☆八喜為てんてこりんブログ☆

神戸の新開地・元町に店を構える「串の店 八喜為」
元気一杯のお店で起きるてんてこりんな日常を描きます☆

八喜為 阪神淡路大震災からのキセキ 〜新開地本店 プレハブ仮設営業のハプニング!〜

2011-07-14 10:49:32 | 日記

八喜為てんてこりんブログ 第7回目

写真:兵庫県 丹波の黒豆枝豆

 

お待たせ致しました

前回から引き続き、阪神・淡路大震災後の復興のお話をさせて頂きます

 

その前に、今回2011年3月11日に発生致しました東北地方太平洋沖地震で被災された多くの方々へ、心よりお悔やみとお見舞いを申し上げます。
また、1日でも早い復興を心よりお祈り申し上げます。

 

 

さて、今回は「新開地本店、プレハブ仮設営業のハプニング!」のお話です
(※このブログは、阪神・淡路大震災にあわれた大将やおかみさん、当時居合わせたスタッフさんのお話に基づいて綴らせて頂いております。)

 

震災で崩れてしまった新開地本店の解体作業を終え、沈んでいる暇もなく仮設店舗での営業再開準備にフル回転の大将とおかみと残ったスタッフさんたち。もちろんこの時も元町店はフル回転で営業中

本店の仮設店舗は、今の場所より少し山側のちょうど元町えびすさんのところでした

プレハブ2階建ての店舗で、1階はカウンター席とテーブル席3つ。2階はフローリング座敷
という少し縮小した規模の細長〜い仮設店舗

日よけの為に2階の屋根部分から斜めテントを張り、その広い斜めの面積部分に「八喜為」という文字を入れる、日よけ兼看板で経費削減のアイデアを打ち出したおかみnice

1階の厨房には串かつのフライヤーをはじめ、焼とりの炭火焼台、ガスコンロに調理台、流し台、換気扇…など、小さくせまいながらも設備はバッチリ

 

そして、新しいスタッフさん達も揃って

 

平成8年(1996年)2月1日 新開地本店 仮設店舗 営業OPEN

 

春に向かって、駆け足営業八喜為初の中国人スタッフも加わり順調に進みました
そして、あっという間に春が過ぎ、熱い熱い夏がやってきました

さて、ここで皆さま、例年やってくる夏を思い出して下さいませ
海を思い出しますか?山を思い出しますか?

いえいえ、真夏の太陽に照らされたプレハブの中の熱い夏をご想像下さい

そうです!八喜為仮設店舗内、あまりの熱さに問題勃発

とにかく熱い


熱いプレハブの中に、たくさんの人たちが集まり、串かつや焼とりなどを高温で料理を作る店内は、まさに蒸し風呂…いえ、サウナ状態・・・いやいや、鉄板の上のお好み焼きや焼そばと同じと言っても過言ではないでしょう(←それは言い過ぎやろ! つっこみ:現在のおかみ)

半端ない熱さに、スタッフも汗ダクダク、お客様も汗を吹き出しながらビールを飲んでいる…水分補給に来られたのか、水分を抜きに来られたのか、もう何が何だか・・・

 

「本当に、プレハブで飲食店はするもんじゃない
と未だに大将とおかみは口を揃えて言う、伝説の夏となりました

 

それでも、スタッフと同じくらい汗をかいて、お食事をされたお客様が帰り際に笑顔で「ごちそうさん」と声をかけてくれた時には「すまないな・・・」と思う気持ちと「本当にありがとう」という気持ちが同時にあふれて「おおきにっっ」と笑顔で送り出すことが出来たそうです

 

そんな熱い熱い夏をプレハブで過ごしている間に、元の新開地本店を解体した場所では着々と新しいビルの建設工事が進んでいたのです

 

次回は「八喜為新開地本店 元の場所でリニューアルオープン

お楽しみに


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八喜為 阪神・淡路大震災からのキセキ 〜新開地本店 涙の取り壊し〜

2011-01-17 15:20:10 | 日記

八喜為てんてこりんブログ 第6回目 

写真:神戸ルミナリエ

 

 

大変お待たせ致しました

今回も前回から引き続きまして、震災後のお話をさせて頂きます

 

その前に、本日2011年1月17日は、阪神淡路大震災から丸16年。長かったような短かったような、この16年。震災にあわれた方々へ、この場をお借りしてご冥福をお祈り申し上げます。

 

さて「新開地本店 涙の取り壊し」のお話です

(※このブログは、実際震災にあわれた大将やおかみさん、また当時居合わせたスタッフさんのお話に基づいて綴らせて頂いております。) 

 

 

2号店の元町店がOPENしてほっとしたのも束の間、次はいよいよ倒壊の恐れのある新開地本店のビルが取り壊されることになりました

 

当時、商店街で軒を連ねていた、各店舗のビルはすでに傾き、皆、仮設プレハブに避難し、誰も住んでいない状態。そんなビルの前で、テーブルと椅子を出し、震災直後から営業をしてきた八喜為の大将とおかみさん、そしてスタッフの皆

 

それもこれも、お客様のためと言いつつ、本当は自分たちが一番、八喜為がなくなってしまった事を信じたくなかったから、必死でもがいていたのかもしれません

 

 

それは、周りで同じく商売をしていた店舗の皆さんも気持ちは同じ。ビルの取り壊しとともに、もう一度ビルを再建して、また、皆で商売をやろうじゃないか!と、皆の心が少しずつ、前を向き始めたのが、震災から1年後の春でした

 

私たち八喜為も、店舗内の機材・荷物を移動させる為、現時点の店舗より20メートルほど、山側(新開地駅東8番出口前)にプレハブを建て、そこで仮設店舗をOPENする決意をしたのでした 

 

 

 

そして、店舗ビル解体の日

 

傾いた新開地本店のビルにクレーン車が入り、バリバリバリッ

 

 

 

シャッターが壊され、壁が壊され、生け簀も壊され・・・みるみる間に店の形がなくなっていきました

 

 

 

今は亡き先代おかみの八重野さんは、声を出すこともできず、ただひたすら涙が頬をつたうだけでした

 

 

 

 

震災にあうまで20年近く、皆で地道に地道に頑張ってやってきたお店が、1日でアッというまに影も形もなくなくなってしまいました

 

 

 

 

 

深い 脱力感 空虚感 

 

 

 

 

しかし、落ち込んでいる暇はありません

 

たくさんの機材と荷物を運び込んだプレハブ仮設

 

 

 

さっそくOPENしよう

 

 

 

また、ものすごい勢いで、八喜為の皆が動き出したのです

 

 

 

 

 

次回は、「新開地本店 プレハブ仮設営業のハプニング!!」の巻

 

お楽しみに!

 

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八喜為 阪神・淡路大震災からのキセキ 〜2号店 元町店 開店より〜

2010-12-11 23:42:11 | 日記

八喜為てんてこりんブログ 第5回目


写真:「鯛昆布じめ」


大変大変お待たせ致しました
今回は「八喜為2号店 元町店OPEN」のお話です



元町店は、木造2階建てで外観こそ古かったものの、こじんまりとした家庭的な雰囲気のお店でした

元々、お食事処として使われていた1階店舗部分をそのまま使わせて頂き、速攻のスピード開店
厨房を囲ったカウンターと3つのテーブル席が用意された店内は、まさに「昭和初期の日本の家」といった雰囲気


そんな温かい雰囲気の元町店がいよいよ・・・


平成7年(1995年)6月22日(木) 震災の半年後にOPEN!

どうなることかと不安と緊張の入り混じる中での営業開始

 

・・・1人・・2人・・・・と・・・・・お客様が・・・

 

会社帰りのサラリーマンさん・神戸港の作業員の皆さん・ご近所周辺の皆さん・新開地から駆けつけてくれた常連さん・・・次から次へとご来店&応援に来て下さいました・・・

 

OPEN当初は生ビールも50円という喜び価格で、店内に元気な声が響き渡ります

そして、ご来店頂いたお客様には、感謝の気持ちを込めてのオリジナルキーホルダーを粗品としてプレゼント

今でも、このキーホルダーを見ると、あの時の光景・お客様の笑顔・スタッフの声・皆の厚い心を思い出します

もう、新開地本店での営業は諦めて捨てた想いで、元町店は開店したのでした




そしてその頃、新開地本店では・・・いよいよ、建物(お店)の解体に入ることに・・・




次回は「新開地本店 涙の取り壊し」です


お楽しみに



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八喜為 阪神・淡路大震災からのキセキ 〜青空八喜為・珍事件より〜

2010-04-03 20:57:35 | 日記

八喜為てんてこりんブログ 第4回目


写真:「甘鯛(アマダイ)」



お待たせ致しました
前回からの続き「青空八喜為」より珍事件偏をお届け致します





「青空八喜為」を開店して、めまぐるしく時が過ぎていきました
そんな中、色々な珍事件もあり、ご近所の警察さんにも良くお世話になりました


まず、青空八喜為ができて、すぐの冬のある日・・・

雨風をしのぐ為、昔からの付き合いの「ミヤモト工芸」さんの若い大工さん達に、テーブル席の周りにベニヤ板を張ってもらい、囲いをして地面に釘を打ちつけ固定をしてもらいました
完成した時は、八喜為スタッフも大工さんも皆で大喜びで涙を流した作品(←んな大げさなっ:いのちゃん専務つっこみ)




・・・・・・だったのですが・・・・・・。





そんな雨風をしのぐには抜群の八喜為囲いが・・・・・夜中に通りかかった通行人にも抜群だったようで・・・。


W.Cと間違われ、囲いの中に「運」のつく素敵な落し物をされてしまいました






うーーーーーん うん うん(←そんなんいらんねんっ:いのちゃん専務つっこみ)







更にその後は、1本のタバコから出たボヤボヤ「小火事件」が発生








そして追い討ちをかけるかのように、こんな事件までも・・・・・




「えっお金がないっっ」:いのちゃん専務


「え、えへっ」:客人A


「困りますポケットにもどこにも入ってないですか」:いのちゃん専務


「・・・・・・。ほんなら調べてみろーーーーっっ」客人A

ズボンも上着も下着もポーーーーーイ


「ギャァアアーーーーーーーーーーーーーーーーーッツ



110110番警察さーーーーーん





なんて「珍珍事件」まで









・・・・・しかし、なにやら不穏な気配が続く八喜為・・・
そしてこの頃、大将も水面下で、何やらあやしい動きを・・・・・
雨の日も風の日も、自転車で街中をウロウロ・・・・ウロウロ・・・・あやしいオッサン・・・・




実はこの頃、震災から時間が経つに連れ、街が無法化し、荒れ出してきていたのです


そして、警察さんがついに本格的に動き始めました



まず・・・雨風をしのぐ為、「ミヤモト工芸」さんと一緒に作ったあの囲いに・・・・警察さんの目がキラリン
「ここは公道ですので、釘を打ち付けてはいけませんすぐに撤去して下さい


「な、なにーーーーーっあんなに頑張って作ったのにーーーーーーっ
と感情が高まったのもつかの間

ふと皆、我に返りました

そりゃそうだここは我が家じゃねえもんな街の道だもんな燃えすぎてたな八喜為な
はたと気づいた大将とスタッフは、やむなくすぐ撤去


そうです私達も気づかぬうちに、無法化の荒れた人間の1人になっていたのです(笑)




しかしそんな中、このような八喜為に、とうとう大きな転機が訪れたのです

桜が咲き乱れたある日、大将が満面の笑みで



「見つけたぞーーーーーーーっ」と帰ってきました

大将は、元町の海岸通という場所で1つの建物を見つけて来たのです


そう、すでにご存知の方も多いかと・・・




後に、八喜為2号店と呼ばれるお店









「八喜為 元町店








大将は、震災後でごった返しの桜の花の中で街中を自転車でウロウロし、元町店の原型となる建物を見つけて来たのです


次回は「2号店 八喜為元町店 開店」のお話しです


ぜひぜひお楽しみに



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八喜為 阪神・淡路大震災からのキセキ 〜青空八喜為OPEN〜

2010-03-04 22:56:27 | 日記

八喜為てんてこりんブログ 第3回目










震災から1ヶ月あまりが過ぎ、電気・ガス・水道がすべて復旧し、街が少しずつ動き始めた頃、我が八喜為も少しずつ始動しはじめました

方々に散ったスタッフたちに声をかけ、傾いた店の前(外)で「青空 八喜為」を開店したのです

古株スタッフ「中根さん」をはじめ、寄り集まったスタッフと力を合わせて、店の前にブルーシートでテントを張り、テーブルと椅子を置き、サザンオールスターズのBGMでノリノリの再開店をしました


頑張れ八喜為頑張れ新開地We Love KOBE 


こんな意気込みで、串かつは、創業当時の価格と同じ1本30円
この青空八喜為の根本には「皆の為に温かいものを安く提供したい!!」という大将の強い信念があったのです

瓦礫の中、青空の下での営業再開になんとも言えない気持ちが込み上げてくる大将やいのちゃん専務、そして集まった八喜為スタッフたち

来店されたお客様は「熱いものが食べれる!」「安い!!」「嬉しいっ!!!」と涙を流して食べてくれました
互いに酒を交わし、震災の話をしながら、串かつをほおばっていたそうです

お客様に喜んで頂けて、ますます胸が熱くなった大将とスタッフたちは、次は「定食もしよう」と「串かつ定食」と「出し巻定食」を始めました
荒れた街中を、お米屋さんがお米を運んで来てくれました
釜をフル活動させ、ジャンジャンご飯を炊きました

寒空の下で炊き立てのごはんを食べたお客様は本当に喜んで下さり、たくさんの「ありがとう」という言葉を頂きました
大将もいのちゃん専務もスタッフも皆、頑張って良かったと嬉しい気持ちになったそうです
そしてこの時の定食価格は、今は亡き先代大将もビックリの「280円」

そうこうしているうちに、同じ商店街の近所の飲食店さんも、再開店し始め、少しずつ、神戸の街が元気を取り戻して来ました


そんな神戸の街の様子を取材しに来たテレビ局さん
カメラの前で、臆することなくインタビューに応えた先代おかみの「八重野ちゃん」

こころなしか、いつもよりお化粧のほほ紅が濃かったこと、ひそかにとんちんかんなコメントをしていたこと、皆は覚えています(笑)

こういった初めてのテレビ取材も、非現実的な中の現実でした



このように必死で店を頑張る一方で、まだまだ壊滅状態の続く街に、現おかみ「いのちゃん専務」は本当にこれで良いのか・・・と苦悩した日々もあったそうです
「自分達は、今、八喜為の中で必死に頑張っているけど、本当にこれが正しいのだろうか…街を見渡せばまだまだ目を覆うような光景が広がっている・・・本当は、もっと他にしなければいけないことがあるのではないのだろうか・・・

と悶々と悩み、迷宮に入りかけたある日、神戸の象徴でもある「ポートタワー」に登ったそうです

その時の感想をこのように語ってくれました

「壊滅状態にある街の中で・・・人がアリのように小さく見えて、自分もアリや!災害に悩んでいる自分が小さく情けなく思って・・・くよくよ悩んでる場合じゃない今、自分たちができることをして、なんとかしていかなあかんっっ」と・・・。
そしてポートタワーから降りて来た時には、また再び元気を取り戻したそうです

・・・それもアリやな・・・


こんな風に自分達のしていることに迷いつつも、一進一退を繰り返しながら「青空 八喜為」は約1年ほど続いたのです


そんな中、色々な珍事件もあり、警察さんにも良くお世話になりました


次回は「青空八喜為・珍事件」偏 お楽しみに






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