遺跡好き弁護士の一(はじめ)法律事務所

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造山古墳と陪塚(岡山県総社市)

2013-05-03 17:07:05 | 日記
GWで少し時間に余裕ができたので、早速更新です!うれしいな(^∇^)
今回も岡山県総社市から、超巨大古墳のひとつである造山古墳とその陪塚群をご紹介したいと思います。

数ヶ月前に岡山県に出張がありまして、その機会に幾つか総社市の有名な古墳を廻ってきたのです。
冒頭の写真は、造山古墳を北東から撮影したもの。全長約350メートルとも360メートルとも言われており、全国第4位の大きさで、見学者が自由に立ち入りできる古墳としては全国最大の古墳です。
以前は、周濠の存在は否定されていたようですが、近年の発掘によってその存在が確かめられました。

近くに駐車場がありますのでそこから見学します。

左が前方部、右が後円部です。近くだと巨大すぎてカメラに入りません(°_°)
近くと言っても数百メートルは離れているのですが・・・
・・・と思ったら・・・

何これ~~?
確か「吉備の大王」とかいうタイトルだったかな?

古墳の前方部に登ると


荒神社だったっけか?
でも鐘つき堂もあります。


そして、ありました!

石棺です。これは長持形石棺の身の部分だと言われており、この造山古墳のものとも、近くの新庄車塚古墳から出土したとの言い伝えがあるようです。以前来た時にはここに水が溜まっていたのですが、今回は空でした。で、早速中を撮影。

石枕発見です。
石棺の蓋の破片が神社の裏に放置されているとのことでしたが、今回見るのを忘れてしまいました。
この石棺は、九州の阿蘇の凝灰岩製とのことで、当時の九州とこの吉備地域の交流をうかがわせる一つの資料です。ちなみに今回見損ねた石棺の蓋には直弧文が描かれているようです。これも九州との関連性をうかがわせますね。

では引き続き後円部へ。

前方部から見た後円部。

後円部頂。
広いですね。確かここは、戦国時代に砦が築かれてしまったので変形していると思います。
築造時期は、5世紀前半らしいです。
全国最大の大山古墳や2位の誉田山古墳はもっと後の時代に築造され、上石津ミサンザイ古墳と同時期ころの築造と考えられています。そうすると、同時期に河内と吉備に同規模の全国最大の古墳が並び立っていたことになります。

このことから、この古墳は吉備地域全体を治めて畿内勢力に対抗できる大首長の墓とも、倭の大王(すなわち畿内政権)の墓とも言われています。

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