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■「偽り」ということ~朗読会より■ 再掲 日時不明

2017-11-18 15:22:24 | 日記
三浦先生は私の朗読の後、若い頃の私を「偽りのできない方だった」と表現して下さいました。

確かに「偽りができない」自分だったと今でも思います。

若くして教師として生徒を「教育」する。

若いだけに時にはインモラルな無茶もする、世間も知らない、有意義な生き方など説くこともできない、そんな私が「教育」などというおこがましいことをやって良いものか、と真剣に悩みました。

私はただ自分に正直であろうとしただけなのです。

だから教師を辞めたのです。

安定した地位とか職業とかお金の問題ではなかったのです。

「偽り」の人生を送るのだったら、死んだほうがましだったのです。

幸いに自分を「偽る」ことをしなくても良い場を他に見つけられたので当分はしのげました。

しかし、人生に慢心していると、「偽り」はいつの間にか心の隙間に忍び込んでくるものです。

またもや「偽り」の人生を送っている自分を見つけてしまうのです。

「偽り」の人生かどうかは、もちろん本人が自覚するかしないかの個人的な問題です。

誰もがうすうす感じながらもそれを「見ない」、いや「見なかったこと」にしたい。

「見てしまうと苦しむ」からだと本能的に察知するものです。

今、こころ苦しんでいる方々はそれを「見て」しまった方々なんじゃないかと思います。

それを三浦先生は医療という現場でよくご存知だったのです。

「偽り」の人生を「見て見ない振り」をしていると、いつかは先がつまってしまうものです。

もちろん皆さん全員がということではありませんが、「偽り」の人生という地獄を「見てしまった」、「見ざるを得なくなった」、そういうときにこそ「ベストチョイス」を読んで頂きたいと思います。

はっこう
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