シーツをめくられたベッドの上には、彼女の姉、大野木真名の頭蓋骨と、一冊のノートが置かれていた。
あやは頭を起こし、背後に顔を向ける。視線の先には鏡があった。彼女が肩を揺らしたり首を振ったりするたびにその面に影が流れる。斜めに流した前髪と耳が隠れるくらいの長さに切った無造作な髪形は、角南を真似たものだった。その顔に微笑みかける。
「ここは、離れがあった場所にこしらえた、あたしの部屋。おばあちゃんはもういないけど、あたしはこの部屋で、誰にも邪魔されずにお兄ちゃんが目覚めるのを待ってた。お兄ちゃんのノート、何度も繰り返し読んだよ。大学での事件から大野木の家にやって来た経緯、ここで起こった殺人事件の犯人とその真相。そして、お兄ちゃんの放浪の日々も綴られてて、おもしろかった」
ベッドにのせられた頭蓋骨の、やや黄ばんだ表面に彼女は目を凝らす。その傍らに腰を据え、左手を伸ばして骨の感触を確かめてみる。すっかり摩滅して光沢を帯びた表面が指先に心地よい。岡崎の掌で幾度となく愛撫され、サラの手を経て角南へと渡り、そして今はあやの慰みものとなっているしゃれこうべだった。
「お兄ちゃん、本当は医者になりたかったんでしょ。あたしがお兄ちゃんの夢を叶えてあげる。その代わり、お願いがあるんだ。イサクがもうすぐ戻ってくる。あいつが沈黙の代償に何を要求するのかお兄ちゃんにもわかるよね。お兄ちゃん、イサクを始末してくれないかな。あたしの肉体がそれを実行したとしても、殺意がお兄ちゃんの方にあれば、あたしたちを罪に問うことは難しいよね。だってあたしには殺そうという意識がまったく存在しないんだから」
こみ上げてくる笑いを抑えることができないのか、彼女は小刻みに肩先を震わせる。揺れる全身を支えるため、ノートを取り上げ胸にしっかりと抱えた。
からからと、乾いた音が断続的に聞こえる。換気扇の回転につれて白く浮かびあがった光の帯も回る。彼女はふたたび鏡の中に視線を当てた。そこに映し出された眼差しは角南真守のものだった。
「あの人に会ったよ。大学の近くに、店を開いてた」
そう言いながら立ち上がり、角南のもとへと足を運ぶ。頬を寄せる。ひんやりと冷たい。
鏡に横顔を押しつけたまま彼女は続けた。
「コロボックル、石井千晶──覚えてるよね、彼のこと」
*
**********
何ですと?
例のシリーズが遂に映像化ですって。
冷徹で猫好きな准教授さまと、友人で語り手の作家のコンビが事件を解決する、本格ミステリが?
よく響くバリトンの声の持ち主の名探偵、それはもう声の素敵な方でなければ許しませんよ。
というマニアにも納得の配役ではないでしょうか。
彼の声、以前からひそかに注目していたのです。
深くて、湿っていて、まさに苔緑色です。
楽しみだなあ。
と、腐女子のひとり言でした。
あやは頭を起こし、背後に顔を向ける。視線の先には鏡があった。彼女が肩を揺らしたり首を振ったりするたびにその面に影が流れる。斜めに流した前髪と耳が隠れるくらいの長さに切った無造作な髪形は、角南を真似たものだった。その顔に微笑みかける。
「ここは、離れがあった場所にこしらえた、あたしの部屋。おばあちゃんはもういないけど、あたしはこの部屋で、誰にも邪魔されずにお兄ちゃんが目覚めるのを待ってた。お兄ちゃんのノート、何度も繰り返し読んだよ。大学での事件から大野木の家にやって来た経緯、ここで起こった殺人事件の犯人とその真相。そして、お兄ちゃんの放浪の日々も綴られてて、おもしろかった」
ベッドにのせられた頭蓋骨の、やや黄ばんだ表面に彼女は目を凝らす。その傍らに腰を据え、左手を伸ばして骨の感触を確かめてみる。すっかり摩滅して光沢を帯びた表面が指先に心地よい。岡崎の掌で幾度となく愛撫され、サラの手を経て角南へと渡り、そして今はあやの慰みものとなっているしゃれこうべだった。
「お兄ちゃん、本当は医者になりたかったんでしょ。あたしがお兄ちゃんの夢を叶えてあげる。その代わり、お願いがあるんだ。イサクがもうすぐ戻ってくる。あいつが沈黙の代償に何を要求するのかお兄ちゃんにもわかるよね。お兄ちゃん、イサクを始末してくれないかな。あたしの肉体がそれを実行したとしても、殺意がお兄ちゃんの方にあれば、あたしたちを罪に問うことは難しいよね。だってあたしには殺そうという意識がまったく存在しないんだから」
こみ上げてくる笑いを抑えることができないのか、彼女は小刻みに肩先を震わせる。揺れる全身を支えるため、ノートを取り上げ胸にしっかりと抱えた。
からからと、乾いた音が断続的に聞こえる。換気扇の回転につれて白く浮かびあがった光の帯も回る。彼女はふたたび鏡の中に視線を当てた。そこに映し出された眼差しは角南真守のものだった。
「あの人に会ったよ。大学の近くに、店を開いてた」
そう言いながら立ち上がり、角南のもとへと足を運ぶ。頬を寄せる。ひんやりと冷たい。
鏡に横顔を押しつけたまま彼女は続けた。
「コロボックル、石井千晶──覚えてるよね、彼のこと」
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何ですと?
例のシリーズが遂に映像化ですって。
冷徹で猫好きな准教授さまと、友人で語り手の作家のコンビが事件を解決する、本格ミステリが?
よく響くバリトンの声の持ち主の名探偵、それはもう声の素敵な方でなければ許しませんよ。
というマニアにも納得の配役ではないでしょうか。
彼の声、以前からひそかに注目していたのです。
深くて、湿っていて、まさに苔緑色です。
楽しみだなあ。
と、腐女子のひとり言でした。