このとき、なぜ雪は白いかを考えることは、--いささかオーバーな表現かもしれないが--生きていくうえでの回り道だろうか。
たしかに、考えることなしに感覚的にだけ物事をとらえ、これに対する最小限の処置をとるだけで、人間は生きられるかもしれない。
しかし、考えることにより、われわれの生活は別の意味での豊かさを増すのではあるまいか。
そして、考えることと感じることは、けっして両立し得ないことではない、と私は思っている。
考えること、つまり知的な活動は別の意味での面白さを与えてくれる。
小さくは知的好奇心の満足、大げさにいえば自然観の確立、というのもなかなかにあじわいの深いものである。
(「科学の目」1978年4月発刊)
たしかに、考えることなしに感覚的にだけ物事をとらえ、これに対する最小限の処置をとるだけで、人間は生きられるかもしれない。
しかし、考えることにより、われわれの生活は別の意味での豊かさを増すのではあるまいか。
そして、考えることと感じることは、けっして両立し得ないことではない、と私は思っている。
考えること、つまり知的な活動は別の意味での面白さを与えてくれる。
小さくは知的好奇心の満足、大げさにいえば自然観の確立、というのもなかなかにあじわいの深いものである。
(「科学の目」1978年4月発刊)










