのぼります。 その年は箔と同世代のお仲間たちが次々と亡くなったこともあって、私は今まで以上に命のはかなさを感じるようになりました。もうじき13歳になる(当時のこと)箔も、年齢的にも近い将来必ずXデーを迎えることになります。そうなったときに、「まだ元気だった頃に、ああしておけばよかったなぁ」ということはないでしょうか? ………ということを考えたら、毎回見学組として行っているスピクラ展に、1度だけでもいいから箔を出陳させてみたいと思うようになりました。



とはいっても、美しくて気品のあるスピッツが多数出陳しているその展覧会は、どう考えても見た目も行動もアレな箔にとっては、場違いではないでしょうか? しかも、足先をナメるクセがあって、常にその部分は赤く汚れていますし。そういうこともあって、見学組で来たときでも、これから出番を控えている出陳犬の機嫌を損ねるようなことがないように、なるべく努めてきました。
そのような中でおこなわれた前回のスピクラ展。そのときは10歳以上を対象としたシニア犬の部門に出陳するワンコはいませんでした。それならば、その部門に箔を出してもいいのではないでしょうか?かなり質が落ちることになり、箔母さんも難色を示していたのですけど、私の決意は固まりました。

そして今年の初春頃に、スピッツクラブのスタッフの1人に、出陳のことを申し出てみました。どうか、門前払いしないでください。 そうしたら、まずはそのスピッツクラブに入会することを勧められました。なんとか受け入れていただけるみたいです よかった――― 必要事項をメールで送り、入会金(3000円)を同組織に振り込んだら、第1段階はクリアです。

そうしたら、次は出陳の申し込みです。その際には、ワンコの年齢を証明できる何かが必要とのことでしたけど、昔箔をウチに譲り受けたとき、一緒に血統書ももらってきたので、その点は大丈夫です。 彼は、2004年2月18日生まれの13歳です。ちなみに登録名は、キノ オブ カシ コウゲン ハウス。
出陳料(2500円)はスピクラ展当日に受付に直接払えばいいとのことなので、あとは展覧会用のパラシュートリードを取り寄せ、その日が来るのを楽しみにして待つだけです。



そして、話はスピクラ展の会場に戻ります。受付で手渡された出陳犬の名簿の中に、確かに箔の名前がありましたよ 唯一のシニア犬ということで、ある意味目立っています。それを見ただけで、感慨深いものがありました。

個体審査は全出陳犬を対象としていたのですけど、シニア犬部門の箔の出番は1番最後でした。待っている間、私は緊張しまくっている……… と思いきや、意外と落ち着いていました。 かなり前からスピクラ展を見学してきたこともあって、勝手を知っているからでしょうか?それとも、感覚が麻痺していてこれから出陳するという実感が湧いていないのでしょうか?とはいっても、実際には自分たちの出番が待ちきれなくて、待機組のまわりをうろちょろしていたような………



とかなんとかやっているうちに、ようやく私と箔の出番が巡ってきました。 場内をラウンドしている姿は撮れなかったのですけど、ちゃんとした姿勢で歩けていたでしょうか?それに引き続いて、箔を検査台の上に乗せました。
「箔君って、意外と太っていないのですね」「実は男の子体型で、骨太なのですよ」スタッフの1人のナナママさんは10年以上も前から箔のことをご存知ということもあって、かつてワンワン運動会で一緒にリレーに参戦したことなど、懐かしい話に花が咲きました。



個体審査が終わったら、出陳犬は男の子と女の子に分かれて、スペシャルショー(ステキで賞)の審査&投票に入りますよ 私たちはもちろん、投票される側にまわるのは今回が初めてであります。箔ちゃ、得意な目力をここで発揮してくださいませ。 いや、それだけでは弱い 目からビームを出しなさい。



午後の部に入って、最初にスペシャルショーの発表がありました。今回、映えあるその賞に輝いたのは……… レオン君くまちゃんラピスちゃん毛糸ちゃん栗丸君ルネッサ君です。箔ちゃは落選にございます。 やよっちさん家は、ダブル受賞ですね。他の皆さんも、おめでとうございます。



引き続いて、プラチナドッグが完成したのは、IVYちゃん



小豆ちゃん



豆蔵君です。お3方とも、おめでとうございます。



グランドプラチナドッグ完成は、アル君



チャンピオン完成は、アンリー君



さらにグランドチャンピオンに輝いたのは、瑠璃君であります。また、彼は参考犬としてもラウンドしていました。皆さん、おめでとうございます。



それから、ゴールデンパピー賞として、くまちゃんと小太郎君が表彰されました。お二方とも、おめでとうございます。



てその一方で、待機していた箔は、ヴィヴィアルママさんなど、おやつをくれそうな方に目をつけ、あげると言う前から前足をブンブンさせて、激しく要求していました。 1度あげたら落ち着く……… と思いきや、おかわりを期待してくるので、キリがありません。会場にいらっしゃった皆さん、図々しいヤツで申し訳ございませんでした。

そのような状況のなかで迎えた、シニア部門の寿賞の箔の表彰。 しかし彼は私が手にしたメダルをおやつと勘違いし、栄えある舞台でもブンブンしていましたよ。 あまりの落ち着きのなさと、お年寄り犬の足元が滑りやすいことを配慮して………



スタッフの方に促されて、このようなポーズでの写真撮影となりました。 それでも、双方ともいい笑顔で写っているので、かえってよかったです。 あの~、ここでとっておきのセリフを言ってもいいですか?じゃあ、遠慮なく。「おかげさまで、箔に箔が付きました」………ま、まあ、とにかく、 スタッフや拍手をくださった皆さん、ありがとうございました。



そのあと、ユニコーン部門の比較審査がおこなわれ………



風ちゃんラピちゃんが、MBS賞を受賞しました。姉妹そろってなんて、スゴいですね。 お二方とも、おめでとうございます。



終盤に入って、スピクラ展は加速度的に盛り上がってきました。 ちなみにこちらは、一般部門の比較審査の様子にございます。その結果、ラピスちゃん爽ちゃんサファイアちゃん毛糸ちゃんアンリー君栗丸君ルビィ君が秀賞に輝きました。皆さん、おめでとうございます。



金賞のEMSはアンリー君、EFSはサファイアちゃんとなりました。お二方とも、ステキです。おめでとうございます。



そして最後に発表された特別賞は、さくらちゃん小夏ちゃんが受賞しました。双方とも、ますます磨きがかかりましたね。おめでとうございます。



スピクラ展の会場にいる間、箔はずっとテンションが高いままだったのですけど、さすがに帰りの列車の中では爆睡していました。 シニア部門は今回は箔だけということもあって、出たらもれなくメダルをもらえたのですけど、私たちにとっては大事な宝物となりました。いや、一緒に出陳した経験そのものが、宝物だといってもいいでしょう。 そのスピクラ展はクオリティの高いスピッツを見られるだけではなく、たくさんのお仲間たちと出逢ったり触れ合ったりできる場でもあります。しかし、スタッフや出陳犬(特に一般部門の牡)が不足しているなどの理由から、来年の秋展をもって休会となる可能性があります。いつまでも続くものだと思っていたのに……… なので、諸々の問題が解決することを願いつつ、私はこれからも箔や波とともに出陳組か見学組、いずれの立ち位置からでもそのイベントを応援していこうと思います。


にほんブログ村 犬ブログ スピッツへ   にほんブログ村 犬ブログへ
 「受賞者インタビューなどがあったら、白黒茶々さんはアレを言っていただろう」と推測されたな方は、こちらに投票してやってください。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加