はくあい工房 Owner's Blog

日々の生活の中で感じた事、気づいた事Blog。

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トンボ

2015-07-19 21:16:25 | いろいろ

昨日、実家の庭に真っ黒いトンボがいた。オハグロトンボという名前らしいが、別名”神様トンボ”とか”極楽トンボ”とか”仏トンボ”とか呼ばれている。私は小さい頃からこのトンボを、”神様トンボ”と呼んでいた。めったに見かけないトンボ。じ〜っと葉っぱにとまったまま動かない。時折、4枚の羽をふわ〜と広げる姿はなんとも優雅な感じ。一節には、このトンボは、”帰ってきたご先祖様”と解釈され、縁起の良いものとされているらしい。

父が亡くなった時、皆でお葬式の後、岩木山の麓のホテルに1泊したのだが、その日の朝、トンボの大群が私たちの部屋の前を旋回していたのを思い出した。家族は、亡き父がトンボとなってショータイムを見せてくれたような気持ちになった。だからなのか分からないが、神様トンボを見た時、とっさに”父がいる”と思った。あ〜何か伝えにきたんだなと・・・。お誕生日前日だったから、”おめでとう”を伝えにきてくれたのか・・・と勝手に解釈して、”やるなぁ、親父さん”とニンヤリしてしまった。まぁ真相は分からないが、なんだかラッキーな気分になった事は間違いなし。

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自己矛盾

2015-07-18 23:10:01 | いろいろ

今、ある重要な事を決めなくてはならないのだが、なんだかもやもやとして行動が起こせない自分がいる。通常は、すばしっこく行動が早い私だが、たまーにだがこんなモードになる時がある。頭では”そうしよう”"そうしたい”と思っているのに、行動が起こせないのだ。大いなる自己矛盾。

そう、あの時の自分もそうだった。グーグルと出会う前に、私はある会社の面接をし、とんとん拍子に面接が進み、offer letterをもらった。ノリノリで面接をして、”よし、この会社に決めた”と思っていた自分とは裏腹に、いざ、offer letterをもらったら、急にサインをするのを躊躇した自分。はっきりとした理由があるわけでもない。2−3日置いた後、突如として、”辞退しよう”と決めたのだ。あの時の自分を今思い出しても、本当に不思議でならない。先方には大そう迷惑な話なのは重々承知しているのだが、言いようのないもやもやとした気持ちを無視する事ができずにとっさにとった行動。その数か月後にグーグルから声がかかった。

今の状況ととてもよく似ている感じがする。頭では、いいね、いいねと進めてきた事だったのに、いざ、こちらの最終決断の段階になって、行動が起こせずにいる。”もやもや”が始まった。これが私特有の動物的勘なのかもしれない。いや、その勘が正しいと今の段階では言えないのだが、明るい気分で前に進められない自分がいるという事なのだ。

こんな時の対処法は、一旦ぎりぎりまで”その事”から離れてみるのが一番。その間、自分の気持ちを泳がせ、日常生活で起きるいろんな事を注意深く観察するのだ。案外と決断を左右するようなヒントが隠されていたりする。最終的な決断に固執せず、あくまでも自分の気持ちに正直になる事が大事。”天の声”を待つ事にするか・・・

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父の命日

2015-07-17 21:39:25 | いろいろ

今日7月17日は父の命日。三回忌は2週間前に親族を集めてやっており、今日は父の仏壇に御膳をあげ、母とお経をあげた。しばらく仏壇の前で二人で父の思い出話をした。なんともいえない平和な時間。

あれから丸2年がたった。いろんな事があったとつくづく思う。秋田に帰って約10ヶ月ほどで父がなくなり、相続の手続きやら、父の会社の引き継ぎやら、実家の片づけやらと、とにかくできる限りの事をやってきた。その間、母が大病をし、長期入院もあり、この2年間は片岡家matterに追われた。

ふと気が付くと片岡家の流れが変わってきた。東京から秋田に帰ってきた理由はいろいろあるものの、片岡家の新しい流れをつくる役目を私たち姉妹は与えられていたのだと思う。何事も物事の最初に関わってきた私には、まさにぴったり。これから始まる物語のその1ページが父の三回忌を境に少しずつ動き出してきた。まるで、父からの合図のようだ。”そろそろ外に向かって動け”と。あせらず、力まず、こねくりまわさず、直感的に入ってくる感覚を大事にして、進んでいこう。

 

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偉大な方の死

2015-07-16 21:56:00 | いろいろ

姉の算命学の恩師が亡くなったという知らせが昨日来た。あまりにもショックだった。今朝目覚めた時、心にぽっかりと穴が開いた自分に言いようのない寂しさを感じた。私たちが生きている同じ次元にいない現実はあまりにも突然訪れた。

そもそもこの先生との出会いは私の友人が紹介してくれたところから始まった。30代の前半、私の人生は、仕事もプライベートもどんづまりだった。そんな私を見かねた友人が信頼できる算命学の先生がいらっしゃるから一度会ってみたらと教えてくれたのだ。始めての鑑定で私は大泣きしてしまったのを覚えている。先生が持っている深い愛、そして包容力を肌で感じた。一般には算命学も”占い”の部類として理解されているが、この先生の鑑定は、単なる”占い”で片づけてほしくない。いたずらに人の運命を左右する言葉を投げかけるのではなく、なぜ私という人間がこの世に生まれてきたのか、何を成し遂げようともがいているのか、どんな人生曲線の中で私は自分の人生を描こうとしているのか、、、等々、私という人間の青写真を東洋という哲学からひも解いてくれた。

私の心の深いところで、自分を見つめ直した瞬間だった。それから10年間ほど、時折、何かにつまずいた時私は先生のところを訪れた。この先生との出会いがなければ、今の私はふぬけだったと思う。それほどまでに、私はこの先生からいろんな事を教えてもらった。そう、私という人間を、、、なぜ生きるのか、、、なぜ生まれてきたのか、、、何を成し遂げたいのか、、、。

ある時、姉も先生の鑑定を受けたのがきっかけで、先生の門下生として7年間算命学の勉強をし、プロの鑑定士として独立した。この7年間の姉の勉強をする姿勢を傍らでみてきた私は、本当に頭が下がる思いだった。ハードな会社の仕事もこなし、なおかつ、必死にまじめに勉強を重ねてきた姉。二人で漠然と描いてきた、”人を笑顔にしたい”という夢の実現のために、彼女は鑑定占技の習得のみならず、算命学の東洋思想の哲学を深い所から理解する姿勢を貫いた。姉が時折話してきかせてくれる東洋思想の哲学が私は大好きで、いつも教えてとせがんだ。

私たち姉妹は、どれだけこの先生にたくさんの事を教えてもらった事か。私たちのみならず、本当にたくさんの方がこの先生に勇気づけられ、助けられた。あまりにも偉大な方の死に直面し、心細くで仕方ない気持ちになる。それだけの存在感を放っている方だった。

好奇心旺盛な先生の事だから、天国に行っても興味津々であちらの世界を満喫していらっしゃる事でしょうね、、、先生、本当に本当に本当にありがとうございました。

 

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はまってます、、、

2015-06-18 22:47:23 | いろいろ

最近の私といえば、、、本当に忙しい。やりたい事、やならければならない事が山ほどあり、1日がアッというまに過ぎてしまう。今はまっているのは洋服作り。生地を見ると、ムクムクと作りたい欲求にかられる。東京の日暮里の生地問屋街は私のお気に入りplace。先日は、沢山買い過ぎて、宅急便で送るほど、、、。既成のパターンを自分の好みの形に変えては、ワンピース、ボレロ、パンツ、カーディガンなどなど、いろんな組み合わせで着れるように次々とパターンが増えていく。とにかく楽しい。一旦とりかかると、飲まず食わず、無言でひたすら作る事に集中してしまう。そんな私の姿が、家族には相当滑稽に映るらしい。私がいっぱしの”お針子”さんのようにやっている姿は、普段のイメージとは随分と違ってい見えるらしい。

そもそも、洋服作りに火をつけたのは、あの映画、、、”ディオールと私”。生地に向かう彼らの器用な手先、クリエイティブな感性は、私をドキドキさせた。私もこういう世界に進むべきだった〜と思った。あれ以来、なんの基本知識もないまま、いきなり生地を買ってきて、洋服作りを始めた私。

 

作るのが好きというより、生地が好きなのだ。たぶん、幼少期に、母の手作りか、オーダメイドの服で育った事が影響しているのだろう。素敵な生地に出会うと、自然と服を発想してしまうのだ。すでに20着ぐらいを作り上げてきたが、まだまだ終わらない旅になりそうだ、、、。

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