映画「廃都」製作日記

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部屋は水族館

2016年10月01日 09時05分08秒 | 映画製作日記

ここに、部屋がある。

この古い平屋は、1945年以前のものだ。

雨が降れば、この部屋にも雨が降る。

壁と窓はブルーシート。

ブルーシートのすぐ向こう側には私鉄の電車が走っている。

家の住人は、少し以前に絶えていた。

両親と子息の絶えた家は、ある瞬間から時間が止まったようになっていた。

物が移動されることも空気が撹拌されることもなく塵が積もる。

全てがやがては朽ちていく塵と化していた。

もちろん縁者の方はいる。

だからこそセットの為にこの家を借りることができた。

抜けた床を土台から作り上げて張り直した。

屋根は、廊下にだけ雨が降り込むようにした。

窓と壁は、ブルーシートを新しく買い替えるだけにした。

初めて部屋に入った時、アッ「水族館」だと思った。

ブルーのシートを透かして入ってくる光が、部屋が水で満たされているように見せた。

イメージの部屋だった。

人が暮らす部屋は、何かで満たされていると思った。

それは住む人それぞれによっても違うものだろう。

この水底の部屋に暮らす映画の二人は、二人が生きる時間の速さで朽ちていくだろうと思われた。

二人で過ごす時間の中だけで。

世界は、(そう)思う者のイメージの堆積だ。

だから、その人の死とともに、その人の全ては消える。

たとえ地上にビルが立ち続け道路に車が走り続け空に飛行機が飛び続けようと、消滅するのだ。

その人の内部のビルも道路も空さえも。

その時、世界は少しだけ何かを失わないだろうか?

ある日、部屋の二人、女と男を旅に誘う力がはたらく。

その力は、突然、否応もなく現れる。

部屋は再び、水底の静寂を帯びて沈黙する。

彼らが持ち去った空気や空や、僕達が気づくことすらない失われたものの全てを……

 

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