終楽章。
問題の終楽章。 何が悪いか…を一言で言うと、「軽い」 うわっつら演奏。
しかも、音楽自体も「あくせくする」
車で娘と移動中に、CDでヴンダーのこの曲が巡回して鳴ると、
「違うねぇー」
「うーん、違うねー! なにかわからないけど、とてつもなく大きいものが立ちはだかるねー」
とこの老母の終楽章との比較を、感動的に語り合う。
違うのは言うまでもございませんけれど、
曲が違うんでない?? ほどの「締まった打鍵」のことで。

弾き始める際に、この伴奏型3パターン、 3型 4型 6型への刻みが「きちんと弾けるか?」の意識が拭えない自分だけに、
この曲の独特な 不穏感・焦燥感 とか以前に、
今日の打鍵の調子はいかに?…のお試しから入る癖がついたような。
もっと窮屈に、息を浅く、音を立てて弾かないと。 いちいち復唱するかの幼稚な弾き方をしていてはダメだ。
それに手だけで弾くのでなく、
全身で腰を入れて、ピアノがズンズン鳴る…そんな弾き方、演奏は長い長い1色1本のリボンで終わるつもりで。 そう思いますね。
思うけれども、実際には届かないところも多く、
私なりに弾く…それでいいのだけれど、終楽章だからこそ、ここでコケるわけにはいかない辛さと言うか。
「そんなに殴って弾かないで。 と言っても大抵のピアニストはこの曲殴って弾いてるけれどね。」と師。
殴る…まさか(笑) そんな力の余裕はないはずだけど。
よく考えたら、ケーンと弾き捨てる、こっちかも。 突っぱねた音の出し方?
力任せに突っぱねる弾き方は、実はラクちんなわけ。 力がなくても可能。
そういう 上から打鍵?(おかしいね 笑) じゃなく、下から打鍵 なんですよ。 もっとおかしい?(笑)
下からって、
地の底から沸き立つような、トゥートゥトゥートゥー、書くとこういう音。 胸騒ぎのするような響き。
こちらだと、筋力や柔軟性も必要、脱力のできた持久力もいるしね。
スケールにしても、キラキラ感でなく閃光のごとく、
どこまでも、最終ソナタ、最終楽章の響き。
昔からの私の練習法である、
よくわからないけど… できそうにないけれど… と思ったら、ひたすら弾きこむ、弾きこむ、弾きこむ。 この方法でした。
あれこれ考えても解決しない、逃げる方向に傾く、それよりも、
とにかく積み重ねること、これで何とか凌いできたわけだし、今回もそれで行くべし、そう思ってます。
バカはそれしかないのじゃ…(笑)
………
こういう境地になると、本当に練習がしんどいデス。 思うように身体が動かずに。
弾かねばと思えば思うほど、ピアノに向かえない。
ピアノを弾くことが好き、練習するのも楽しい、
なんて人に言ってる場合は大したことないやねー(笑) まだまだまーだまだ真剣にやれてないってことね。 沁みますわ。
実際に楽しいのは、
譜読み段階 と、ずっと出来なかったことがクリアした時。
その一つ、
今まで言われたことのないご評価もいただきました。
「最近打鍵が…安定してきたね。 以前のヘラヘラ感がなくなった。 しっかりしてきたと思う。」
え?…ホントに?
自分では最近それとなく気づいておりましたが、聴いていて伝わったのなら確定的、
苦節10年? 打鍵を滅多にホメて下さる師ではないだけに、言葉もありませんでした、感激。
もちろんこれは、対一般的 でなく、対自分 との比較、
特に何ら努力したわけでなく、あきらめずに継続したこと、
それなりの年数に鍵盤を叩きに叩いたことで、指先が締まってきたに過ぎない…はずですが。
もともと打鍵に恵まれている方には、何分ご理解いただけないでしょうけれど、
「あ、打鍵が変わった…安定してきた…」と他者に気づいていただけるまでの区切り、
そして、
その転機となった曲が、この大曲ソナタ3番だということ、 有難くてとても言葉では言い尽くせません。
自慢ですかぃ?…とんでもない、
とっくに出来てるはずのことが、今にしてようやく。
確かに遅いけれど、遅すぎることはないのだ と信じて、まだまだここから。
問題の終楽章。 何が悪いか…を一言で言うと、「軽い」 うわっつら演奏。
しかも、音楽自体も「あくせくする」
車で娘と移動中に、CDでヴンダーのこの曲が巡回して鳴ると、
「違うねぇー」
「うーん、違うねー! なにかわからないけど、とてつもなく大きいものが立ちはだかるねー」
とこの老母の終楽章との比較を、感動的に語り合う。
違うのは言うまでもございませんけれど、
曲が違うんでない?? ほどの「締まった打鍵」のことで。

弾き始める際に、この伴奏型3パターン、 3型 4型 6型への刻みが「きちんと弾けるか?」の意識が拭えない自分だけに、
この曲の独特な 不穏感・焦燥感 とか以前に、
今日の打鍵の調子はいかに?…のお試しから入る癖がついたような。
もっと窮屈に、息を浅く、音を立てて弾かないと。 いちいち復唱するかの幼稚な弾き方をしていてはダメだ。
それに手だけで弾くのでなく、
全身で腰を入れて、ピアノがズンズン鳴る…そんな弾き方、演奏は長い長い1色1本のリボンで終わるつもりで。 そう思いますね。
思うけれども、実際には届かないところも多く、
私なりに弾く…それでいいのだけれど、終楽章だからこそ、ここでコケるわけにはいかない辛さと言うか。
「そんなに殴って弾かないで。 と言っても大抵のピアニストはこの曲殴って弾いてるけれどね。」と師。
殴る…まさか(笑) そんな力の余裕はないはずだけど。
よく考えたら、ケーンと弾き捨てる、こっちかも。 突っぱねた音の出し方?
力任せに突っぱねる弾き方は、実はラクちんなわけ。 力がなくても可能。
そういう 上から打鍵?(おかしいね 笑) じゃなく、下から打鍵 なんですよ。 もっとおかしい?(笑)
下からって、
地の底から沸き立つような、トゥートゥトゥートゥー、書くとこういう音。 胸騒ぎのするような響き。
こちらだと、筋力や柔軟性も必要、脱力のできた持久力もいるしね。
スケールにしても、キラキラ感でなく閃光のごとく、
どこまでも、最終ソナタ、最終楽章の響き。
昔からの私の練習法である、
よくわからないけど… できそうにないけれど… と思ったら、ひたすら弾きこむ、弾きこむ、弾きこむ。 この方法でした。
あれこれ考えても解決しない、逃げる方向に傾く、それよりも、
とにかく積み重ねること、これで何とか凌いできたわけだし、今回もそれで行くべし、そう思ってます。
バカはそれしかないのじゃ…(笑)
………
こういう境地になると、本当に練習がしんどいデス。 思うように身体が動かずに。
弾かねばと思えば思うほど、ピアノに向かえない。
ピアノを弾くことが好き、練習するのも楽しい、
なんて人に言ってる場合は大したことないやねー(笑) まだまだまーだまだ真剣にやれてないってことね。 沁みますわ。
実際に楽しいのは、
譜読み段階 と、ずっと出来なかったことがクリアした時。
その一つ、
今まで言われたことのないご評価もいただきました。
「最近打鍵が…安定してきたね。 以前のヘラヘラ感がなくなった。 しっかりしてきたと思う。」
え?…ホントに?
自分では最近それとなく気づいておりましたが、聴いていて伝わったのなら確定的、
苦節10年? 打鍵を滅多にホメて下さる師ではないだけに、言葉もありませんでした、感激。
もちろんこれは、対一般的 でなく、対自分 との比較、
特に何ら努力したわけでなく、あきらめずに継続したこと、
それなりの年数に鍵盤を叩きに叩いたことで、指先が締まってきたに過ぎない…はずですが。
もともと打鍵に恵まれている方には、何分ご理解いただけないでしょうけれど、
「あ、打鍵が変わった…安定してきた…」と他者に気づいていただけるまでの区切り、
そして、
その転機となった曲が、この大曲ソナタ3番だということ、 有難くてとても言葉では言い尽くせません。
自慢ですかぃ?…とんでもない、
とっくに出来てるはずのことが、今にしてようやく。
確かに遅いけれど、遅すぎることはないのだ と信じて、まだまだここから。
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こんな感じ。

















