ゆううつ気まぐれふさぎ猫

物書き志望の葉月の悪戦苦闘の日々

デカダン問答つづき

2012-02-12 14:04:41 | 雑記
「作家でごはん」という、自称鍛錬場と云う所に一時期嵌まっていたことがあって、そこで気が付いたことがあるんです。
作家志望を標榜する他人の書いた創作物を批評しようとした時、どうしても自分の欲というか、こう書けばいいのにとか、自分だったらこう展開するだろうなという思いが溢れてきて、全く批評の体を為さないことがあったんです。

「偉大な写実家は偉大な幻想家でなければならないとモオパッサンはその小説論に言っている。一見奇矯なこの言葉も、実は極めて当然な次の理由によるのである。
 もっとも完全な写実主義者ですら彼が芸術家である限り、人生の写真を我々に示そうとはしないで、現実そのものよりももっと完全な、もっと迫るような、もっと納得のできるような人生の幻影を我々に与えるように努めるであろう。つまり完全な幻影を与えることこそ勝れた写実家の仕事なのだ」

それってつまり、彼らの紡いだ言葉は写実として力足らずの代物だったと。
ついでに言うと、私の書いたものもさんざん慰み物となりました。果たしてその指摘は聞くに値するかどうか、という検討はさておき、他人にそういう手直しの欲求を引き起こす程度のものだったということなのでしょう。

「芸術家とは、彼が学んだそして自由に駆使することのできる芸術上のあらゆる手法をもって、その幻影を再現する人である。けれども、Aの幻影がBに納得されるには甚だしい困難がある。単なる説明や一人合点の誇張では不可能である。そこに芸術の甚だ困難な技術がいる。つまり芸術家とは自己の幻影を他人に強いることのできる人である」

問答無用、唯一絶対無二の幻影。
そこを目指していきたいものです、安吾おじさん。

あ、おじさん、なんだか羨ましそうに私の手元を見ていますね。

(つづく)

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キーワード
人生の幻影
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