予定よりも一日遅れで第一章の書き直し完了。
強烈な眼精疲労からくる体調不良のため丸一日使い物にならなかったのがその要因かと。
私の頭は少々でかい。というか、耳の上で角になりかけの骨でも埋まっているのかと思うような歪な形をしている。
だから、美麗な恰好の頭蓋骨に憧れる。もし理系に生まれていたら夢は鑑識、骨専門の。
「おお、これこそ完璧な頭蓋骨。舐めたいくらい」
記憶をたどって最初の体調不良は保育園の年長さんの時。
クリスマス会の出し物で天使の役をやることになった。
その頃からぼんやり者の私は、みんなが帰った後も天使役の子三人だけ残されて踊りの練習なんかしてもたいして不満に感じず、うまくやれるかどうか心配することもなく(むしろ母親の方が舞い上がっていた記憶がある)日々に流されていた。
それなのに、突然保育園の窓から吐き戻した。
「先生、気分が悪い」とひとこと断りを入れるという段階も踏まず、口から果てしなく流れ出る吐瀉物に私はただ呆然と目を当てていた。
幼いながらもなんらかのストレス、プレッシャーを感じていたのだろうな、と想像する。我慢してたんだな、六歳の私。
で、この話はどこにつながるのかというと、結局その日は早引けして、私は天使の輪っかの採寸もせずに本番を迎えたのだ。
もう皆さまにはその場面が目に浮かびますね。
舞台の上で私の輪っかだけが外れ落ちたのです。そう、まるで堕天使。
その時から、まったく自覚していないのにストレス(らしきもの)が一定量を越えるとその状況に出くわす。
先週の火曜日がまさにそれでした。
それでもいつかは書き上がる。
途中、自分の文章が気持ち悪い、という感覚を初めて味わいました。
視点とは、距離である。
その距離感が歪んでいる。焦点がうまく結べない。自分はどうしてこんなまずい文章を書いていたのか、恥ずかしい。
それに気付く機会を与えてくれた編集氏に改めて感謝した次第。
というか、本当にこんな私を見捨てもせずに待っていてくれたことをありがたく思う。
それに見合うだけの力があるかどうか。まあ、やっていくしかないわけです。ここまで来れば。
ビギナーズラックは使い果たしたけれど、編集氏と出会えたこと、僥倖としてのちに語れるような場所に行ってみたいものです。
で、タイトルの言葉の続き。
「ただ、何千枚になるかわからないとかいった超大作構想は慎んだほうがいい。超大作構想などというものは、たいてい妄想の産物だ。妄想はフィクションのなかに限定しよう。妄想と構想をごっちゃに混同するのでは何かの達成は難しい」
然り。
明日は一日休んで、その翌日から短編(予定では八十枚くらい)に取り掛かります。
締め切りは十日後。