孫ふたり、還暦過ぎたら、五十肩

最近、妻や愚息たちから「もう、その話前に聞いたよ。」って言われる回数が増えてきました。ブログを始めようと思った動機です。

野球は賤技なり

2017年05月05日 | 政治ネタ
我が地元静岡県の県知事選挙に関しては、現職が自分の不人気さにも関わらず、三選に立候補するのかしないのか・・・。

はたまた、自分の所属する民進党支持率が、すでに消費税の数字を大きく下回って、しかも回復の見込みもないと感じた党の大物と呼ばれる「小者」議員が地元の知事選に出そうだ、などとすったもんだして、先月はローカルニュースも見逃せなかった。

しかし、興醒めだったのは、地元の軽自動車メーカーの85歳の会長の差配で、路チューで全国区に名を売った、「モナ男」と呼ばれる民進党の小者議員はダメです、支持しません、と言い、現職の肩を押したために、現職知事が三選に立候補すると相成ったことだった。

56歳にもなる自分の長男に会社を任せることも出来ないまま、地元の浜松市長や県知事を決めることに口を出すというキングメーカー気取りの軽自動車メーカー会長の老人には、見ている方が呆れ返ってしまったが、会社の従業員たちは彼の意のままになる奴隷なのか?

労働組合や民進党も現職知事を支持すると表明したので、無投票になるのかと思ったら、元バルセロナ五輪の女子柔道銀メダルの大学教授・溝口紀子氏が立候補した。

争点の一つになりそうなのが、役人が計画している浜松の新野球場建設構想である。溝口氏は以前からこの構想に反対の運動に参加していたそうだ。

今ある野球場の老朽化や県全体の配置状況、野球競技人口の分布などから、新たに野球場を造るという計画なのだそうだが、なぜ今野球場なのか、私も納得いかない。

取り立てて、野球というスポーツに恨みがあるわけではないが、私はあのスポーツはどうも好きにはなれない。職業野球の選手たちが、紳士だのサムライだの呼ばれることも、滑稽さを通り過ぎて、笑うことすら出来ないでいる。

むしろ、彼らを「サムライ」などと呼んで欲しくない。強いて呼ぶなら「フナ侍」でいいじゃないか。

新聞社やテレビ局などマスコミや鉄道会社が野球チームをもったり、全国大会を主催したりするため、人気が落ちてはマズイのである。そのため、テレビや新聞でも常に話題を提供して、意識的にヒーローを作ろうとしてきた。

このブログでも何度か取り上げた高校野球選手もそのうちで、インタビューされれば、べらべらとよく喋るあの少年である。

  まあ、饒舌な子供だこと

いまや夏の高校野球は朝日新聞が、春の高校野球は毎日新聞が主催して、それぞれ新聞のみならず、系列のテレビ局や雑誌社を総動員して、話題づくりに躍起になっている。

いずれも、そうすることが、新聞の購読数を増やし収益に大きな影響を及ぼすからである。

ところが、今から100年ほど前のこと、時の東京朝日新聞は堂々と新聞紙面で『野球害毒論』を展開したことがあった。

当時は中学校と呼ばれた現在の高等学校であるが、その名の売れた校長たちに野球という球技を批判させるという形で、堂々たるネガティブ・キャンペーンを実施した。

そのスタートを切ったのは、「武士道」の名著で内外に知られた新渡戸稲造であった。現在の岩手県盛岡市出身の新渡戸は、クラーク博士が帰国した後の札幌農学校で学び、その後アメリカやドイツの大学で学んだ後、アメリカでメアリーと結婚した。

44歳になった新渡戸稲造が、東京帝国大学教授との兼任で第一高等学校校長を務めていた時、野球害毒論のトップバッターとして、野球批判を語ったのだった。

『野球という遊戯は悪く言えば巾着切りの遊戯である。』と始る。巾着切りとは、巾着、つまり金を入れた「財布」を盗む、【スリ】のことである。新渡戸は野球はスリのようなスポーツだ、と言う。

『対手を常にペテンに掛けよう、計略に陥れよう、ベースを盗もうなどと眼を四方八方に配りしんけいをするどくしてやる遊びである。』と容赦なく切って捨てた。

更に続けて、『ゆえに、米人には適するが、英人やドイツ人には決して出来ない。野球は賤技なり、剛勇の気なし。』と締めくくる。

剛勇の気とは、苦境や危険に立ち向かおうという勇気や度胸のことで、野球とはそういう勇気や度胸を持たない者がする、賤しい遊びである、というのである。

「武士道」の中で、その精神を、義・勇・仁・誠などという象徴的な言葉で説明している新渡戸にすれば、盗塁とか隠し玉などが許されるのは、きっと我慢ならなくて、まんざら、朝日新聞に依頼されたのでこういう表現をとったというわけでも無かったろう。

私も高尚なことを真似して言うつもりはないが、自分の職業をコソコソと博打の対象にしてみたり、儲けた金で覚せい剤に溺れてみたり、反社会的な暴力団と関わったりするような連中を、『紳士』だの『サムライ』だのと呼ぶのには強い抵抗を禁じえない。

 野球賭博・三兄弟

  かつてのヒーロー

新渡戸の他にも、朝日新聞の野球害毒論シリーズは、様々な各界の著名人が、執筆していたようだ。

府立第一中学校長の川田氏などは、野球の弊害を四つにまとめている。

一、学生の大切な時間を浪費せしめる
二、披露の結果、勉強を怠る
三、慰労会などの名目で、牛肉屋、西洋料理屋へ出入りして堕落していく
四、体育としてみても右手のみ発達する

18歳の若者としては破格の契約金や給料を手にして、世間からチヤホヤされ、おだてられ注目されれて、人生を狂わした若者は一人や二人ではないだろう。

新聞の購読部数の獲得には絶大な効果があることが分った新聞各社は、学生の全国大会を主催したり、挙句の果ては職業野球チームを作ったりして、ブームを維持するようになる。スターを育て、偶像化してヨイヨイになった老人をいまだに担ぎ出している。

  教祖の打法。

  もはや宗教のよう・・

連日、テレビのスポーツコーナーでは、プロ野球が真っ先に話題になっているのだが、「野球離れ」は相当に深刻のようだ。特に若年層の野球離れは急激に進んでいる。

体育系部活動を統括する「日本中学体育連盟」によると、競技別生徒数の軟式野球部に属する男女合計生徒数は、昨年約18万人であった。これは5年前より3割へっているそうだ。

今年の調査で、小学生の『なりたい職業』のスポーツ選手の中では、野球がサッカーに対で二位であった。しかしその回答数は、サッカー58%に対して、野球は18%と、過去最低であったという。

プロ野球のファン人口を調べた統計がある。12球団の合計推計ファン人口数の統計である。

2006年   4,138万人
2011年 3,685万人 (対5年前比、▲11%)
2016年 2,747万人 (対5年前比、▲26%、対10年前比、▲34%)

テレビの巨人戦の年間平均視聴率の統計がある。ピークは1983年だった。

1983年   27.1%
その後   20%台で推移
2003年   14.3%
2006年   9.6%
ここ最近  4%以下で下降中

明治時代の知識人のように、『野球は、賤しい遊びだ』というつもりは無いが、今や野球は、完全にマイナーなスポーツになったのだ。

これは、スポーツマスコミが手を変え品を変え、八方手を尽くした結果なのであって、もはや回復の見込みは無いのではないか。

白髪頭になって、頭髪も薄くなり、坊主頭にしてみたところで、老けは隠し切れない。

 まだ続けるのですか?

こういうがんばる姿は立派に違いないが、野球にせよサッカーにせよ、ひと時代を築いた名選手は、別の道に進んでも立派に成功しているという姿を見せられないものだろうか?そうすることで、子供たちに夢や希望を与えるということは出来ないのだろうか?

野球しか出来ない、サッカーしか出来ない、レスリングしか自慢できるものが無いというのでは、もう子供たちは夢や希望を感じなくなっているのではなかろうか。

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