十七音のアンソロジー★。・.:・゜'☆,。.:・゜'★

虚と実のあはひに遊ぶ  Since 2008 by Midori♡ H

行く春

2010-05-31 | Weblog
ゆく春を翁のやうに惜しみけり     岩岡中正

ゆく春を芭蕉のように惜しんだということだろうか。
芭蕉の生きた時代とは大きく変わってしまったこの時代、
時には、ゆったりとした時間の中で春を惜しんでみたいような気がした。
近江というわけにはいかないが、さしずめ熊本は江津湖あたりでどうだろうか。
大らかな構図に、ゆく春の風土の匂いがした。
「阿蘇」主宰。「阿蘇」6月号より抄出。(Midori)


そら豆

2010-05-30 | Weblog
そら豆のやうなお顔でおはせしか   長谷川 櫂

平安美人といったところだろうか。
やんわりとした和語がいかにも日本的美人を想像させる。
烏帽子の似合うやんごとなき男性かもしれない。
「古志」主宰。2010年版「俳句年鑑」より抄出。(Midori)


新緑

2010-05-29 | Weblog
新緑の木立を歩くフランス語   和田耕三郎

まるで、ブルゴーニュの森を歩いているような作品だ。
新緑の木立を歩けば、誰でも詩人になれる。
愛を語るなら「フランス語」、誠実さを感じさせるには「日本語」だとか?
恋人たちの愛のささやきが聞こえてきそうだ。
「OPUS」代表。2010年版「俳句年鑑」より抄出。(Midori)

2010-05-28 | Weblog
滝道に何か言はるる何か言ふ   加藤かな文

滝音に消されて、はっきりとは聞きとれなかった言葉、
かといって、聞き返すまでもなさそう・・・
相手の顔の表情に答えるほどに何か言う。
滝音に、互いの言葉が飛沫となって宙に舞う。
ここには、俳句ならではの小さなドラマがある。
句集「家」より抄出。(Midori)


余花

2010-05-27 | Weblog
血の気うつすら昭和の余花として生きむ   山上樹実雄

昭和6年生まれの作者だ。「昭和の余花」と言っても、
まだまだ艶やかなうす紅色を誇っているようだ。
同時発表句に、「残花余花昨夜湯に入りし肌の色」がある。
「血の気うつすら」に、抑制された生気が感じられた。
「南風」代表。「俳句」6月号より抄出。(Midori)

萵苣

2010-05-26 | Weblog
    いちまいの漣びかり萵苣はがす    相子智恵

萵苣とは「レタス」のことで、レタスはラテン語の「牛乳」を意味する。切ると切り口から乳状の液体が出てくることからこの名があるらしい。また和名「萵苣」は、「乳草」の略だとされる。レタスの語源はさておき、「いちまいの漣びかり」の発想の独自性に優れた写生力が感じられた。昨年、角川賞受賞作品「萵苣」のタイトルとなった作品。「澤」所属。「俳句」平成21年11月号より抄出。(Midori)

夏の川

2010-05-25 | Weblog
自転車を抱へて渡る夏の川   児玉胡餅

突然、川を目の前にしたらどうするだろうか?
きっと、川の中を自転車を押して渡るかもしれない。しかし、
作者はそうではなかった。夏の川の冷たい感触が心地よく伝わり、
昔懐かしい故郷の原風景を思い出させてくれた。
2010年4月出版、句集「肥後朝顔」より抄出。(Midori)

ラムネ

2010-05-24 | Weblog
ラムネ玉不首尾のごとくからからと    佐藤麻績

ラムネの一番の楽しみは、ラムネの玉のからからという音だ。
しかし、あの「からからと」いう中低音は、確かに「不首尾のごとく」
空しく響く。およそ、比喩には使われそうもない「不首尾」という言葉。
比喩の対象になり得るものは、こんな言葉にもあることを知った。
「人」主宰。2009年版「俳句年鑑」より抄出。(Midori)


陽炎

2010-05-23 | Weblog
    陽炎を食みこぼしゐる麒麟かな    庄司縫子

麒麟は、頭高4メートルを超え、アカシアなどの葉を食べる草食系の哺乳動物だ。麒麟の一番の特徴は、そのすらりと伸びた脚と長い首だと思われがちだが、実際は咀嚼しているときの泰然とした麒麟なのではないだろうか。「陽炎を食みこぼしゐる麒麟」に、サバンナに生きる麒麟の原風景を見たような気がした。「滝」5月号〈滝集〉より抄出。

空蝉

2010-05-22 | Weblog
空蝉のいづれ熊やら油やら   三村純也 

言われてみれば、空蝉はどれも同じように見える。
「熊やら油やら」に一瞬??と思うが、「熊蝉」「油蝉」の省略だ。
三村氏のはんなりとした京言葉で、こう言われてみたい気がした。
「ホトトギス」1273号より抄出。(Midori)


涼し

2010-05-21 | Weblog
月並みも独り善がりも涼しき座    大坪蕗子

「つきなみ」と言われれば、ああそうかと思う。
「ひとりよがり」と言われれば、ああそうかと思う。
「せつめい」と言われれば、そうかと思う。
俳句は座の文芸。涼しき座に加わることから始めたい。
「花鳥諷詠」平成21年10月号より抄出。(Midori)

更衣

2010-05-20 | Weblog
さう、こんな恋もあつたと更衣     櫂 未知子

「さう」のあとの「、」に、過去へ遡ろうとする一瞬の間がある。
これまでの彼女の恋の句からすると、諦観というわけではないが、
一種の落着きさえ感じられる。「さう」と「更衣」、文語体と口語体に、
中世の恋物語をふと思い出した。こんなさらりとした「恋の句」も新鮮でいい。
「俳句」平成21年5月号より抄出。(Midori)

2010-05-19 | Weblog
滝の辺に冷ましてオートバイの熱    杉山久子

「滝」とオートバイの異色の取り合わせだ。
エンジンを切ったあとのオートバイは、まるで滝の辺に憩う、
生き物のようだ。型にはまらない詩形がとても印象的。
「藍生」所属。「俳句」平成21年10月号より抄出。(Midori)


アイスキャンディー

2010-05-18 | Weblog
アイスキャンディー果て材木の味残る   佐藤文香

「材木は木よりあかるし春の風」という山口優夢の句があるが、
「材木」は木を加工したものであって、「木」とは異なる。
ともに「材木」というおよそ詩的とは思えない素材に注目した
ユニークな作品だ。句集「海藻標本」に所収。(Midori)


水馬

2010-05-17 | Weblog
水馬ふふふと動きふと止まる     松野苑子

水馬が、「ふふふと」笑ったのではなく、水馬の形状を
言っているのだと、気づくのに数秒かかった。
「ふと止まる」も同じだ。「ふ」の持つ浮遊感も見逃せない。
作者は「街」所属。句集「真水」に所収。(Midori)